第160話 シャドウの決心
「でもうち、そんなん詳しくないけど、言うてもシャドウはノースアーツの領主の息子なんやろ? それでもセントラルアーツの領主とか大丈夫なん?」
「え~シャドウしゃん、ろうしゅなんれすか~しゅごいれす~」
カラーナが疑問を投げかけ、メリッサは俺に腕を絡ませ妙にくねくねしながら、ちょっとずれた発言する。
メリッサは酔った時のギャップが凄いな……
「……三伯領、元は一つ」
「アゥン! アゥン!」
ここでセイラからもなにか説明のような物が……
「三伯領?」
「あぁ確かにアーツ地方はそうとも言われているな。そしてそれがカラーナの疑問の答えでもある」
というと? と俺は更にアンジェに質問を重ねた。カラーナも不思議そうな顔をしている。
「セントラルアーツ、ノースアーツ、イーストアーツはかつては一人の領主によって治められていてな。しかしその代の死後、三人の兄弟に分割されて世襲されたのだが……これも話によると兄弟の仲が拗れた上での分かれ方であり、小競り合いも多かったようだが……とはいえ、つまりシャドウもその血筋を受け継いでいる形になるわけだ」
成る程と俺は首肯してみせる。
これで話としては読めてきた。
「つまり、血筋を辿ればシャドウにも十分のこのセントラルアーツを引き継ぐ資格があるってわけだな」
「そうなる。実際は王国の判断もあるので断言は出来ないが、無茶な話ではなくなったな。これで他にもその資格のある者がいたら話は別だが、魔族の行為で貴族の生き残りもおらず、ノースアーツもあの状況だ。そうなると現在純粋に血筋として引き継げるのはシャドウ……もといシャトー・ライドだけという事になるだろうしな」
「色々話を進めてくれているところ申し訳ないのですが――」
俺とアンジェで会話を続けていると、ゆっくりとしていながら、それでいて頭蓋に響くようなしっかりとした声でシャドウが入り込み。
「私としてはこの際なので、ヒット様が領主になられては? と考えてたりもしますが」
「はぁ? 俺!?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
全く突然何を言い出すんだシャドウは!
「ご主人しゃま~りょーしゅになられるんれすか~? しゅごいです~」
「おお! えぇやん! ボスが領主とかうちも鼻が高いで!」
「むぅ、確かにヒットの今回の活躍ぶりを考えれば、武勲としても十分……そう考えれば」
「……ご主人様、領主」
「アンッ! アンッ!」
「だー! 待て待て待て待て! 俺は無理だぞ絶対無理だ! 領主なんて勘弁してくれ!」
俺は手を振り首を振り、全身さえもフル活用し、無理! であることを必死に訴える。
皆が冗談で言ってると思いたいが、メリッサはともかく他の面々、特にアンジェは本気で有りと思っているようだ。
冗談じゃない。貴族とか領主とかそういう面倒なのは本気で勘弁願いたい。
「おやおや。皆さんはヒット様が領地を任されることは、やぶさかではなさそうですけどね」
「お前……今凄い意地の悪い顔してるぞ? 俺をからかって楽しいか?」
「いえいえそんな滅相もない。私としてはもしヒット様が領主の座に就くなら、寧ろ影として協力を惜しみませんよ」
ニッコリと相変わらずの胡散臭い笑顔を浮かべ、更に、その方が面白そうですから、とも付け加えた。
ボソリと呟かれた言葉だったが、俺は聞き逃さなかったぞ。
「結局、いいように使われて道化になる俺が見て見たいだけなんじゃないのか?」
「ばれ、いえいえそんな事はありません」
今一瞬本音が出かかっただろこいつ。
「とにかく俺には無理だ。まぁ尤もやるといったところで、認められるとも思わないけどな」
「そんな事もないとは思いますが……どうしても嫌なら仕方がないですかね」
シャドウが嘆息しながら残念そうに言う。
「まぁでも、ヒットはあまり中で黙っていられるようなタイプにも見えないがな。冒険者というほうがしっくりくるぜ」
俺を見据えながらキルビルが語る。俺もそれに異論はないな。冒険者をやるしか能がないように思われるのは心外だが、領主に祀り上げられるよりはマシだ。
「キルビルの言うとおり、俺は気楽な冒険者の方が性に合ってるさ」
「う~ん、まぁうちはボスがどんな道を選んでもついていくけどな!」
「メリッサも~いつでもごしゅりんらまのみょのれ~~っす!」
て! 危ない! バランスを崩してそのまま地面に倒れそうになったぞ! メリッサもそろそろやばいか?
「……フェンリィと一緒、ついていく」
「アンッ!」
「ふむ、まぁヒットがそれを望むなら無理強いもな……」
とりあえず皆、俺が領主という話は無しという形で納得してくれたような。
「まぁでもそうなると、やはりシャドウがなんとかするしかないだろうな。ここまできたら」
俺はお返しとばかりにシャドウに告げる。すると帽子をなおしながら苦笑するが。
「しかし私は人に誇れるような仕事は一切して来ませんでしたし。所詮は裏稼業で貴族なんかを相手に荒稼ぎしてたような人間です。そんな人間を手放しで認める者はいないでしょう」
「そんな事はありません! 主様が今回どれほど知恵を振り絞り、人々を助けるために策を練ったか! 近くでみていたこの私が良く判っているつもりです!」
意外な……いやシャドウを主人として従っている以上そんなこともなさそうだけど、これまでの印象と比べると、かなり感情を露わにしたような様相で、コアンが声を張り上げた。
「コアン……」
「申し訳ありません主様。出すぎた真似をとは思いましたがどうしても我慢が――ただ、私は皆様の言われるようにシャドウ様こそ、この地を治めるに相応しい方と信じております」
跪き、深く頭を下げるコアン。その姿にシャドウも再度のため息。
「俺達もシャドウ様が領主になるのには賛成だ」
「そうね。私もダイアに同じく、だってこのセントラルアーツを救ってくれたのは、ヒット様の力も当然大きいけれど、シャドウ様の采配を振ったおかげでもあるもの」
ここでダイヤとマーリンが姿を見せ、シャドウを讃え、更に領主を後押しするような言葉を投げかける。
てか俺に様とかは、むず痒くなるからやめて欲しいとこだけどな。
「俺達元セントラルアーツの騎士団は、シャドウ様が領主になられるなら改めて再編しついていく限りだ。まぁとはいっても一〇人も残ってないぐらいではあるんだけどな……」
「あらダイア。数だけいればいいってものじゃないわよ? ようは質でしょ?」
違いねぇ、とダイアが笑った。このふたりは東門の戦いでアンジェやセイラと一緒に相当数の魔物を退治してくれた腕を持つ。
確かに下手な騎士や兵士を数だけ揃えるよりは、確実に役に立つだろうな。
「シャドウ。皆がここまで言ってくれてるわけだが、まさかこれでも気が進まないというわけじゃないだろ?」
俺はやはりさっきのお返しとばかりにちょっとばかし意地の悪い口調で告げる。
「ははっ、こりゃシャドウはもう観念するしかないな」
キルビルも俺に追従するように言葉を続けた。
それにシャドウは肩を竦めて応えた。
「私とした事が外堀から埋められていくとはね。しかしここまで言われて出来ませんでは、私としても心苦しい」
そこまで口にしたシャドウの表情は、どことなく笑顔であり、気のせいかもしれないが、ある程度こういう事態を想定しているようにも感じられる。
「……ただ、アンジェ様のいうようにここで私達が話しあった所で、領主として認められるとは限りません。ですので私は一旦皆様の纏め役を買って出るという形で……もし王国側からこの領地にとって最適な方が派遣されてくるようであれば、私は素直におりますよ。まぁだからといってその間に無難になんてことも考えていませんが」
……そこまでいって悪戯っ子のような笑み。シャドウはなんか意外と楽しそうにも感じるけどな。
「主様以上に領主に相応しい方など居るはずもありません!」
コアンが若干ムキになったような感じに言う。この子がここまで感情を表に出すって事は、それだけシャドウを慕ってるって事なんだろうな。
「当然私達もできることがあればなんなりとお申し付け下さい」
「とりあえず他の生き残った騎士や兵士にもしっかり伝えて、尽力いたしますので」
「そうですか。ではとりあえず――今夜はもうこの話はヤメにしましょう。折角の宴なのですから」
シャドウがにこりと微笑みつつ告げると。騎士のふたりは一旦顔を見合わせ、クスリと笑みを零した。
「とはいえ丁度いいぜ! シャドウが領主を引き継いだ祝もやってしまうぞてめぇら!」
キルビルが嬉しそうに張り上げた声で、周囲の盗賊や冒険者達も歓声を上げた。
その後は、シャドウが領地を任された事が宴の最中人々に伝わっていったが、シャドウの心配とは他所に、それに異を唱えるものは一人もいなかった。
やはり今回の件でシャドウに対する信頼は相当膨れ上がってたようだな。
ちなみにモブも仮という形のようだが、冒険者の纏め役になる事を渋々ながら承諾したようであり――
それから更に宴は盛り上がりを見せ、何故かダイアに改めてお礼を言われたりもしたが(ザックを倒した事と関係があったようだ)しかし俺達はというと。
「ごひゅじんしゃま~せかいがまわっていまーす。ぐーるぐるぐーるぐる」
……まぁそんなわけで、メリッサがいい加減限界なので、アニーに話をし、先に宿に戻ることにした。
場はシャドウの事の方がメインになりつつあったので、俺達が抜けても大丈夫そうだったしな。
アンジェも戦いの疲れがあるようだし、セイラは平気そうにしてるが、フェンリィもうつらうつらしてたりもするしな。
その様子はちょっと可愛かったりもするけど。
で、俺達が戻るとなるとカラーナも一緒にということになり、結局このメンバーで宿に戻ることになったわけだが――
流石にヒットに領主は無理でした




