第158話 お酒とメリッサ
宴が始まってから俺たち一人一人に沢山の人が集まり、囲まれる状態が続いた。
女性陣はやはりというか男からの人気が高いようだが……ただアンジェに関しては女性人気も高いようだ。
アンジェの容姿は間違いなく美しい部類だが、同時に凛々しくもあり、女性からみても惚れ惚れするぐらい素敵と思われてしまうのだろうな。
で、俺は俺で酒を注がれたり食事を運ばれたりしながらも、城に行くまでの話や魔族との対決に関しての、とにかく方々から質問責めを喰らってしまい、正直食事どころでもなかったりする。
まぁそんな感じでたじたじになってると、モブやニャーコ、それにダンとエニーもやってきて、それとなく人払いもしてくれたりした。
ちょっと参ってたからありがたくもある。
「しかしな、全く本当にこの領地を解放しちまうとはな。恐れいったよ」
「凄いことだと思います。鉱山の件で助けてもらってから腕は立つとは思ってましたが」
ダンとエニーが随分と差がついた、と笑いながら言ってきた。
鉱山の事もなんとなく懐かしいなと思ったりしたけど、よく考えたらそこまで日にちはたってなかったりもするんだよな……
「まぁ俺は、ヒットの旦那をひと目見た時から、この人はいつかやる男だと思ってたぜ!」
「あぁそりゃどうも。てか誰だっけ?」
「酷い! 色々協力したのに!」
ダイモンが眉を落とし、ちょっと悲しそうに叫んだ。
ちょっと意地悪が過ぎたか。
「ははっ、冗談だって。まぁそうだな、俺達が街から逃げるときはダイモンにも世話になったな」
「あれぐらいどうってことねぇよ! あん時は俺が動かないとな! と、使命感みたいの? 小煩かった兵士なんて俺がこの手で黙らしてやったぜ!」
力こぶを作って随分と得意気に語る。そんなダイモンの肩には召喚獣のモキューの姿。
どうやらダイモン、この愛らしい召喚獣を随分と気に入ったようだ。
それはいいが、もうフェンリルみたいな事にならないようしっかりして欲しいけどな。
「まぁでも、ヒットの活躍がなければここまでの事は出来なかっただろうな。やっぱ英雄はヒットだと思うぜ俺は」
モブが一人頷きながら称えるように言ってくれてるけどな。
「いや、そんなモブさんだってかなりの活躍ぶりだったじゃないですか。魔物化したギルドマスターも倒したんですよね?」
「いや、あれはまぁあいつの戦い方は俺もよく知ってたってだけの話だ」
「いや、それにしたってギルドのマスターを倒すなんてやっぱ俺も凄いと思うぜ。でも、そうなると今後ギルドはどうなるんだろな?」
ダイモンがふとそんな疑問を唱えた。確かに……かなり犠牲にもなってはいるし痛ましいことだが、ダンやエニーのようにこの戦いで生き残った冒険者も多い。
マスターに選ばれる仕組みや条件なんかは俺にもわからないが、纏め役は必要だろう。
「それならそれこそモブ様が適任だと思います」
「そうだな。俺もモブさんしかいないと思う」
と、ここでエニーとダンが彼に向かって言う。表情を見るに大真面目だな。
でも確かに、新人冒険者に対しての面倒見の良さ。マスターを倒した実力。
そう考えるとモブほどの適任者はいないのかもしれない。
「おいおい勘弁してくれよ。第一俺はランクでいったらマネジャーでしかないんだぜ? 器じゃねぇって」
「いやいや俺達もそれには同意だぜ!」
「そうだな! モブさんだったら絶対ギルドも立て直す事が出来るぜ!」
「てかお前ら盗賊ギルドに入ったんじゃなかったのかよ」
「あ、あれなしで」
「元に戻るならやっぱ冒険者として生きたいしな!」
「なんだよ勝手なやつらだな~」
冒険者達が今度はモブの周りに集まってきて彼を持ち上げ始めたな。
盗賊ギルドの面々もやってきてツッコミ入れてるけど、別に怒ってるわけじゃなく、普通に笑いながら冗談交じりに接している。
今後は少なくともこのあたりでは、盗賊ギルドも冒険者ギルドも上手く共存していくことになりそうだな。
「でも確かに、モブにゃんなら上手くやりそうにゃんね」
「おっとニャーコか。そういえばニャーコにも色々助けてもらったんだったな」
「にゃん! もっと褒めていいにゃん!」
「え? あ、うん」
ドヤ顔で胸を張るニャーコだが、なんかこう、もっと殊勝な感じならもう少し尊敬できたかもしれないけどな。
「ところでニャーコはこれからどうするんだ? 受付嬢は暫く休業だろ?」
「そうにゃんね。でもニャーコは王都から派遣されてるにゃん。だから今回の件も一旦王都に報告し連絡を待つにゃん」
「王都にか。なるほ、どって! はぁ!? なんだよお前王都からきてたのかよ!」
「知らなかったかにゃ?」
「普通に初耳だぞ……てか王都から派遣されて、なんでギルドの受付嬢やってるんだ?」
俺が尋ねると、何故か得意気に自分の任務を語り始めた。
どうやら王都から来たというのは内密で、受付嬢として潜入しているんだとか。
ちなみにここガロウ王国の冒険者ギルドを纏めているのは、王都の冒険者ギルドらしい。
そして、各地のギルドで不正や問題がないかを調査するのが目的らしいのだが……
「……つまりニャーコは冒険者ギルドに問題がないかを調べるために王都のギルドから派遣されていると?」
「そうにゃん」
「……調査はしてたのか?」
「も、勿論してたにゃん! 何を言ってるにゃん!」
「……調査してこれなのか?」
「ね、猫も木から下りれずというにゃん! 誰だってちょっとしたミスはあるにゃんよ!」
……いやその仕事でそれは駄目だろ。そして猫も木から下りれずって、猿も木から落ちるみたいなもんか? よくわからんが、明らかにこの猫娘はギルドの人選ミスだと思うぞ……
「それにしても連絡ってどうするんだ? この状況じゃ手紙を送る手段も中々難しそうだが?」
とりあえず、この世界で手紙などがどういう風にやりとりされてるかは知らないけどな。
「大丈夫にゃん! ニャーコにはとっておきのオリジナル。鳥伝書の術があるにゃん! これで鳥さえいれば手紙を運ばせることが可能にゃん」
鳥伝書……伝書鳩みたいなものか。確かに俺の知らないスキルだしオリジナルなのだろう。
しかしそんな便利なのがあったんだな。
「これで今回の件をしっかり報告するにゃん! それがニャーコの仕事にゃん!」
なんか拳を握って偉い使命感に燃えているようだけどな。
今回の事を全て報告するのか……ニャーコの進退に影響しそうだがな。
まぁご愁傷様としかいいようがない。本人に自覚なさそうだけど。
「ヒット。信じてはいたがまさか本当にこの街を、いや領地を解放してしまうなんてな」
ニャーコの周りにも冒険者や他の受付嬢が集まり、俺の周りも落ち着いてきた頃、ゴロンが声を掛けてきた。
両隣には村の女の子の姿もある。ただ今回は支えはなく、ゆっくりとはいえ杖で歩いている形。
「ゴロン、どうだい調子は?」
「あぁふたりが杖を作ってくれたしな。ヒットが人々の笑顔を取り戻してくれたんだ。俺ももっと頑張らないといけないと思ってる」
「そうか……まぁとはいえ今日は宴を楽しもう。折角こんな場を提供してもらってるわけだしな」
「そうですよ村長。はいこれ食べて下さい」
「ば、ばか村長はやめろって」
照れくさそうにいいながらも、隣の娘が皿に盛られていた食事をゴロンの口まで運んでいくとパクリと口にしている。ほんのり頬も紅い。
あぁなるほどそういう事か。
「お似合いだと思うぞゴロン。そっちも含めて頑張ってな」
俺はふたりの姿に口元を緩めながらそう告げる。ゴロンが気恥ずかしそうに目を逸し、食事を食べさせていた娘の頬も紅潮した。
「私はヒット様が正直タイプだったんですけどね。でもなぁ、あれを見たら諦めるしかないですよね」
ゴロンについていたもう一人の女の子が、ため息まじりに口にした。
いや、流石にそうはっきり言われると何といっていいか……
「あぁ~ボスやっぱり油断ならへんわ! ちょっと目を話した隙に!」
すると声を上げたカラーナが飛びつくような形で腕を俺に絡ませ、そして責めるような口調で言ってきた。
さっきまで盗賊ギルドの面々や男性陣に囲まれていたが、そっちは落ち着いたようだな。
てか、別にこれはそういうのじゃないんだが――
「あ~んご主人様~ひどいれす~ヒック、私を置いれ~別の女となんて~」
メ、メリッサもやってきたが、何か様子がおかしい気が……
「て! え? メリッサどうしたんだ? てか、よ、酔ってるのか?」
「よっれなんれいませんよ~私はご主人様を差し置いて~よっれなんて~ヒック。う~んご主人様~ん」
おいおい……完全に酔ってるだろこれ。正面から抱きついてきて俺の胸板で顔をぐりぐりさせてるし……
「あ~メリッサも断りきれんくて、勧められるがままお酒飲んでたしな~こりゃ相当やね」
「ご主人様……たらし」
「くぅ~ん」
て! セイラも来たけどなんだよたらしって! どうしてそうなった! しかもフェンリィまでなんか呆れ顔だし!
「ふぅ、こういった宴はやはり少々苦手というか、あそこまで人が集まってくるとは抜け出すのに少々骨が折れた……て、も、もしかしてお邪魔だったか?」
腕を組み、ため息まじりにやってきたアンジェだが……メリッサに抱きつかれているこの状況に目を丸くさせてるし……
「邪魔じゃない! てか違う。メリッサが相当飲んで酔っ払ってしまったみたいでな」
「え~ご主人しゃま~私~よっれなんれ~いまれんって~」
「……酔ってるな」
「酔ってるだろ?」
「酔ってるんは間違いないなぁこれ」
「……酒に呑まれた」
「アンッ!」
「全くお前たちはいつも仲がいいな」
「らびゅらびゅなの! らびゅし~んなの!」
「うふっ、何か昔を思い出しますね貴方」
「ば、馬鹿お前! 突然何言い出すんだよ! て、照れるじゃねぇか」
いつの間にか近くに来ていたドワンとエリンギだが、なんか俺達の様子をみてイチャイチャしだしだしたなおい。
「爆発しろ!」
「破裂しろ!」
「ハンマーで打たれろ!」
そしてドワンの仲間の職人から恨みの篭った言葉が投げつけられた。
まぁエリンギは実年齢はともかく、見た目は眼鏡っ娘で美少女だからな。嫉妬するのもわからないでもない。
「ふふっ、ヒット様の周りはいつも賑やかですねぇ」
「あ、シャドウか。全く一番の功労者が挨拶もせず何してんだよ」
相変わらずの黒衣装見を包まれたシャドウに、思わず愚痴るように告げた。おかげで唐突に俺が壇上で話す事になってしまったからな。
「それはまぁ、先に話していたように、私は影みたいなものですからね」
「これだよ。全く今更影も何もないだろうになぁ」
シャドウの隣にいたキルビルが肩を竦める。
そういえばこの二人は古くからの友人だという話だったか。
「……ところでシャドウ。このような席で訊くのもなんだが、どうしても気になってしまってな。一つだけ訪ねたいのだが……今後このアーツ地方はどうしていくつもりなのか、何か考えはあるのか?」
すると、ふとアンジェが前に出て真面目な顔でシャドウに告げた。
彼女が訊きたくなる気持ちはなんとなく判る。
それは俺も密かに気になってるところではあるからな――




