第157話 勝利の宴
俺達が街に戻り、偽の領主が見事討ち倒された事を知った時の、街中の沸き立ちようはなかった。
セントラルアーツ解放の知らせはあっという間に街に残っていた人々の耳に伝わり、とりあえず一旦俺たち全員が集まった広場に一斉に人が集まり、ちょっと収拾がつかない状況にすらなった程だ。
そこで元々キルビルが言っていたように、彼が音頭をとり、祝の宴をとり行うため急ピッチで準備がすすめられた。
宿屋のアニーも手伝い、食材を集め酒を用意し、そして夜の帳が落ちた頃、広場には篝火が焚かれ、ドワン達が腕をふるい拵えた壇が設置された。
しかも垂れ幕付きである。たった二時間程度の合間によくこれだけの物が作れたな。
やはりドワンの鍛冶スキルはかなりのレベルなのだろう。
俺達の装備も随分と使いやすくなってたしな。間違いなくドワンも影の功労者だ。
そして結界を破ったエリンギとその娘のエリンも。
ただ三人共ここに一緒に並ぶのは嫌がったから、結局立たされているのは俺達五人とフェンリィだけだけどな。
「さぁ今宵の主役、このセントラルアーツを解放に導いた若き英雄達のご登場だ! 皆々様盛大な拍手をーーーーーー!」
そして幕があがると、数千人の人々から一斉に拍手やら喝采やらが降り注ぐ。
老若男女関係なく、子供だって笑顔を浮かべて俺たちを讃えてくれた。
しかし、なんというかむず痒いというか、こういうのはやっぱ照れくさいな。
ドワン達が苦手だと断るのも判る。
しかしキルビルはかなりノリノリだ。シャドウは遠くでほくそ笑んでる。
面白いものを見るような、そう珍獣をみてるような目でな。
てか、シャドウこそここに居るべきだろうに、
「私は影ですから」
とか言い出す始末だ。
今更影もないと思うがな。おもいっきり目立ってるわけだし。
「さぁヒット! 主役としてこの勝利に相応しいお言葉を一つ頼むぜ」
「は、はぁ? 俺が? いやちょっと待て! 聞いていないぞ!」
「そりゃそうだろ。こういうのはいきなり振るから面白いし盛り上がるんだよ」
くっ、キルビルもにやにやして結構性格悪いな。
「いいではないかヒット。この作戦で最も活躍したのはやはりヒットだと私は思うぞ」
「いや、それならアンジェの方が正騎士なわけだしな……」
「うん? 私が正騎士であることなど関係ないとさっきはいっていたではないか?」
いや、確かにそんなような事はいったけどそれとこれとはな……
「せやでボス! ここはやっぱりボスが決めんと! 一つガツン! と決めたってや!」
いやガツンと決めてどうするんだよ……
「ご主人様素敵です。ご主人様のお言葉ならどんな話でもありがたいと私は思います」
いやメリッサ。そんな神様じゃないんだから――
「……早く、喋る」
「あんっ!」
セイラとフェンリィからはなんかさっさとしろみたいに言われてしまった……うぅ、仕方ないな――なのでとりあえず俺は一歩前に出る。
すると突然シーンと沈黙が訪れ……あぁもうなるようになれ!
「あ~、そのなんだろうか俺はこういう場で話すのにはあまり慣れてないんだが……というよりも英雄とか言われるような立場じゃ本来ないんだ。俺なんてそんな大した事をしたわけじゃないし、恐らく一人じゃ領主の正体どころか俺を慕ってくれる仲間を助けることすら叶わなかっただろう――」
ぽつりぽつりと俺は今沸き上がってくる気持ちを言葉にして伝えていく。
俺以外誰も声を発することなく、皆がどこか真剣な目で耳を傾けてくる。
「だけどそれが出来たのはここの皆や、こんな俺にも協力してくれるといってくれた冒険者達や盗賊ギルドの仲間、そしていまここに集まってくれている皆さんの助けがあってこそだ。そして――その為に犠牲になった人々も忘れてはいけないと思う。重税に苦しんでいた人々の助けになりたいと動いていたシャドウキャットの働きも。彼らのこの街を想う気持ちがあったからカラーナだって頑張ってこれた」
「ボス――」
「…………」
カラーナの瞳が潤み、キルビルも何かを思い起こすように天を仰いだ。
……少し湿っぽい気もするが、でも皆が集まってる今だからこそそこは伝えておかなければと思う。
でも――だからこそ。
「――だから俺は思う、この勝利は俺達だけの勝利じゃない、この街の人々皆で勝ち取った勝利だと! だから何も俺たちだけが英雄なんかじゃない! 俺は思う。この街を解放し勝利を収めし英雄はここにいる全ての人々だと! だからそんな英雄全員の英気を養うために――」
力を込め俺は宣言し、そして一拍置いて今度は精一杯の笑顔で言葉を紡げた。
「今宵は精一杯宴を楽しもう!」
――その瞬間、街全体が揺れ動くほどの大歓声が波となって俺達に押し寄せ、そして駆け抜けた。
そこにはもう、領主や貴族の横暴に涙していた顔も、重税に苦しむ姿もなく、希望に満ちた笑顔が咲き乱れていた。
「……ありがとうなヒット」
話が終わると、キルビルが神妙な面持ちで俺にお礼を言ってきた。
「別にお礼を言われることじゃないさ。それに――」
「そや! 湿っぽいのはなしやで。ここは明るく見送ったほうが、みんな喜ぶねん!」
「カラーナ……あぁそうだな! 確かにそのとおりだ!」
そういってキルビルが元の笑顔に。一緒についていた仲間達も同じように笑顔を浮かべていた。
俺の口にしようとしたことはカラーナがいってくれたな……
「それにしてもヒット、やはり流石だ! 見事だったぞ」
「いや! 大げさだって! ちょっと最初噛んでるし!」
「いえ、ご主人様素敵です。本当に、私は、私はやはりご主人様の傍にお仕え出来て幸せに思います」
「いや、なんか改めてそう言われると照れくさいんだが」
なんかメリッサの瞳もうるうるしてるしな……
「……フェンリィも褒めてる」
「アンッ! アンッ!」
「え? フェンリィが、か?」
「ちゃうちゃう。フェンリィの事にしてるだけや。なんややっぱり素直やないなセイラ」
カラーナが補足するように言うと、なんかセイラが俺から目を逸らしてしまった。
「それにしてもボス気づいとる? ボスのさっきの演説きいていた女達の目がかなりボスに向かれとんねん。ハートが浮かび上がってそうな勢いやし、ほんまボスは天然の女殺しやから油断できへんわ」
「は? はぁ! いやなんであんなんでそんな事になるんだよ。流石にカラーナの勘違いじゃないか?」
「いやいや、確かにありゃ相当数見惚れちまってるぜ。こりゃ上手くやればヒット選り取りみどりだと思うぞ」
キルビルまで揃ってそんな事を言ってきた。
にやにやと中々意地の悪そうな顔してるな……このへんはやっぱ盗賊ギルドだなって感じだな全く――て、思ってたら突然カラーナが俺の左腕を取って抱きついてきた。
「い、言うとくけどボスはうちのボスやから! 色目使おうとしても無駄やで~!」
そんな忠告するような台詞を言い出したんだが……
「え? て、お、おい! 突然何を言い出すんだよ!」
「えぇやん! ボスなんか油断できへんし。これ以上ライバル増やしとうないねん!」
「いや、ライバルって……」
「ご、ご主人様は、ご主人様は私のご主人様でもあります!」
て! メリッサまで俺の右腕に組み付いてきて、いやそんなに強く寄り添われると、む、胸の感触が――
「…………ん」
「え? え~とセイラ?」
「……ご主人様。だか、ら」
「ワフンッ!」
なんか後ろで服の裾を掴まれてたりするんだけど……なんかこれはちょっと可愛らしいな。
「お、お前たち一体何をしてるんだ! こんな目立つ所で!」
「なに言うとんねん。アンジェかてアピールするならどこかにひっついとき」
「ふぁ!? な、ななななんあなん! なんで、わ、私がそんな、抱きつくなど!」
「そ、そうだぞアンジェも困ってるだろ! てか、なんでこんな状況に!」
俺が吠えるように言うと、何故かカラーナが呆れたようにため息を吐いた。なんでだ!
「ほんまボスはこれやから……」
「でもそれもご主人様のいいところです」
「……ん」
「あんっ!」
「だ、大体抱きつくなどそんな、第一、き、騎士として――」
いや、アンジェはアンジェでそういいつつも、何故頬を染めて腕を出したり引っ込めたりしているんだ?
「てか羨ましいぞこのやろう!」
「英雄だから仕方ないとはいえみせつけてくれるじゃねぇか!」
「あ~あ、これは私達には手が届きそうにないわね」
「でも仕方ないわよね。だってお似合いだもの」
……眼下では俺達の事を見ている男女からそんな声が上がる。
正直言うとそんなに気分は悪くないけどな。冷静に考えればカラーナもメリッサもセイラも容姿は完璧だ。
モジモジしてるアンジェだって騎士といわれなければどこかの姫と紹介されてもおかしくないレベルだしな。
そんな四人に囲まれて嬉しくないはずがない。そしてフェンリィも可愛らしい。
「全くいつまでいちゃいちゃしてんだよ。ほらそろそろお前らも宴に参加しろって」
キルビルが苦笑交じりにそんなことを言ってきた。
いや、ここに俺たちを上げたのはキルビルだろうって話でもあるが……
まぁとはいえ折角だしな。俺達はそのまま降壇し、宴の輪に加わった――




