第156話 英雄たちの帰還
「ご主人様。矢は見事に命中致しました。もうこれで立ちあがることはないと思います」
メリッサが俺に目を受け、冷静に結果を伝えてくれた。
それに俺は、そうか、と応え、そしてスパイラルヘヴィクロスボウをマジックバッグにしまい込んだ。
そして俺はやはりなと心のなかで呟く。正直、あのやられ方も落ち方もどこか不自然に感じていた。
特にアンジェのあれは、当たれば本来、刃が貫通し、身体に風穴をあける。
なので、あの飛び方は不自然でしかなかった。服すら破けてなかったしな。
だから、奴が塔から落ちてすぐにメリッサと足場の際まで向かい、そして彼女の目で確認してもらった。
そしたら案の定、あの魔族は起き上がり、どこかに移動を始めたのだ。
それをメリッサから聞いた俺は、直ぐにスパイラルヘヴィクロスボウを取り出し、肩に担ぎメリッサの観測を待った。
恐らく奴は、下に落ちれば俺たちでは直ぐに手出しが出来ないとでも思ったのだろ。
何せここから地上までの高さはかなりのものだ。
キャンセルでの移動は当然無理だし、キャンセルで階段をおりるにしてもそれなりに時間は喰う。
だが、奴が甘かったのは、奴自身が興味を持っていたメリッサの力を考慮していなかった事だ。
スポッターであるメリッサは、天眼で地上の奴の姿もしっかり確認できていたし、その目で距離も測れる。
それでいて、こと弓矢などの補助に回った時もその真価は発揮される。
風向きや風速を考慮し、どの位置と角度で矢を射てば相手に命中するか正確な計算が可能。
更にメリッサは、既に何度か俺がスパイラルヘヴィクロスボウを射つ様子も目にしている。
通常の弓矢とは軌道も勢いも異なるこれだが、それでもメリッサはこれまで見てきた記憶を頼りに、見事あのアルキフォンスを仕留められるタイミングを掴んでくれた。
まぁどちらにしても――
「これでようやく決着がついたな」
俺の言葉で、メリッサからも自然と安堵の笑みが零れた。
そして、あぁ、とは俺の右肩近くで同じように奴の最後を見下ろしているアンジェの声。
「これでこのセントラルアーツにも平和……というにはあまりに課題も多いと思うが、それでもようやく苦しみの日々からは解放されたわけだな」
「うん、そやな。これでも少しは皆も……うん! 流石ボスや!」
「いや、俺だけじゃこれだけの事を成し遂げるなんて土台無理な話だったさ。皆が協力してくれたからこそ、あの魔族も討ち倒すことが出来た」
俺はそういってから身体を回し、三人の逞しき女性たちに目を向けながら、素直にありがとうと頭を下げた。
「ヒットよしてくれ。お礼を言うべきは寧ろこっちの方だ。本来ならこのような大事、王国が軍をあげて対処すべき問題だったというのに……」
アンジェが軽くうつむくような形で心境を述べる。
王国の正騎士という肩書きからか、自分を責めてる様子も感じられた。
「アンジェも何暗い顔しとんねん! うちらここで好き勝手やってた魔族倒したんやで! 顔上げてもっと堂々としていいねん!」
「そうですよ。正騎士などという話は一旦おいておいていいと思います。アンジェの力もあったからこそ私達はここまでこれたんですから」
「そうだな。アンジェの力がなければ、そもそもこの街に入ることすら叶わなかったかも知れなかった。それに街の人にとっても今となってはアンジェ自身を英雄として見ているに違いないしな」
「いや、流石に英雄というのはやめて欲しいのだけどな」
アンジェが照れくさそうに頬を掻く姿は、少し可愛らしく感じるな。
まぁとにかくだ。
「とりあえず片もついたし一旦戻るとするか。皆にも報告しないといけないしな」
何せここからでも城の前に集まってきているのがよく判る。
そして俺の提案に皆も同意し、俺達はその場を離れた――
◇◆◇
俺達が城の扉か出ると、目の前にいたのはキルビルだった。
どうやら扉を開けようとやっきになってたらしい。
だが、そんな扉も内側からは何の苦労もなく開けることが出来た。
その事に若干ばつが悪そうにしてたキルビルだったが、俺から領主に成りすましていた魔族を倒した事を聞いた瞬間、その顔が喜色に染まった。
「やったぞお前ら! この街の英雄達がやりやがった! ついにこの街は! いや、セントラルアーツは解放されたぞ~~~~!」
キルビルが皆を振り返り張り上げた声に、一瞬の沈黙。
全員が一瞬はどこか信じられないといった様相を見せながらも――直後に大地が震えた。
沸き立つ歓声、男女関係なく抱き合い涙し、喜ぶ人々。
それを見て、俺もようやく実感した気がした。
あぁ、終わったんだなって。
まぁとはいっても、セントラルアーツでの事件がってことではあるがな。
実際は、他にも色々残った謎は多いが、ただ、とにかく今はこの地が無事解放された事を喜ぶべきだろう。
「……ご主人様、流石」
「あんっ!」
「あぁセイラ! いやセイラこそ流石だぞ。よくあれに気がついてくれたな。あれがあったからあの魔族も追い詰める事ができたんだ。本当にありがとう」
「そういや、俺も突然あの塔に向かって全員で魔法や弓で攻撃しろって言われた時はびっくりしたぜ。先にメリッサちゃんと組んでた連中は知ってたみたいだけどな。それにしたってあの爆発でよく気がつけたよ」
キルビルが関心したように言う。
正直あれは事前に決めてたわけでもないからな。
セイラの察しの良さには舌を巻く思いだよ。
「てかその調子だとあの魔獣言うんもセイラがやっつけたんやろ?」
「うむ、信じてはいたが改めて見ると流石と思うな」
「た、確かに。私も結局鑑定できませんでしたし……」
「……私だけじゃない。フェンリィも頑張った」
「く~ん」
セイラにぎゅっと抱きしめられているフェンリィが、その腕の中で可愛らしくないた。
そうか、確かにフェンリィもこの戦いの貢献者だもんな。
だからフェンリィを労うつもりでその頭を撫でる。柔らかい毛並みは戦いの後のちょっとした癒やしだな。
そしてフェンリィも気持ちよさそうにしてくれている、のだが……なんだろ?
セイラが何かいいたげに俺の事をみているような――
「ボスちょい――」
そういってカラーナが俺に耳打ちしてきたのは……セイラも撫でてもらいたいのでは? という事。
あ、頭を? セイラが? う~ん、そんなタイプでもない気はするのだが――
が、とりあえずそっとフェンリィからセイラの翠髪に右手を移動させ、前後に撫でてみる。
う~ん、これだけの事があったあとなのにサラサラで気持ちいい手触り――
「…………ふにゅ~」
へ? 今何か、片目を瞑って、声が漏れてたような……
「い、嫌じゃないのかセイラ?」
「……ご主人様に従うのが奴隷の努め」
「あ、うん、そういう事じゃなくて」
そういいつつ手の動きを止める。
すると、表情の変化は少ないが、上目でじっと俺を見つめる瞳には、なんとなく続けて欲しそうな感情も伺えたりで――
「全くセイラももっと素直になればえぇのに、撫でられて気持ちいいなら、気持ちいいってはっきり言ってえぇんやで?」
「……撫でられるのは気持ち……いい」
「え?」
思わず声に出た。いや、まさか本当に素直に言ってくるとは思わなかった。
「あはっ! なんやセイラ少しは素直になったやん! そや、そやろ? ボスの手つきはなんかこう巧いねん!」
「ほぉ。なんだよヒット、やっぱカラーナとしっかりと……いや! 俺もヒットなら納得だぜ! それに男なら指のテクニックも大事だしな!」
「いやちょっと待てキルビル! カラーナもその言い方だと誤解されるだろ! 違うぞ! そっちの話じゃない!」
「ご、ご主人様の、ゆ、指のテクニック……」
「カラーナ、指のテクとは一体なんの事なのだ? 剣の腕か?」
「いや、アンジェはそこだけほんま天然ちゅうか、世間知らずちゅうか……」
「てかお前らも話を聞け! カラーナもアンジェに変な事を教えるなって!」
「せ、せ、せせっせ、性、な、なんとふしだらな!」
「いや、だから俺の話を聞けよ!」
「まぁとりあえずヒットのテクニックの話はここらで置いておくとして」
「てか、そもそも話広げたのはあんたじゃないかよ!」
俺は半眼で吠えるようにいったが、気にせずキルビルは話を続けてきた。
華麗にスルーしやがったな……
「とりあえずここで俺たちだけで喜びを噛み締めてても仕方ないしな。街に戻って皆に知らせてやらないと、全員きっと英雄の凱旋を期待して待ってるぜ!」
「確かにな!」
「皆喜ぶぜ!」
「あぁ! これは今日は宴だな! 戻って酒と料理を用意しないと!」
集まってくれていた冒険者や盗賊たちが盛り上がりを見せた。
まぁ実際はこれで全てが解決したわけじゃないが、それでも今日ぐらいは全てを忘れて騒ぎたいというのもわかる。
ただ――
「キルビル、その前に一つ頼みがあるんだ」
◇◆◇
俺達は街に戻る前にキルビル達を連れてまた城に戻った。
そして例の塔の一階に安置してあった元シャドウキャットのメンバーの遺体を外へと運びだしてあげた。
俺のマジックバッグがあれば、この死体を運ぶのも可能だったのだがな。
カラーナとアンジェから事情を聞いた上で、外の皆と協力して運ぼうという事になった。
物扱いにはしたくなかったし、シャドウキャットは元盗賊ギルドのメンバーだからな。
キルビルからしても無関係ではない。実際キルビルとシャドウキャットのリーダーは気心の知れた友人みたいな関係でもあったようだ。
だからこそ、見た目には魔物と人間の合わさったような姿に変わってしまっていた事に、沈痛な思いを隠し切れない様子でもあったが――遺体は彼らによって丁重に運ばれる事となった。
ある程度落ち着いてからになるということではあったが、キルビルが責任をもって供養と埋葬もしてくれるようだ。
だが、そんなかつての仲間とは対照的に扱われたのは魔族であるアルキフォンスの骸だ。
実際俺達が何も言わなければ、そのまま刻まれて処分されそうな勢いですらあったからな。
ただ、俺からそれはやめてくれと告げた。出来るだけ骸はこのまま残したほうがいいとな。
勿論全員憎々しげな目を骸に向け、納得の言っていない様子でもあったが、今回の事件を起こした犯人の死体としてそのまま残しておくことには意味があると告げるとしぶしぶ納得してくれた。
実際これに関しては恐らくシャドウでもそうした事だろう。
アンジェとも話したが、結界という障害が完全に消え去った以上、王国側が動き始めるだろうという話でもあるしな。
その時にこの魔族の死体は証拠として役立つことになるだろうしな。
まぁそれでも、何かしら動きがあるまでにはそれなりの時間が掛かってしまうようだけどな。
そしてそんな話をしながら丘を下っていると、空のどんよりした雲もすっかり消え去り、茜色の空が広がり始めていた。
酒を飲むにはいい時間だーーーー! と気の早い誰かが空に向かって叫ぶ。
でも、まぁそうだな。とりあえず街に戻って皆で喜びをわかちあうとするかな――
拙作のこちらの作品ですが
MFブックス第2回ライト文芸新人賞の一次予選を通っていました!
これも皆様からの応援のおかげです!本当にありがとうございます!




