第153話 一撃
「メリッサ! そのままじっとしていろ。大丈夫だ俺もしっかり見てるから」
「も、申し訳ございませんご主人様。私このような失態」
視界を奪われたメリッサの声はどことなく暗い。
メリッサはこういった時に真面目で自分を責めがちだ。
しっかり伝えておかないと後に引きずりかねない。
「メリッサそれは違う。今のは俺のミスでもある。寧ろメリッサはよくやってくれた。おかげで突破口が掴めたぞ! もっと誇っていい!」
「ご、ご主人様……そういって頂けると嬉しいです――」
声に安堵の色が滲んでいる。
それでいい。実際そのとおりだしな。
これに関しては俺の計算が甘かった。
「突破口だと? ふん、強がりだな。だがその女が相当に役に立っていたのは確かだろう。だからこそもう貴様に反撃の余地はない」
余地はない、か。
全く随分と自分の結界に自信があるようだな。
だが、メリッサのおかげで能力についてはかなり解ってきた。
まずプリズムウォールは設置できるのが最大で三つ。しかし位置は瞬時に切り替えることが出来るようだな。
今までの攻防の間でも頻繁に壁の位置は変化している。
そしてプリズムキューブ。相手を結界に閉じ込める厄介な技だが、喰らってみて判ったのは、まずキューブそのものは使用者による攻撃によって消えるという事だ。
そして連続使用が出来ない。恐らくクールタイムのようなものが存在するのだろう。
尤もこれは俺の予想だが、もし制限なく使えるなら最初から使っているだろうし、今だって使わない理由がないからな。
魔道結界に関してはそのままの意味だな。創りだした結界、この場合ウォールとキューブがその対象で、発動した魔法が結界を通して発動される。
気になるのはスペシャルスキルで、奴が創りだした結界は対象になってないのか? というところだが、これはウォールの方が使いやすいという可能性もあるから、出来ないと決め付けるわけにもいかないか。
「貴様の視界も奪ってやる! 暗に閉じよその眼は――ダークブライ、ちっ!」
奴が再び魔法を使おうとしたが悔しそうに舌打ちする。流石に俺もこんなところで視界を奪われたくないしな。
だから、奴が俺をとらえた瞬間ステップキャンセルで移動した。
相手を指定する魔法は、魔法を発動させたときに視界に対象を捉えておく必要がある。
つまりステップキャンセルを上手く利用すれば回避することは可能だ。
まぁ喰らってもマジックキャンセルを使えば、回復は可能だがな。
しかしリスクを考えると避けれるものは避けておきたい。
まだ個別のは再使用まで時間がかかるし、範囲効果をつけてのはいざというときまでとっておきたいしな。
メリッサは……出来れば回復しておきたいところだが、回復してもまた封じられる可能性はある。
不便をかけるが、今は少し休んでおいてもらうとしてだ――
「ならばこれだ、我が手で荒ぶれ。漆黒に染まれ。全てを飲み込む闇の炎。マナを喰らへあるだけ喰らえ。成長せよ炎。漆黒の炎。其の全てを燃やし尽くし、魂ごと地獄へ送れ――」
『夜空に浮かぶ闇真珠、破災転じて槍となる、さぁ降り注げ黒き暗槍、貫け生命、穿て魂――』
とりあえず俺は右に左にとステップを踏みながら、ジグザグに近づこうと試みるが、そこへ更に奴の二重詠唱。
すると俺の目の前に見えない壁。
そして発動の声。
「【ダークフレイム】『【ダークネスジャベリン】』」
口は一つにも関わらず、発せられし言葉がふたつ重なり俺の耳に響き渡る。
まず結界から暗紫色の炎が生まれ、そしてアルキフォンスの頭上には、オークの頭ほどある大きさの黒球が浮かぶ。
ダークフレイムは闇の最上級魔法で、本来は相手を飲み込むほどの黒い炎を手から生み出す。
しかし、魔道結界の力でそれを直接結界の壁から放とうとしているわけだ。
勿論そんなものを喰らうわけにはいかないから、俺は咄嗟にステップキャンセルでその炎を回避する。
なにせあれは炎魔法と特性が異なり、相手の魔力に引火する。そして魔力ごと相手を燃やし尽くすわけだ。
その為、対象の魔力が多ければ多いほどダメージも大きくなる。
俺の魔力は、正直そこまで高く無いと思うが、それでも一度闇の炎を浴びれば魔力が燃え尽きるまで消えることはない。
だが――それを避けたとしてももうひとつの方までは流石に厳しかった。
ダークネスジャベリン、頭上に浮かんだ黒球が弾け槍と化し降り注ぐ。
槍の数は込めた魔力によって変化するようだが、結構な数がばら撒かれたようだな。
ステップキャンセルで移動した先に一本飛んできて、俺の腕を抉った。
俺の装備している防具は肩までは守ってくれているが腕までは保護していない。
まぁそもそも胸当てだから、急所以外は晒している部分も広いわけだけどな。
「ふん、この程度のダメージか」
俺の傷を見て吐き捨てるように奴がいう。
確かに傷はかすり傷といえる程軽くもないが、腕が使えなくなるほど重くもない。
回復という程でもないだろ。
しかし――しっかりメリッサには当たらないように調整しているのは流石というべきなのか。
まぁそれだけ本気でメリッサを狙っているということなんだろうがな。
それにしてもメリッサは、チェリオといいこの男といい本当にろくな男に好かれないな。
……て、それをいったら俺はどうなんだよって話でもあるだろうが――
「狂気の炎、脅威の焔、それは狂い、狂いの破壊、連鎖する爆、侵食する熱、慈悲はなし慈悲はなし、我が目に映るは狂爆、破壊の狂爆――」
と、そんな事を思っていたらまた詠唱。
これは、今度は炎魔法か、忙しいやつだ。
二重詠唱で一つは中級魔法のヒュドラム、もう一つも同じく中級で確か……
「【クレイジーボム】『ヒュドラム』」
奴が横に展開していたのであろう結界の前方に爆発が起き、そこから更に連鎖するように前へ前へと爆炎の波が迫る。
だが俺はその爆圧から逃れるように、それでいて魔法の発動者であるアルキフォンスに向けてステップキャンセルで跳躍する。
俺が瞬時に空中に現れた事で、奴の口角がにやりと吊り上がった。
俺の視界の先では、八匹の炎蛇が口を大きく開け、俺を燃やし尽くそうと迫ってきている。
――メリッサの視界を奪ってからの奴の魔法には特徴があった。
それは地上と空中の両方から攻撃できるようにしていたところ。
ダブルスペルによって紡がれているのは、この二回とも地上と空中からの連携を狙ったもの。
これは奴自身、設置できる結界の高さでは、俺に飛び越えられる可能性があると思ってのことなのだろう。
だから対空に強い魔法もセットで使用したわけだ。
更に俺が接近しようとすると壁を俺の前に展開し妨害する。
つまり、奴はそれだけ接近されることを嫌がっているという事だ。
だからこそ俺はこの手を選んだ。俺のステップキャンセルは以前より進化している。
今のように本来飛べるだけの軌道であれば、キャンセルして空中に移動することも可能な上――
「な!? 馬鹿な!」
俺の頭上を炎の蛇が悔しそうな鳴き声を上げながら通り過ぎる。
予想外の俺の動きにアルキフォンスもついていけず、そしてそこから連続でステップキャンセルを使用し奴の横についた。
壁を創らせる暇なんて与えはしない。
アルキフォンスの魔法が俺に命中しなかったのは、俺が着地までの流れをステップキャンセルで飛ばしたからだ。
まぁ奴からしたら、いきなり俺が空中から地上に移動したように見えただろうがな。
そして横についた俺に驚愕の双眸が向けられる。
「くっ! だが何をしようと私に攻撃は効かないぞ!」
「たしかにそのままならな」
だから――スキルキャンセル!
これで奴のプリズムコートを引っぺがす!
「く、くそ! やはり貴様そんな能力を!」
「覚悟するんだな――ダブルスライサー!」
俺は左右の双剣による斬撃を高速で放つ。
一瞬奴の恐怖を滲ませた表情が目に入ったが――しかし、アルキフォンスは例によって滑るような独特な移動で俺から五歩分ほど離れた位置まで後退し停止した。
「ふ、ふふっ! はは! 惜しかったな! だが今のを外すのが貴様の実力! 所詮貴様はその程度という事よ!」
顔を歪ませ醜悪な笑みを零す。
俺が勝機を逃したかのような口ぶり。
だがな――
「何を言っている? 俺は外してなどいないぞ?」
「は? 何を馬鹿なつよがりを。言っておくが、もう二度と同じ手は通用しないぞ? この通り再度私は結界で、え?」
突如ぐらりとバランスを崩し、奴が床に片膝をついた。
そしてアルキフォンスは、ただでさえ青い顔を更に青くさせ、ぜぇぜぇ、と息を荒くさせている。
「馬鹿なこれ、な!?」
どうやら膝をつき目線が下がったことで気がついたようだな。
「お前のそれ、随分とキツそうな袖だったからな。少し楽にしてやったぞ」
慌てたように奴が自分の両袖を確認した。俺の双剣で見事にぱっかりと開かれた袖をな。
ギチギチに締め付けられていて手首すらみせていなかったが、今はしっかり腕まで見えているぞ。
そして、それとは別にさっきまで奴のいた場所に落ちたそれ――俺の刃によって見事に砕かれたふたつの腕輪もな。




