第149話 それぞれの決着
カラーナの使用したダークスペイスの効果が切れた。彼女がかつてのボスの目の前に飛び出した直後であった。
真っ黒い体毛に包まれたその姿は、カラーナの知るその様相とは明らかに違っていたが、戦いの中で垣間見えたその技術だけは、衰えることなく、カラーナの記憶と重なる。
シャドウキャットを纏めあげていたリーダー、カラーナがかつてボスと慕っていた彼は、全員から好かれる気さくな男であった。
そして同時に面倒見もよく、その性格はどことなくカラーナを育ててくれた義父にも似ていた。
困ったときにはコインの裏と表で決めるような適当さもあったが、その程よい、いい加減さも、仲間から好かれていた要因でもあったのかもしれない。
しかし、こと盗賊としての腕はカラーナを遥かに凌駕する。
その動きは常に機敏に目立たず、そして――華麗に……いざという時はそのコイン捌きも駆使し、どんな困難な状況に直面しても対処してきた、そうあの時までは……
ジュウザの裏切り――それが全てを狂わせた。
カラーナはあの時、自分が奴の正体に気づけずにいた事を今でも悔やんでいる。
その結果が今のボスの姿なのだ。だけど、いや、だからこそ、カラーナはしっかりケリをつける必要がある。
ボスのコインの乱射を掻い潜り、カラーナは対象を右斜め前に見る形の位置に移動し、そしてトリプルスターによる攻撃を仕掛ける。
短剣系の武器スキルで、素早い三連続の攻撃を繰り出す技。
二刀流であれば攻撃速度も上がる。
だが、ソードブレイカーによる一撃目でカラーナの武器が奪われた。
そこから流れるような動きで、カラーナが二撃目に移行する前に奪われたソードブレイカーが彼女の目の前に迫る。
「【ギルウェポン】かい!」
咄嗟に翻るように回転し元ボスの刺突を躱す。
ギルウェポンは、ジェントルシーフの固有スキルで、攻撃を仕掛けてきた相手の武器を奪い逆に利用する。
その為、中途半端な攻撃は逆に仇となる可能性が高い。
カラーナは回転した勢いのまま横に飛びそこから、タンッ、と床を蹴り後方に下がった。
だが、追ってくる気配はない。彼はカラーナから奪ったソードブレイカーは遠くに放り投げ、まるでダンスのようなステップを踏み始める。
そのステップに、一瞬心を奪われそうになるカラーナ。
固有スキル【ジェントルステップ】は、華麗なステップで相手を惑わすダンサーのそれに近いスキルだ。
同時にこのステップ中は、相手の仕掛けた罠に決して引っかからない。
そして、床に華麗なステップをリズミカルに刻みながら、両手にコインを乗せ、親指で弾く姿勢。
これまでのコインショットとは明らかに違う気配。
思わずカラーナも身構え、そして――
怒涛の連射。大量のコインの弾丸がカラーナに迫り、その視界が一瞬黄金色に染まる。
スペシャルスキル――【コインラッシュバースト】扇状に広がるこの速射は、通常の人間が一枚弾く間に一〇〇枚を撃ち放つという離れ業。
だが、コインの軌道上の天にカラーナの姿があった。天井の高いこの空間ではカラーナの身軽さが遺憾なく発揮される。
「――やけど、ボスはここで終わりやない!」
カラーナの言葉の意味。それは彼の次の行動ですぐに証明される。
彼の弾いた大量のコインはカラーナにはあたらず、しかしそのまま奥の壁に無数の風穴を開けながらも、その衝撃で全てが後方に跳ね返る。
更に元ボスのコインは勢い収まらず、続けて連射されたコインが床や横の壁にも命中し、それらもすべて跳ね返り――そこへ更に続けてのコインラッシュバーストを重ねここに完成する。
彼のアレンジを加えた唯一無二のオリジナルスキル――【ゴールデンギャラクシィ】。
高位職でありながらオリジナルを持つなど本来異例だが、シャドウキャットのリーダーでありながらも彼は自らの業を磨くことにも余年がなかった。
続けざまに放たれた金貨は互いが互いに弾き合い、その空間に黄金の星々が煌めき合う。
それは傍から見ればうっとりするほどの美しい光景。
しかし、一度その中に身を投じれば、全身をコインで撃ち抜かれ命さえ持っていかれる。
空中漂うカラーナだが、その下には美しくも地獄へと繋がる光景が広がっている。
そして――自然落下。カラーナの身体が吸い込まれるようにその黄金の河に近づく。
その時、ふと空いた方の手が、シャツの裾に潜り込み、そして取り出したのは、あと一つだけ残っていたマジックボム。
それに時を刻み、黄金の中に投げ込んだ。
自分が所属していた義賊団のボスだからこそ、彼女はその技の弱点も知っている。
カラーナより先にコインの跳ねまわる空間に到達した瞬間――轟音と共に黄金の爆発が生じ、無数のコインが外側に弾け飛んだ。
強力なオリジナルスキルであるそれも、内側からの衝撃には弱い。
そしてカラーナ自身は、爆発で発生した衝撃波に上手くのり、勢いのついた飛翔で元ボスの背後に着地した。
彼は振り返りコインショットの構えを取るが、それもカラーナにとっては想定内である。
ゴールデンギャラクシィを使用後は隙が生じ、その後の行動に影響が出る。
この状態ではギルウェポンも使えない。
更に接近戦において、コインショットの性能は半減する。
弾かれたコインは出始めは威力が弱く、振りぬいた腕であっさりと弾かれた。
「うちつよなったろ? それも――新しいボスのおかげやねん。だから、堪忍な……」
呟くように言って、カラーナはムーランダガーを振り下ろし、そこから相手の脇を駆け抜けながら水平に切りつけLの字を刻む。
短剣による武器スキル【Lカット】。その一撃は淀みなく元ボスの急所を駆け抜けた。
「ガッ――」
吐血し、虚空を見つめながらシャドウキャットのリーダーだった男は呻き声を上げた。
「――うちボスの、ヒットの役に立ちたい……やから、ここで立ち止まれんのや、ボス……」
唇を噛み締め。振り向いたカラーナのその頭に、ふさふさとした毛にまみれた右手が乗る。
それは――かつて彼女が慕ったボスの掌。
思わずハッと目を見開き、カラーナは彼を見上げる。
――セイチョウシタナ……アリガトウ。
声にはならなかった。ただ唇が僅かに動いただけであった。
だが、不思議とカラーナにはそれが判った。
そして、最後に見せたその表情は、魔物へと変わり果てているにも関わらず、とても安らかで、優しかった――
「……馬鹿や。ほんまに馬鹿や、なんでやねん。なんで最後にそんな事言うねん――ボスの……あほぉ」
堪えようとしても堪え切れず涙が頬を伝った。カラーナはそれを隠すように、立ったままあの世へと旅だったかつてのボスをそっと抱きしめた――
◇◆◇
「ほぅ、なるほどエレメンタルリンクか」
壁に叩きつけられた直後、様相が一変したアンジェに向かってメフィストが呟いた。
彼の言うように、ウィンガルグと完全に一体化したアンジェは、全身を風の装具に包まれた状態でふわりと床に降り立った。
「心のどこかで、貴様には直の戦いなど出来ぬはずと、軽んじていた自分がいたのは否定出来ないな。全く自分で自分が情けない限りだ。見た目で判断するなど尤も愚かな事だというのに。だが――もう油断はせん! 本気で貴様を屠る!」
「ふふっ、なるほど少しは楽しませてくれそうだ」
薄い笑みを浮かべメフィストは両手を正面に置き、両足は僅かに開いた。
完全に相手を迎え撃つ構えである。
「さぁ来い」
「今度はそっちが私を舐めすぎだな」
アンジェはその場から一歩踏み出し剣を振る。同時に放たれるは風の精霊と騎士としての剣技の合わせ技エアロカット。
半月状の風の刃がメフィストを捉える。風を乗せた攻撃の速度はまさに風と同列。
よほどの達人でない限り、見てから躱すのは不可能に近い。
メフィストにしても防御する暇もなく、直撃を受けたわけだが――しかし、その強靭な肉体には傷ひとつ付いていない。
エレメンタルリンクによって精霊と同化したアンジェの攻撃は、全てが通常より数倍性能が増している。
にも関わらずノーダメージである。
「その程度じゃ皮一枚傷つけられんぞ?」
「くっ! ならば!」
大地を蹴り、メフィストの脇を駆け抜ける。と、同時に一〇〇を超える剣戟がその天然の鎧に叩きこまれた。
風を纏った音速の剣技シューティングウィンドである。
しかし――
「ふむ、中々いいマッサージであったぞ」
振り返り余裕の表情で言いのける。
そして、反対に攻撃を繰り出し、少し離れた位置で立ち止まったアンジェの膝が軽く折れた。
危なく片膝をつくところであったが、そこはなんとか堪え立ち上がり、メフィストを振り返る。
「気功を腕に纏う発気拳だ。通発勁と違い素直な外側への攻撃だが、それでも中々のものだろう?」
短く呻きながら、軽く、打たれた脇腹を押さえる。鎧にはヒビが入ってしまっていた。
風の精霊獣の力は、風にのることで素早い動きや、ありえない程の跳躍力などを体現することは可能だが、装備品の耐久力があがるような事はない。
その為、風の力を利用し加速するような大技の場合、カウンターを受けた場合にその分被害も大きくなるという欠点がある。
加速した勢いが、そのまま相手の攻撃に乗る形になるからだ。
それにあいまって、メフィストの気功を利用した一撃は強烈だ。
しかも相手の鋼鉄の肉体には、アンジェの攻撃が全く通らない。
これではいくら攻撃を仕掛けても、手痛い反撃を喰らうだけでジリ貧である。
「おや? 動きが止まったな? 風の精霊獣を使いこなすなら、止まってしまっては駄目だろう。どれっ――」
メフィストは両の掌を上に向け、気を練って創りあげた球体をその上に浮かばせた。
モンクのスキル、波動弾である。
メフィストの顔ほどもあるその弾丸が放たれ、それを、アンジェは華麗なフットワークで躱す。
その間も、射抜くような瞳をメフィストに向け続けていた。
だが、メフィストは構うことなく、今度は掌底を打ち出すと同時に波動弾を打ち放っていく。
その身体の向きは変えてはいるが、立ち位置は全く変更がない。
すると、アンジェはその気弾を避けつつ、大きく息を吸い込んだ。
そして、タンッ! と軽やかに踏み出し、一気に加速――
「ふん、バカの一つ覚えみたいに同じことを、がっかりだ!」
アンジェが脇を駆け抜けるとほぼ同時に、気功によって威力を上げたメフィストの拳が先ほどとは逆の脇腹を抉った。
アンジェの表情が一瞬歪み、そしてそこから数メートル先で止まり――今度は鎧の一部が欠け地面に落ちた。
カランッという軽い響き。鎧の下に着ていた内着さえも敗れ、白かった柔肌に青い痣が浮かび上がる。
「ふふっ、だから言ったであろう。何度やっても無ぐぅ!」
その時、メフィストの膝ががくりと折れ地面に膝頭が付き、そしてその顔色が初めて変化した。
「馬鹿な、これは――ダメージを受けたという事か? しかし……」
「不思議か? だが難しい話ではない」
同じくダメージを受けながらも、今度は一切表情にも出すことなく、メフィストに振り返りつつ毅然とした態度で言い放つ。
「先ほどとは違い今度は全ての攻撃を一点に集中させてもらった。如何に頑強な鎧でも同じ場所に攻撃を集中させれば何れ壊れる。それと同じだ。貴様は自分の肉体に驕りすぎだ馬鹿者め」
相手を諭すように述べるアンジェをひと睨みした後、ふっ、とメフィストがゆるい笑みを零す。
「なるほどなるほど。どうやらこの肉体も完璧ではないというわけか」
その様子にアンジェは怪訝そうに眉を顰める。
「まぁいい。ならば今度は脚も試すとしよう。スピードに自信があるのは、何もお前だけじゃない」
そう口にした直後、鈍い音の残る蹴りでメフィストが跳躍、そこから壁に床にと縦横無尽に跳ねまわった。
「さぁこれでもう、さっきのような失態は演じない。更にだ!」
残像を残しながら動きまわるメフィストの手から、波動弾が次から次へとアンジェの身に打ち込まれていく。
先ほどとは打って変わって、静の戦法から動の戦法へと切り替えてきたのだ。
「……なるほど、確かにこれでは例え捉えられたとしても、一点に攻撃を纏めるのは厳しい――」
アンジェは気弾を避けつつ、そう言を発し、そして――だが、と動きを止め身構えた。
「ははっ! さっきもいっただろう? 風の力を使用しているのに動きを止めてどうするのだ。ほれ、何を考えているかしらないが、構えて突っ立っているだけでは攻撃を喰らうだけだぞ」
メフィストの言うように、アンジェは刃を正面に向け、鋒に片方の手を添えた状態で半身のまま身構えている。
前足と後ろ足のスタンスは若干広めに、腰を屈め狙いを澄ますように瞳を尖らせ、微動だにしない。
勿論、そんな状態では攻撃など避けられるはずもなく、更に増えたメフィストの波動弾が一気にアンジェに迫り――着弾した。
顔を歪ませるメフィスト。床が爆ぜ、灰煙が立つ。
だがその瞬間――一つの影が煙を突き抜け、猛スピードでメフィストの身体を、貫いた。
ギュルギュルという響きで鋼の肉体は抉られ、その胸に巨大な風穴があく。
あまりの事にメフィストは目を見張った。
そしてメフィストはその勢いのままアンジェに押され後方の壁に背中から激突した。
先ほどとはまるで逆の形であるが、今回の場合、メフィストに与えられた洗礼は明らかに致命傷となりうるものだ。
地面に脚をつけ、ふぅ~とアンジェが息を吐き出す。
「……まさかここまでとはね。しかし何をした?」
メフィストが訪ねる。
「――力を溜めて一気に解放しただけだ。尤も開放する際には腕の捻りも加えたがな」
アンジェが行ったのは小剣系のスキルである、【パワースライド】と【スクリュードライブ】を組み合わせた一撃だ。
パワースライドは闘気を纏い相手に突撃するスキルであり、スクリュードライブは攻撃の時に腕を捻り回転を加える事で威力を高めるスキルである。
元々アンジェの技は、武器スキルに精霊の力を加える事で新たな技に昇華されたものが多い。
例えばシューティングウィンドはスプラッシュニードルを元に昇華させた形であるし、シルフィードダンスは、ファイブコンビネーションを元に編み出されている。
そして今回の技も、元となる小剣の武器スキルにウィンガルグの力を組み込ませ、メフィストの頑強な肉体に風穴をあけるまでに練り上げた代物であり、その効果は絶大だ。
「考えた技をぶっつけ本番というのも多少は不安もあったが、そうも言っていられなかったしな。だが、今の戦法に関しては貴様は愚かであったと言わざるを得ないな」
「愚か、だと?」
「そうだ。確かに肉体が強化された事で中々素早い動きが可能となったようだが、そこから使うのがあのような代物では意味が無いだろう。その向上した膂力に気が乗っているからこそ、あれだけの破壊力が生めるのだ。それなのに気だけに頼るような攻撃に変えては何の意味もない。あんなものいくら喰らっても痛くも痒くもないしな」
ため息まじりで若干呆れたような物言い。
その姿に、ははっ、と何故か愉快そうにメフィストが笑った。
「……それにしても、その状態でまだ話せるのは正直驚きだ――」
そう言いつつ、改めてアンジェは身構える。
確かにメフィストは、胸の辺りに大きな風穴があいているというのに、まだ口を開き言を紡ぐ。
が――
「いや、この身体はもうダメだ。だから今回は私の負けだよ。でも、中々楽しめ、た――」
そこまで言った直後――まるで糸の切れた人形のように、メフィストが両膝を突き、そして……
「ぐはぁ! あ、あぁ、あ"あ"あ"あ"あ"ぎいぃああぁあぎいぃいああああぁ!」
突如メフィストは絶叫し、そのまま白目を向き、そして、前のめりに倒れ二度と動かなくなった。
(なんだ? 一体どうなっている?)
不審に思いつつ、アンジェはメフィストに近づく。
そして改めて確認するが、その男が絶命しているのは見るからに明らかであった。
何せ、あの鋼のような肉体は見る影もなく、まるでミイラのようになって朽ち果てていたのだから――




