第144話 あの男との再会
「ボス、そこの床はトラップ起動させるもんや、気いつけてな。アンジェその壁は矢が出る思うで。ウィンガルムで回避やな。メリッサはあそこ鑑定してみてくれへん? なんか怪しいねん」
「あ、はい! 確かに、あそこのそれぞれの柱に擬態の能力をもつゼロックが潜んでいます――」
カラーナの的確な指示で、アンジェが壁から発射された何本もの矢の軌道をウィンガルグの力で天井へと逸らし、俺はカラーナの指し示した床を踏まないように注意しながら、メリッサの鑑定した柱まで迫り、一見ただの石柱にしか見えないそれに剣戟を叩き込む。
すると、悲鳴こそあげなかったがメリッサの鑑定したゼロックが姿を見せ、そのまま大理石の床に倒れた。
ゼロックは、全身真っ黒の人型の魔物で、手が異様に細長く、それを鞭のように使って相手を捕縛し引き寄せる。
ゼロックは目や鼻といったものが全くないのっぺりとした顔立ちではあるが、獲物を捕らえると、口に当たる部分がぱっくりと開き、身体と同じく真っ黒の鋭牙で獲物を噛み砕く。
ただ、攻撃速度に優れているもののその他の動きはのっそりとしているので、擬態さえ見破ればそう怖い相手ではない。
俺が一体を屠った事で、残り五体程のゼロックが擬態を解き(ゼロックは擬態したままでは攻撃に移れないからだろう)その鞭のような腕を一斉に振るってくるが、何体かはキャンセルし、他の攻撃は避け、間合いを詰めてダブルスライサーによる素早い二連斬りで二体を倒した。
その間にアンジェが疾風の如き素早さで、奥にいた三体に迫り、細剣のスキルであるダブルニードルによる上下への二段突きで一体を貫き、更に横薙ぎへ繋げもう一体を切り裂き、距離のある残りの一体にはエアロカットによる風の斬撃を飛ばし片付けた。
う~んやはりアンジェの剣の腕は相当なものだな。
キャンセル無しで戦ったならまず勝てないだろうな。
味方でよかった本当に。
それでいて戦い終わり汗を拭う姿も凛としていてなんというか……綺麗だよなやっぱ。
「な、なんだヒット、私の顔になにかついているか?」
怪訝な顔での問いかけ。やばい! ちょっと見すぎたか……
「あ、いや。とりあえずこれでここの魔物は終わりかな?」
「そやなボス。魔物も罠も、もうこれ以上はなさそうや」
「そうか。ならカラーナ先も頼む」
俺はごまかすようにカラーナに話を振りつつ、あの塔に向けて移動を始める。
ただ、ボス、アンジェに見惚れてたやろ~? とはカラーナの言葉。
思わず喉をつまらす。本当、カラーナはそういうところもよく見てるな。
◇◆◇
「この扉を抜けた先ぐらいやと思うんやけどな」
あれから更に、細かいトラップを避け魔物を倒しながら進み、俺達は中々立派な両開きの扉の前に辿り着いた。
「カラーナ、中の様子はどうだ?」
扉に耳を当て中の様子を探るカラーナにアンジェが問いかける。
シーフのスキルである聞き耳は、小さな声や細かな音を聞き分け扉の向こうの状況を探る事が可能だ。
扉をこそっと開けて中を探るという手もあるが、カラーナの話だと、このタイプはそっと開けてもどうしても音が出てしまうらしい。
「なんか妙な音も聞こえるけどな。とりあえず何かがいるのは確かや。数は一五~二〇ってとこやな。部屋も結構広いみたいや」
扉の雰囲気からそんな気はしてたが、カラーナの話を聞く限りここは大広間等にあたる場所のようだな。
「あのご主人様。私の透視もそろそろ発動します」
メリッサの宣言にカラーナが少し横にずれた。
メリッサの視界を邪魔しないようにするためだろう。
スポッターのジョブを手に入れた事で、天眼だけでなく透視のスキルもメリッサは手に入れた。
それを使えば、扉が閉まっていても向こう側の様子が確認できる。
「しっかし透視とは便利やな~」
「でも発動までに少し時間が掛かってしまいますけどね」
扉を見つめ続けつつメリッサが微苦笑を浮かべる。
「……しかしメリッサだからまだいいが、持っているのが男だととんでもないな」
言ってアンジェが顔を顰める。
た、確かに不謹慎だが、男にとっては夢の様なスキルかもしれない――
「じっと見てくる男には要注意やな」
カラーナの言葉にアンジェが、うむ! と強く頷く。
もしこのふたりにそんな事をしでかそうなんて考える男がいたら……恐ろしい結果が待っているのは火を見るより明らかだな。
くわばらくわばら……
まぁそれはそれとして、メリッサの説明だと透視は厚みがあったり構造的に中身が確認しにくいものほど、透視が発動されるまでの時間が長くなる。
この辺は鑑定と似ているといえるか。また、スキルによる妨害等によって透視出来ない場合もあるようだな。
ちなみに、正面の扉に関しては所要時間は三分との事だった。
大した時間でもないので、カラーナがわざわざ聞き耳を立てなくても……と思えそうだが、透視はあくまで透視した先の正面しか視ることは出来ない。
また、熟練度によって変化はするのかもしれないが、今のメリッサの力だと透視できる時間は数秒程度との事。
なので、カラーナの盗賊としての力も併用したほうが、中の詳細がより知れるだろうとの判断だ。
カラーナの聞き耳でまず広さや相手の数を探り、そしてメリッサの透視で相手の状態を知る。
もし相手が俺たちが来ることを前提に待ち構えているような状況なら、それはそれで手を考えないといけないしな。
「きました! 扉の向こうが透けて視えて――え?」
無事透視が発動したようだが、その瞬間メリッサの目が大きく見開かれ、小さな肩がブルブルと震える。
何か様子がおかしいが……
「おいメリッサ大丈夫か?」
「な、何かおったんか?」
「この表情……メリッサ一体何を?」
「――うっ!」
何かとんでもないものを見たかのような、そんな様相のメリッサに俺たちは駆け寄り話しかけるが――するとメリッサは突如口元を押さえ、小走りで俺たちから距離をとった後、屈みこみ……
「お、おい! メリッサしっかり!」
慌てた様子でアンジェが後ろから近づき、その小さな背中を擦る。
しかしこれは……
「ご主人様申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしてしまいました……」
メリッサが顔を伏せ、申し訳無さそうに述べる。
それにしても、まだ気分が優れないのか顔色が悪いな……
「それは気にしなくてもいい。ただ、その……」
「ボスの気持ちも判るけど、メリッサ教えてくれへん? 罠とかなら知っておかんといかへんし」
メリッサの様子に質問を躊躇っていると、代わりにカラーナが聞いてくれた。
このはっきりしてるところは、やはり頼りにはなる。
「はい、勿論です。ただ、なんと言ってよいか……そうですね、中はとにかく悍ましい状況です。私もそれが耐えられなくてつい……ただ、罠とかそういう事ではなく、寧ろこの状況なら中にはいってもすぐには気づかれないかもしれません――」
「……なるほど、どうやら別な意味で覚悟した方が良さそうだな」
アンジェが眉を顰めながら口にする。
メリッサの様子に何が起きてるか察したのかもしれない。
俺も、もしかしたらという思いはあるがな。
ただ、そういう事なら。
「メリッサはここで待っててもいいぞ。片がついたら」
「いえ! いきます! もう見てますし大丈夫です!」
決然たる姿勢で俺に訴えてくる。
これは、もう退くことはないだろうな――
「まぁでも、出来るだけ見ないように後ろにいるのはえぇと思うし、無理せんようにな」
「はい、ありがとうカラーナ」
心配そうに口にするカラーナにメリッサが応える。
ただ、その眼からは怯えの色は消え去っている。
なので俺達は――お互いに眼で確認し合い、そして扉を開ける、が、その時点で中が正常な状態でないことは優に察することが出来た。
モワン、と漂ってくる臭気に、思わず顔をしかめ鼻をふさぎたくなる気分に陥る。
他の皆もそれは一緒のようだが、悪臭は部屋の中に入ると更に酷くなる。
予想はしていたが、この匂いは……血の匂いと腐臭の交じり合ったもの。酸味の効いた饐えた匂いに刺激臭も感じられた。
一体何が? と言いたいところだが、その原因を知るのは難しいことではなかった。
なるほど、メリッサの気持ちがよく分かる。部屋の中の空気はすっかり淀んでいた。
その原因は、広間に遺棄された屍による影響が大きいのだろう。
勿論それは、全て元は人だったであろうものばかりだ。
正直その死体の山を見るだけでも気が滅入る思いだがな。
だが奴らの蛮行はまだ続いている。
この匂いの影響なのか、その場の魔物たちは食事と行為に夢中で全く俺たちに気がついていない。
ある魔物は腐肉を貪り、骨に齧りつき、紫色に変色した肢体を咀嚼していた。
魔物は腐ろうが何しようが関係無いようだな。
その所為の影響か、殆どの人間だったそれはほぼ原型を留めていない。
だが更に悍ましいのは、奴らが満たしているのが食欲だけではないことだろう。
正面に見えるオークは、既に生気を失った女の上に跨がり、ブヒブヒと醜悪な鳴き声を発しながら必死に腰を振っている。
そこから若干離れた位置では、ゴブリンがエリンとそう変わらないであろう引き千切られた幼女の頭を掴み、己の性欲を満たすための玩具にして弄んでいた。
この犠牲になった者達は……恐らくは元貴族の成れの果てなのだろう。
しかし、だとしてもこれはあまりに酷く、みているだけで居た堪れなくなる。
「……なんなのだこれは――」
アンジェの怒りが、静かな怒りが俺の耳朶を打つ。
先ほどのメリッサのように肩をプルプルと震わせているが、その意味はきっと異なることだろう。
「……うち流石にここまで酷い光景は初めてみたわ。メリッサの気持ちもようわかる――」
片手で口を塞ぎ、わなわなと震えながらカラーナが言う。
俺達の後ろに控えているメリッサも、改めてみてあまりの痛ましさに心をいためてる様子だ。
メリッサの話からある程度の予想はつけていたが、この光景はその予想ははるかに凌駕する酷いものだ。
「……こんな事はさっさと終わらせよう」
「――そんな事は、当然だ!」
怒りを爆発させ、怒気の篭った声を上げアンジェが弾けたように飛び出し、あまりに悍ましい光景を打ち払うように次々と魔物たちに斬りかかり屠っていく。
行為に夢中で俺達の存在に気がついていなかった魔物たちは、突然の強襲に完全に対処が遅れていた。
そこへ俺とカラーナも問答無用で切り込み、ジョブ持ちだろうが関係なくその肉体を犠牲になった者達と同じように原型が留めていないほどに斬り捨てていく――
結局この広間にいた魔物たちは、俺達の手であっさりと殲滅することが出来た。
だが、残された屍体の有り様に、俺を含めた全員が悲壮な面持ちになった。
……全く心の底から嫌な気持ちにさせてくれるな――
「行こう……このやり場のない怒りを、全てここの糞野郎にぶつけるために」
俺の言葉に、全員が頷き、そして先を急いだ。
塔へは広間の奥に見えた扉からいけそうであった。
そして、連絡通路のような細長い廊下を進むと、いかにもそれっぽい雰囲気の空間に辿り着くことが出来たのだが――
「ふむ、ついにここまで来たか。いやしかし、ヒットにカラーナとメリッサだったか? ふふっ、随分と久しぶりに思えるな」
恐らく塔の一階部分にあたる空間に、その男は佇んでいた。
そう、確かに久しぶりとも言えるこの男。
セントラルアーツの奴隷ギルドを任されていたという、メフィスト・シャルダーク公爵が――




