第139話 目覚めると――
あの後俺が目覚めたのは、自分たちの泊まっている部屋のベッドの上であった。
そして起きてすぐに聞こえてきたのは、アンジェとカラーナの言い争う声。
カラーナ曰く、
「ここまでせんでも良かったやろ!」
それに対しアンジェは、
「お、乙女の裸を見たのだぞ! これぐらい、て、手ぬるいぐらいだ!」
目覚めた俺はなんとも針の筵な気分である。
カラーナが庇ってくれているのが余計に心苦しい。
これは明らかに悪いのは俺だ。しかし意識は覚醒しているのだが目を開けるのが辛い。
「何が乙女や。二〇歳とかおばはんの癖に」
「ま、また言ったな! もう流石に堪忍袋の尾が――」
うぅ、ど、どうしたらいいんだこれ。
「……ご主人様。今日はどうぞこのままお休みください。ふたりとも本気でいがみ合っているわけではありませんので」
するとふと、耳元でメリッサが囁いてきた。俺が起きてることに気づいていたのか……でもメリッサは怒っていないのだろうか?
ちらっと薄目を開けると、俺を覗きこむメリッサの顔。
そして、俺が目を開けたのに気がついたのか……少し頬を紅く染めて照れくさそうに目を逸らす。
う、か、可愛い――でもこれは、怒ってはいないか?
カラーナも普段からあんな感じだしな、後はアンジェだけだが……うん、これはほとぼりが冷めてからのほうがいいな。
よっし、ここはメリッサの言葉に従って少し寝ておくとするか。
でも、寝れるだろうかこの状況で……そう思ったりもしたが、寝ると決めると意外と今日の疲れもあってなのか――すんなりと意識を手放すことが出来た……
◇◆◇
若干の寝苦しさに目覚めたのは夜中だ。結局三時間ぐらい寝ていたのかもしれない。
うん、まぁそれはいいとしてだ……何故かいつの間にか俺のベッドの両脇にメリッサとアンジェが、そしてカラーナに関しては俺の上に覆いかぶさる形で、形の良い褐色の双丘が俺の顔を圧迫していた。
寝苦しかったのはこれでか……てか、一体どんな状況でこうなったんだ?
メリッサとカラーナに関しては判らないでもないが、よもやアンジェまでとはな――
正直全く悪い気はしないがな。とはいえ、俺はカラーナの腰に手を添える。
く、くびれが細いな。改めて見るとカラーナのスタイルもかなりのものだ。
柔らかいけどそれでいて靭やかで……て、な、何を考えてるんだ俺は!
とにかく平常心で……もう片方の腕は背中に回して、このままそっとくるりと――よし、うまく回転してカラーナをベッドに仰向けに寝かせることに成功。
同時に今度は俺が上になる形。て、それだけ聞くとなんかいやらしい感じだが、別にそれでどうこうしようなんてそんなつもりはない。
「う、ん、あぁん、ボスぅらめぇ――」
……断じてそんなつもりはない!
てかカラーナは一体何の夢を見てるんだ!
「だ、駄目だヒット。そ、そんなこと、ま、まだ、き、気持ちの――」
「ご、ご主人様~は、はい、ご主人様の為なら、こ、この胸で……」
……よし、出よう。
俺は、なにかこのまま聞いていてはいけないような気がして部屋を後にする事にした。
元々そのつもりはあったしな。
て、そういえばセイラの姿がなかったな――どこにいったのだろうか?
そう思いつつ階段を下りて、カウンターで寝ているアニーを横目にそのまま出入口に向かう。
ふぅ、とは言え結果的には起きれてよかった。
夜の見回りは、他の冒険者や盗賊ギルドの面々が交代でやってくれてるみたいだが、だからって何もしないのは心苦しいしな。
そんなわけで夜の街を歩いて見回りを始める。
魔導器の明かりは殆どが消えているが、月は出ているので視界は最低限確保されている。
「あれ? ヒット様どうしたんですかい、一体?」
路地を抜け出たところで声を掛けられた。小柄な男で革の胸当てと、何本かのナイフを、腰に巻きつけたベルトに収めてある。
雰囲気的に盗賊ギルド所属のものだろうな。
ただ向こうは知っていてくれても、俺はあまり知らなかったりもするが。
「いや、俺も見回りしておこうと思ってね」
とりあえず俺はありのままを伝えたが、いやいや! と首を振り、胸の前に掲げた両手を振り……結構リアクションがデカイな。
「英雄のヒット様にそんな! 今回の銀行潰しの最大の功労者に、そんな真似はさせられませんよ! こちらは任せてどうぞお休みください!」
……銀行潰しってなんか全く英雄って感じもしないが。
しかし英雄扱いにはさっぱりなれないな。
まぁ自分でも別に英雄と思っていないからだが。
「気にしないでくれ。それにちょっと目が冴えてな。夜風に当たりたい気分でもあったんだ。まぁ散歩のついでみたいなものだよ」
「こ、この状況で散歩とはなんたる余裕! 流石英雄だ! 俺感動っす!」
……なんかもう、何をいっても大仰な反応をされる感じだな。
「うん、まぁとにかくそんなわけだから、ちょっと適当に歩いて回ってくるとするよ」
「へい! お気をつけ下さい! いやぁしかし、やはり英雄ともなるとお仲間も含めて違いますな」
「うん? 仲間?」
「へい! 先程もメイド服のセイラ様でしたか? 神獣を連れて歩いてましてね。同じように声を掛けたんですが、散歩兼見回りだとおっしゃってまして……」
あぁなるほど。それでセイラもいなかったのか。
「いやぁそれにしても、やっぱメイド服というのはいいもんですね。ちょっと表情に乏しい気もしますが、でも逆にそれがそそるっていうかなんというか――」
俺は一人メイドについてを熱く語りだした彼を放っておいて、再び夜の街を歩き始める。
付き合っていると普通に長くなりそうだからな。
「セイラ、ここにいたのか」
西地区からぐるりと回って広場に着くと、フェンリィと月を見上げていたセイラを発見した。
声を掛けるとフェンリィと同時にくるりと俺を振り返る。
随分と息があっているな。
「……ご主人様……どうしてここに?」
「アンッ! アンッ!」
う~ん両方から問われてる気分。
「いや、ちょっと夜風に当たるついでに見回りをと思ってな。この様子だとセイラもなんだろ?」
「……散歩ついで」
「そうか」
そう返しつつ、俺は近づきフェンリィの前で膝を折り、その頭を撫でた。
クゥン、クゥン、と目を細め気持ちよさそうに鳴く。
しかし、柔らかい毛並みはもふもふとしていて触り心地がいいな。
「うん、ははっ、なんだくすぐったいぞ」
フェンリィに顔をペロペロされてしまった。
悪い気はしないけどな。
「……ご主人様はモテる」
「いや! これはそういうのじゃないだろ!」
セイラは、まだ俺の事を性獣とでも思っているのか?
……てか、なんかちょっと距離を置かれているような――あれ? 俺嫌われている?
「……ありがとう」
「え?」
「……フェンリィの事……」
……もしかしてこれは、お礼をいうのに照れくさかったというやつか?
いや、相変わらず感情は表に出してはいないが――
「……ははっ、そうか。いや、別にお礼を言われることじゃないさ。でもやっぱりフェンリィをセイラに任せて正解だったよ」
「……正解?」
「あぁ正解だ。だって今のセイラは……自分のやりたいことを見つけている」
「…………」
俺の言葉で少しだけ目を見開き、そのまま俯き黙ってしまった。
……戸惑いの様子も感じられるな。
自分の変化に自身が気がついていないのかもしれない。
まぁでも――ゆっくりでいいさ。
「さて、じゃあ俺はそろそろいくよ。他も見回りしておきたいしな。セイラはあまり無茶せずしっかり休んで置くんだぞ」
「……ご主人様がそう言われるなら」
そう言ってセイラはフェンリィを連れて宿の方向へと歩いて行った。
こういうところは素直だけど、そこはまだ奴隷としてみたいな部分も感じるんだよな。
でもセイラの気持ちに何か変化のようなものがあるのは感じられる。
……いずれ心から笑えるようになれるといいんだけどな――
1時にもう1話更新します
 




