第138話 ドワンの知らせ
「ヒット……」
俺達が外に集まった人々にも食事を振舞っていると、聞き覚えのある声が俺の背中を撫でた。
振り返るとそこには――あの村の娘達に支えられた状態のゴロンが立っていた。
その姿に――感慨深い気持ちになる。失った手足や目が元通りに戻っていたからだ。
「ゴロン――良かった、身体元に戻ったのだな」
「あぁ。おかげ様でな。全くヒットには感謝してもし尽くせない。本当にありがとう」
深々と頭を下げるゴロン。ただ身体はやはり支えられたままだ。
恐らく身体の部位がなかった間の影響で、すぐには元通り動かせないのだろう。
「お礼なんていいさ。でも、みたところまだ大変そうだな」
「あぁ。消失していた事の影響か、中々思い通りにはな……ただ、それでもある程度は動かすことは可能だし、このまま練習を続けていけば、元に戻るだろうと治療士の先生がいってくれたしな」
治療士か。回復魔法を使用できる神官系の者とは別に、主に薬やマッサージなどで治療を施せるジョブ、上位職のリハビラーが確かそれにあたったか。
ちなみにその上のクラスにはドクターと呼ばれるジョブもあったはずだ。
尤もこの世界では、俺のいた世界の医療とは色々異なっているとは思うが。
「私達も出来るだけサポートできたらと思います。そして、今度はゴロン様を村長として村を再興出きればなと」
「て! そりゃ初耳だぜ。それに様とかよしてくれよ。柄じゃないんだって」
「でも、ゴロン様程の適任者はいないと私も思いますよ」
ふたりの女性に持ち上げられ弱り顔のゴロン。
本人としては、自分の親の事を思えば複雑な気持ちかも知れないが――
「いいんじゃないか? 俺もゴロンなら適任だと思うし、なってくれと頼まれるなんて光栄じゃないか。勿論簡単な事じゃないとは思うが……だからこそしっかりリーダーシップを発揮できる者が必要なんだと思うぞ」
ゴロンに思ったままを伝える。するとひとつ嘆息し頭をさすりながら。
「ヒットにそう言われるとな……まぁでもそうなると俺は早くこれを治しちまわないとな」
にかりと笑ってゴロンがいう。どことなく吹っ切れたような雰囲気。
「そうだな。だがあまり無理はするなよ。それと……治療にはまず飯だ。体力をつけないとな」
俺は器に料理をよそう。ゴロンの分と彼を支えるふたりの分だ。
するとメリッサが、どこからか椅子を持ってきてゴロン達の座れる位置に配置した。
流石こういったところは気が利くな。
ありがとう、といって三人は座り一緒に食事を楽しむ。
ゴロンは食欲は問題なくあるようだな。この調子なら回復までも早いかもしれない。
是非とも頑張ってほしいものだ。
「ヒット」
食事も各人に配られ、俺達も食事をとりはじめたところでドワンがやってきた。
ドワンは身体が大きいし大盛りにした方がいいだろうか? そんな事を思いながら器にドワンの分を盛ろうとしたのだが。
「いや、食事はいい。俺達は家に多少の備蓄があったからな。それより例の魔導器の事だが」
「まさか、何か問題でもあったのか?」
「いや、問題どころかうちのやつが完全に集中状態に入ってな。あの調子だと多分明日には完成しそうだ」
「明日、だと? 結界を解く魔導器がか!?」
アンジェが驚きの声を上げた。正直俺の感覚だとそれが凄いかは判らないが、ただこの驚きようをみる限り、やはりエリンギの腕は確かだったということか。
「しかしそれはありがたいな。現状を考えると早いに越したことはない」
「だろうな。だからうちのも久しぶりに張り切ってるんだと思うが、まぁそんなわけでだ。俺が来たのは、そのついでに俺の方でも装備品の手入れでもと思ってな。正直魔導器に関してはもう俺が出来る事は殆ど無いからな」
「それで俺達の装備の手入れをしてくれるって事か……しかし、それはドワンが大変じゃないか?」
「なに、気にするな。それに、うちのが頑張ってるのに俺だけ手持ち無沙汰じゃ格好つかねぇし、第一お前らの装備も相当使い込んで大分疲労が溜まってるだろ? 街の英雄をそんな状態にしたまま見過ごしてたんじゃ鍛冶師の名折れだ」
「ドワンまで英雄とかよしてくれよ。でも、まぁそういう事ならお願いしようかな」
「あぁまかせとけ。ほらそこの女騎士も早く脱げ」
「え? わ、私もか!?」
「当然だろ。その鎧だって結構傷んでるじゃねぇか。それとその剣も一緒にみてやるよ。あとはカラーナとメリッサにセイラだったか。お前たちも何かあれば出してくれ」
アンジェは少し戸惑っていたが、強引なドワンに押され、お願いすることに決めたようだ。
アンジェはその場で鎧を脱ぎ(当然だがしっかり内着を着衣していたが)カラーナは愛用のナイフを、メリッサは今でも大切に使用してくれているウィンドエストックをドワンに渡す。
セイラに関してはメイン武器が鞭だったので言葉数少なめに遠慮してたが、鞭の手入れも出来るという事で結局預けていた。
まぁそこまでは問題ないのだが――アンジェから受け取った剣を見るなりドワンの眼の色が変わる。
「これお前……伝説の英雄の剣じゃねぇか。よくこんなものを――」
「難しいか?」
「馬鹿いえ。こんなの見せられた鍛冶師としての魂に火が点くってもんだ。まったく職人冥利に尽きるぜ」
そういってアンジェの剣は妙に慎重に扱っている様子。
それにしても英雄の剣……ちょっと気になるが――そういうのをずけずけ聞くのもな。
「英雄の剣って、なんでアンジェがそんなん持っとるんや? あ! さてはどっかからちょろめかして!」
「するか! あれは、き、貴重な頂きものだ!」
「頂き物? なんや、しっかりパトロンおるんかい」
「なんでそうなる!」
カラーナの遠慮のない言葉に、アンジェはムキになって応じるが、本気で怒っている様子もなくどことなく楽しんでるような様子に見える。
こういった事を遠慮無く、それでいてあまり重い感じも見せず訊けるのはカラーナのいいところでもあるな。
「さて。それじゃあこれは明日までにしっかり手入れしておくぜ。じゃあな」
「あ、ドワン様、エリンギ様にも宜しくお伝えください」
そういってメリッサがドワンに頭を下げる。
それに、あぁ判ったと応え、ドワンは店へと戻っていった。
しかし……明日か。
つまりいよいよ明日には領主との決戦が待っているというわけだな――
夕食も終わり色々と片付いた時にはもう結構な時間だった。
それぞれが家だったり用意された寝床だったりに帰っていく。
ゴロンともそこで別れ、俺達も宿に上がるが――
「今日は特別サービスだ! 本来なら終わってるけどお風呂まだ溜まってるから入ってしまいなよ」
そんな事をアニーがいってきた。お風呂……この状況で? いやこの状況だからか?
シャドウも英気を養うのも大事と言っていたしな。
だから折角なので湯を頂く事にした。当然だが俺は男湯だけどな。
脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に脚を踏み入れたが――盛況だな。
子供も多いが大人も多い。風呂の設備がある宿屋はそこまで多くないからというのもあるかもしれないが、お風呂だけ頂いていこうという者も結構いたようだ。
中々ちゃっかりしてるな。
そして、はしゃぐ子供の相手を大人がしていたりもする。
親というわけではなく自然とそうなっているのだろう。
しかし結構強面の漢も多いせいか、妙な雰囲気にも思えてしまうな。
「おお! 英雄の登場だぜ!」
「ヒット様は流石あれも英雄だぜ!」
……すぐにタオルで隠した。てか変な趣味のがいないことを心から祈りたい。
「ささ! 英雄! どうぞこちらへお背中をお流ししやす!」
「それではあっしはお湯で全身を流します」
「髪を綺麗にしましょう」
「はぁ、はぁ、そ、それじゃ、ま、前」
「遠慮します。心から遠慮します。てか勘弁してください」
そんな扱いされても落ちつなかいし、それに本格的に身の危険を感じたので丁重にお断りした。
「ははっ、ヒットも大変だなぁ」
身体も洗い終わり、湯船に入ろうとすると聞き覚えのある声。
そう、先客としてモブがいた。
何かよくあうな……しかし今はどことなく恐れ多い感じもするけどな。
「いや、モブ様には色々助けて頂いたようで――」
「よしてくれよ。俺はそういうの苦手なんだよ。いつもどおり接してくれ」
肩を竦めながらモブがいう。う~んそう言われてしまうとな。
いまさら様づけってのもおかしな話か。
「でも驚きましたよ。モブさん最高位のジョブ持ちだったんですね」
「う~ん。でもなぁ、あれは色々条件があって面倒なジョブでもあるのよ」
話を聞いてみたが、ヘイトウォーリアというのは俺も初耳なジョブだったりする。
条件的にもかなり特殊だな。スペシャルスキルありきのジョブであり、一度使うと上位職のウォーリアとして活動しないといけなく、高位職も封印されてしまうようだ。
しかしその分、いざ力を解放した時の爆発力はすさまじいらしい。
まぁそんなわけで、彼とは俺が逃げた後の事なんかも話をしたりしていたのだが――
「アンジェお姉ちゃんお胸おっきぃ~脚なが~い」
「お、おいおい。そ、そんなところ、いや触るなとまでいわないが――」
「私もメリッサお姉さんみたいにきょぬ~になれるかな~」
「うふふっ。そうね~でもお胸だけが全てじゃないんだよ?」
「あたしカラーナお姉たんみたいになる~」
「うち~? 大変やでうちみたいになるんわ。て、ほら動くんやない、まだ流してるんやから」
「セイラお姉ちゃん髪キレイ~」
「…………ありがと」
「お姉ちゃんフェンリィ触っていい?」
「……優しくね」
「アンッ! アンッ!」
「きゃは! くすぐった~い」
「ミャウお姉ちゃんのお耳可愛い~」
「みゃっ! あ、あんまり耳を強く触っちゃ駄目にゃ~あ、ふぁん!」
「…………」
あ、相変わらず女湯からの声が筒抜けだなここは。
――ポンッ。
うん? 何か誰かが俺の肩を叩いて――て! なんかゴツイ人がすぐ隣に! な、なんだ!
「ヒット様のお気持ち。俺たちはしっかり判ってますぜ?」
「……へ?」
「よっしゃお前ら! ヒット様の為に人肌脱ぐぞ!」
『――オオオォオオオォオオォオオウ!』
え? え? ちょ、ま、何だこの一体感は!
「どっせぇえええぇええい!」
「うわ! うわわ! な、何してるんだおい!」
いきなり湯船の中からデカイおっさんが俺を肩車し始めたぞ! なんだ? なんだ一体!?
「よっしゃお前ら! 陣形を組め!」
「任せとけ!」
「ヒット様の為だ!」
「桃源郷を見せてやろうぜ!」
桃源郷って……かと思えば風呂場にいた漢達が突如男湯と女湯を仕切る壁の前に整列し――組体操宜しく段差のあるピラミッドを作り始めた!
何してんのこの人達! 子どもたちもいるんだぞおい!
「うわ~~すっご~~い!」
「かっこいい!」
「おうよ! 坊主たち! おじさんたちの生き様を、しっかり見ておけよ!」
裸で四つん這いになった状態で、何いい笑顔みせてるのこの人達!
「あはは、仲間って素晴らしいな」
いや、モブも止めろよ!
「よっしゃいくぞ!」
「いやいくって、おわ!」
俺を肩車したまま、デカイおっさんが人体ピラミッドを軽快に登っていく。
て、ちょい、ちょい待て! マジで壁に出来た隙間がもうすぐ、も、もうすぐ――のぞ、いや、いやいやいやいや! 駄目だろ! これは駄目だろ!
「さぁヒット様! しっかりその眼に焼き付けてくだせい! 天国がもう目の前、おわっ!」
――そう、おっさんのいうとおりもう壁の切れ目は直ぐ目の前まで来ていた。
だが、その直前、おっさんは裸足だったことが災いしたのか、一人のちょっと太めのおっさん(てかなんで頂上付近に太いのが!?)の汗に脚を滑らせ、その勢いでピラミッドも瓦解を始め、ガラガラと崩れ落ち始めるのだが――そんな中、俺に関してはおっさんの背中からすっぽ抜け、そしてどういうわけか、その勢いで見事に壁の上の隙間に頭から入り込み女湯に向けてダイブ! その瞬間俺の眼下には――一糸まとわぬ色とりどりな裸身。
そして、大小様々な山が連なる姿はまるで山脈。正に絶景。
スローモーションのように、目に飛び込んでくる景色に思わず心奪われてしまうが――ふとそこに、一人顔を真っ赤にさせて立つアンジェの姿。
タオルで前を隠し、肩はプルプルと震わせ、少し俯き加減の彼女の背後に、グルルと唸るウィンガルグ。
そのとき俺ははっきりと理解したんだ。あぁきっと俺は、ここで壮絶な最後を迎えるんだなと――
「この、この、このヒットの! 馬鹿者がぁぁああぁあぁあぁ!」
打ち下ろされたのは風の衝撃。ゆっくりと動いていた景色が一気に加速し、俺は目の前に迫る床を見たのを最後に、俺の意識は遠のいた――
さらばヒット――
 




