第136話 エリンギの考え
「鑑定終わりました!」
メリッサが声を大にして言う。それを聞いた俺達はメリッサに向き直り、彼女に近寄って、話を聞く体勢に入る。
「やったなメリッサ。それでどうだった?」
「はいご主人様。結論から言うとこの力は結界によるものです。入ったものが戻るという効果以外は特に罠のようなものが仕掛けられている様子もないですね」
メリッサの結果報告に俺は一つ頷く。それにしても結界か……まぁその手の類いかなとは思ったが。
「なるほどな。他に何か判ったことは?」
「はい。この結界はダークプリズナーのスペシャルスキルで生み出されたもののようです。結界は魔力で作られているので魔法に近い形のようですが――」
「ということは、相手は相当な魔力を有しているかもしれないという事ね……」
近くて聞いていたエリンギが口を挟むように呟きそれに、恐らくは、とメリッサが応じる。
「しかし情報としては罠が他にないとわかっただけでもありがたいが……ただ結界が張り巡らされているとなると、このままでは中には入れそうにないな」
会話にアンジェも加わってくる。眉根を寄せ難しい顔をしている。
メリッサの鑑定は、それが何かを知ることは出来るが、それに対する対応策は自分たちで考えなければいけない。
しかし内容が内容だけにな……キャンセルが出来ればいいのだが、時間が立っている為か、スキルキャンセルも通じなかったしな――
「もうこの際やから、放っておけばどやろか? 街は押さえとるのやし、そのうち向こうから音を上げて出てくるんちゃう? そのうち結界も消えるかも知れへんし」
「いえカラーナ……結界は使用者が消さない限りはこのままのようで……」
メリッサが沈んだ声で返した。
まぁそれで消えるなら、とっくに消えててもおかしくないしな――
「それにこの結界は、使用者本人と使用者が認めた者は自由に出入りが出来る仕様のようですしね。そして相手は魔族。むしろあまり時間を与えるのは得策ではないかと私は思います」
シャドウが顎を押さえ思考を続けながら、カラーナに返した。
彼も彼なりに対策を考えてくれているのかもしれないが――
「あの……メリッサちゃんは鑑定の力を持っているということは、この結界がどういう風に展開されているかは判る?」
「え? あ、そうですね……鑑定の出来る範囲と鑑定から外れる範囲を見比べて、その差異からある程度は掴めると思います」
「そうか~この結界って大分範囲が広いのですよね?」
「あぁ。俺の知る限り、ノースアーツとイーストアーツまでも含めた領地全体に、そして領主の居城を囲むような形ってところだな。北門とあとは川から挟み込むような形で張られているのかもしれない」
ふむふむ、とエリンギが小刻みに頷く。しかし改めて見ると顔はやっぱ幼いなこのエルフ。
「しかしお前、それを知って何か判るのか?」
「う~ん、それはこれからってところなんだけど……とりあえず教会堂に向かいますか」
エリンギがにこりと微笑んでメリッサに向けて言う。
教会堂というと、西地区の北側に位置するあの建物か……確かにあそこもすでに解放済みだけどな。
「教会に行ってどないすん?」
カラーナが不思議そうに尋ねた。
教会というと俺も、帰還の玉で帰れる場所という程度しか思いつかないが。
「う~ん、教会に用事というよりは、この街だとあそこが一番高いですし、広範囲まで見渡せると思いまして。暗さは私の魔道具である程度なんとかなりますし、それに鑑定にはそこまで関係ないでしょうからね」
あぁなるほど。メリッサの鑑定のために広く見渡せる場所の方がいいという事か。
「そうか判った。だったらおれがふたりを連れて行こう。俺の能力を使えばすぐだしな」
「助かります」
「はい! では早速」
エリンギがにこりと微笑み、メリッサは少し弾んだ声で――俺の手をぎゅっと握ってきた。
「う~ん? こうでしょうか?」
そしてエリンギもメリッサに倣い、俺の手を握ってきた。
や、柔らかいな――これで俺の何倍も年をとっているというのだから凄い……てか、実はもう手をつなぐ必要もないんだけどな……まぁいっか。
「……ヒット。大丈夫だと信じているが……エリンギは俺の妻だからな?」
「わ、判ってる! 何を確認してるんだ!」
「いや、ドワンが心配する気持ちも判るぜ。ヒットは手が早そうだしな~カラーナも、あの女騎士さんもすっかり骨抜きみたいだい」
突然何を言い出すんだキルビル! 一体普段俺をどういう目で見てるんだ!
「な!?」
「……ま、まぁうちは否定せんけどな」
ひ、否定しないのかカラーナ。
アンジェもオロオロしてるし……勘弁してくれ、気まずくなったらどうするんだ――
「ふふっ、確かにヒットさんは百戦錬磨の腕前をもっていそうですが……私が愛しているのは貴方だけですよ」
「……エ、エリンギ――」
見つめ合うドワーフとエルフ。思いがけない組み合わせの夫婦だが……こんなところでバカップルみたいなやりとり見たくないぞ!
「ご、ご主人様! わ、私も、ほ、骨、骨抜き!」
「いやメリッサ。無理に合わせなくてもいいぞ。それよりも早くいこう」
「う、うぅうう――」
何故かメリッサがしょんぼりしているが、こんなやりとりをずっと続けているわけにもいかないからな。
とにかくエリンギをドワンから引き剥がすように、俺はキャンセルで教会堂まで向かった。
◇◆◇
「大体の形状は判りましたね」
一旦北門を離れて教会堂の上から再度メリッサに鑑定をしてもらい、そらからまた皆の元へ戻った。
鑑定は教会の鐘のある場所から行った。そこが一番高かったからな。
で、それから調査で三〇分ぐらい。教会堂の上に着いてからは、メリッサとエリンギは真剣そうに話をしてたから、俺から口を挟む余地はなかったわけだが――
「流石にメリッサさんの天眼でも端まで視ることは叶いませんでしたが、見てもらった限りで考えると、ここの結界はまず領地全体を覆ってから、ドーナツのように居城の周りが凹んでいる形をとっているようですね」
「……それはつまりどういうことだ?」
「やから、領主のいる城の周りだけ穴があいてるってことやろ?」
「そうですねそれに近い形です」
「うむ、つまり今私達の立っている上空にも結界は張られているが、居城の周りだけはそれもないという事か」
「そういうことに成りますね」
アンジェが形の良い顎に手を添え、考えを述べる。
それにエリンギが答えるが――
「だがお前、それが判ったからって何か変わるのか?」
「えぇ貴方。これはつまり居城にいる魔族は恐らくは結界を一つしか展開が出来ない。但し結界の形を変えるのは可能であるという事に繋がります。そう考えると、この結界がただ相手の進行を防ぐための硬い壁でなく、入った相手を戻すという干渉型なのも納得が出来ます」
ドワンとカラーナ、キルビルははてな顔である。
アンジェとメリッサは理解できているようだな。
感覚的にはセイラも判ってそうか? 表情に出ないから判らないが。
で、俺もなんとなく理解はした。俺は最初結界は居城の周りと領地に沿ってとわけて張られていると思ったが、そうではなかったわけだな。
しかしそれが判ったとしても問題は――
「だがエリンギ。その形状が判ったとしてそれは解決に繋がるのか?」
「はい。形状と特性が判れば、それを破る魔導器だって作ることは可能な筈です」
エリンギが力強く頷き、その表情はどこか楽しそうでもある。
「なるほど……エリンギの魔導器作成の技術の高さは私も知るところですが――まさか結界を破ろうとは。ですがエリンギならそれも出来そうな気がしますね」
結界を……破る――そうかそのためにメリッサの鑑定で協力してもらったってわけだな。
「それでは皆さん。私は早速結界を解くための魔導器の作成に取り掛かります! 勿論出来るだけ急ぎますので――貴方!」
「お、おう!」
いうが早いか、エリンギはドワンと一緒にその場を立ち去った、材料を揃える必要があるためなのと、加工にはドワンの力も必要不可欠だかららしい。
で、結局俺達はそのまま手持ち無沙汰になってしまったわけだが――
「こうなっては、私達はエリンギさんの魔導器の完成を待つ他ありませんね。折角です。ここはそれまで休むとしましょう。決戦は近いですし英気を養うのも大事ですよ」
……確かに。時間的にも夜だしな。皆まだ食事も摂っていない。
なので、街の警護は交代で回すということにし、一旦は全員で宿に戻り、俺達はエリンギの魔導器の完成を待った――




