第135話 改めて北門へ――
「おお! 勇者様達が戻られたぞ!」
「この街の英雄! ヒット様にアンジェ様! カラーナ様!」
「魔法士の力を存分に引き出したというメリッサ様も可愛らしい!」
「あれが神獣を手なづけたというセイラ様か!」
「シャドウ様~~~~素敵~~~~!」
「おお! 俺達の頭も一緒だぜ~~~~!」
銀行から出ると、いつの間にか街の人が集まり、偉い騒ぎになっていた――凄い持ち上げられようなんだが……
「ゴールドが倒されたことは、キルビルの仲間の手で伝達されてましたからね。それにしても、もうこんなに集まるとは」
そういうことか、と俺は頷きつつ囲むように集まっている人々を見回す。
て、ちゃっかりダイモンもいた! 外にも話はいってたのか。
そういえばメリッサと一緒にいたメイジやマジシャンの姿もあるな。
人々の間では一括りに魔法士とされてるみたいだが、メリッサの事は彼らの口から伝わったのか。
そして、セイラの神獣の事は当然ダイモンからだろうな。
「いやぁそれにしても流石ヒットの旦那だ! ドラゴンが現れた時は、もう終わりだ! と思っちまったけど、仲間と協力して追い払っちまうんだからな!」
ダイモンが声高だがにそんな事を言い出すが――おいおい、それはちょっと語弊があるぞ。
「ドラゴンでさえも恐れをなす英雄様ばんざい!」
「俺達にもう恐れるものはないぜ!」
そしてダイモンのおかげで、その誤解は次々に広がっていき、ドラゴンを俺たちが倒してしまったかのような様相だ。
喝采まで浴びせられてどうすんだこれ……
「全くダイモンにも困ったものですね。とはいえ敢えて否定する必要もないでしょう。この活気は沈めるには惜しいですしね」
シャドウの声が背中に届く。他の皆にだけしっかり聞こえるような声音だ。
全員で話を合わせるようにという事なんだろうな。
「うむ、しかし人々を騙しているようで少々心苦しいが――」
「何言うてんねん。嘘も方便やでアンジェ」
戸惑うアンジェにカラーナが言葉を返す。ちらりとみると、アンジェも致し方無いかと言った様子で取り敢えず納得しようと努めているようだ。
「よっし! 後はこの調子で領主を引きずり降ろそうぜ!」
「そうだ! 俺たちを苦しめてきた忌々しい領主に神罰をーーーー!」
「全員で攻めこむぞ~~~~~~!」
て、これは確かに、領主への逆らえないという気持ちは全員払拭されたみたいだが、熱くなりすぎて見境ない状態に陥っている気がするぞ。
あれだけ虐げられてきたわけだから気持ちは判るが、まだ魔物だって潜んでる可能性もあるし、下手な動きはかえって危険だが――
「お待ちください。確かに皆様の気持ちはわかりますが、今の領主は恐ろしい力を持ち魔物たちも従えております。なんの策も練らず、今攻め込んでも無駄に被害が出るばかりでしょう。それに肝心の城に行く道は閉ざされている可能性が高い。そうですよねヒット様、アンジェ様?」
シャドウの発した言葉で人々の表情が変わる。お互いに顔を見合わせて言葉を交わしているのもいるが、どちらにせよその視線は俺やアンジェに向けられた。
シャドウの奴……英雄扱いされてる俺達に話を振ることで、意識を完全に向け直させたな――
「確かにシャドウの言うように、俺たちは一度領主に会おうと城に向かおうとしたことがあるが、奇妙な力で遮られて北門から先に入ることが出来なかった」
「私も同じだ。それに北門だけでなく、外からも居城に向かう道は同じように妙な力で防がれていた」
外からもだって? て、ことはアンジェも俺と同じことを? 妙なところで考えることは一緒なんだな。
「……それって城に近づけないって事か?」
「おいおいだとしたらどうすんだよ?」
「このまま指を咥えて黙ってみてろというのか?」
再び人々がざわめきはじめ、思い思いの言葉を口にしていく。
領主の元に攻め込もうという気持ちは大分落ち着いているようだが、もう一つの問題が浮上しているな。
そして――実際これはどうしたらいいものか、考えるべき必要のある重要な命題だ。
「さて、皆さんの不安になる気持ちは判りますが、元々この領地に数多くあった問題は、ここの英雄たちの手で全て解決された事も忘れてはいけません。ですので、我々は今一度主要なメンバーで北門に向かいこの問題に取組みます。その他の皆さんは今は安全なところで英気を養ってください。何せ領主の事も全て片付いた暁には、この地を正常な状態に戻すために皆様の協力が不可欠ですからね」
シャドウのこの演説によって、大多数の人々は納得を示し、信じてるぜ! といった言葉を残してまとまって引き上げていった。
既に街の外にいた魔物も中にいた魔物も倒されている。
少なくともこのセントルアーツの街内に関してはそこまで危険はないだろう。
それに、シャドウのいう主要なメンバー以外の冒険者や盗賊がしっかり人々の護衛に付いているしな。
「シャドウ、ヒット。俺達は連れて行ってくれよ。何か邪魔しているものがあるなら、これで粉々に粉砕してやっから!」
ちゃっかりとダイモンも含めてほぼ全員がその場から立ち去った後、残っていたドワンと、その仲間の元鍛冶士などがハンマー片手に鼻息を荒くさせた。
うん、まぁその気持はありがたいけど、物理的な問題ではなかったりするんだよな……
「私もご同行いたします。それが魔法的な何かなら、どうにかできるかもしれません」
ドワンに続いて声を上げたのはエリンギだ。
「エリンギ、でもエリンの事は大丈夫なのかい?」
「はい。今は親切にしてくれた街の方にみてもらっていますから」
「ふむ、そうですね。一応皆様にはついてきてもらうのはいいかもしれません。それにマジッククリエイターとしても優秀なエリンギであれば何か掴めるかもしれません」
それはあるかもな……
そしてシャドウの話もあり、とりあえず俺たちとキルビルと護衛していた二人、マリーンやダイアにドワン達とエリンギで、北門へと向かった。
◇◆◇
もしかしたら北門にも魔物が溢れているかもしれないと思い、慎重に様子を探りながら向かったが、それは杞憂で終わった。
拍子抜けするぐらい誰もいないし、カラーナが探っても誰の気配もないようだ。
「まぁそんなわけで、北門にきたわけだがな。ところでそもそもここで何が邪魔してるんってんだ? みたところ門も締まりなくガバガバにあいてんじゃねぇか」
キルビルが唸るように言う。それにしてもそれは中々微妙ないい回しだな。
「……キルビルちょっとその言い方卑猥やない?」
「アホか。お前が気にしすぎなんだよ」
……うん、俺もそう思ってたけどな。
「うむ、そもそもなんで今のが卑猥なのだ?」
「…………」
アンジェ……純情な騎士。
「……つまり、門を女性の性器に例えて卑猥だとカラーナは言って――」
「アホかいセイラ! そんな事一々説明せんでえぇねん!」
「アンッ! アンッ!」
うん、セイラは無表情で中々とんでもないことを言い出したな……カラーナも慌てたように突っ込んでるし。
「せ、せい、せせせっ、せい! な、なな!」
そしてアンジェも顔を真っ赤にさせ、額から湯気が吹き出しそうな勢いだ。
どうやら彼女には刺激が強かったらしい――
「さて、それではヒット様。キルビルも含めて殆どの人は、この門に何があるのか判っておりません。説明頂いてもよろしいでしょうか?」
シャドウはカラーナ達のやり取りをするっと脇に置き、訪ねてきた。
このへんの動じないところは流石だな……それにしても門の事か。
そうか、全員そもそも領主に逆らおうと思えなかったから、門に何が施されているのか知らないのか。
まぁシャドウに関しては、アンジェにメッセージを伝えたことを考えれば知ってそうだがな。
話の流れで俺にそれを任せた感じか。
「それは、まぁ見てもらったほうが早いだろうな」
そういって俺は数歩前に出る。そして皆に少し離れるように告げ、投げナイフを取り出した。
ちょっと久しぶりだなこれ――そう思いつつも、ナイフを北門に向かって投げつける。
本当は俺自身がまた門をくぐってもいいんだが、それで何か罠があっても厄介だからな。
「て! なんだ!? ナイフが戻ってきやがった!」
キルビルの驚きの声。他にもアンジェやカラーナ、メリッサにセイラなんかを除けば、一様に驚いている様子。
投げたナイフが門を抜けたかと思えば、それがこっちに向かって戻ってきたわけだからな。
まぁ軽く投げたから、ナイフはしっかり途中で落ちてはくれたが。
「なるほどな、これがあるから、城にいけないってわけか」
キルビルが納得したように一つ頷く。
「どうやら俺達の出番のようだな」
と、ここで張り切り勇んでドワン達が前に出てくる。
「え~と、出番というのは?」
俺が訊くと、鼻息荒くドワンとその仲間が力コブを見せつけてくる。
「つまりだ。あの門の周りの壁をぶっ壊せば解決ってわけだろ?」
……あぁやっぱり――
「いや、それがドワン、それじゃあ駄目なんだ。何せあの妙な力は、完全に城の周りとこのセントラルアーツの領地を囲んでいる」
「何!? だったら周りの壁を全て壊さねぇといけないってことか! こいつは確かに大仕事――」
いや、そうじゃないぞドワン。
「貴方。考え方がちょっとずれてますよ。はっきりいえば貴方達の力はここでは役立たずってことです」
「やくた……」
奥さんの言葉で、ドワンとその仲間たちはすっかりしょげこんでしまった。
負けるなドワン! いや、それにしてもエリンギ、普段はドジっ子眼鏡なのに、言う時はキツイな――
「それにしても、領地全体を覆うほどの力とは、障壁みたいなものかしら――」
するとエリンギがブツブツいいながら、その目つきが変わる。
なんだ? 何かのスイッチが入ったような……そして門に近づこうとするし、て。
「待ってくれエリンギ。あれに何か罠があっても困る」
「え? ですが、近づいてみないと私も判別が――」
「で、でしたらもう少しお待ちください! あと一五分ほどで、あれの正体が鑑定できます!」
メリッサが真剣な目つきで言った。そういえばここにきてから、メリッサが一言も口にしてなかったが、そうか! 鑑定でみようとしてくれてたのか!
そういえばゴロンの時も、彼からゴールドの能力の一部を鑑定してたしな……それでどんな能力かが判れば、対処の方法が掴めるかもしれないな――




