第133話 魔族のベルモット
「いやぁ。初めましてだね~」
キルビルに従い、俺達はゴールドを捕らえている部屋に向かったわけだが――そこで顔を合わせたそいつの第一声がこれだった。
俺はそいつの容姿に面を喰らったような気持ちになる。
他の皆も一緒のようだ。
その少年(恐らく男なのだろう)風の人物は、見た目には人間に近いともいえるか。顔はどこか幼気であり、発する声の高さも、そしてその顔に滲む無邪気さもまるで子供のそれだ。
背も低いのもあって、特にそう思えるのかもしれない。
ただし、人との明らかな違いとして、奴は肌がとても青い。青白いとかそういう類ではなく、本当に青いのだ。流れている血からして青いのでは? と思えるほどである。
そして、さらに言えば背中からは蝙蝠のような飛膜が生えてもいた。
この時点で、これが人間でない事は確かであった。
ただ、かといって魔物なのかといえばその可能性が低いのは、流暢に人語を介していることから判る。
魔物はこんなにペラペラとは人の言葉を話さない。
「お前……何者だ?」
俺は取り敢えず、当り障りのない質問から行う。
この何者かが只者でないのは、壁に空いた穴と、ここでゴールドの見張りを任されていた仲間たちが倒れていることからも判る。
その中にはダイアとマリーンの姿もあるのだ。ただ死んでいるわけではないようで、外傷もなく、一様に気を失わされているだけのように思える。
正直見た目には、壁を破壊したり、仲間を気絶させられるだけの膂力があるようには思えない。
そもそもダイアからしても、鎧には一切傷がついていないようなので、何かスキルや魔法の類による間接的な手段を行ったと考えるのが妥当だろ。
「うん? あぁ名前かぁ。そうだよねぇ聞きたいよね。うん僕の名前はベルモットだよ。宜しくね」
そういって……ウィンクを決めてきた。ベルモット――なんとも掴めないやつだが……
「ん~~! ん~~!」
すると、ベルモットの隣で猿轡を噛まされ寝っ転がされていたゴールドが、ベルモットに向けて訴えるように藻掻く。
猿轡は、一応は詠唱をさせないために盗賊たちが噛ませたものだ。
ベルモットは、藻掻き身体を揺らし続けるゴールドに目を向け――どこか冷たい視線を向けた後に、またにっこりと笑い、人差し指を起こすように動かした。
「な!?」
「い、縛めが解けたやと!?」
キルビルとカラーナがほぼ同時に声を上げる。 そして周りも一様に驚いている様子。
それにしても、みたところ詠唱した様子もみせず、あんなちょっとした動作だけで……ゴールドを縛っていた縄も猿轡も解きやがった。
おかげでキャンセルする暇すらなかったぞ。
こいつは一体――
「まさか――貴様魔族か!」
え? と俺も含めた全員の視線が、今発言したアンジェに向けられる。
「魔族だって? あれが魔族だというのか?」
俺は思わずアンジェに問い返すが、彼女の表情はどこか不安そうであり。
「私も確証は持てない。魔族など既に伝説と化しているし見たことのあるものなどいないからな――ただ王都にある蔵書の中であのような姿の魔族が描かれているのを見たことがあってな……」
そういう事か――俺はアンジェの話を聞いてから、再びベルモットに顔を向け直すが、やはり胡散臭い笑みを貼り付けたままであり。
「ふふっ、なるほどね。でもそれは秘密にしておくよ。まぁご想像にお任せするってことで」
アンジェの質問をはぐらかすようにベルモットは言った。そして悪戯っ子のような笑み――こいつまるで今の状況を楽しんでるようだ。
「ははっ! いや流石ベルモット様! 私はきっと貴方様が助けに来てくれると信じておりましたぞ!」
自由な身になったゴールドが立ち上がり、なんとも調子の良い台詞を吐く。
どうみても助けを信じているようにも思えなかったけどな。
しかし……能力のわからない、アンジェのいうところの魔族、そしてゴールド……少し、厄介な気もしてきたな。
「全く一難さってまた一難ですね――よもや魔族とは、お伽話だけの話かと思っておりましたよ」
嘆息まじりにシャドウが零した。
あいつは、はっきりとはいってないが……その可能性は高そうか。
しかし、まさか魔族が実装された状態での世界だったとはな――
「メリッサ、あれ鑑定できへんの?」
「……や、やってますが鑑定不能と出てしまって――」
鑑定不能だと? それだけメリッサにとって実力差のある相手という事か?
……いや、もしくは鑑定を受けないようなスキルやアイテム持ちという可能性もあるか――相手が魔族なら何があってもおかしくはない。
「ところでさぁ~」
そして、声音を高めて喋りだしたベルモットに、俺達は一斉に身構える。
だが、その目はゴールドに向けられ。
「ゴールドってば、あいつらに金庫の中身取られちゃったんでしょ~?」
ニコニコとした表情に間延びした声。
だが何故か――そのふざけたような笑みからも、人を舐めてるような口調にも、生物を威圧させる何かが感じられた。
「そ、それは確かに……ですが! 私とベルモット様の力があれば、こいつら如き片付ける事など地べたを這いつくばる虫よりも容易い! 能力の消失に関しては、アルキフォンス様も多少は痛手をうけた形とは思いますが、それでもあのダークプリズナーのジョブさえあれば――」
「ゴールドさぁ……」
捲し立てるように吐き出すゴールドの口を塞ぐかの如く、ベルモットが呼びかけ。
「ちょっとべらべらべらべら、おしゃべりがすぎるんじゃな~い?」
「――ッ!? す、すみませんつい……」
ゴールドの口が止まり、一瞬にして大人しくなった。
それだけあの男を恐れているということか……
「貴様ら! さっきから随分と勝手なことを言っているようだが、たとえ誰であれ! 臆するような我々ではないぞ!」
アンジェが一歩前に出て気勢を上げる。相変わらず誰であろうと屈しない凛とした姿勢。
まさに騎士然といった佇まいだな。
「アンジェのいう通りだな。それに貴様も領主については色々知ってそうだ。多少強引でも取り押さえて吐いてもらうぞ」
俺も負けじと出来るだけ強気な姿勢を保ったまま発言する。
実際は、戦いになったなら相手の能力をしっかり見定める必要があるだろうが――
「え~なにこれ? もしかして僕が戦うと思ったの? 嫌だよ面倒だし。僕戦うのあんまり得意じゃないんだよね~」
……は?
「……いや、ベルモット様何を? それにそれなら何故――」
「ゴールドさぁ」
また遮るようにベルモットが言葉を重ねる。
「僕と同じ魔族になりたいって言っていたよね? て、あ、言っちゃった。ま、いっか、きゃは!」
……なんとも掴みどころのない奴だ――
「だからさぁ、これあげるよ」
すると徐ろにベルモットが右手を差し上げ、その掌の上に、何か禍々しい黒紫色の球体が浮かび上がる。
「じつは完成したんだ。これを手にすれば君も魔族の仲間だよ」
「魔族だと?」
俺が思わず眉を顰めるが――
「こ、これが、これがあれば私は遂に、遂に魔族に!」
そういったゴールドが、くくっ、と忍び笑いをし体を揺らす。
「これで……これで私も遂に魔族に――」
そして更にゴールドはその台詞を繰り返すが――
「なんだ? 何を言っている? 魔族に?」
アンジェが怪訝な声で問うようにいうが――厄介そうなのは確かだ。
魔族になるについて詳細は不明だが、それを放っておけるほど甘くはない。
ここはキャンセルで――と、そう思った瞬間、爆轟と共に穴があいていた壁部分が、更に激しく吹き飛び、部屋中に粉塵が舞い上がり視界を濁らす。
ま、まずい……これだとキャンセルが――
「う、うおおおおおおぉおおおぉおおおお!」
この声は!? ゴールドか!? 何か興奮しているような滾った声。
粉塵の中でも、影の膨張を確かに感じた。
「なんや! なんやねん一体!」
「ご、ご主人様大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫だ! 皆は?」
「私は大丈夫だ!」
「……平気」
「アンッ!」
「私も大丈夫ですが、とりあえず視界が悪いですね」
「ならば私に任せろ! ウィンガルグ!」
アンジェが叫びあげ、その瞬間一陣の風が視界を塞いでいた塵埃を全て吹き飛ばした――が。
「はは、は~~~~っはっはっは! 素晴らしい! 素晴らしいですぞベルモット様! これが、これが魔族の力! それに魔力が、魔力が漲ってくるようだ!」
「……マジかいな」
「な、なんだあの身体は……」
やたらと興奮したゴールドの姿を見て、カラーナとアンジェが目を見張る。
その気持もわからないでもない……今ゴールドの身体は、やたらと筋肉にまみれた状態であり――着ていたスーツなどは上半身が完全に破れ、下半身ももうすぐ弾けそうなそんな状態だ。
どうやら既に施術が施された後って事か……しかし、これが魔族になるという事なのか――正直あんな筋肉ダルマみたいのは、俺なら頼まれても御免被りたいところだが。
「かかっ! やりましたなベルモット様! これで私という貴重な戦力が――」
「あ、ごめんそれ失敗だったみたい」
「へ!?」
……失敗? その言葉に俺もだが、ゴールドの目が大きく見開かれ、かと思えば、な、なんだ? 筋肉が更に肥大化し、膨張し、全身から瘤のようなものまで風船のように膨らんでいき――
「ぬぁ! ぐぉ、ぐぉんな、ぞんな、どうじ、どうじで、い、嫌だ、ごんな、ごんな醜い、醜悪な、化け物のまま、死、死――」
「……なんとも悍ましい――」
「き、気色悪いわほんま……」
アンジェとカラーナが眉を顰める。
それぐらいゴールドの姿は醜く――そして限界まで膨れ上がった全身の瘤は、まるでゴールド本人を飲み込むように膨張した筋肉とともにその身体を包み込んでいく。
そして、顔も完全に見えなくなるまで膨れ上がった身体は、正に筋肉の風船――パンパンに膨れ上がったそれは、限界を超え、遂にパンッ! という破裂音と共に全身が弾け、肉片が当たりに飛び散った。
「あちゃ~やっぱ難しいね魔族化は。まぁ仕方ないか~」
あまりの光景に、俺達が呆然と立ち尽くしていると、ベルモットがまるでちょっとした実験を失敗しただけのような、軽い口調で発し。
「さてっと、じゃあ失敗しちゃったし。僕はもういくよ」
「……は?」
俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。
ベルモットは――とことこと壁に出来た穴に向けて歩き出す。
こいつ、本気でどっかに行く気なのか?
「ちょ! ちょっと待て! そんな事言われて、はいそうですかなんて――」
「待ってくださいヒット様! 外を!」
俺が叫び上げつつ、ベルモットに向けて駆け出そうとしたその時、シャドウが俺を制すように声を上げた。
外? と疑問に思いつつ壁の向こう側を見る。壁は見事空が見えるぐらいまで崩れ落ちてしまっていたが――そこに見えるは狩人の炯眼。
その相貌は細長く鋭く、そして長大――夜空に浮かぶは巨大な影。
「まさか――ドラゴンか……」
アンジェがそれを見上げ、肩を小刻みに震わせながら呟くように言った。
「あったり~まぁ正確にはカオスドラゴンだけどね。僕の大切なペットだよ」
「……なるほど、それでその背中に乗っているのは――人質のつもりですか?」
シャドウが見上げた視線の先――巨大なドラゴンはその背もやはり大きく、数十人ぐらいなら余裕で運べそうですらあるが……その背には、実際に半裸の女性や少女が乗せられており、左右には大きな鎌をもった悪魔と呼ぶに相応しい様相の魔物もついている。
そして、勿論その刃は女達の首に当てられており。
「くっ! 貴様! 人質とは卑怯な!」
アンジェが怒気の篭った声を相手にぶつける。
騎士のアンジェにとっては、このような卑怯な真似は許せないといったところなのだろう。
「う~ん、僕はあまりそういうつもりでもないけどね~第一これが人質になるとも思えないし。だってこれ、君たちを見下していた貴族の妻や娘だし」
「き、貴族のだと?」
「そうそう。それにあの鎌は抵抗しないように当ててるだけさ~まぁそんなわけだから――」
ベルモットがにやりと口角を吊り上げた――その瞬間。
「――グォオオォオオオオオオォオオオオォオオ!」
竜の咆哮!? それに俺は思わず耳をふさぐ。体の芯にまで届く衝撃――ビリビリとした痺れ、それは一瞬ではあったが、おそらくは俺以外の全員の思考も停止する。
そして――
「じゃあね~ばっはっは~~~~い――」
ベルモットを背にのせた竜は飛び立ち、そして人を小馬鹿にしたような声を夜空に響かせ――その姿は闇の中へと溶けこんでいった……
ゴールドは惨めに死んでいきました
領主との決着は近い……
 




