第128話 強制回収
――くっ!
俺は空中で回転し、地面に着地しつつ体勢を整える。
身体を巡る痛みで全身が軋むようだ。
防具なんかは無視してダメージが直接内部に響きわたる。
動くことは可能だし、我慢できない程ではないが、嫌な鈍痛が続いている。
ダメージキャンセルで回復も考えたが……あれは一度使うと暫くは使えないし、精神的にもかなり疲弊する。
使用するタイミングはしっかり見極めないとな――
ゴールドに、追撃の様子はない。ただニヤニヤと見ていてイラッとくる笑みを浮かべていた。
「ヒット様大丈夫ですか?」
俺の背中にシャドウが心配そうに声をかけてきた。
俺は彼を一顧し、一つ頷く。どちらかというとシャドウの事も心配だったが、しっかりとシールダーによって庇護されており心配はなさそうだ。
続けて俺は概観するが、気絶させることすら叶わなかったせいで、ミスリルゴーレムが四体ずつ、アンジェ側とカラーナ側に攻め込んでしまっている。
アンジェの方ではダイアが、ポールアックスの尖鋭した鈎部分をスキルのフルスイングで思いっきり叩きつけているが、表面が若干削れているぐらいで、破壊には程遠い。
セイラのサンダーストライク、マリーンのドルフィンスイング、アンジェのシューティングウィンド。
更にモブも大木切りを浴びせ、ニャーコは吹き出した炎を浴びせたりしてるし、他の戦士たちも攻撃の手を緩めていない。
そしてその間も空からの攻撃への対処やガーゴイルを撃ち落とすことも忘れていない。
カラーナ側もやはり頑張っている。ただこっちはアンジェ側よりも更に厄介か――ドワンも既にマジックボムも切れてしまったのか、手持ちの槌で攻撃しているが……
ゴーレムはそもそもが魔法によって生み出された人形だ。
だから生命体と違って痛みを感じるような事はなく、つまりダメージを受けたからといって怯むことも当然ない。
なのでシーフお得意の隙をついたり、見えない位置からの攻撃などは殆ど意味が無いのだ。
一応物理的に強い衝撃を浴びせれば、とうぜんその反動で傾いたり倒れたりもあるが、ミスリルで出来たゴーレムは頑強で中々そうもいかないしな。
しかも何度攻撃を受けても殆どダメージがないゴーレムに対し、こちら側はゴーレムの振るう拳一つが脅威だ。
ちょっと掠っただけで吹っ飛んでいく仲間の姿も見えるし……とにかくゴールドをなんとかしないといけないが――
「ふふっ、貴方がたはともかく、他の皆さんは中々大変そうですね」
両手を差し上げ、余裕の態度を見せるゴールドを俺は睨み据える。
……とにかく先ずはこいつの能力を知りたいところだ。
その為にアンジェやセイラ、カラーナ達にはもう少し頑張ってもらう必要があるが、俺は俺でゴールドに仕掛けて……
――ヒュン!
と、その時俺の脇を横切り、一本のナイフがゴールドの胸……心臓部に命中した。
だが――ナイフは弾かれそのまま地面に落ちる。
「全く可愛い顔して容赦のないお嬢ちゃんだ」
俺の後ろからチッ! という舌打ちが聞こえた。
この声は……コアンか。
「コアンのスキルでも駄目ですか。では、シャドウナイト!」
今度はシャドウの命令で、シャドウナイトが前に出つつ、影の矢を連射、肉薄し今度は次々と影の剣戟を浴びせていくが……
やはり効いていないか――俺もマジックバッグからスパイラルヘヴィクロスボウを取り出し攻撃を加え、後方の仲間も隙を見て中級雷魔法のライトニングボルトによる攻撃。
これは放電する雷球を放つ魔法で撃ってから着弾までが速い。
それに同じく中級風魔法のエアロカッティング――これは無数の風の刃を飛ばして攻撃。
他にもハンターの乱れ射ちなんかのスキルも炸裂してるが……やはりダメージを受けている様子はなく、それどころか顔は俺達には集中しておらず、首を巡らせまわりをのんきに眺めているようなそんな感じ、だったのだが、ふとぎゅるんとこちらに顔をどしニヤリと口角を吊り上げた。
「リペイメント――」
そして、再びゴールドがさっき俺に使ったのと同じスキルを発動。
それによってシャドウナイトが吹き飛び影が霧散する。
これで影の騎士は戦場から離脱。
シャドウが短く呻いた。
「色々と手を打ってるようですが全ては無駄なこと。さて、私もそろそろ仕掛けさせてもらいますか――プロメサリーノート!」
ゴールドが何かの能力を発動させたその瞬間。奴の頭上に無数の四角い紙が舞い、かと思えば飛散し俺や仲間たちの下に飛んできて手元に渡る。
「なんだこれは? はぁ!? 五〇〇万だと!?」
「……高額」
「ざけんなや! なんやねんこれ!」
周囲から文句の声が上がる中、俺も、これはなんだ? とその紙に目を通すが――これは何かマズイ! と速攻キャンセルした。
魔法キャンセルとスキルキャンセルは別物なので、魔法キャンセルが使えない間もスキルキャンセルは可能。
さっきのゴールドの時とは違い、これはしっかりキャンセルできた。
但しリスクとして課せられた再使用までの待ち時間は一〇分。
それにしても――あの用紙の内容はとんでもないものだ。
簡単に言うと、ようは約束手形なのだが、五〇〇万ゴルド分をゴールドが要求した時に払わなければいけないといった内容なので、事実上は借用書みたいなものだろ。
だが……これがスキルとして一体どのような効果なのかは俺自身がキャンセルしてしまったのでわからないが――
「……ふむ、貴方は一体どうやったのか。私の能力は打ち消せるものではないのですがね……」
ゴールドが俺をみてそう口にする。
どうやら自分の能力が効かなかったことを察することは出来るようだ。
「てか! なんだよこの五〇〇万ゴルド支払えって! ふざけんな!」
「そうだ! この状況でなにいってやがんだてめぇは!」
思案顔を見せるゴールドだが、今もミスリルゴーレムと戦闘中の面々から罵声が浴びせられる。
当然といえば当然だけどな。唐突に借金みたいなのを背負わされれば、誰だってそう思うが。
「ふふっ、ですが何を言っても無駄なこと。ここにいる皆さんは、そこのヒットを除いて、全員が私にお金を支払う必要がある事を理解しているはず。例えばそこの鎧の貴方もね!」
ゴールドは東側の前面で、戦いを演じるダイアに向けてそう言い放つ。
このやり取りは――確か……
「俺だと? ふざけるな。そんなものを支払う道理はない」
「それは関係ありません。その紙を手にした以上私は貴方からも五〇〇万ゴルド分頂く権利がある。そしてそれが出来ないのなら――先ずはその防具を頂きましょう!」
声を上げ、ゴールドがダイアに向けて指をさす。
その瞬間。
「な! そんな! ダイアの装備が!」
近くでクリスタルゴーレムの相手をしていたマリーンが驚きの声を上げる。
ダイアの着衣していた全身鎧が瞬時に消え去ったからだ。
おかげで兜もなくなり、これまで隠れていた顔と肉体が顕になる。
鎧の外側からでも予想はできていたが、筋骨隆々の体つきで、顔は顎鬚を少し伸ばし短髪ブラウンの中々ダンディな男であった。
だが、防具がなくなった事でその格好はシャツにズボンといったもの……アーマーナイトも防具がなければ、その高い防御能力を発揮できない。
これは――芳しい状況ではないな。
こうなったら俺も前に出て――とおもっているとガーゴイルが地上近くまで降りてきて俺の行く手を阻んだ。
くそ! こいつらまだいるのか! そう思って上を見上げたが……数が増えてやがる。
援軍って奴か、どうやら城の方から補充の兵がやってきてるらしい。
援軍はただのガーゴイルが多いようだが――虫のように纏わりつくような動きで俺の邪魔をしてくる。
とにかく俺は、一旦スパイラルヘヴィクロスボウをしまい、双剣に切り替え対応するが。
「ちっ! なんやねんこいつら次から次へと!」
「空の魔物の数が増えてきて、地上にまで降りてきやがった!」
カラーナとキルビルの悲鳴のような声が響き渡る。
本当にウザったいことこの上ないが――
「ダイア一旦下がれ!」
「マリーン……いや、しかし……」
「防具がなければお前は役に立たないだろ!」
そんな中、蒼髪のマリーンは中々言い方がきついが、実際そのとおりだと思う。
ミスリルゴーレムの一撃は、鎧があっても本来は耐えられるものではないぐらいだ。
「ふふっ、女だてらに中々勇ましい事ですが、貴方も回収すべき対象である事を忘れてばいけませんよ――」
そしてゴールドが、今度はマリーンに向けて指を突き出す。
するとその瞬間……周囲がどよめいた。
「きゃっ……きゃあぁああぁああああ!」
マリーンが手で身体を覆うようにして屈みこんだ――さっきまでの凛とした姿からは想像できないほどの可愛らしい悲鳴……
戦闘中にもかかわらず、周囲の視線がマリーンに注がれ、危なくゴーレムの拳を喰らいそうになったのもいたぐらいだが――
でも、判らないでもない……正直不謹慎ではあるが、こんな状況だが俺も目が、いってしまう――
「おっと失礼。ついつい防具だけではなく、衣類も含めて奪ってしまったようだ――いやしかし、いいものをみせてもらった」
後頭部を擦りながら、おっとうっかり、みたいに言っているが、絶対わざとだろこいつ……言葉の節々に嫌らしさが滲み出ているしな。
だが……腕で隠してしまったが――それでも判るほどの見事な膨らみ……カラーナ以上メリッサ未満といったところか。
手足もスラッと長く、全体的なスタイルはアンジェにも負けず劣らずといった……て!
「マリーン! 危ない!」
迫る危険を知らせるよう、俺は叫び上げる。
え? と首を巡らした先には――ゴーレムの拳。
一糸纏わぬ状態で、あんなものを喰らったら、一溜りも……
「くっ!?」
「ア、アンジェ様!」
だがそこへ、アンジェが躍り出てマリーンを庇い、代わりにその拳を受け止める。
かと思えばウィンガルグが起こした突風で、攻撃を受けたその瞬間にふたりの身体は俺から見て左横に飛んでいった。
そしてアンジェと裸のマリーンは地面に落下しゴロゴロと転がって動きを止める。
「アンジェ! マリーン!」
無事でいてくれ! という思いで声を張り上げる。
俺の視線はふたりの様子に釘付けになる。
するとぴくりとアンジェが反応し、むくりと立ち上がりマリーンの様子も確認するが――俺に向けて一つ頷いた。
どうやらふたりとも無事なようだ……良かった。
「貴様~~~~! よくもマリーンを!」
轟く怒声。俺が首を巡らすと、顔を真っ赤にさせ激昂するダイアの姿。
鎧は無くしたが、手にしたポールアックスを振り上げ、ゴールドに向けて走りだす。
ゴーレムとガーゴイルは別の仲間の相手をしていてダイアへの反応がない。
だが、これは敢えてそうしているようにも思えるが――
「おやおや、随分とご立腹なようですが――ならばその武器も頂きましょう」
ゴールドが更に指をさすと、な!? とダイアの顔色が変わる。
しっかりと握りしめていたはずの武器が消え失せたからだ。
「さて装備品も全てなくなったようですし――次は……」
背中に悪寒を感じた。何かがまずいと。
俺はハリケーンスライサーで周囲のガーゴイルを片付け、ステップキャンセルで移動し。
「その腕をもらいましょう!」
叫びあげたゴールドの指を俺の目が捉える。
睨めつける俺をみて、ゴールドの顔が歪んだ。
「あ、あんた……」
「色々と邪魔をしてくれますね――」
背中にはダイアの声。正面では憎々しげにゴールドが呟く。
俺は一顧しダイアの様子を見るが腕は無事なようだ。
やはり指差した方向に対象者がいないと発動しないのか。
そして俺に関してはそれは効かない。恐らく条件のもうひとつは借金があるかないかといったところだろう。
俺はこいつのスキルをキャンセルしたから、それによってこいつの能力からは逃れられた形だが――
「ふん、まぁいいでしょう。ですが貴方はそれで全員を守り切れますかな?」
「何?」
ゴールドの言葉に反問する俺だが――するとゴールドは手当たり次第に戦いを演じている仲間たちを指さし、その装備を奪っていく。
「な!? 俺の鎧が!」
「武器が消えたーーーー!」
「どうなってんだこれは1?」
「はーーっはっは! さぁどんどん回収していきますよ!」
これは……最悪だ。確かにこうなってはステップキャンセルで庇うのも無理がある。
しかし、装備品が消えるのはかなりマズイ。防具が全くない状態ではガーゴイルの一撃すら脅威だからだ。
くそ! どうする――
「――ご主人さまーーーー!」
と、そこに俺の背後からメリッサの声。
振り返ると、馬に乗って疾駆してくるメリッサの姿。
そして――
「皆さん目を瞑ってください!」
声を上げたメリッサの手には白金色の丸い玉。
それが何かは判らないが、俺はメリッサの言うとおりその場で固く目を瞑る。
するとそれから一拍ほどおき、何かが破裂する音がし、かと思えば瞼に強烈な光を感じた。
これは――閃光弾みたいなものか?
「ご主人様、鑑定が終わりました。一旦態勢を――」
そして俺の横についたであろうメリッサの囁き。
俺はメリッサの意図を理解し、瞼を開ける。
「くそ! 目が! 目がーーーー!」
するとゴールドが顔を手で覆ったまま呻いており、ガーゴイルもやはり同じ。
ゴーレムだけは動いているが、もともとあれは鈍重だ、逃げるだけならなんとでもなる。
「みんな一旦退避だ! ガーゴイルを落としつつ、この場を離れるぞ!」
「逃げ……くっ! ヒットがいうなら仕方あるまい!」
「……ご主人様には従う」
「ボスの命令や! みんな一旦逃亡するで!」
アンジェだけは悔しそうではあったが、それでも全員俺の号令一下で矢や魔法でガーゴイルを攻撃しつつも一斉に退却する。
……何せゴールドの能力で装備を奪われたものも多い――それにこのまま続けていたら、肉体に損傷を負うものも出てくるだろ。
だが、これはあくまで一時的な撤退だ――メリッサの鑑定結果を訊いたらすぐにでも……




