第126話 セントラルアーツ内部へ――
「なんだこれは――」
残りの魔物と戦いを演じながら、俺は門の向こう側に現れた現象に目を奪われた。
戦闘中にこんな真似は本来ありえないが、俺の周りにいる魔物たちも同じように完全に意識がそっちに向けられている。
おかげで攻撃を喰らうことはなかったが――しかし俺以外の仲間たちも一様にそれに目が向いていた。
まぁ当然か。何せ突然門の先に巨大竜巻が発生しているんだ。
しかもみたところ竜巻の中には瓦礫や砂礫、土塊といった類と一緒に魔物も多く飲み込まれている。
竜巻は動き自体は鈍重なものだが――その迫力は圧巻な代物であり、しかも門に迫った竜巻の暴力に塔や城壁ごと門が持って行かれてしまった。
「これは――まずい! 全員一旦退避だ! 退けー! 退けー!」
俺は流石にこのままここにいてもヤバイと察し、一緒に戦っていた仲間たちに号令を掛け、その場から急いで離れた。
魔物たちの中には追ってくるものもいたが、それらは範囲キャンセルを使用し動きを封じ込め、とにかく少しでも距離を稼ぐ。
そしてある程度間隔をおいたところで振り返ると、巨大竜巻の大口に飲み込まれた魔物たちが嵐の中で踊り狂い、瓦礫や石礫などを叩きつけられ、そして宙高く放り出されていく。
上空数百メートルといったところか――そこから落下して地面に叩きつけられていくわけだから、もう一溜まりもないだろうな。
「ヒット様あれは一体……」
一緒に戦ってくれていた冒険者の一人が俺に問うように呟いてくるが――
「詳しくは判らないが、多分シャドウの作戦の一つだと思うけどな」
何せ門の内側でもあれの竜巻に巻き込まれているのは魔物だけだしな。
俺の言葉で、流石シャドウ様だ! みたいな声も聞こえてきた。
ただ、中はいいとしてあんなの使って俺達が巻き込まれたらどうすんだよ……まぁ動きは遅かったし逃げれる時間はあったから、その辺はシャドウのいうところの信用しているってやつなのかもしれないけど。
それにしても……当初の予定では挟撃って話だったが――いや、確かに反対側から攻撃は来てるけどな……もう挟撃とはいえないだろこれ。
一方的な蹂躙だぞ。残りの魔物は一〇〇匹いるかいないかってとこだったけど、それが一瞬にして全滅だ。
こういっちゃなんだが……俺達が苦労して倒していった魔物も、あれがあればそれで終わったんじゃないか? とか思えてしまえるレベルだ。
……勿論そんなことは口にしたりはしないけどな。
まぁそれはそうとして、竜巻は暫く門の外側をウロチョロした後、段々と風の強さが弱まり小さくなっていき、そして掻き消えた。
それを認めた後、俺は再び号令一下、魔物の骸を横目に全員で門の中……といっても既に門も城壁の一部も破壊されてしまっているが――
とにかく門から侵入。街に入るのは俺も含めて一五名。
残りはメリッサも含めて高台の上で待機してもらっている。
メリッサが視認さえ出来れば、安全圏からの攻撃が可能だからな。
「ご苦労様ですヒット様」
西門を抜けて少し進むとシャドウが出迎えてくれた。
元門のあった場所の内側も魔物の遺骸が散乱してるな。
後は北側の建物も瓦礫と化してるが、南側は殆ど被害がない。
そして道端では、エリンギの姿とその腕の中ですーすーと眠るエリンの姿。
「……なるほどあの竜巻はエリンが」
「おや、流石ヒット様気が付かれましたか」
「そりゃまぁ、な――」
ボンゴル商会を潰した時の事をふと思い出す。
あの時からエリンは規格外過ぎたからな……
「エリンギ……エリンが頑張ってくれたんだな」
俺はエルフの彼女に近づいてそう声を掛ける。
するとメガネエルフのエリンギがにっこりと微笑んで、はい、と口にし。
「エリンもまだ小さいのに皆のために頑張りたいって……でもまだまだ力の加減とかは苦手みたいで、精霊の力を使うとすぐ疲れちゃうみたいで」
「そうか……でもおかげで凄い助かったよ」
エリンの髪を優しく撫でるお母さんエルフに、こんな状況でありながらも妙に和む。
「ところで大丈夫か?」
「はい。もうここには魔物もいないですし。暫くしたら私達もお手伝いしますから」
「いや、あまり無理しないでエリンの傍にいてやってくれ」
俺の言葉にエリンギがコクリと頷いた。
それを認めた後、シャドウの付き人であるコアンも一緒に取り敢えず広場に向かった。
ちなみに教会堂は既に制圧が完了しているようだ。
銀行は広場を抜けて東の街路沿いにある。
陽はすっかり西に落ち始めていて空はすっかり茜色に染まっていた。
そんな中広場に近づくと、戦いの調べが耳に届く。
広場にも魔物の姿があり、そして一緒に――
「ヒット! 良かった無事だったのだな!」
女騎士アンジェとセイラの姿。そしてモブさんも一緒になって戦っているし、意外にもニャーコの姿もあった。
あいつ戦えたのか――
ちなみにアンジェとセイラは東門から攻め込んできたが、一旦広場で集まるため、モブとニャーコの案内で路地裏を辿って広場の前まで来たようだ。
勿論他にもアンジェと行動を共にした仲間たちが、熾烈な争いを繰り広げている。
広場にはそこそこ魔物の姿が見られるが――外に比べれば全然大したことはないな。
これなら恐れることはない。俺達も一斉にアンジェやモブやニャーコ達に加勢する。
「ボス! 皆! 無事やったんやね!」
と、そこへ今度は南からカラーナと後はキルビルが駆けつけた。
なんとドワンの姿もある。
本当に多くの人がこの戦いに参加してるんだな――
そして東と西、更に南からの攻勢によって、広場にいた魔物共は為す術もなく、俺達はあっさりとその場所を制圧した。
「なんや思ったよりも中は大したことないやん」
「カラーナ。油断は禁物だぞ。とはいえたしかに外に比べると数も少ないな。中には入ってこれないと踏んでいたのだろうか?」
「そういうわけではないと思いますよ。ただ今は銀行側に魔物達が集中しています。敢えて魔物たちはあの辺りの建物なんかも壊し、横に広く場所をとるようにしているぐらいですから」
「あぁ確かに。メリッサも高台の上から確認してくれたが、銀行の前は遠目からでも判るぐらい魔物の数が多いようだな」
カラーナとアンジェの会話に、シャドウが回答し、俺も続ける。
メリッサが? とアンジェが不思議そうな顔を見せたので、彼女が高位職を手にしたのとその能力について簡単に説明した。
「それはかなり使えますね……銀行周りは壁のように魔物が守っていて、一点突破を考えていましたが、それならば三方からの攻めもいけそうです」
アンジェが一旦銀行を避けて広場まで来れたように、路地側までは敵の配置が行き届いていない。
その代わり銀行を背にして、コの字型に厚く魔物が配置されているようだ。
「問題はゴールドがいるかどうかだな……領主の居城に籠もられていたなら銀行を攻める意味が無いかもしれないが……」
「というか、銀行よりも城の方に向かったほうがいいのではないか?」
アンジェが会話に割りこむように言ってくるが――シャドウは首を横に振る。
「私もそうですが、城を攻めるという気持ちにはなれないのです。恐らく何らかの強制力が働いているんだと思いますが……ただ銀行を襲撃する意味はあります。実は銀行から逃げ出してきた職員もおりまして、その元受付の女性の話だと、ゴールドは何かを隠している節があると。私達が前に見た金庫にあのゴールドが入る場合だけは他の人間の立ち入りを一切禁止してたみたいですからね」
「金庫? やけど、うちが入った時にはお金以外は、特に何もなかったと思うで」
「えぇ。ですから多分隠し通路か何かがあったのかもしれないですね。あの時は時間も限られてましたし、カラーナもそこまで調べる時間はなかったでしょうしね」
シャドウの言葉でカラーナは、
「た、確かに隠し通路まで考慮してなかったな~」
とどこか申し訳なさげに返す。
「あの時の目的は金庫の現金だったわけだしな。そこは仕方ないだろ」
俺がそう告げると少しは気が楽になったようで、だったら次は頑張るわ! と張り切っている。
「しかしそれならむしろゴールドがいないのはチャンスではないか?」
「ですね。ですが……恐らくやってくると見たほうがいいでしょうね――職員の話を聞く限り奇妙な能力も持ってるそうで、戦う力は十分にありそうですし」
「あぁゴールドの力は俺も一度みているしな。ただ今の俺なら防ぐ手段自体はある。後はメリッサの事もある。とにかくゴールドが出てきたなら……倒せたならそれでいいが、押しきれないようなら、それでも出来るだけ時間は稼いで欲しい」
俺はそこまで言った後、自分の考えも話す。
「なるほど判りました。ところでメリッサさんのその能力は何度か使えるのですか?」
「いや、後一度が限度だろう。精神的にかなり疲れが出るそうだ」
そうですか――と呟き。
「どちらにしても、先ずはそれで戦端を開くのが良さそうですね。とりあえずこのまま――」
その後の話し合いで、メンバーはやはり三つに分けられる形で攻め込む事に決まった。
ちなみに作戦開始前にアンジェが自分の正体を明かしたことでシャドウに文句を言っていたが、軽くあしらわれていた。
口ではシャドウに勝てそうにないな――
まぁとにかく、後はゴールドがどう出てくるかってところだが――




