第124話 セントラルアーツ内の戦い
「それでは作戦開始といきましょう。皆さん準備は大丈夫ですか?」
シャドウは現在解放軍の本拠地としているスラムの一画で、主要メンバーに確認を取るように問う。
セントラルアーツの街は、既に解放軍の手で南部はほぼ制圧が終わっている。
だが街なかに魔物が増え始めたこともあり、東側は元冒険者と盗賊ギルドのメンバーの手でのみ死守されている状態だ。
その為戦闘能力を持たない多くの住民は、南西側のスラム地区に避難しており、その人数は約五〇〇〇人。
解放軍として活動しているのはその中の五〇〇人程である。
ただ、腕っ節が強いという理由で戦闘に参加しているのも多く、そういった者はジョブを持っておらず当然戦闘訓練も積んでいないので、実質まともに魔物と戦えるとなると、五〇〇人の中の半分以下といったところか。
元々この街は、総人口で八〇〇〇人弱規模の街であり、残りの三〇〇〇人程度は領主及び銀行側に付いていた事になる。
この内、貴族とその血縁関係者に関しては三〇〇人程、騎士団所属の騎士に関しては数十名。
兵士に関しては二〇〇名程。
冒険者に関してはギルドマスターも含めた一〇〇名。
残りは全て銀行と領主に逆らうことを恐れた平民である。
ちなみに、その平民の多くはシャドウキャットの事を疎ましく思っていたような連中であり、カラーナやヒットに向けて石を投げつけていたような連中でもある。
しかし、その三千人は既に街からはいなくなってしまっている。
ゴールドの口車に乗せられ、領主の居城に連れて行かれたまま、戻ってくることがなかったからだ。
そしてその代わりに、突如街なかに溢れ始めたのが雑多な魔物たちである。
この魔物たちによって、今セントラルアーツ北地区に存在する銀行はガチガチに守られている。
そして東門、西門、南門に関してもやはり門を開けさせないようにと何匹もの魔物が張り付いていた。
今回の作戦ではこの門の解放が最初の目的となる。
幸い銀行は、門には隣接しているわけではなく、どちらかというと位置は広場よりなので、あまりその事は気にしなくてもよい。
それぞれの門までは少数精鋭で路地を伝い、一気に仕掛ける。
そして門の解放後に待機しておいた戦闘員達を投入、現在城壁近くで懸命に凌いでくれているであろう仲間たちの援護の為に挟撃を仕掛け、混乱に乗じて全員で街に侵入――場合によってはそのまま門を閉め、外側の魔物は閉めだしてしまおうというのが作戦の全貌だ。
これは事前にシャドウが、何度もカラスで敵の位置情報や人数を掴んでいたからこそ立てることが出来たと言える。
現状魔物たちは街の外を守る数のほうが遥かに多い。
恐らく既にイーストアーツが陥落したことを知っているのだろう。
だからこそヒットとその仲間たちを警戒しているのだろう、と、そうシャドウは考えた。
だからこそ外の面々に、中にいる自分たちの事は心配はいらないと伝えたというのもある。
そして外の冒険者を奮起させる為に、ヒット、カラーナ、アンジェの三人を英雄視させた。
皆の気持ちを上手く鼓舞できれば、後はヒット達が上手くやってくれるはず、シャドウはそう信じている。
そして当然、作戦は外の皆にだけ任せておく訳にはいかない。シャドウも含め、門を狙うメンバーの準備が整ったのを確認し――いよいよそれぞれが動きを始めた。
東門に向かったのはモブとニャーコのふたりである。
ふたりとも元はセントラルアーツの冒険者と受付嬢。
だが、今は解放軍に協力している。
モブに関しては、ギルドで新人冒険者に色々と情報を教えたり、場合によっては戦闘の手ほどきなんかをしてあげたりをボランティア的に行っていた為、冒険者達の間でもかなり慕われていた。
解放軍に、多くの元冒険者が加わったのはこのモブの影響もあったのかもしれない。
一方のニャーコはギルドでは数少ない獣人の受付嬢であったが――実はその正体は王都のギルドから派遣されてきてたお目付け役である。
そしてそういった特殊な任務を担う受付嬢の場合は、単独でも十分に戦える能力とジョブを持っていることが基本だ。
ニャーコもご多分にもれず、シノビというジョブを有している。
シノビは、ここガロン王国より、ヴァリス神聖教国を挟んで東の半島に位置するギルティル公国より海にでて、更に東へ一〇〇〇km離れた先に位置する島国アスラ王国から伝わってきたとされるジョブである。
アスラ王国は、大陸と違い独自の文化が発展した国でも有る。
例えば今では大陸でも提供される事が多くなっているライスなどは、そのアスラ王国より入ってきているものであり、その正体はライストウカと呼ばれる植物から得られる穀物である。
またアスラ王国は黄金の国ともしばしば噂される事が多いほど、金が豊富な島でも有る。
そしてアスラ王国では特殊なジョブが多く、ニャーコのもつシノビやニンジャ、刀と呼ばれるアスラ王国でのみ成造されている武器を愛用するサムライなどがそれに当たる。
ちなみにこのサムライというジョブ持ちの中には、鞘に得物を収めたまま、相手を切り刻んでしまうという妙技を使いこなすものもいると、実しやかに囁かれてもいるが、真偽の程は定かではない。
何はともあれ、この東方より伝わったジョブを会得したニャーコは、扱う武器もアスラ国産の小太刀という代物で、それを二刀流で利用する。
小太刀はアスラ国のサムライが差し持つ刀よりも短く、全長は六〇cm程度。片刃で楕円形の鍔に木製の柄が備わり、柄には滑り止め用に皮を貼りその上から細い紐を巻きつけてある。
刃の素材には玉鋼と呼ばれるアスラ国独自の素材が使われており、それにより折れず曲がらず、それでいてよく斬れる、強靭な武器に仕上がっている。
ニャーコは近接戦においてはこの小太刀を主に使用し、ある程度離れている位置からはシノビの固有スキルである忍術を使用したり、懐や太ももに隠し持つ棒手裏剣なども活用する。
棒手裏剣はいわゆる投擲武器に当たり、その名の通り長さ一〇cm程度の尖鋭した棒形の得物だ。
一方のモブはチェインメイルにズボンといったシンプルな出で立ち。
だが、その両手で握るバトルアックスは巨大な両刃を誇る雄々しい物だ。
そんなモブの現在のジョブは上位職のウォーリア。今となっては少々物足りなくも思えるジョブではあるが、それでもヒットを街から脱出させる際には冒険者ギルドのマスター、ギルマスを食い止めたほどの実力を秘めている。
ただ、その時の決着はまだついていない。ヒットを逃してしばらくした後、どちらからともなく双方がその場から退いたからだ。
そして――それからモブはギルマスの姿を見ていない。
どうやら、彼もまたゴールドに付いて領主の下へ向かったようだが、それから戻ってきている様子がなかったのだ。
そして、それがモブにとって気掛かりでもあり――
「モブさん! 東門に出るニャン! 魔物は全部で二〇ぐらいいるにゃん」
「おお! ありがとうな猫のねぇちゃん」
モブは屋根の上を跳ねまわるように移動するニャーコに、手を上げて応える。
「むぅ……ねぇちゃんじゃないにゃん。ニャーコだにゃん。いい加減ちゃんと呼んで欲しいにゃん」
「うん? あぁそうか。すまないな猫のねぇちゃん」
「……もうそれでいいにゃん」
ニャーコは半ば諦めた様子でそう告げると、いくにゃん! と声を上げ、指の間に棒手裏剣を挟み両手で合計一六本、屋根から東門の前に並ぶ魔物たちへ投げつける。
シノビのスキル、乱れ投げである。
ニャーコの眼下に佇む魔物たちに、見事全ての手裏剣が突き刺さる。
だが、サイズ的にも殺傷力は左程でもない。
これは寧ろ、敵の目をニャーコに向ける為のものでもあった。
その場の魔物たちの視線が、猫耳娘の肢体に注がれたその時、路地からモブが飛び出し、手持ちの斧で横撃する。
斧の武器スキルである大木切りによる力強い一撃。
陣を敷いていた魔物の内、五体程が斬撃の衝撃で吹き飛び絶命した。
一方ニャーコの側では、人のような体つきをした魔物、ラビットファイターがその跳躍力を活かし三体、ニャーコの立つ屋根の上に飛び乗った。
ラビットファイターの内二体は、通常の兎顔した魔物であるが、一匹は顔が人間の女と変わらないジョブ持ちである。
ラビットファイターは防具こそ身につけていないが、武器は普通に取り扱う。
ジョブ持ちに関してもやはり着衣はしていないが、大事な所に関しては白い毛がビキニのような形となり覆い隠されてはいる。
ラビットファイターは、通常の魔物が使用する武器がショートソード。
ジョブ持ちの方はロングソードであった。
その三体がニャーコを中心に三角を描くように取り囲む。
「むぅ……囲まれたにゃりね――」
そういいつつ――ニャーコは密かに印を結んだ。
忍術は、魔法のような詠唱こそ必要ないが、術によって決められた印を結ぶ必要がある。
そしてラビットファイターの二体が、前に出て、それぞれが上から下へ刃を振り下ろす。
それをニャーコはバックステップで躱し、反撃しようと脚を踏み込むが――その背中へジョブ持ちのスタンアタックが炸裂。
これはソルジャーが得意としているスキルで、攻撃と同時に相手の意識を一瞬奪う。
そして、一瞬でも意識を失えば、前から来る二体の攻撃は躱しようがない――のだが。
「甘いにゃん」
攻撃を食らった筈のニャーコの身は、煙に巻かれたように消え去り、代わりに何故か小振りな丸太が残され、いつの間にか宙に移動していたニャーコが、更に印を結んだ。
ちなみにこの所為も、シノビのスキルである身代わりの術である。
「火印の術・息吹にゃ!」
声を上げ、手早く印を結び終えたニャーコは、思いっきり空気を吸い込み、そして真下のジョブ持ちのラビットファイターに向けて炎を吐き出した。
容赦のない炎に包まれ、魔物は火まみれとなって屋根から落ち、地面をのた打ち回るも、数秒後には動きを止め、哀れな黒焦げの死体となった。
そしてニャーコは、その骸には一瞥もくれることなく、続けて風印の術・輪を唱え、回転する円状の風の刃で残った二体を斬殺する。
「中々やるな猫のねぇちゃん!」
感嘆の声をニャーコに投げつけつつ、モブは巨大な斧を連続で振るい、魔物たちを纏めて薙ぎ払っていく。
するとそこへ、門の前に何かが落下し、そして仲間の魔物ごと切り裂きながら、斧刃がモブの身を襲った。
「んにゃ! 危ないにゃ!」
思わずニャーコも、悲鳴に近い声を上げる。
その一撃は、間違いなくモブを捉えていた。
そしてモブの身体は、斧の振るわれた方向に従って真横に吹き飛び、木造家屋の壁を突き破った。
人型より一回りほど大きな穴を空けた家屋を認め、ハルバートを振るった魔物が歓喜の声を上げる。
「……にゃ、まさかモブにゃんやられちゃったにゃんか? それにあれ……オーガ、しかもジョブ持ちのオーガにゃん――」
ニャーコが狼狽した様子で呟く。
確かにそこには、身の丈三メートルは優にある巨大な魔物が立ち尽くしていた。
腰には皮の布を巻き、丸太のような太い両腕と、壁のように厚い胸板を誇り、顔は人間に近いが頭頂部から一本の雄々しい角を生やす、それがオーガである。
ちなみに本来オーガは、相当に厄介な魔物であり、一匹現れただけで小さな村なら、人間も家畜も全て食いつくされてしまう程である。
しかもニャーコのみたところ、ジョブもちになった事でこのオーガは、ユニーク種であるオーガブロスよりも更に手強い魔物と化している。
オーガブロスなどは、本来なら単体でも手練れの冒険者が何パーティーも協力して、やっと打倒できるような相手なのである。
「でも……やるしかないにゃりね……」
ジョブ持ちのオーガの一撃で、残った東門の魔物も殆ど生存してないが、それよりもこのオーガの方が遥かに厄介なのは確かであり――覚悟を決めようとしていたニャーコであったが。
「……おい猫の姉ちゃん。こいつは俺がやる。あんたはちょっと退いてくれや――」
壁に出来た穴の縁に手を掛け、のそりとモブが姿を見せた。
「にゃ! モブにゃん生きてたにゃりか!」
「勝手に殺すなよ――」
そういって苦笑し――そして斧を肩に担いでオーガを見上げた。
「グルルゥ――」
歯牙を剥き出しにモブを見下ろす。
その表情はどこか憎しみに満ちているようでもあり――
「……てめぇ、ギルマスだろ?」
モブが問うようにいった。
その言葉に、んにゃ! とニャーコが声を上げる。
「ギ、ギルマス? まさかこいつは、ギルドマスターの、ギルマス・オロカナなのかにゃ!?」
心底驚いたように両目を見開き、猫耳をビクンビクンさせるニャーコ。
それに頷いて応じると、彼女を見上げ更にモブは続けた。
「こいつの持ってるハルバートは、これのサイズに合わせて改良されてるみたいだが見覚えはある。間違いなくギルマスの愛用の武器さ」
「で、でも武器は奪っただけかもしれないにゃん?」
「……かもしれないが、なんとなくわかるのさ俺には」
その応えにニャーコは戸惑いを隠し切れない。 それはそうだろう。モブの言っている事が本当だとしたら、このオーガに関わらずジョブ持ちの魔物は全て元は人である可能性が出てくる。
「こ……これはとんでもないことかも知れないにゃん――」
思わずそんな事を呟く。王都から派遣されてきている身のニャーコである。
こういった事態は当然後々報告する必要があるだろう。
尤もそれも、無事この件が片付いたらの話であるが。
「さて猫の姉ちゃん。そろそろさっきいったように離れて貰えるかい? 出来れば巻き込みたくはないんでね」
「へ? ま、巻き込み?」
「いいからとっとと行きやがれ!」
いよいよ我慢しきれなくなったのか、モブが怒鳴り上げると、その迫力に、にゃっ! と背筋を伸ばし耳を立たせた後、わかったにゃ! と脱兎のごとくニャーコがその場を離れた。
「……さて、やっとてめぇとサシで続きが――」
モブがそう言いかけると、オーガと化したギルマスが咆哮しハルバートを一閃――
轟音が街なかを駆け抜け、武器を振るった先の直線上に並ぶ建物が軒並み崩壊した。
「……全く。やっぱこの辺りの住人や冒険者は一旦避難させておいて正解だったな」
モブの声にギルマスが反応し、彼を振り返る。
攻撃をしっかり躱していたモブは、再びオーガを見上げまじまじと見つめながら顎を擦った。
「最高位職のバトルマスターを会得し、ギルドマスターにまでなって……にも関わらずお前は一体何がしたかったんだ? 不正に手を染め、ギルドの仲間も間接的とはいえ何人もその手に掛け、受付嬢にまで手を出してたそうじゃねぇか。全く力や権力がてめぇを変えたのか、それとも力や権力を手にするために、てめぇ自身がてめぇを変えたのか――今となっちゃ定かじゃねぇが、その結果、最後に行き着いたのがその姿じゃ救えねぇよ」
「……グ、グォオオォオオォオオォオオオ!」
変わり果てたギルマスが、再びハルバートを振り上げる。
憎々しげにモブを見下ろし、なんとその巨体で上空まで跳躍し、落下すると同時に殺意を込めてその刃を振り下ろした。
それは今までの一撃ともまた違う。バトルマスターのスペシャルスキルであるメテオストライク。
闘気を練り上げ一点に集中させ、隕石が落ちたかの如く破壊力を生み出す。
斧刃が地面に到達すると同時に、西門と東門を貫く街路の一端が爆散し、衝撃が周囲に広がった。
周りの建物は全壊し、抉れて出来たクレーターは、小さな城ならすっぽり収まるほど巨大で、谷のように深い。
そしてその場にモブの姿はない。
消し飛んでしまったのか――その時オーガと化したギルマスの口角は、確かに吊り上がった。
だがそれは、瞬時に驚愕の表情へと変わる。
振り下ろしていた巨大なハルバートが、地面から吹き上がった何かによって跳ね上げられた。
それは濃紫色のオーラであった。強大で、それでいてとても禍々しいオーラが吹き上がり、そして徐々に膨らんで何かの形を模していく。
「そんな姿になっても、俺が憎いという気持ちはあるのか? 大したもんだ――だがなぁそれはこっちだって一緒なんだよ」
クレーターの底の地面が割れ、中から姿をあらわしたのはモブだった。
だが、その様相はこれまでと明らかに異なっている。顔中に、身体中に、膨張した血管を張り巡らせ、これまでの人の良さそうな顔は鬼神の如く形相に――
「冥土の土産に教えてやる。俺の本来のジョブはウォーリアじゃねぇ。てめぇと同じ最高位職のヘイトウォーリアだ。だがこのジョブは少々変わっていてな。ヘイトを溜めれば溜めていた分だけ能力が跳ね上がる。それまではスキルの静寂を使用し、ウォーリアの状態を保ち続けるのさ。そして――てめぇがこれまでにやってきたことは、間違いなく万死に値する。おかげで俺のヘイトはこんなにも溜まった!」
咆哮し、同時にオーラが姿を変え、オーガの倍は軽く超える怒りの魔神へと変化した。
「もうてめぇに武器は必要ねぇ。俺のヘイトを溜めた拳ひとつあれば十分だ――覚悟を、決めな!」
オーガとなったギルマスの表情は、驚愕から圧倒的な恐怖に変化し、武器を構えることもなく、ただただ立ち竦み固まっていた。
そしてその身体に、ヘイトによって生まれた拳が迫り、振り抜かれたただの一撃で、その身を粉砕し挽き肉へと変え、ついでに軌道上に鎮座していた門さえもぶち破った。
「……ふぅ、これにて任務完了っと」
全てのヘイトを開放したモブは、清々しい笑顔を見せつつ、満足気に呟いたのだった――




