第122話 一二〇対二〇〇〇~南門の戦い~
「本当に大丈夫なん?」
カラーナが確認するようにダイモンに問う。
だが当の本人は今もまだ狼狽した様子で、下手な愛想笑いを返す程度に留めている。
南門に攻め込む側として陣頭指揮を任されたカラーナだが、作戦の一部はヒットの助言を頼りに組んでいる。
そして戦端を開く上での重要な役目を担っているのはこのダイモンなのだ。
だが上手くいくかどうか、ヒットの言うことでもあるから信用したいところなのだが――正直カラーナは、ダイモンをそこまで信頼していない。
半眼ジト目でダイモンを睨みつけるカラーナ。
まさかこんな事になるとは夢にも思っていなかったダイモンにとっては、その視線が痛くて仕方ないことだろう。
だが、ダイモンとてここで尻尾を巻いて逃げ出すわけにも行かない。
それにこの作戦に関して言えば、ダイモン自身があの大量の魔物軍に攻め入るわけでもない。
一見戦士にしか見えない彼は、戦いが始まったら後方で待機、いざとなったら馬車に乗って他の馬車を率いて戦線を離脱するのが仕事なのである。
ではなぜダイモンがそこまで重要視されるのか? といったところだが――
「カラーナ様! 上を見て下さい!」
ふと後方から声が発せられ、カラーナが上空に目を向ける。
「あれは――シャドウのカラスや! という事は、いよいよ開始や! こうなったらもうつべこべいうても仕方あらへん! ダイモン頼んだで!」
お、おう! と応じ、ダイモンが念じるように固くまぶたを閉じる。
すると前の方で待機していたモキューが動き出し、そしてふよふよと宙を綿毛のように漂いながら、南門近くで待機していた魔物たちの下へ辿り着き、その周りを飛び回る。
すると魔物の一体が、うざったそうにモキューの身体を手持ちの剣で斬り裂いた。
だが、その瞬間モキューの身体が分裂し、一体から二体に増殖した。
するとそれをみていた別の魔物が、増えた二体に斬りかかり――今度は四体に増えた。
次々とモキューに向かって攻撃を加えていく魔物たち。
だがその度にモキューの数は倍々に増えていく。
「ほんまに……ボスの言ったとおりやったな――」
次々に増えていくモキューを遠巻きに眺めながら、カラーナが感心したように呟いた。
「う、うまくいってよかった――」
安堵の表情を浮かべるダイモンに、そのとなりでふよふよと浮いているモキューが一言鳴いた。
このモキュー、鑑定したメリッサやダイモン自身が言っていたように戦闘能力は皆無である。
しかしそんなモキューにも一つだけ特技がある。それが分裂である。
これは相手から攻撃を食らった際に分裂することで自らの身を守るというもの。
モキューは分裂を繰り返す限り死ぬことはない。
ただそれも無限ではなく、どのぐらいまで分裂できるかは、召喚された時にサモナーから分けてもらった魔力で変わる。
分裂する度にモキューが体内に溜めていた魔力が減るからだ。
そして魔力がなくなれば後は消えていくだけになる。
ただモキューは分裂体でもどれか一体残っていれば生存可能である。
だからこそダイモンは、予めモキューを二体に増やしておいた。
尤もこれはヒットの提案であったのだが。
そしてヒットの見立てでは、サモナーになれるほどの魔力があるのであれば、モキューは二〇〇匹ぐらいまでは増えるとの話であった。
そしてモキューが増えれば増えるほど、単純な思考でしか行動していない魔物たちはモキューを排除するのに躍起になる。
そこをカラーナ率いる盗賊部隊が突く! というのがこの作戦である。
ただこの作戦を聞いても正直カラーナ達はぴんとはきていないようであった。
これまでに、モキューを戦闘に役立てようとした例が全くと言っていいほどなかったからである。
なのでカラーナ以外の冒険者達は勿論、精霊魔法を使うソーサラやソーサリアンでさえもうまくいくのかと半信半疑の様子ではあった。
だが蓋を開けてみればこの様相である。
魔物たちはすっかりモキューに気を取られてしまっている。
「よし! こっちも作戦開始や! 皆しっかり気配を消して仕掛けるで!」
カラーナの号令一下で彼女率いる先駆隊が先ずは動いた。
シーフとローグによって編成されたこの部隊は、音も立てずに相手に近づくことが可能。
身を屈めながら、目立たずかつ迅速に定めた動線を駆け抜け、敵の近くにまで忍び寄る。
魔物の姿が目と鼻の先まで近づいた時には、既にモキューの数も二〇〇に届きそうな程であった。
魔物と綿のようなモキューとが入り乱れる光景は、なんとも珍妙だが、この好機を逃すわけにはいかない。
カラーナ達は全く自分たちには気がついていない魔物たちへ一斉に飛びかかった。
これまで全くダメージを受けていなかった魔物達の背後から、盗賊ギルドの面々の腕が伸び、その喉を切り裂き、心臓を抉った。
奇襲による一撃必殺の攻めは、彼らの最も得意とするところである。
カラーナ率いる部隊の初撃で、十数体の魔物が物言わぬ骸と化した。
ただ、これでもまだ相手の数は六〇〇以上。
いくら魔物でも、奇襲を受けた後はそれなりに慎重になる。
奇襲を受けたことで、その意識は戦闘能力を持たないモキューから、カラーナ達へと向けられた。
盗賊系のジョブを持つ者は、今のように背後から忍び寄ったりなどで隙をつき、相手を死に至らしめるのは得意だが、正面切っての戦いとなると殺傷力に不安が残る。
だからこそ、彼らにとって大事なのは搦手をどう組み込むか、同時にどう作るか――
「さぁ出番やでうちのスペシャルスキル!」
声を張り上げると同時にカラーナが覚えたてのスペシャルスキル【ダークスペイス】を発動した。
実際ダイモンが召喚したモキューを利用しての作戦は、殆どこのためにあったといっても過言ではない。
魔物たちの意識をモキューに向かわせ、カラーナのスキルの効果範囲内からなるべく離れさせないようにする。
最初の奇襲で魔物たちを倒すことよりも、スペシャルスキルを発動させることのほうが大事だったわけだ。
このスキルは、指定した範囲内を暗く染める闇を創りだす。
そして突然の闇に包まれたことで、魔物たちの視界はかなり狭められた。
するとそこへ、今度は左右から追い討ちの為の部隊が姿を見せ、ソルジャーやランザー、シューターといった者達が次々と攻撃を仕掛けていく。
ソルジャーは弓の扱いにも長けている場合が多く、後からやってきた部隊もソルジャーとシューターは弓を使用し外側から、ランザーもジャベリンなどの投げやりを駆使し暗闇の中に得物を放り投げていく。
そんな彼らの装備は一様にして水に濡れていた。
先駆隊として先手を打ったカラーナ達と違い、彼らは気配を絶つ術は盗賊系程優れてはいない。
だからこそ、街を貫くように伸びてきていた左右の川を利用した。
しかも息継ぎなしで長さが一kmはある川を潜水状態で上りきったのである。
勿論こんな芸当は普通なら不可能であるが――ソーサラーやソーサリアンの協力を得ることで不可能を可能にした。
水の精霊の力を行使することで、酸素の供給が可能な泡玉を作り、川を上る部隊はそれをかぶることで息を止めることなく南門近くまで辿り着くことが出来たのだ。
突如暗闇の中に放り込まれ、更に左右からの挟撃により魔物どもは為す術もなく降り注ぐ矢の、槍の餌食となっていく。
中にはカラーナのスキルの範囲から逃れたのもいたが、それらは全てカラーナ達の手によって排除されていった。
暗闇の中に向けられた一斉攻撃によって、魔物の数は徐々に減少、ついに残り半分を切ったところで、カラーナのスキルの効果が切れた。
視界が一気に開けた事で、今度は魔物勢のほうが鬨の声を上げる。
大地を震わすほどの咆哮。
その叫びを聞いた瞬間――全員が相手に背を向け逃走を始めた。
魔物達がそれを見て、ほぼ本能で追撃せんと一斉に追いかけ始める。
魔物が決して利口ではない事が、この行動によくでていた。
逃走が誘いだと気づきもしない――そして魔物の動きが途中で止まった。
いや止めさせられた。
罠によってだ。事前に仕掛けられていた罠に見事に魔物たちは引っかかったのだ。
トラッパーは奇襲には参加せずひたすら息を潜め出番を待っていた。
そして、カラーナのスキルで魔物どもが闇に包まれた瞬間、トラッパーが動き出し、必死に罠を張り巡らせ続けていたのだ。
自然の草を利用し結んだもので脚を引っ掛けさせる単純なものや、落とし穴にくくり紐、マジックボムを利用した地雷的なものまで――数多くの罠に見事引っかかるその様相に、残った魔物たちの動きにも陰りが見え始める。
数では圧倒的に優っているにも関わらず、追い詰められているのは寧ろ自分たちだ、と魔物たちも理解したのだろう。
そしてそこへ更なる追い打ち。魔物たちを挟みこむように、大量の水が草ごと地面を削りながら迫り来る。
左右の川の水を溢れさせたのだ。そしてその鉄砲水で残りの魔物どもを飲み込ませたのだ。
水場では水の精霊の力が強くなる。それは至極当然の事――だからこそソーサラとソーサリアンの力が役に立つ。
尤も、強力な力を行使するには、精霊への呼びかけにもそれなりの時間を要する。
だが、その時間は先駆隊や更にその後を追って川を上った部隊が稼いでくれた。
水の精霊の力を高めるだけ高めて放ったそれは、水攻めと言っても良いほどの破壊力を秘めていた。
魔物の軍に左右から押し寄せる水撃は荒れ狂う波のようであり、波と波がぶつかり合いそこが地上である事を忘れさせるほどの激しい渦を引き起こす。
激流と大渦に身を任せるほか無い魔物達は、最早為す術もなく――次々と水死体と化していった。
「よし! 順調や! みんなもうひとふんばりやで!」
カラーナの激励のような声に、皆が力強く返事する。
既に魔物の数も残り一〇〇体いるかいないかといったところだ。
ただ南側の門は未だ固く閉じられたままである。
作戦通りいくなら恐らくこの門はシャドウ達の部隊が開けてくれる筈だが――




