第119話 セントラルアーツの変貌
「本当にすんませんでしたぁああぁああああああ!」
出発前に、ダイモンにはフェンリルの前で土下座させて謝らせた。
今のフェンリルの倍以上ある体格のダイモンが、身体を小さくさせて地面に額を擦り付けるさまは、滑稽でもあり見苦しくもある。
しかし一応けじめは付けておかないとな。
勿論ダイモンには、こいつが遊び心で召喚して放置した結果どんな事になっていたかきっちり説明した。
まぁ子供の頃に、駄目だと言われたことをついついやってしまうということは、誰でも経験があることであり、そこまで強くも責められないが。
「…………肉団子の刑」
「勘弁して下さい!」
セイラは無表情な上、抑揚のない声もあいまって冗談に聞こえなくて怖いな……
「やめときセイラ。こんなん肉団子にしても喜ばへんで」
「そうだな腹をこわすかもしれん」
「酷い!」
確かに酷いな。フェンリルに与える餌としては。
「で、でもダイモンさんも反省していることですし、もうその辺で」
「さすがメリッサちゃん! 胸と同じで度量も大きい!」
「……あんまり調子に乗らないでくださいね?」
「ごめんなさい!」
メリッサのトドメの笑顔がなにげに怖い……普段大人しい子ほど切れると怖いというしな――俺も気をつけないと。
まぁそんなわけで、その後はフェンリルに一〇回程、マジな噛み付きをバツとしてさせて一応は許してやることにした。
マジと言ってもまだ幼いフェンリルだしな。
精々トラバサミに挟まれるぐらいの痛みみたいだし、それぐらいで済んでよかったと思うべきだろ。
とりあえずダイモンへの刑罰も終わったところで、流石にこれ以上のんびりもしていられないので道程を再開する。
ただここからは、ダイモンの馬車もあるのでステップキャンセルは使えない。
まぁとはいっても、ここからなら後ニ時間もあればセントラルアーツには辿り着ける。
時刻で言ったら、到着は午後の2時頃といったところだろう。
隊列は俺達が殿を走ることになった。
さっきのこともあるから後方を守っていて欲しいといったところらしい。
念の為頭の中で馬車の状況を確認。
ダイモンの馬車に乗っていたのは、あの村の娘の内三人、ゴロンが乗っていた方に残りの娘二人と子ども達が二人、殿を務めていた馬車には子供が四人。
そして護衛として乗ってるのはダイモン以外は皆冒険者……今となっては元冒険者になるようだが、その数一〇名で、御者としてダイモンのとは別の二台の馬車に一人ずつ。
残った人数が三台にそれぞれ割り振られている形だ。
冒険者に関しては一〇名の内、弓系のアーチャーとシューターがふたりずつの四人で尤も多く、魔法系としてメイジが二人マジシャンが一人、戦士系……というか多分盾役だろうがシールダーが二人、そして最後にシスターが一人。
まぁシスターに関しては戦闘の為ではなく、怪我した者の治療のためだと思うがな。
ちなみに幌馬車は荷台に六人乗れるぐらい。
御者台は詰めて二人ってとこだ。
本当は、生存してる人数次第では冒険者が何人か歩きで戻る予定だったらしいな。
でも、あれだけの魔物に追われてたことを考えると、それはしなくて良かったのかもしれないが。
「……フェンリィ――」
そんなことを考えつつ後ろから馬車を追い続けていたが、ふと荷台からセイラの声。
「……決まった。名前はフェンリィ」
そして再度、今度ははっきり俺に聞こえるように告げてきた。
フェンリィか……それがセイラの決めたフェンリルの名前だ。
フェンリルのフェンリィ……単純だが判りやすくていいと思う。
「おおセイラ! 良いではないか! フェンリィいい響きだぞ」
「うちもえぇと思うわ。なぁフェンリィ」
「私も素敵だと思います。フェンリィちゃんですね」
どうやら他の皆にも好評のようだな。
「俺もいい名だと思うぞセイラ。流石だな」
俺がそう声を掛けるとセイラが、
「……決まった、これからフェンリィ」
と恐らくフェンリルに教えてやってるんだろうな。
「アン! アン!」
フェンリィの鳴き声もどことなく弾んで聞こえる。
名前を気に入っているのかもな。
「……くすぐったい」
「ふふ、きっと喜んでるのですよ」
「そやなぁ。改めて宜しくなぁフェンリィ」
「うむ、私のウィン……ガ、ガルちゃんも祝福してるぞ」
……どうやらアンジェはアンジェで、ガルちゃんという名前を受け入れようとしているみたいだな。
しかし、行くぞガルちゃん! なんて言って戦うアンジェの姿はいまいち想像できないけど……
「……ご主人様に報告一つ。私に新しいジョブ。ビーストティマー」
「え? そうなのか? へぇ、フェンリィを育てることにした影響かな?」
「……それは判らない」
「でもセイラやったら鞭も使うしぴったりかもしれへんで」
確かに。洞窟でも早速鞭を振るってたしな。
正直異世界に来てからは、ジョブに関しての判断基準は俺にもいまいち判らないが、ただ全く何の関連性もないジョブにはならない感じで、セイラも鞭を扱うことと、フェンリルを育てることに決めたあたりは十分関係しているとは思う。
ただ、実際はフェンリルは神獣であり魔獣ではないが……まぁ扱いとしては一緒になってる形か。
とはいえ、いくらフェンリルでも流石にまだ戦うことは無理だろうけどな――
「た、大変だ旦那!」
そろそろ前の方では、セントラルアーツが見えてくる頃だろうな、と思っていると、そのとき丁度前方の馬車が停止し、それからすぐダイモンが俺達の馬車まで駆け寄ってきた。
何事かと思いつつ話を聞くが、とにかく前に来てみてくれ! とかなりの狼狽ぶりなので、全員で下車しダイモンに付いていく。
他の馬車からも、既に冒険者は全員外に出ており、ダイモンの馬車の前で唖然と立ち尽くしていた。
今の馬車の位置は、セントラルアーツより地盤の高い台地の上といったところであり、ここからは見晴らしもいい為、遠目にセントラルアーツの様子もよく判るが……確かにダイモンが狼狽えるのも判る。
冒険者達も愕然としてるな……
理由は、セントラルアーツの城壁周辺を、大量の魔物が囲んでいたからだ。
何も知らずこの有り様をみたら、街が魔物に襲われているのでは? と勘違いしそうだが、実際は恐らく領主やゴールドの手引によるものだろう。
しかし……手紙で魔物が街の中にも現れ始めているのは知っていたが、まさか外にまでしかもこんなに大量にとはな……一〇〇〇……二〇〇〇はいるか? オーグの時とはわけが違うな。
魔物の種類も多く、遠目からでも例の人型も混じっているのが判る。
とりあえず、見つかるのも厄介なので視認した後は、セントラルアーツからは発見されない位置まで下がり、全員で話し合うことにする。
「……ダイモン。俺もある程度は知っていたが、とは言え数が随分と多いな。魔物は街中にもこんなにいたのか?」
「ば、馬鹿言うなよ! 確かに街にも魔物が入り込んじゃいたが、精々一〇や二〇だぜ!」
そうか……まぁそうだろうな。
「こんなの無茶だぜ……」
「中に入れねぇじゃねぇかこれ」
「それもそうだけど、あれがこっちに気がついたらやべぇだろ!」
当然冒険者達も戦々恐々といった具合だ。
魔物は、一〇匹いるだけでも普通の冒険者には恐怖だろうしな……
「……確かに数は多い。だが所詮は魔物、恐れる道理などない! 我々で知恵を絞れば越えられぬ相手ではけっしてないだろう!」
俺達と一緒にセントラルアーツの状況を確認していたアンジェが声を上げる。
中々頼もしい限りだが……数が違いすぎる。
これが一〇〇、二〇〇なら馬車を助けた俺達もいることで、まだなんとかなるかもと心を奮い立たせたかもしれないが、二〇〇〇は流石に多すぎる。
こっちは護衛の冒険者と俺達と含めても戦えるのは二〇人もいない。
後は遠距離から削るという手だが……俺のスパイラルヘヴィクロスボウで射程距離は五〇〇メートル。
ここからセントラルアーツまでは二~三kmぐらいは離れている。
とりあえずステップキャンセルで近づいてキャンセルを多用しても……囲まれるまでに頑張って一〇〇や二〇〇か。
俺でそれだ。アーチャーやシューターなら全員でもその半分もいかないか。
俺と数名ぐらいならステップキャンセルで一旦逃げてヒットアンドウェイという手もあるが……
しかし街から魔物がまだ出てこないとも限らない。現状見えてるだけでこの数ってだけの話しだしな。
「正直数多すぎやなとは思うけどな。うちは勿論ボスがやる気なら従うつもりやけど」
カラーナは他の冒険者には聞こえないよう俺達の傍に近づき言う。
英雄視されているカラーナが、弱気な事を言ってはますます皆が不安になると思ったのかもしれない。
「ダイモン、ちょっと訊きたいが、サモナーって事は何か召喚は出来るのか?」
「いやぁそれがよぉ。俺確かにサモナーのジョブは手に入れたんだけどな。それから結局召喚の勉強はしてなかったんだ。だから宝のもちぐさ、ひぃ!」
カラーナがダイモンの喉にナイフを突きつけた。蟀谷もぴくぴくしてる。
「あんたいい加減にせぇよ。なんや? それじゃああれか? 子供の頃ロクでもない失敗しただけでさっぱり役に立ちませんと、そういうんかい?」
「そ、そんな事いわれてもよぉ~ちょ! 勘弁してくれまじで!」
俺は嘆息をしつつ、改めて全員の顔色を見るが……アンジェの発言も彼らの士気を鼓舞するには至っていないか――やはり圧倒的な数の差に恐怖や不安の方が優っている様子。
「とにかくダイモンは、何か出来ないか試して見てくれ。今は猫の手も借りたい程なんだから」
「わ、判った。ちょっと思い出しながらやってみるよ」
ダイモンはそういって少し離れたところで頭をひねり出した。
言った通りに思い出そうとしてくれているのだろう。
まぁとはいえ、そう簡単な事ではないだろうがな……
「それにしても不甲斐ない。冒険者というのはもっとこう骨のある連中ばかりかと思ったものだがな」
アンジェがぷりぷりと怒りながら戻ってきた。 あの後も冒険者と言葉を交わしていたようだが、やはりやる気を引き出すには至ってないか。
「気持ちは判るがアンジェ。誰もが君みたいに心を強く保てるものでもない」
「馬鹿言うな、私はそこまで強いわけではない。……それに私が冒険者に期待をしてしまうのはヒットの影響だぞ」
「は!? 俺の?」
「そうだ。これまでも私の目の前で相当な無茶をこなしてくれたしな。あの勇猛さに比べたら私などまだまだ……それに今だって、ヒットは諦めているわけではないんだろ?」
「まぁ、約束もしたしな。ここで諦めるわけにもいかない」
アンジェの言うとおり、自分なりの考えはある。
現状考えているのは……俺が先ず単騎で突っ込むこと。
そんな事いったら、アンジェが一緒に行くとか言い出しそうだが、彼女には残ってもらい、とにかく俺が単身連中に斬りこんでいく。
勿論それで、二〇〇〇体の魔物を全員倒せる! なんて思い上がってはいないけどな。
ただダメージキャンセルは既に使える状態にはなっているし、キャンセルアーマーとセイバーマリオネットを組み合わせればある程度の無茶は平気だろう。
そして、出来るだけ他の冒険者達にも見えるよう多くの魔物の死体の山を築く。
そうすることで連中にいけそうだと思わせ、そこでアンジェに激励してもらい気持ちを奮い立たせ、彼女の指揮の下、追撃を開始してもらう――
と、ここまでは理想型。でも問題も多い。さっきも考えたが、俺が倒したところで街の方から応援が出てきた場合……この場合は間違いなく士気が下がるだろうからな……
せめてセントラルアーツ内部の状況が判れば、また違うんだがな。
他の皆もあまりその事を口にしない。
これだけの魔物が街を囲って目を光らせている状況だ。
当然、中で何も起こっていない筈がない。
シャドウナイトがまだここにいる以上、シャドウ自身は無事でいる可能性が高いと思うが……
「――うん? ヒ、ヒット! ちょっとあれを見てみろ!」
と、そこへ目の前のアンジェがセントラルアーツ側の空を指さし声を上げた。
まさか魔物か!? と俺も即座に彼女の指差す方向に目を向けるが、そこに見えたのは、俺達の方に近づいてきている一匹のカラスだった――
 




