第114話 迂回
「どうやらアンジェの方も問題なかったようだな」
「あぁ、あんな連中、イーストアーツの相手に比べれば弱すぎて話にならん。所詮屑の寄せ集めみたいなものだしな」
アンジェがなんてことがないように言う。
息も切らしてないし実際楽勝って感じか。
まぁ俺もそれは判ってたから、別行動でも特に心配はしてなかったんだが……でもな。
「で、カラーナとメリッサも……勝手にこの場を離れて行動したと」
俺は半眼を向け腕を組み、少しだけ責めるような口調でいう。
「い、嫌やなぁボス。うちもメリッサも心配になって追いかけたんや。それに連中も片付いたし結果オーライやろ?」
「……そ、その私もつい、ごめんなさい――」
カラーナは相変わらずあっけらかんとした感じに言うな。
確かに結果的には早く片付くことにはなったがな……メリッサは申し訳無さそうにしてるが、彼女は戦闘タイプじゃないのだし、実際あまり無茶な真似は避けて欲しいところだ。
まぁそんなわけで、ボクサーのジョブ持ちを倒した直後、俺は探しに来たメリッサとカラーナと合流し、呆れながらも直後アンジェとも合流し湖の畔まで戻ってきた。
結局馬車をしっかり守っていたのは、シャドウナイトとセイラだけだったな。
このふたりがいれば万が一にも馬車が取られたり、ましてやセイラが狙われるようなこともないだろうけど。
ただ、やっぱちょっと悪い気もするが。
「セイラ、馬車を見ててくれてありがとうな。でもごめん、なんか結局ひとりにしてしまったようだな」
実際はシャドウナイトもいるけど、これを一人と数えるのもな。
で、カラーナとメリッサがセイラに近寄って、それぞれ謝罪するけど。
「……別に、ご主人様の命令に従っただけ。謝られるようなことではない」
うん、平常通りだな。
セイラは多分いつものセイラだ。
ただ、何故か俺と目を合わせてくれてない気がするのは気のせいか?
……実は拗ねてる? いや、まさかな。
とにかく、これでもう邪魔者はいないし、途中だった夕食を再開させる
ちなみに、馬には飼葉入れに補充しておいた餌をシャドウナイトが食べさせていた。
そんな事も出来るのか……
で、結局あの戦闘で返り血とか浴びる羽目になってしまったから、再度水浴びをした。
さっきと同じで、先に女性陣に浴びさせ俺は見張り。
そして今回ばかりは、その後に俺も湖で身体を洗った。
どうやらそこにカラーナが乱入しようとしていたらしいが、アンジェによってしっかり阻まれたらしい。
たく、カラーナも何やってるんだ……男の裸を覗く趣味でもあるのか?
まぁそんな感じで、色んな意味でハプニングに見まわれながらも――シャドウナイト見張りの下俺達は馬車の中で就寝した……
◇◆◇
朝になり、俺達は軽い朝食として乾パンを齧った後、セントラルアーツに向けて道程を再開させた。
一日目と違い、二日目は俺も遠慮はいらないので、ステップキャンセルを駆使し、途中ダメージキャンセルで馬たちの疲労を回復させつつも、更に移動するが、途中一つ厄介な事があった。
セントラルアーツからイーストアーツに向かう道では、数カ所橋を越える必要のあるところがある。
そのうちの一つが、見事に破壊されていた。
破壊の仕方が荒っぽいので、魔物がやった可能性もあるか……異世界は基本木製の橋が多いので、結構脆いんだろうな……
本来ならこういった狙われると厄介な橋は、冒険者が守ったり、守衛が立ってたりするようだが、現状じゃ当然そんな事は期待できないしな。
でも参ったな。
橋が掛かっていたのはマウント山脈を水源としている川の一つで、そこそこ水深があり川幅も広い。
「ヒット、これだとさすがに馬車で越えるのは厳しそうだな」
馬車から下りてきたアンジェに言われ、そうだな、と返す。
俺の移動手段が、川などに阻まれると使用できないのは既に説明済みだ。
それにしても……魔物の数は結構増えている印象だな。
道中も結構襲われたし。ただシャドウナイトは弓を創って射ることも出来るようで、だから魔物が出る度に、御者台の上からピュンピュン矢を射って魔物を倒していったから、わざわざ止まるようなことはなかったけどな。
「でもボスどうするん?」
「あぁそうだな……」
川を前にし他の皆も馬車から出て、俺の傍までくる。
そこで俺は魔法の地図を広げて他にルートがないかを探った。
「ご主人様、これでいくと、ここから南の丘陵を伝えば南西のコンボ大森林に出れそうですが……」
メリッサが魔法の地図を指さしながら言う。
確かにこのルートなら、それなりに迂回する必要はあるが、馬車でも行くことは可能そうだ。
「流石メリッサだな。よく気がついたぞ」
俺がそう伝えると、頬を紅潮させ、随分と嬉しそうにしてるが。
「……そこ、洞窟抜ける必要ある」
すると横からセイラが口を開いた。
無表情だが、このセリフを聞くに、どういうルートかは判ってる感じか?
「セイラ、その洞窟は馬車でも抜けれるのか?」
「……問題ない。但し、魔獣が出るという事で誰も利用したがらない」
「魔獣だと?」
アンジェが食いつき気味に尋ねた。
きりりと眉を引き締め真剣な面持ち。
それにしても、魔獣か。
確かあのザックも装備品の材料として魔獣の素材を利用していたが……
「確か魔獣というのは、元々は異界にいた霊獣、幻獣、神獣の類がなんらかの理由で大地に根付き、それが魔物化したものだったな?」
「あぁそうだな。異界の獣達はとても純粋でそれゆえ我々の暮らす人間界では毒されやすく、魔獣化してしまう、というのが通説ではある。まぁそれも完全に証明されたわけではないがな」
アンジェが補足するように説明してくれた。
通説というのは流石に知らなかったがな……ただ魔獣が生まれる原因としてはこれは比較的単純なもので、実際は故意に生まれるもう一つのパターンもあると生前の説明ではあった気がする。
尤も、この辺の細かい設定は、大型アップデートに関わるものだからと表現は曖昧だったんだけどな。
結局アップデートそのものが消失してしまったが。
その後のアンジェの説明を聞くには、魔獣の素材というのがレア扱いされているのはこの背景によるところが大きいようだ。
もともと異界の存在がやってきて、取り残されるというケースがまれなので、魔獣自体そこまで数が多いわけではないらしい。
ちなみに魔獣と一括りにされてはいるが、実際はベースが霊獣→幻獣→神獣の順で強さが大きく異なり、言うまでもないが最もヤバイのは神獣級だ。
「確か未熟なサモナーが召喚に失敗してしまったり、召喚した存在を戻し忘れたなどの例で取り残された物が魔獣化する場合も多いのですよね」
「なんやそれ。そんなんえらい迷惑な話やな。全くやるならちゃんと責任持ってやれっちゅう話や」
メリッサの話に、カラーナが腕を組み嘆息して胸を揺らした。
う~んカラーナもやはり十分に大きい……とか言ってる場合ではないな。
「それでセイラ、魔獣のタイプは判るかな?」
「……詳細不明」
そうか、まぁそれなら仕方ないが……
「どちらにせよ、魔獣化するともう元に戻すことは出来ぬな。潔く引導を渡してやるのもまた騎士の務めだろう」
決然たる態度でアンジェが言う。
もうなんかやる気満々って感じだな……寧ろ対決するのが楽しみとかそんな気さえ感じる。
……ただ、そっちのルートを辿らなければ後はイーストアーツに戻ってからノースアーツを回ってみたいな馬鹿みたいな大回りルートしかないしな。
だからここは俺も決心し、メリッサの示したルートを選び先を急いだ。
「グゥウウウウオオオォオオオオオオオオオオォオオ!」
獣の咆哮が洞窟を揺らした。
なんというか……道程はわりと順調に進み、セイラの言う洞窟も見つかり、その中を進んでいったわけだけどな――これは流石に想定外というか。
「ご、ご主人様! この魔獣を鑑定するのにさ、三〇分必要です!」
「いやメリッサ! 鑑定などするまでもないぞ!」
うん、そうだなアンジェの言うとおりで――
「……フェンリル――」
セイラがぼそりと呟いた。
表情変わってないけど……てか。
「なんでこんなとこにフェンリルがいるんだーーーー!」
俺も思わず叫びあげる。
ちなみにフェンリルといったら普通に神獣級だ。
流石に冗談じゃない。
「しかし……私も書物などで知った限りであり、実物を目にしたのは初めてだがな……」
わなわなと震えながらアンジェがいう。
俺達の正面に佇み威嚇してくるフェンリルは、本来は白い毛並みが美しい、巨大な狼といった様相。
目の前のこれは全長一〇メートルといったところか。
狼と違うのは左右に眼が二つずつつまり四つ目であり、そして口からは長大な牙を左右一本ずつ飛び出させ、爪も狼なんかとは比べ物にならないほど鋭く、鋼ぐらいなら紙切れのように切り刻んでしまう。
ちなみに魔獣化した影響で、このフェンリルの毛色は灰がかった白に変化している。
そしてフェンリルは、動きが尋常じゃないぐらい速く、並の人間では動いたと認識する暇もなく食い殺される程。
爪の一振りは、切れ味するどい嵐を起こし、触れたものはズタズタにしてしまうし、更に風の力を自在に操り、三六〇度全方向に風の刃を飛ばしまくるという反則的な技も持ち合わせている。
まぁそんなフェンリルが、どうしても通らなければ先に進むことが出来ない、大きな空洞のどまんなかで鎮座してるわけだけどな。
……さてどう戦うか――




