第112話 冒険者という名のろくでなし共
「お前たち俺と同じ冒険者だろ? それがどうしてこんな盗賊まがいのことをしているんだ?」
突然現れ、俺達を恫喝してきた連中の中には、ギルドで見覚えがあるような連中も紛れていた。
それと奴らが俺の事を知ってたのもあって、それで気がついたわけだがな。
「あん? 罪人のてめぇと同じなわけねぇだろボケが」
……俺のことを知ってると言っていた連中の一人が苦々しげにいう。
「馬鹿なことを。ヒットはそもそも何もしてない。罪を着せられただけだ。それはもうセントラルアーツでも知られてることだろう!」
アンジェが吠えるように言う。
確かに手紙にはそんな事も書いていたな。
「はん! それがどうした。俺達が罪人っていったらその男は罪人なんだよ」
「何せわざわざギルマスに頼まれて俺達が吹聴して回ったんだからな!」
「全く、第一俺らはギルマスに色々協力してやったってのによ。解放軍とかわけのわかんねぇ奴らのせいで散々だぜ」
「ちょっと待て。協力とはどういうことだ?」
俺は怪訝に思い眉を顰めつつ問いかける。
すると連中は鼻白み、顔を眇めながら返答した。
「そのまんまの意味に決まってんだろうが」
「生意気な冒険者にやってもない罪を着せるとかな」
……こいつら俺以外にもそんな事をしてたのか。
「おまえら冒険者として恥ずかしくないのか?」
「はぁ? 何いってんの? ギルドマスターから直接依頼されてんだ。誰だって請けるに決まってんだろうが」
「お零れもしっかり頂けたしな」
「あぁ、ギルマスが摘まんで飽きた受付嬢をあてがってもらったりとかな」
「まぁ楽しんだ後はきっちり処分して魔物に喰わせるとか、ある意味汚れ仕事もいいとこだったけど、天下のギルマス様からのお願いだからな。仕方ねぇよな」
「最近は生意気な盗賊ギルドを貶めるために、盗賊ギルドの名を騙って村を一つ潰したりもしたっけな」
「そうそう。出来るだけ派手にやれっていうから、なぶり殺しにしてやったりな」
「父親の見てる前で娘を全員でまわしたときは、流石に心が傷んだけどな」
「嘘つけ! お前楽しんでたじゃねぇか!」
そんな事をいいながら、何が面白いのかぎゃはぎゃは笑い出しやがった。
「酷い……」
「……こいつら、うちのギルドの名を騙って……ふざけんやないで!」
「あん? なんだてめぇ盗賊ギルドの奴かよ」
「だったら丁度いい! てめぇはたっぷり甚振ってから殺してやんよ!」
「折角俺らも解放軍に入ってやろうと言ってんのに、どういうわけか俺らの情報まで漏れてやがったからな。おかげで盗賊ギルドにも睨まれて、街にいられなくなっちまった!」
「大体おれらはギルドマスターに頼まれてたからやってただけだっつの」
「そうだぜ。全くまっとうな冒険者捕まえて盗賊ギルドに寝返った裏切りもんどもが生意気なんだよ!」
……全く、聞いているだけで胸クソが悪くなる話を散々言っておきながら真っ当とはな……これだったら盗賊ギルドの方がよっぽど冒険者らしいぞ。
「なるほど、つまりお前たちは須らく断罪されるべき外道というわけだな」
アンジェが剣を抜き、怒りをその目に宿しながら言う。
騎士として当然、この連中を見逃せるわけがないだろうな。
「くそが! 女のくせに騎士のまね事なんざ生意気なんだよ! おいてめぇら! とっととこの騎士の鎧を剥いて、てめぇが何も出来ない女だって思い知らせてやろうぜ!」
二〇人の冒険者達から鬨の声があがった。
こういうどうしようもない部分の団結力は凄いがな。
だが、これでもう話し合う余地はないな。
連中も殺意も露わにしてるしここは――と、俺も双剣を構えようとしたところに黒い影が脇を駆け抜け、そして相手が身構える余裕さえも与えず、影の剣を抜き、正面の敵を一刀両断に斬り伏せた。
「シャ、シャドウナイト……」
そう、シャドウが派遣してきた影騎士が猛進し、1人を切り伏せた後は、横で呆気にとられていた冒険者の胴体をも輪切りにし、そこから近くのもう一人を、脇から肩にかけてを掬い上げるような軌道で斬り捨て……なんというか無言で冒険者達を斬り刻んでいく。
「な、なんだこいつは!」
「ば、化けもんだ!」
「お、おい怯むな、怯むんじゃぎひぃ!」
……うん凄いな。もう問答無用で八人ぐらい斬り殺しちゃったよ。
能力高すぎだろ。それとも相手が弱いのか?
「く、くそ! こうなったら諦めて退くぞ! 退け! 退け!」
仲間の半分近くが減ったことで、流石に敵わないと思ったのか、連中が蜘蛛の子を散らしたように逃亡を始めた。
でもな――
「ヒット! 私は追うぞ! 奴らは許しては置けない!」
「気が合うな、俺もだ! シャドウナイトふたりを頼む!」
「え!? ちょいまち! うちかて追うわ!」
「いや駄目だ! カラーナは馬車を頼む!」
メリッサの事もあるしな。それにシャドウナイトがいるならこの場は安心だ。
だからカラーナには悪いが、後は俺とアンジェでやる!
そう心に決めた俺達は弾けたように飛び出し、そして二手に分かれて狼藉者の冒険者達を追った――
◇◆◇
「へへっ、大人しく待っていればいいものを」
「騎士の格好してるから後にひけなくなったのかい?」
「わざわざそっちからやってくるなんてな」
「今更後悔しても遅いぜ?」
ヒットと二手に分かれ、不逞の輩を追ったアンジェであったが、程なくして四人の男たちに囲まれた。
それは言うまでもなく、シャドウナイトに恐怖し、情けない声を上げながら逃げ出した冒険者の四人であった。
四人の内の一人、アンジェの右側に立つは軽装で頭に赤いバンダナを巻いた男で、両手には使い込まれたダガーが握られている。
アンジェはシーフと判断したが、彼の実際のジョブは上位職のローグである。
シーフと違い、ピッキングではなく鍵壊し、罠の解除ではなく強制作動など、少々強引なスキルが多いジョブだ。
そして更にアンジェは顔を巡らす。正面に立つ男は頭には先端が丸みを帯び、顔の部分は露出し外側の顎までを覆うヘルムと、全身を覆うプレートメイル。更にガントレットにグリーブと重装騎士を思わせる格好をしていた。
ただ武器の類は持っておらず、代わりに長大のタワーシールドを構えている。
上位職であるシールダーと呼ばれるジョブ持ちの男である。
このジョブは、盾を武器の代わりとして使用するタイプなため武器は持ち合わせていない。
その分盾には拘っているため、この男の持つものも魔物の素材と組み合わせることで強度を上げた、かなり頑強な代物だ。
更に後ろに控えるはランザーである。
ナイトと同じ騎士系統だが、槍に特化しているのが異なる点だ。
勿論この男も例外なく長槍であるロング・スピアーを構え、穂先をアンジェに向けていた。
槍の全長は二メートル程あり、その分他の三人に比べると保つ間合いが長い。
最後の一人、アンジェの左側にいるのは、キッカーである。
素手で闘うことを専門としたジョブの中で、キッカーはその名の通り蹴り技を主体としたスキルを使いこなす。
そして男は彫りの深い濃い顔立ちで、何故か上半身は裸で下半身は動きやすそうなズボンという出で立ちである。
この状態で攻撃を受ければ当然只ではすまないが、キッカーに限らず素手での戦いに特化したジョブ持ちの者は、基本攻撃は避けるものと捉えているため自然と動きやすい薄着になる傾向にある。
「一応念のため確認だが、降参する気はないのか? 謝って俺達に失礼な態度をとったことを反省してご奉仕してくれるなら、雌奴隷騎士として飼ってやらなくもないぞ?」
シールダーの男の言葉で、周囲の連中も下卑た笑い声を上げるが、アンジェは男を睨めつけたまま、断る! と声を張り上げ更に続けた。
「言っておくが、私はお前たちが泣いて詫びたとしても許す気はないぞ」
スサッ、と髪を掻き揚げ、凛とした態度で言い放つ。
だが、四対一という本来であれば圧倒的に不利な状況にありながら、物怖じしないその姿勢を、男たちは只の強がりと捉えた。
そして相手が思い通りにならないとしった途端、正面の男が目で合図すると同時に、横からローグの男が飛び掛かり、アンジェに迫ると二本のダガーを、右から左、左から右と交互に振るった。
だがアンジェはそれを危なげなく躱し、宝剣エッジタンゲで刺突を繰り出すが、男は直ぐ様後方に飛び退いた。
それとほぼ同時に、シールダーの男が前進し、アンジェの細身に盾を重ね、押さえつけに入る。
当然その密着する盾は、明らかに攻撃目的ではない。
アンジェがそれに気がついた時、後ろからランザーの槍が迫る。
シールダーの盾で動きを封じ込め、後ろからの槍を食らわせるという戦法だった。
これは例えアンジェが躱しても、盾によって防がれているため、ランザーは構うことなく攻撃を撃ち続ける事ができる。
そして実際アンジェは、槍の一撃に気が付き、身体を振りそれを逃れるが、しかし更に間髪入れず、ランザーのスキルである連続突きが発動し、突きの連打が盾と重なり合い破鐘を鳴らすような音が何度もあたりに鳴り響く。
だが、連続突きによる攻撃が終わったその時には、男の顔は驚愕に満ちており、そして背後に降り立ったアンジェの薙打ちで、首から上が消え去った。
正確には歪な塊が闇空に浮いたわけだが。
この一連のやり取りは、僅か数秒の間で行われたことであり、だからこそシールダーは気づけずにいたのかもしれないが、ランザーの首から下が傾倒したのとほぼ同時に、ローグの男も絶命し地面に倒れていた。
その抉れた心の臓を押さえながらだ。
男はアンジェの刺突を、後ろに飛び退き躱したつもりになっていたが、実際はウィンガルグを纏わせていた事により、風の付与の分、射程距離は伸びていたのである。
それに男は気づけず、心臓を穿たれ、数秒間苦しんだ末絶命した。
そのふたりの死を認め、盾を構えたまま男は舌打ちし、キッカーをみやった。
彼は一つ頷き、キェエェエエ! と気勢を上げた後、地面を蹴りあげアンジェに迫り、飛び蹴りに闘気を纏わせ相手を撃破する爆砕脚を繰りだそうとするが――その前にアンジェが肉薄しシルフィードダンスで五体をバラバラに斬り刻んだ。
防御力のなさが仇となり、分断された肉塊が地面に降り注ぐ様を見て、ようやくシールダーの男は、そこに超えることの出来ない実力差があることを思い知る。
彼に出来るのは、もはや盾を構えて攻撃から身を守ることに専念することだけであった。
固有スキルであるシールドウォールは、盾を構えた正面からの攻撃に対する防御力を飛躍的に上昇させる。
「お前は馬鹿か?」
だが、その声は彼の背後から聞こえていた。
シールダーの彼の動きは鈍重で、アンジェの動きについて行けていない。
それ故、あっさりと後ろを取られ……そして振り向く暇も与えられず、アンジェの突きが次々と鎧の隙間に入り込み、体中を穴だらけにされ男は絶命した――
 




