第111話 セントラルアーツへ向けて
朝になり、メリッサとカラーナも目覚めたことで、俺は昨晩アンジェと話した事をふたりにも説明した。
セントラルアーツに戻るという事に対し、ふたりは不安がるかと思ったのだが、その応えは随分とあっさりしたものだった。
「ボスやったらそういう思うたわ。あ、うちも勿論付いていくで、嫌だと言っても意地でも食らいついていったるわ」
「私も、おふたりが森に行き一緒に戻ったのを見て、なんとなくそうなるのではと思っておりました」
メリッサの言葉に俺は思わず顔を引き攣らせてしまった。
いや別にやましいことがあったわけではなかったのだがな……しっかり気づかれていたとは。
「ふ、ふたりには行っておくが別に私とヒットは、なんというかその、別に逢引とかそういうのではないぞ!」
いやアンジェさん事実ですが、そんなムキになって言うと逆に怪しまれる気が――
「ほんまか~? アンジェみたいなんに限って、抜け目ないとこがあるしアヤシイで~」
半眼ジト目でカラーナが言う。
な、なんか浮気を疑うようなそんな表情だ。
いやいや! マズイ!
「違うぞカラーナ!」
「そうだぞメリッサも! 私は本当に……」
俺とアンジェはふたり揃って弁解しようと声を上げるが。
「クスクス、大丈夫ですよ。全くカラーナも意地が悪いんだから」
え? と俺とアンジェがほぼ同時に声を上げる。
「全く動揺しすぎやで、ボスもアンジェも。まぁアンジェもボスも、そんな器用な真似できると思わんし、どうせあれやろ? 残った魔物の狩りでもやってたのやろ?」
「え? あ、あぁ確かにそうだが……」
俺は後頭部を擦りながら、良くわかったな、と、ちょっと戸惑うが。
「ふたりは抜けたのも別々でしたし、最初はあまりお酒も飲まれておりませんでしたしね。それに武器はしっかり装備していかれましたし……それでなんとなく察しました」
言ってメリッサが微笑んでみせる。
それにしても……よく見てるな。
チェッカーのジョブを手にした影響だろうか。
「ほんまはうちも手伝おうかと思ったんやけどな。メリッサと話して、まぁふたりの実力なら心配するだけアホらしいし、それにあんまぞろぞろ抜けると、ゲイルに気づかれて宴が中断とかになっても白けるやろし」
「……そうか、悪かったな気を使ってもらって」
「そんなんやないって。ただうちも酒が飲みたかっただけやし」
カラーナが、いしし、と笑っていう。
だけど、ふたりともしっかり考えてくれていたのは間違いなさそうだな。
寧ろ、俺とアンジェが抜けても他に誰も気づかなかったのは、ふたりのおかげかもしれない。
本当に俺には勿体ないぐらいだな――
「……ご主人様。客人が来ている」
俺が感慨にふけていると、セイラが近くに来て知らせてくれた。
そういえば、彼女もいつのまにかご主人様って呼んでくるようになったな。
だけど……メイド服のセイラにそう呼ばれるのは悪い気がしない。
寧ろ……いい。
いや、それどころじゃないな。
客人? こんな時に一体誰が?
「……客人?」
「……はい、手紙を持っておりました」
そういってセイラが俺に便箋を差し出す。
それを受け取りつつ、改めて馬車と、彼? う~ん、とにかく客人を見る。
……これが、手紙を――持ってきたのか。
「ご主人様。この馬車はご主人様のご利用になられていたものですね……」
うん、やっぱりそうなのか。
なんか見たことあるなと思ったんだよな。
宿屋のアニーに預けて更に貸し出してたものだが。
「……これを運んできてくれたのか?」
それはこくりと頷いた。
「……この者は騎士なのか?」
アンジェも不思議そうな顔でそれを見ているな。
うん、ちなみに手紙を運んできたそれはつまり騎士だ。
全身を黒い甲冑で包まれた騎士だ。
兜もフルフェイスだから顔がわからないし一切喋らないけどな。
「あ、判りました! これはシャドウナイトです。シャドウ様のスキルで創りだされたもののようですね」
おっとメリッサが鑑定してくれたみたいだな。
てかシャドウナイト? なんだ、それで喋れないのか。
まぁとりあえず便箋を開け中身を確認するが――
「ボスそれ何かいてんのや?」
「うん……あぁ」
俺は四人にも手紙の内容を伝える。
それを聞いて、基本無表情のセイラを除けばみんな驚いているな。
まぁそれもそうだろ。手紙には今のセントラルアーツの状況が書かれていた。
だが正直色々変化がありすぎる。
とりあえずシャドウが動いた影響で解放軍が結成され、街の三分の二を制圧したらしい。
そして、シャドウキャットの名前を使って銀行から奪ったお金を返して回ったようだ。
ちなみに今は、シャドウキャットの生き残りはカラーナという事になっていて、半ば英雄扱いらしい。
カラーナが唖然としてるぞ。
だが、途中から領主派だった貴族や住人が消え、代わりに魔物が街中に溢れてきてるそうだ。
肝心の銀行も、魔物の防衛によって制圧できないでいるとか――
まぁそんなわけで、イーストアーツの件が片付いてるなら、至急戻ってきて欲しいと、まぁ簡単にいうとこんな感じなわけだけどな。
まぁ、セントラルアーツには丁度戻ろうと思っていたのだが……なんか凄い事態になってるようだな。
「シャドウキャットって……なにしてんねんあいつ――」
カラーナが溜息混じりに口にする。
だが手紙によると、シャドウキャットの名前を出した効果は絶大だったようで……それに関してはまんざらでもない様子だ。
まぁとにかく、馬車を寄越したのは少しでも早く街に戻ってきて欲しいからなのであろうことは理解した。
ちなみに御者はシャドウナイトが務めたようで、これはシャドウのジョブ、シャドウクリエイターのスペシャルスキル、その名もずばり【シャドウナイト】によって創りだされたものだ。
それを見て、そういえばそんなスキルもあったなと思いだしたが……
ただ生前のゲームではここまで万能じゃなかったけどな。
手紙によると他のスキルと違い、込められた魔力が尽きるまでは、作成者の指示に従って動けるようだ。
そして何もなければ四日は持つらしい。
燃費いいなおい。
「だがヒット。ヒットの持つスキルがあれば、馬車が無い方が速く移動できるのではなかったか?」
アンジェが思い出したように言ってくる。
メリッサも、そういえば、と口にするが。
「それなら大丈夫だ。俺のスキルも強化されてな。馬車での移動に対しても使えるようになった」
「ほんまかいな! なんか凄いなボス。便利すぎやわ」
カラーナが嬉しそうにいう。
まぁ実際かなり便利になった。
今のステップキャンセルは、馬車がないにしても手を繋ぐ必要もなく、半径二メートル以内程度の相手なら一緒にステップキャンセルで移動もできる。
まぁ馬車にしろ、グループでの移動でしろ、流石にその場合は空中にとかは無理だけどな。
「さて話も決まったことだし……」
とりあえず俺達は一旦そこで話を切り、これから出ることを作業中のゲイルに伝えた。
それから出発の準備をして、いざ出るときになったらふたりとも名残惜しそうにはしていたが、
「こっちはこっちで頑張るぜ!」
「メリッサ様私はこの御恩忘れません。そして皆様もどうかご無事で」
といいながら、ゲイルとレイリアが、馬車に乗り込み出発する俺達を見送ってくれた。
よく見ると、少し離れた場所や屋敷のある高台の上から、手を振ってくる人達の姿も見える。
正直このままだと、イーストアーツの復興もかなり厳しいのは確かだろう。
それでも彼らなら、なんとかやってのけそうな気もしないでもないが……しかし少しでも早い復興を遂げさせる為、そして日々の不安を取り除くためにも、セントラルアーツの問題を解決しないとな。
俺はそんな事を思いながらも、隣の御者役を務めるシャドウナイトの様子を認めつつ、ステップキャンセルを使用しつつ先を急いだ。
◇◆◇
御者台に乗れるのはふたりだ。
だからアンジェにメリッサ、セイラとカラーナの四人は幌付きの荷台に乗ってもらっている形だ。
馬車でのステップキャンセルは、初めて使用するが、なんかやってみると妙な感覚だな。
これまでは自分の動きだったから、特に違和感もなかったが、馬車だと景色が移り変わるのをはっきり目に出来る分、そう感じるのかもしれない。
馬車での利点は自分が疲れないことか。これはわりと大きいかもしれない。
ステップキャンセルは、本来の疲れに加えてスキル使用分の疲れも出るからな。
しかし馬車だとそれがない。
ただ――とはいえステップキャンセルをずっと使い続けることはしないけどな。
何せ馬だって疲れる。イーストアーツからセントラルアーツまでは、街道沿いに進んで一二〇kmの距離がある。
それに平坦な道が続くわけではなく、山や丘、森なんかも越える必要があるからな。
だから三〇kmぐらい走ったところで一度キャンセルで馬の疲れを癒やし、それから更に移動、中間地点には湖のある森があるので、そこで今日は野宿となる。
まぁ一応食べ物もイーストアーツを出るときに分けてもらってるので、野宿は問題ないがな。
だから明日はともかく、今日はステップキャンセルを多用してもそんなに意味は無い。
あまり早く中間地点についても、時間を持て余すだけだしな。
まぁそんな事を考えつつ、馬車はとりあえず特に問題もなく、丘を越え山を越え、日が沈み始めたころ、薄暗い森を走り、中間地点として予定していた湖の畔に辿り着いた。
「なんや、一日目は割りとかかったんやな。おしり痛いわ」
馬車から下りてきたカラーナが、形の良い臀部を擦りながら愚痴を言う。
「仕方ないんだよ。一日目はどっちにしろ野宿は必須だしな。その分明日は一気に移動することになると思う」
「ふ~ん。中々上手く行かんもんやね。あ! てかボス帰還の玉をつかえばいいんやない?」
「それが、シャドウの手紙だと教会のあたりは制圧出来てないみたいなんだ。だからそれはやめた方がいいとある」
なんともままならない話ではあるけどな。
「仕方ないですよカラーナ。でも見てこの湖。水が澄んで凄く綺麗――」
「うむ、確かにこれは中々の景色だ」
「ほんまやなぁ。セイラもそう思うやろ?」
「……別に」
相変わらずのセイラに腕を回し、素直になりぃや! とカラーナが彼女を弄くる。
カラーナはセイラを結構気にかけている感じだな。
ただセイラも表情の変化は乏しいが、そんなに嫌がってる様子でもない気がする。
それにしても……確かに綺麗だな、この湖は。
これから決戦に向かおうというところではあるけど、この景色を見てると心が洗われるようでもある。
「よっしゃ! これはもう水浴びやな!」
するとカラーナがシャツの裾を持って、捲り上げるようにって、えぇえええええぇええ!
「ば! 何やってんだカラーナ!」
「ん? 何って、水浴びするんやからそら脱ぐやろ」
「脱ぐってヒットがみてるではないか!?」
「いや、別にもう風呂で一度見られてるやん。気にせんとアンジェも脱ぎぃって。きっと気持ちいいで。ほらメリッサとセイラも」
「え? えぇっとでも、その……」
「……ご主人様の命令なら」
なんか口々にそんな事を言い出したが、ちょっと待てと!
「わ、わかった! じゃあ俺はその辺で見張ってるから!」
「はぁ? 別にえぇやろ? ボスも一緒に入ろうや」
「だから何を言っておるのだカラーナ! そ、そんな事、だ、ダダダだだだダメに決まって~~~~!」
アンジェの慌てようが凄いな。いや当然か! とにかく俺は、カラーナの申し出は辞退し、湖から離れて見張りに徹することにした。
「ボスも今更照れんでもえぇのにな~」
「し、仕方ないですよカラーナ」
「というよりは、カラーナの羞恥心が足りなさすぎなのだ。いいか女というものは」
「あぁその話はもうえぇってアンジェ。てかなんで胸を隠してんねん! 女同士なんやから照れんなや!」
「ひゃ! ちょ!? なに!」
「むぅ……メリッサに負けず劣らずの見事なまでのおっぱいやな。これでどうやったらあの鎧におさまるんやか」
「て! 馬鹿揉むな!」
「でもやはり騎士ですね……私より張りが、うぅ……」
「メ、メリッサまで一緒になって何を!」
……いや、一体何をしてるんだよ。こっちにもしっかり聞こえてるし。
くっ! 煩悩キャンセル! キャンセルだ!
うん、そうだ。空を見よう。もう大分暗いな。
今日は三日月か、星も綺麗だな、うん!
「……ご主人様」
うん? 何か声が、て!?
「……湖で身体を洗わなくていいのですか?」
「て、セイラ!」
な、なな! 何してんだ! いやみんなと水浴びしてくれっていっておいたのに、なぜここに! てか、は、裸だし!
いや、落ち着け暗いからそこまでは……そう見えると言っても輪郭ぐらいで……そう腰まである濡れた黒髪に、俺を見つめるぱっちりとした瞳。
胸はないけど、ただその分スラリとした細身のシルエットが映えて――て! 何冷静に観察してるんだ俺! いや見惚れてたともいえるけど!
「セ、セイラ! 俺は大丈夫だから戻って――」
「あぁ! やっぱセイラ抜け駆けやな! ずるいでぇ!」
て! また一人飛び出してきて、て、カラーナもかよ! しかも裸だし!
くっ、俺は俺は――
「ほ、他を見まわってくるーー!」
そう叫びあげて、その場から逃げ出した……
四人の水浴びが終わった。そしてカラーナは軽くアンジェに説教されていた。
まぁまた途中でカラーナが反論して、ちょっとした口論になって、メリッサが仲裁に入って終わったが。
ただあのふたりはわりとそれを楽しんでる様子もあるけどな。
……わからないのはセイラだけどな。
いや、奴隷として主人の身体を洗うべき、とでも思ったのかもしれないけど。
で、その後は焚き火をして、夕食にはイーストアーツのシェフが用意してくれた食事を摂った。
全て保存用の材料を上手く利用したものだったが、流石にスーパーシェフがいるだけに旨い。
ちなみに当然だが、シャドウナイトは飯を食べない。
で、全員で明日の予定なんかも話していたのだが――そこへがさごそという擦れ音が藪の中から聞こえ、かと思えば突如、多量の矢弾が上空から降り注いできた。
これは、レインアローか!
俺は直ぐに矢の雨を見上げ、新たに覚えたスキルキャンセルを使用する。
ちなみに魔法に対するマジックキャンセルというのもある。
これは通常のキャンセルと違い、完全に発動されたスキルや魔法でも、キャンセルすることが可能なのが特徴。
ただ使用すると、キャンセルしたものに応じたリスクが設定され、その間はスキルの再使用は不可だ。
「ば、馬鹿な! なんで俺のスキルが!」
さて、見事スキルで射たれた矢が、キャンセルで消えたことで、茂みの奥から狼狽した声が聞こえてくる。
……しかし、どうやら魔物ではないようだな。
「えーい何者だ! 隠れてないで出てこい!」
するとアンジェが前に出てきて怒声を上げる。
俺はとりあえず、メリッサには下がっててもらうよう告げるが、カラーナとセイラに関してはやる気充分といった感じだ。
「ちっ、仕方ねぇ」
一言声が聞こえ、かと思えば、ぞろぞろと藪の中から男たちが姿を見せた。
数は……二〇人ぐらいいるな。
全員装備はそれなりのものなのだが、てかこいつら――
「おい! 誰かと思ったらこいつヒットじゃねぇか!」
「あぁそうだ。他の連中にも見覚えあるのがいるぞ」
「ふん! この際なんだっていいさ。おいてめぇ! 食料と女は俺達が貰う! てめぇは武器を捨てて一思いに殺されるか、馬鹿な意地を張ってなぶり殺されるか、どっちか選びな!」
そう、こいつら質の悪い盗賊かと思ったらそうではない。
確かセントラルアーツの冒険者だ――
二時になってしまった……
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