第107話 チェリオとの対決
正直な話。今チェリオ伯爵が行った所為は、悪手としか言いようのないものだった。
ガイドから俺の力は全く聞いていなかったのだろうか? と疑問に思える。
尤もジョブチェンジ前のステップキャンセルであれば、視線で位置がバレ、反撃される恐れはあったが――とはいえ、強化された俺のステップキャンセルは、わざわざそこを視なくても瞬時に移動が出来るわけで――
今俺の瞳には逆さまになったチェリオと、仰向けに倒れる無数の魔物の姿が映りこんでいる。
瞬時に広間の天井近くに移動した俺は、天井に脚を付けたような状態で連中を俯瞰しているからだ。
そして悪手としたのはこの事も要因にある。
ジョブ持ちの魔物たちは、俺がその場から消えたことで、見事に互いの身体に矢を射ちあい、同士討ちでバタバタと倒れていったからだ。
なまじスキルで強化されていたのも大きかったか。
だが中には矢を受けても立ち続けている魔物もいる。
数は少ないがな。だから俺は天井を蹴り、そのうちの一体に体重を乗せた剣戟で、肩口から脇まで斜めに斬り裂いた。
着地と同時に残りの数を確認。上から見たのと変わらず反対側に二体。
両方共レッドワンダー系だ。
立ち位置は一人分の間を開けて俺から見て横並び。
キャンセルで間を埋めるように瞬時に移動。
双剣を右と左で逆手に持ち、左右の赤毛の犬人の喉を同時に掻き切った。
これで残り二体も絶命。やはり覚醒した事で双剣を使用した能力も上がっているな。
で、チェリオに目を向けるが、顔を歪めて随分悔しそうにしてる。
本気で、これで今の俺を倒せると思ってたなら甘すぎて話にならないんだけどな……
「メリッサ! 今俺が助けるからな!」
大広間の奥で捕まってるメリッサに向けて大声で宣言する。
メリッサの眼が潤んでるのがここからでも見て取れるな。
きっと相当怖い思いをしながらも、耐え続けていたんだろ。
「ふざけるな! 貴様になど私の愛するメリッサは!」
伯爵が何か叫んでいるが、双剣を鞘に収め、構うことなく一〇メートルほどの距離を瞬く間に詰めた。
俺の目の前にはメリッサの震える身体。
「な!?」
驚愕の表情を見せ、チェリオがメリッサの腕を引き背中側に回そうとするが、その行動はキャンセルする。
一瞬の戸惑いでメリッサを掴む腕が緩んだところで、その腕から引き剥がし俺の下へ手繰り寄せる。
細い肩をしっかり抱きしめ、伯爵の情けない顔を認めながらキャンセルで再度移動。
奴との距離を再度一〇メートルほど離し、猿轡を外し、腕を拘束する枷も剣で切り離す。
「ご、ご主人様!」
するとメリッサが俺の胸に飛び込んできて、咽び泣いた。
掠れた細い声で、
「良かった、ご主人様、良かった――」
と繰り返している。
自分も怖かっただろうに、俺の心配とはな。
そんなメリッサが凄く愛おしくも感じる。
俺も、メリッサが無事でよかったと心から思える――
「悪かったなメリッサ。助けに来るのが遅れて」
細い体を抱き寄せ、美しいブロンドの髪を撫でながら、俺は謝罪する。
不安な気持ちでいさせたのが、申し訳なくて仕方がない。
「そんなご主人様――」
泣き笑いの表情でメリッサが俺を見上げる。
メリッサの綺麗な碧眼を見つめながら、でも、もう大丈夫、と軽く微笑んだ。
「き、貴様貴様貴様貴様貴様ぁあぁあぁああ! ふざけるな! メリッサから離れろーーーー!」
チェリオの怒声が俺達の身に届く。
空気の読めない奴だと思いながら奴を見ると、怒りの形相で俺達を睨めつけ、あの少年のような雰囲気は既に消失している。
「悪いが丁重に断らせてもらうぞ。メリッサは俺達と一緒にいる事を望んでいるしな」
「馬鹿を言うな! メリッサはもう私の物だ! 隷属器にもそう記されている! 貴様になど絶対にやらん! さぁメリッサ! いますぐ戻ってきたら許してやる! 私が愛をくれてやるといっているんだ! 大人しく言うことを聞け!」
……こいつも色々と余裕がなくなってきてるせいか、メッキがボロボロと剥がれ落ちてきているな。
こういう馬鹿にはしっかり教えてやる必要があるか。
「メリッサ。あいつはあぁいっているがどうする?」
「そ、そんなの決まっております! 私の身はご主人様のためにこそあります! それに私は、私はあのような方の愛など貰うぐらいなら自ら死を選びます!」
「だそうだ。お前も随分と嫌われたものだな」
「メ、メリッサァアアアアアァアアァアア!」
額い血管をビクビクと浮かばせて、屋敷に轟くぐらいの勢いで叫びあげた。
相当頭にきてるみたいだが……更に追い打ちをかけておくか。
「メリッサ――俺は君を……愛してる」
え? と漏らすメリッサの唇に俺は自分の唇を重ねた。
「――ッ!?」
俺はチェリオに魅せつけるようにメリッサと唇を重ねあう。
メリッサの手も俺の腕にまわされた。
拒否されたらどうしようかと思ったが、彼女は俺の意図を判ってくれたようだ。
それにしても柔らかい感触が心地よい。
正直いつまでもこうしていたい気持ちにさえなったが――
「あ、ああ、あぁああぁああぁああぁあ! よくも! よくも! 私でさえ、まだ何もしていないというのに! 貴様! 貴様! 貴様ーーーー!」
俺はメリッサから唇を離し、チェリオに顔を向けた。
それにしても、そうか、いや信じてはいたが、この感じだとまだ何もされていなかったようだな。
「ご、ごご、ご主人様――」
「あ、あぁ悪かったなメリッサ。どうしてもあいつには自分の愚かさを知らしめてやりたかったんだ」
「え? そ、そんな! 謝らなくても! 寧ろう、うれ――」
「メリッサ、君はこのまま下がっててくれ。多分奴が――」
うつむき加減に何かを言っているが、俺はメリッサにそう告げ、彼女より前に出る。
だがその瞬間――
「跪け!」
奴の命令が広間に響き渡り、床に引き寄せられるようになりながら両腕を付き、俺の身体が強制的に跪かされる。
「ははっ! 馬鹿が! 馬鹿が! 馬鹿がぁあぁあぁ! 二度も同じ手を喰らいやがって! メリッサの唇を奪った程度で調子に乗っているからそうなるのだーーーー!」
勝ち誇ったような声が俺の耳に届いた。
相当自信があるようだが……確かに試しに状態キャンセルを使ってみたが。一瞬楽にはなるが、直ぐにまた押さえつけられたような状態になる。
どうやらこのスキル。チェリオの視界に入っている間は効果を与え続けるタイプらしいな。
こうなると状態キャンセルでもどうしようもない。
「ご、ご主人様……あ、うぅ――」
……この様子、まさかこいつ――
「くくっ、いつみてもこの光景は心地よい。無様だな! ヒット!」
「……お前も、な」
「何だと?」
怪訝な声が俺の耳に届く。
全くこいつは一々言わないとわからないのか。
「お前が、いくら、メリッサを、愛してるや、大事にする、と、いっても、メリッサの心には、毛ほども響かない。所詮お前は、自分の気持ちを満足させるためだけに、メリッサを欲している。お前の気持ちは手前勝手な自分本位なもの、さ。だから、自分の思い通りにならなければ、手枷を嵌め、そして平気で力で押さえつけようとする、そんな男に、誰がなびくというんだ」
「だ、黙れ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーー! 私のメリッサの、大事なメリッサの唇を無理やり奪うような男が何を偉そうに! そうだ! 貴様は万死に値する! だからメリッサの前で、私の最高の技をもって! 貴様をこの世から抹殺してやる!」
怒声を上げ、奴が鞘から剣を抜く音が耳に届く。
そして、はぁああぁあああ! と何かを集中するような声。
奴が攻撃に使える最高の技というと、フェンサーのスラストラピディティか。
「行くぞ! 私の前から消え失せろ! スラストラピディティ!」
「ご、ご主人、様!」
メリッサの絞りだすような声。
俺の身を案じてのことなのだろうが――心配ない!
「なっ!?」
チェリオの驚愕の声。
当然だな。どんなに強力な技だろうとトラップに掛かれば発動途中でも中断される。
そして更に俺はここで、スペシャルスキルを使用――
「どうした? 俺を滅殺するんじゃないのか?」
「――ッ!?」
背後からの俺の声に、驚きを隠し切れないようだな。
振り向いたチェリオは目を剥き、驚愕の色をその顔に滲ませている。
「か、身体が自由に――」
言ってメリッサが立ち上がる。チェリオの視界から外れたところで彼女の状態をキャンセルした。
数メートルぐらいの距離なら、スキルキャンセルも問題なく相手に届くようだな。
「ば、馬鹿な! くそ! 跪け! 跪け! 跪けぇええぇええぇえええぇえ!」
「……無駄だ」
俺があっさりと宣言すると、チェリオの顔色が更に変わり、どこか怯えている様子すら感じさせた。
恐らく意味がわかってないだろうな。尤も教える気もないが、今俺が使ったのはスペシャルスキルであるキャンセルアーマー。
これは、まぁつまり全身をキャンセルで覆うスキルだ。
このスキルを発動すると、一定時間、俺に向けられた全ての攻撃を強制的にキャンセルする。
うん、まぁ言うならばこれを発動中は俺は不死身に近い状態になるって事だ。
よく考えたら結構な効果だけどなこれ。
でもまぁ、最高位職のハイキャンセラーであることを考えればそれも当然なのかもしれない。
……そう、最高位。俺はあの時ハイキャンセラーの資質を受け入れたことで、上位と高位をすっ飛ばして最高位のジョブを手に入れてしまった。
そして、どうやらこれは覚醒というものをしてしまったようで、空いた上位職にはソードマンが、高位職にはダブルセイバーが勝手に割り振られていたりする。
俺の能力がかなり上がっているのもこのおかげだ。
特に双剣に関してはスキルの数も増えてるしな。
と、まぁそんなわけでだ。
「さてお前の切り札はもう効かないわけだがどうする?」
双剣を抜き奴に問う。
「くっ! 舐めるな! 私にはまだ他にも使えるスキルがある!」
「ほぅ? それは、例えば!」
俺はチェリオに向けて言い放つと同時に、横薙ぎに剣を振るう。
それを伯爵は口角を吊り上げ、手持ちの武器を構えたが――俺の一撃を見事に喰らい、横の壁に激突した。
「ぐはぁ! な、馬鹿な……」
「お前もしかしてロードオブシールドハートを期待したのか? だとしたら無駄だぞ。屋敷の魔物は俺の仲間が全員片付けたはずだからな」
「な、なんだと――くそ! だったら私の剣技で!」
「だから、無駄だ――」
瞬時に肉薄した俺の姿に、チェリオの眼が見開かれる。
そしてアーマーの効果もそろそろ切れるので、俺も決めさせてもらうぞ。
「覚悟を決めろよ」
言って俺は右手の剣で斬り上げ奴の顎を捉えた。
さっきもチェリオに喰らわせた、剣士のスキル、ソードハンマーによる攻撃。
これは刃ではなく、腹の部分を使って斬撃ではなく打撃によるダメージを与えることが出来る。
そして、それにクイックキャンセルを重ね、五連続の剣撃により、チェリオの顎を砕く。
ロードオブパワーライトは相手に命じることで発動するスキルである為、まともに喋ることが出来なければもう発動する事はできないからだ。
「あ、が、ぁ、あ。あ、が、がぁ、ぎぃ」
チェリオはふらふらになりながら、砕かれた顎を押さえ声にならない声を発し、そしてなおメリッサに近づいていこうとするが。
「メリッサ……どうする?」
「……もう彼は戻れないところまできてしまいました――ですからご主人様の手で」
決然たる様相で俺にそう告げてくる。
それに俺は頷き、そしてキャンセルでメリッサの正面に移動しチェリオを見据える。
「これで終わりだなチェリオ」
「う、うぁ、うっぁああああぁああぁああ!」
喉の奥から唸るように叫びあげ、チェリオはフェンサーのスキルであるスプラッシュニードルを放ってきた。
前進しながらの突きの連打。
この状態でも、最後にそのスキルを使用できた事は評価に値するが――
俺は敢えてキャンセルを使わず、その突きを全ていなした後、懐に飛び込み、ソードハンマーにキャンセルを絡め全身に喰らわせる。
そして奴の全身の骨が砕ける音を耳で捉え、真上に吹き飛び天井にぶち当たるその姿を認めた後、落下してきたその身に向けて、卍スライサーを決め止めを刺した――
 




