第104話 絶体絶命の中で
「……こいつ本当にジュウザなのか?」
頭のなかでは間違いないと思いながらも、ついそんな言葉が口から出てしまう。
それぐらい異質な変貌ぶりだった。
アンジェの精霊換装後に放たれたシルフィードダンスの威力は絶大だ。
それは奴の周囲を守っていた魔物たちが一匹残らず殲滅されていることからもよく判る。
だが、にも関わらずジュウザの身体には傷一つなく、奴は変わり果てた姿を披露して、仁王立ちで俺たちを見回していた。
「くくっ! おいおいどうしたその顔はよぉ! 俺の変化に驚いて声もでねぇってかーーーー!」
こいつ、様相だけじゃなく性格も一緒に変化してしまったようだな。
口調がさっきまでと全く異なる。
「な、なんやねんこれ……全く別物やん」
「……私の攻撃が全く効いていないというのか? 間違いなく全力で撃った一撃だというのに――」
「い~や効いていたさ。そりゃもうむかつくぐらいにな! 本気で死ぬかと思った――今のは本当に、死ぬかと思ったぞおおぉおおぉおおおおぉお!」
その咆哮だけで大気が爆散し、強烈な突風となって俺の身体を駆け抜けた。
油断してたら、それだけで吹き飛ばされそうですらある。
「ふぅ――ふぅ、おかげでなぁ俺は俺が最も嫌うこの姿を披露する羽目になっちまった! 俺のレインボーフレグランスでな!」
「レインボーフレグランス……スペシャルスキルか――」
「ほう、なるほどな知っていたのか。ガイドの言った通り、あの奴隷女は俺達の事を鑑定してたって事か。全く見た目と違ってとんだじゃじゃ馬だったな」
ジュウザは首をコキコキとさせつつ毒づいた。
体中に張り巡らされた血管が、常にビクンビクン波打っているのが気持ち悪い。
それにしても、メリッサに鑑定されていた事は、なんとなく勘づいていたって事か。
そして――当然俺もメリッサの情報で、この男のスペシャルスキルの事は知っていた。
レインボーフレグランスは、通常一度に一種類しか作り出せない香りを、同時に七種類生み出すスキルだ。
勿論その分、所要時間が一種類の時より多く必要だったり、使用後は暫く調香そのものが出来なくなるというリスクはあるようだが――しかし使われると厄介なのは確かなので、俺もそれはさせないよう注意してたつもりだったのだが、まさかアンジェの技を食らってる最中に、スキルを発動させてしまうなんてな……
「さてお前の言うとおり、俺はスペシャルスキルでもって七種類の香りを作り出スことが出来る。そして俺のこの状態は、七つの香りを全て自分の能力アップにあてることで作り出したものだ。筋力増強、体力増強、肉体超硬質化、瞬発力増強、痛覚遮断、そして自然治癒力増強――これらを効果を一〇倍に引き上げる香りを併用して行うぅうぅううぅうううう!」
再び周囲に轟くような蛮声を上げてくる。
それにしても……肉体強化なんて言う次元の話じゃないな。
ここまでいくと人体実験レベルの改造に近い……あまりに変化の仕方が異常過ぎる。
「だがなぁ。何度もいうが、俺は本当はこの姿にはなりたくなかった。だってそうだろ? この姿はあまりに醜い! 醜悪! 醜悪! 醜悪ぅうううううううぅうう! 顔には絶対の自信を誇る! この俺が! こんな姿を人前に晒すなど! とても耐えられない所業!」
こいつは自分の容姿にそんなに自信があったのか?
正直気持ち悪い考え方ではあるが、つまりこいつは、そのナルシストな自分の気持ちを殺してまで、変身を行う道を選んだって事、それほどまでに一度は、俺達が追い込んだって事か――
「ふん! 何を馬鹿なことをべらべらと。貴様は容姿などではない。その心が醜く腐りきってる事に気づかないのか」
アンジェが前に出て言い放つ。
剣を突きつけるようにし、凛とした佇まいを取り戻している。
「これはこれは女騎士様。俺の姿にびびって小便でも漏らしてるかと思ったが、随分と強気な態度な事で」
「……確かに多少は驚いたがな。私とてエレメンタルリンクで能力は上がっている! 貴様などにみすみすやられる道理はない!」
叫びあげアンジェが構えを取る。
やる気らしいが――
「アンジェ気をつけろ。あいつの力計り知れない」
「……安心しろヒット。私のありったけの精霊力をこの剣に込め! 奴を討つ! いくぞ!」
アンジェが前に出た。
そしてジュウザに向けその動きを一気に加速させ、すれ違いざまに剣戟を叩き込む。
相手に反応する暇さえ与えぬ嵐の斬撃。
このスキルはシューティングウィンド。
本来は、すれ違いざまに何十発もの斬撃を浴びせる技だが、精霊の力を完全に引き出すことによって何百という剣戟を須臾の内に叩きこむ。
そのあまりの速さ故、音は完全に置き去りとなった。彼女の動きが音速を超えたからだ。
相手に与えるダメージは、風をまとったその斬撃だけではなく、同時に引き起こされたソニックブームによるものも加わることとなる。
衝撃により巻き起こった土煙で、ジュウザの姿が視認できないが、これだけの威力を誇るアンジェの技を喰らって、無事でいられるはずがない。
そう、思いたかったが――
「なんだお前? 今何かしたのか?」
煙が霧散し、姿を見せたジュウザは、ぽりぽりと余裕の表情で頬をかき、毛程のダメージも負っている様子もなかった。
振り返ったアンジェが、な!? と口を開け絶句する。
あまりの事に俺の思考も追いつかない。
いくらなんでもここまでとは――
そして、俺の思考が逡巡する中で、ジュウザの姿が一瞬消えた。
え? と思った瞬間には、アンジェの首に奴の回し蹴りが炸裂し、ゴキッ! という鈍い音を残して彼女の身が視界を横切り、広場の反対側の家屋に叩き込まれ、屋根ごと建物が崩れ落ちる。
この間は恐らく一秒か二秒の間の出来事。
俺は慌てて動き始めようとする。
攻撃を喰らい、損壊した家屋の下敷きになったアンジェを助けなければ。
とにかくステップキャンセルで移動して――
アンジェーーーー! と叫び上げるカラーナの声が耳に届く。
その頃になってようやく俺の身体が反応を見せ、ステップキャンセルを行おうとした瞬間――黒い影が俺の前に立ちふさがり、刹那、腹部に感じる重い衝撃。
ジュウザだ――アンジェに攻撃を加えた後、瞬時に俺の前まで移動し、そして俺の腹に膝蹴りを叩き込んだ。
反応する暇が全くなかった。キャンセルするどころではない。
喉の奥から込み上げてきたのは大量の血潮。今の一撃で肋骨はバラバラ、内臓もズタズタに損傷しているのが自分でも判る。
血反吐をまき散らしながら、俺の身体が一瞬浮き上がるが、直ぐに背中に感じる衝撃と共に地面に叩きつけられた。
間違いなく背骨が逝った。そして身体はぴくりとも動かない。
不思議なことに痛みはそうでもない。ただ意識が朦朧としてきて、指の先一つも反応しない。
……これ、マジやべぇ。
「いやぁぁあああ! ボスぅ! ボスぅ!」
「うん? あれ? まさか死んでないよな? 一応手加減したつもりなんだがな。この状態だと加減が難しくてな~。あぁでも息してるからまだ大丈夫か」
声は聞こえる――カラーナは俺を心配して叫んでるのか?
でも、駄目だ。こいつは駄目だ。
とにかくすぐ逃げ――
「――アイスボルト、がっ!」
「はいはい裏切り者が何しようとしてくれてんの? 氷魔法で動きを封じれるとでも思った? 甘すぎでしょう、が!」
セイラの呻き声、そして攻撃の音と何かが地面に落ちた音……くそ、また――
「いやぁ! セイラぁ! 畜生! ジュウザぁあぁあ! あんた絶対に許さへん! 絶対に!」
「いや、だからさ。ゆるさないから何だよ?」
「あ"、あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁぁああぁあ!」
また、今度は、カラーナ? メキメキという音が聞こえてくる、一体、何を、何をしている。
「はい左腕粉砕と。で、次は」
再びボキボキッという骨の砕ける音とカラーナの絶叫、それが三度も繰り返され――
「はい、これで四肢破壊。もう身動き取れないよねぇ? いやぁ本当情けない姿で惨めだねぇカラーナ」
「あ、うぅ、ち、くしょ、あんたなんか、あんた、な、んか……」
「あはははは! いいねその眼! 最高だよ! 何? そんなに憎いのか? 俺が憎いのかよ! でもなぁ、こうは思わないのか? カラーナお前がもっとしっかりしていれば仲間を助けれたんじゃないかってなぁ!」
やめろ、カラーナは何も悪くない。
「全くなぁ、いくら俺の香りにやられたからって、すっかりのぼせあがって俺にぞっこんだったもんなぁ、てめぇはよ! だから俺に二度も騙されてんだろ? まぬけ! そんなんだからてめぇは仲間の一人も助けられねぇんだよ!」
「……う、うぅう、うぁぁああぁあ!」
「あらら涙? ここで涙? 泣いちゃうの。あはははは! ざまあないなてめぇは!」
……くっ、くそが!
「まぁいいや。もうてめぇの顔もあきたし。その綺麗な顔潰して殺して――」
「や、やめ、ろ……」
「うん? へぇ、君の主まだ喋れるみたいだよ。すごいね本当」
「ボ、ボス……」
カラーナを、死なせて、たまるか……
「や、やるなら俺を、カラーナには手を出す、な……」
「だ、駄目やボ、ボス! ジュウザ、やるならうちや! ボスには手を、ださんといて……」
「素晴らしい! いいねお互いがお互いをかばい合う! 美しい! 最高だ! これが美学! よっしわかった! だったらまずは……カラーナ、お前の目の前で、そこのヒットって男の頭を潰してやるよ!」
「な!? やめ、てや、お、ねがいや、堪忍……」
「あ~あそんな顔するなってカラーナ。大丈夫大丈夫。まずはそこのヒットの潰れた頭を置いて、次は裏切り者のメイドの頭を置いて、そして女騎士様の頭を置いて、テメェの仲間の首に見守られてる中で、お前が好きだった俺のものを突っ込んでやるよ! それが終わってから、最後にてめぇの頭を潰してやる! どうだぁ? 最高だろぉ? ぎゃははははっははははっは!」
……俺を殺して、皆も殺して、最後にカラーナを、だと?
「さて、じゃあまずはてめぇの愛しのボスの頭を砕いてやるよ」
「いや、いやや! いやぁあぁああ!」
ジュウザの足音が俺に近づいてくる。
このまま俺は何も出来ず、殺され、そして皆も? メリッサだって――
駄目だ! そんなのは! 駄目だ駄目だ駄目だ!
くそ! 動け俺の身体! キャンセルだ! キャンセル! キャンセルキャンセルキャンセル!
畜生が! こんな時に力が使えなくて! 何が! 何がキャンセラーだ! 畜生!
――ハイキャンセラーの資質を受け入れるか?
……何?
その時俺の頭のなかに――声というか言葉というか、とにかくその質問が浮かび上がる。
――ハイキャンセラーの資質を受け入れるか?
ハイ……キャンセラー? 俺の知らないジョブ……だが、今は四の五の言っている場合ではない! 当然――受け入れる!
――ハイキャンセラー受け入れ承認。
――現在のジョブをキャンセラーからハイキャンセラーに変更。
――スペシャルスキル習得。
――追加スキル習得。
――キャンセルの強化完了。
そして、俺の頭のなかに次々とスキル情報が入り込み、それを俺は瞬時に理解し――今俺はハイキャンセラーになった……
主人公覚醒
次の更新は2015/04/21日 1時頃予定です
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