第103話 裏の裏
予定通り櫓が倒れた。
セイラの魔法によるものだろう。
魔法は初級、中級、上級、最上級、神級と性能によって五段階に分かれているが、メイドの嗜みはその中の初級を全属性使いこなせる。
その内ファイヤーボールは、炎系の初級魔法でありながらも爆発の効果と相まって威力が中々高い。
だから、あの程度の櫓なら問題なく破壊可能ってわけだ。
さて、これで予定通りならカラーナがジュウザを既に倒してる可能性がある。
上手く言っていれば香りの効果は何れ消え、魔物たちの能力も元に戻り今よりもかなり楽になると思うが――
その時、魔物達の動きに変化。俺の方への密が増し、逆にアンジェ側の方が手薄になる。
かと思えば――一つの影がアンジェに飛び込み曲刀を振るった。
アンジェは剣でガード――しようとするがフェイントスラッシュか。
俺も以前使われた盗賊の武器スキル。
残像による攻撃は完全に騙しだ。
そしてそれを行ったのは、ジュウザ!?
「さぁ君の相手はもう僕達じゃない……ヒットだよ」
背後に回ったジュウザはアンジェに攻撃をする事なく、耳元でそれを囁き、俺に向けてにやりと口角を吊り上げた。
ちっ! と舌打ちしつつ、ハリケーンスライサーで周囲の敵を斬り刻み殲滅した後、俺はジュウザへと飛びかかるが、その間にアンジェが入り俺の攻撃を受け止める。
「はは~残念だったねぇ~もう彼女は僕の味方さ。どうかな~信じてた仲間に裏切られる気持ちって? ねぇ~どんな気持ち? ねぇ、ねぇ~?」
「…………」
アンジェはその瞬間ウィンガルグの力を纏い、俺に風の付与付きの剣戟を振るってくる。
突風とともに斬撃が飛散した。
俺はそれをなんとか避ける。
「へぇ~そんな力を持ってたんだ。凄いね~これは中々のもうけものかな?」
「アンジェ! 駄目だ! 正気を取り戻せ!」
「あははっ。無理だよこの間のカラーナより強力だからね。一応言っておくけど僕の力でそのアンジェちゃん正気を失ってるだけだからね。まぁ仲間を殺したいならどうぞ~」
クスクスと楽しそうに笑いながら、得々と説明してくる。
あえて教えることで俺が戸惑うと思っているわけか。
いい性格してやがる。カラーナが恨むのもよく判る。
「はぁああああっぁああぁあぁあ!」
気勢を上げアンジェが俺に迫る。
この動きはすれ違いざまに斬撃を何十発と叩き込む、シューティングウィンドか、まともに食らう訳にはいかない。
俺はキャンセルでその攻撃を発動前に止める。
アンジェの動きは一瞬止まるが、リスクが五分与えられた。
やはりアンジェの能力は高いな……
「ははっ。それがガイドの言ってた能力だね。でも、それでもうその力はアンジェちゃんには暫く使えないんでしょ?」
……ちっ、やっぱ聞いてるのか。
「てか、なんでお前がここにいるんだ」
「うん? あぁあの櫓の事? あんなの囮に決まってるじゃん。中に入ってるのもダミードール。君、前もガイドにやられたんじゃなかったっけ? 懲りないねぇ」
ジュウザが愉快そうに笑いながら言った。
自分かもしくはガイドか、とにかく策略通りに事が運んだ事が痛快といった様相だ。
「ちなみにあの櫓の近くの建物には魔物を潜めてて、櫓に何かあったら向かうようにしてあるから、今頃仲間は大変じゃないかな~?」
「……それは馬鹿にしすぎだな。あんな味方まで平気で巻き込むような戦いしか出来ない魔物にやられはしないさ」
「う~んあれはねぇ~確かに欠点だけど。でもそこのアンジェちゃんは優秀みたいだよ」
魔物の事は気にしてる様子はないか。
こいつにとってはそっちはどうでもいいのかもしれない。
今の状況を見てるほうが楽しいってことか。
そしてわざわざ教えてくれたので、俺はアンジェの方を振り返るが――精神を集中し力を溜めている。
エレメンタルリンク……か。
「あれれ~どうしたのかな~? その子やっちゃわないの~? すっごい隙だらけだよ~? なんか強力な技なんでしょ、そ・れ。ほら~早く倒さないと。あはっ!」
「……お前は本当にむかつくな。だが調子に……乗りすぎだ!」
俺はジュウザに向かって斬りこんでいく。
先にこいつを倒せば良い話だが――
「おっと――」
ジュウザがすぐに後ろに引っ込み、代わりにずっと控えていたジョブ持ちの魔物が前に出る。
ウェアウルフ系、オーク系、ボブゴブリン系の三体だ。
「この連中には特に強力な力を与えてるから簡単には行かないとおもうよ」
……確かにな。涎をぼたぼた垂らして眼が血走ってる。
強力というかちょっとした発狂状態だな。
ジョブはウェアウルフがマーシャリスト、オークがシールダー、ボブゴブリンがソルジャーか。
ウェアウルフだけが基本職で後は上位職。
シールダーは盾の専門家で攻撃も盾で行う。
ジョブ持ちはどれもやはり見た目は限りなく人に近くなってるな。
そしてジュウザの横や後ろには他にも魔物が多く壁になって守っている状態。
中々奴だけをやるのは厳しい状態だが――
「ボス! 大丈夫か! やられてへんか!」
「……魔物多い」
「……どうやら、そっちの魔物ぐらいは楽勝だったようだな」
ジョブ持ちを相手していると、櫓の破壊をお願いしていたふたりが駆けつけてきたな。
俺は得意がってたジュウザの鼻をへし折る勢いで言い放つが。
「そうみだいだねぇ。でもそれはそれで面白いかも」
……全く嫌な笑みを浮かべやがるな。
「カラーナ! セイラ! そこでストップだ! それ以上近づくな!」
俺はふたりを静止するよう叫ぶ。
この男の調合した香りで、ふたりは状態異常を引き起こしてしまう可能性があるしな。
「おやや~? 折角の助けなのにいいのそれで~?」
「かまわないさ。それに近づくなくても二人には手はある」
「――アイスボルト」
すると遠距離から放たれたセイラの氷魔法がウェアウルフの脚に命中。
厄介だった機動力がそれで死に、そこをファングスライサーで頭を潰す。
そしてジュウザの周囲に待機する他の魔物はカラーナの投げたムーランルージュにより切り刻まれていく。
ただ、やはりジョブ持ちは単発の攻撃じゃキツイか――
「ふ~ん、少しは考えてるようだね――でも、タイムオーバー。ヒット君は信頼する仲間にやられるのさ」
膨れ上がる力を背中に感じ首だけを巡らすと、精霊獣との換装を終わらせたアンジェの姿。
「アンジェ……完成したか――」
「あっは~~! 凄いねその力。いや~僕でも全然わかるよ~本当凄いパワーだ! ほら、だからいったじゃない? さっさとやらなくていいの? てね……」
俺にしっかり顔を見えるようにし、勝ち誇ったような、それでいて同士討ちを楽しむような、歪んだ笑みを披露してくる。
「……それは無理だな。アンジェは俺の仲間だ、やりあう理由がない」
「ふふっ。まぁそうなんだろうね。でもそれが……命取りさ――これでジ・エンド」
「はぁあぁああぁああぁあ!」
ジュウザの語りが終わるのと、アンジェが俺に向かって斬りかかってくるのはほぼ同時だった。
ウィンガルグの力を完全に引き出したアンジェの能力は凄まじく、一瞬にして俺の目の前にまで迫った。
だから俺は――ひらりとアンジェに道を譲る。
「……へ?」
ジュウザの間の抜けた声と、アンジェのパワーアップした状態でのシルフィードダンスが発動したのはほぼ同時。
それに驚愕の表情を見せるジュウザを見てると、妙な笑いがこみ上げてくるな。
「馬鹿な! どうして――」
「どうして俺の香りが通じないかって? 当然だ! アンジェの使役する精霊獣は風を操る。それを使用し周囲の大気を少し弄れば、香りなんてものはアンジェまでは届かない。つまり錯乱したように見えたのは――」
「はなっから振りって事だ! この愚か者がぁあぁあああああぁあ!」
気勢を上げたアンジェの斬撃は、ジュウザの壁となる魔物たちにお構いなく斬撃の雨を浴びせ続け、そして彼女の円の軌道に沿うように、暴風が渦を巻き、そして巨大な竜巻をつくりだした。
前にも一度見たことがあるが、あの時より更に威力が上がってる気がするな――
「……なんかやっぱ凄いなアンジェは。うちの出番あらへんわ」
アンジェの必殺技を認めたカラーナとセイラが近づいてくる。
カラーナは少しさみしそうでもあるな――
この作戦、予定通り進めば櫓を壊しカラーナがジュウザにとどめを刺して終わる予定だった。
ただ、もしかしたらあの櫓が罠の可能性があるかもしれないという思いは拭いきれず。
その場合の手も念のため考えていた。
前にカラーナを俺にけしかけてきたことや、シャドウキャットを裏切った手なんかを考慮すると、こいつの性格は基本歪んでいて、相手がもっとも嫌がる事を仕掛けてくる可能性高い。
だからもしあれが罠で直接俺達に仕掛けてくるとしたら、アンジェをカラーナのように操って俺に仕掛けさせるというところまで可能性として考えていた。
だが、だからといって素直にそれを防ぐ手段をとって挑んでも、奴にはガイドの眼がある。
ウィンガルグの効果もすぐに看破されることだろう。
そこでアンジェは一旦ウィンガルグを解除し、離れたところからウィンガルグ自身の意志で動いてもらうよう指示を出した。
精霊獣は契約者と離れると力が弱まってしまうのが欠点だが、それでも香りが届くのを防ぐ風ぐらいは起こすことが出来る。
その力を利用し、ジュウザが現れ香りでアンジェを操ろうとした瞬間、その力を発動させた。
そして更に操られた振りをし、アンジェへの注意を完全に逸らさせることで、ガイドのスキルの対象からも外し、途中見破られることもなく、スペシャルスキルも無事発動させる事が出来たってわけだ。
俺のチャージキャンセルを使えば、もっと早くアンジェの力を開放する事は可能だったけどな。
しかしそれをやると攻撃する前に相手に看破されるおそれがあるしな。
ただやはり……
「カラーナすまないな」
アンジェの作り出した竜巻の中から、ジュウザの悲鳴が響き渡る。
これだけの威力を誇るスキルだ。
そもそもジュウザは装備的にもかなり装甲が柔い。
これでは生きてることはないだろう――
「えぇねん。あの糞野郎の死ぬ瞬間が見れただけでうちは――」
「……そんな――」
その時、攻撃を終え俺達の前に着地したアンジェから呻くような声が漏れる。
「アンジェどうかした――」
「が、がぁああぁあああぁああああ!」
夜空を割るような叫声――それが俺たちの耳に届いた。
絶命の声などではない……むしろ竜巻は今の叫びで掻き消えた――
そしてその中から姿を現したのは……マグマのように煮えたぎる灼熱の肌に変化し、筋肉が極限まで膨張され、まるで筋肉ダルマのように変わり果てた――ジュウザの姿だった。




