第102話 イーストアーツでの決戦
トラップの設置が終わり夜の帳が落ちた頃、作戦は決行された。
といっても内容自体はそこまで難しいものではない。
カラーナが一番高い喬木から街の様子を確認。
バークラーの彼女なら闇の中でも視界は確保できる。
生存者の確認も合わせて行ってもらったが……少なくとも外には残滓以外は残っていなかったようだ。
魔物が街なかにいるという時点で予想はしてたが、住人はほぼ餌にされた可能性が高い。
悲しい現実だが、それを嘆くのは後だ。
その事実は街なかでいくら暴れても問題無いという事でもある。
犠牲になった人々の無念は魔物たちの死をもって晴らしてもらうとしよう。
イーストアーツの街は高い建物が殆ど無い。
あえて言うなら教会が三階建て分ぐらいあるだけか。
ただその教会は街の一番端にあたる位置に存在する。
だから視界の邪魔にはならない。
この状況でも教会が無事なのはやはり帰還の玉を利用するためなのだろう。
ひとつ気になったのは、街の屋敷へ通じる道の近くに櫓が設置されていたという事だ。
アンジェの話だと忍び込んだ時にはなかったようなので急遽設置されたと思われる。
簡易的な木造タイプのようで、五メートル程度の代物なようだ。
つまり壁の外側ではなく内側を監視する為か。
流石に櫓に立つものまでは視認できなかったようだが、人間の騎士や兵士がこの街には殆ど存在しない。
つまり櫓からみてるのはジュウザの可能性が高い。
それに香りを作るなら高い場所からの方が振りまきやすいのだろう。
今も何らかの香りを放出してる可能性もあるが、魔物が動き回っているという話から、毒や麻痺などの類でないことは判る。
魔物の能力を上げたり操ったりするものを使用してるのかもしれない。
メリッサの情報だとスペシャルスキルを除けば香りは一度に使えるのは一種類、つまり一度使用するごとに調香する必要があるということ。
調香は効果や範囲の広さで掛かる時間が変わる。
当然強力な力ほど所要時間は長くなる。
高いところにいるのは後は当然見張りのためもあると思われる。
ガイドと契約してるらしいのでそのスキル効果で闇の中でも視界が利いているかだろ。
とにかくジュウザをなんとかしないとな……屋敷に忍びこむだけならアンジェがやったような手というのもあるが、しかしそんな事が出来るのもアンジェのジョブとスキルだからこそだ。
それに一度やられてるのに何の対策もしてないとは考えられないしな。
今回はとにかく正面から突破出来るよう動く。
先ずは予定通りレジスタンスが動いた。
作戦自体は難しいものではない。
魔物を挑発しおびき寄せる。
これはアンジェも、前試したらしいが今回は倒すのが目的だ。
レジスタンスの八人の中には弓を使えるのが三人いた。
その三人が先ず門を守る魔物たちに矢を次々と射っていく。
木製の矢だからダメージはそうでもないと思うが、門を守るオークの一匹がそれによって動く。
もう一匹はあたりを警戒してるようだな。
巡回の魔物が来るのも待ってるのかもしれないが、そっちはレジスタンスの別部隊が相手をしトラップまで誘導してるはずだ。
オークの鳴き声が響く。カラーナの罠に上手く引っかかったようだ。
落とし穴やくくり罠といった簡単な物が多いが動きさえ封じてしまえば、レジスタンスのメンバーの装備でも囲んで一斉攻撃を加える事でこの程度の魔物なら倒すことは可能だ。
さてここからは俺の仕事だ。
入り口の門の前まで向かい、残ったオークを瞬殺する。
後ろからはアンジェも付いてきているが、切り込み役は俺だ。
ご丁寧に門は開けっ放しでどうぞここから侵入して下さいって誘われてるようでもあるが、敢えてそれに乗ってやる。
街に入ると……やはり魔物は多い。暫く暗い森にいたから多少闇に眼はなれてるが、視界が悪い中ではキャンセルは使いにくいな。
まぁ泣き言を言っても仕方がない。
魔物は俺たちを囲もうとして動き出してるが、俺は双剣のスキルで出来るだけ派手に暴れまわった。
オークやリザードマン、ボブゴブリンといったよく知る魔物も多いが、二つの頭を持つ魔犬のヘルハウンドといった獣系も多く放たれてるようだ。
そしてある程度グループとなって動いている魔物の中には必ずジョブ持ちと思われる魔物が存在する。
ただこれまでもそうだが、ジョブ持ちは精々上位職だ。
確かに通常の魔物より手強いが倒せない相手ではない。
先ずは飛び込んできたヘルハウンドの二つ首を、双剣で同時に刈る。
即座にキャンセルして、左右から迫るウェアウルフへダブルスラストを決めた。
剣速を上げて二連続で斬りつける双剣のスキルだが、対象は別々でも良い。
急所を狙いどちらとも一撃で仕留めたが、そこへ上空から迫る影。
ウォーハンマーを使っての振り下ろし! ダンクアタックか。
最初に相手したジョブ持ちと見た目は一緒だ。
つまりこいつはウォーリアのジョブ持ちって事になる。
だが以前は少し苦労もしたが俺もしっかり成長してる。
香りの効果とやらでどの魔物も能力はアップしてるようだが、それでも、もう前みたいに苦戦はしないさ。
てか……スキルのマッドラッシュで、やたらと武器を振り回し始めたけど、敵味方関係なく攻撃するスキルだから、この状況だと寧ろ放っておけば勝手に魔物を倒してくれて楽だな。
ちょっと泳がすことにしておこう。
で、アンジェの方にも目を向けるが、舞うような華麗な動きで次々と魔物を斬滅していっている。
おっと今見せたスキルはワイドスラッシュか。
ナイトの武器スキルで闘気を刃に乗せて薙ぐことで扇状に攻撃を広げる技だ。
元々の間合いより一回りほど広い範囲で攻撃できるのが特徴だな。
アンジェの今のジョブはエレメンタルナイトだが、その前のジョブはナイト。
そして今はナイトのスキルを中心に戦っている。
コボルト系の上位魔物、赤い毛並みと人と同程度の上背を誇るレッドワンダーが群がってきてるが……問題はなさそうだ。
さて……ただ魔物が随分とこっちに集中してきてるな――
と、想っていたらアンジェに向かって上空から矢の雨が降り注いてきている。
シューターの弓系の武器スキル、レインアローか。
「アンジェ上だ! 気をつけろ!」
急いでアンジェの方へ駆け寄り、彼女の逃げ道を確保するように魔物を倒し叫んだ。
アンジェも気がついたようで、俺の切り開いた動線を使い、矢の範囲から脱出。
ただ魔物はやはり頭があまり良くない。降り注ぐ矢弾は全て他の魔物に命中してしまっている。
あのウォーリアもそうだが、様子を見たりそういった事も一応はするようだが、スキルなどを使用するときは細かい事は考慮してないようだな。
ジュウザは香りで能力を底上げしてるようだが、それが逆にこっちにとって都合のいい事になってる場合があるな。
ふむ……
「アンジェ、ジョブを持っていそうな魔物で範囲攻撃をするタイプのものは出来るだけ放置しておこう。勝手に魔物を減らしてくれるし楽になる」
「あぁそうだな。それにしてもマヌケなことだ」
全くだな。しかしこんな事も気が付かなかったのか連中は?
……いや魔物が増員したのは最近の事のようだし、それを知る暇が無かったというのが正しいか――
て、ん?
「ジョブ持ちの魔物が引き始めたか……」
「あぁ代わりに通常の魔物が前に出てきている」
戦いながら少しずつ前進し、俺達は今元は街の広場だったあたりまで来ている。
魔導器の明かりも灯ってるせいか随分と視界がいい。
逆に言えば相手から見てもそうってことだが……ジョブ持ちが引いたのは自己判断? いや、ジュウザの香りでそう誘導された可能性のほうが高いな……さっきまでよりも動きがよくなってきてるしな。
てことは、奴は俺達に注目してる可能性が高い。
派手に暴れてるから当然そうなるか。
そして手を変えて迫ってきた魔物たち。今度は数で勝負といったところか?
四〇……五〇ぐらいいるか?
……少々骨だが、やるしかないな!
「いくぞアンジェ!」
「あぁヒット!」
そこからは左右に別れ俺とアンジェでとにかく敵を斬りまくる。
能力が上がってるのは確かなようでオークなんかは多少斬ってもお構いなしに攻撃を仕掛けてきたりと厄介でもあるが……しかし恐らくもうそろそろ――
と、思った直後、爆発音が街中に広がった――
◇◆◇
作戦開始から暫くして、セイラとカラーナは、正面からではなく端の壁側を乗り越えるようにして街の中へ侵入していた。
そして建物の影を辿るようにして目的地を目指す。
予想通りジュウザの香りを使った誘導で、今派手に暴れまわっているヒットとアンジェの下へ魔物が集中している。
おかげでふたりの走るルートには魔物の姿はない。
相手も気がついていないようだ。
カラーナのジョブであるバークラーは闇の中に溶け込み気配を完全に断つことのできるスキルを持っている。
その為夜の帳に包まれたこの状況は活躍できる絶好の舞台だ。
そしてセイラもメイドの嗜みというスキルによって、シーフの基本能力も使用可能なので、ある程度気配を絶つことが出来る。
つまりこの作戦はヒットとアンジェが敢えて陽動役に徹し、セイラとカラーナにジュウザを任せるといったものであった。
尤もジュウザに止めを刺す役はカラーナが進んで願ったものだが――
そして、予定通り広場てのヒットとアンジェの大立ち回りに、ジュウザは目を奪われているようだ。
その為、カラーナとセイラがジュウザが余裕の表情で俯瞰しているであろう櫓に到達するのに全く苦は無かった。
少し拍子抜けしてしまうほどに――
そして、セイラが詠唱を終え櫓に向けてファイヤーボールの魔法を放つ。
櫓は急遽設けられた簡易式のものだ。
打ち所を間違えなければ一発で破壊され、ジュウザは外に放り出される事だろう。
セイラの手から放たれた魔法は淀みなく櫓の脚に命中し爆轟が周囲に一気広がり、そしてメキメキという音を奏で、見事にそれは傾倒した。
倒れる方向にカラーナが視線を巡らすと、投げ出される影を視認。
両手に得物を握りしめ、カラーナはその影を追った。
そして眼にしたそれをみてカラーナが大きく目を見広げる。
「これ……ダミーや――」




