第100話 願いを込めて
次の日になってメリッサが驚いたのは、チェリオを鑑定した事により、スキルの熟練度が飛躍的に上昇していたことだ。
恐らくチェリオという相手が、自分より遥かに強大な相手であり、本来なら難しい条件の鑑定を成功させたことにより、あの鑑定一つでここまで能力が向上したのだろうと思うことにしたが――
「メリッサ様どうかされましたかな?」
「あ、いえ、ちょっと昨日の事を思い出してしまって、あの後どうなりましたか?」
朝廊下ですれ違ったガイドを呼び止め、そうごまかしつつ昨夜の事を話題に交えガイドを視る。
用心深い男ゆえ看破するのは難しいと昨日までは思っていたが――
――鑑定完了まで残り五分。
これが朝ガイドと遭遇した時に出た表示である。
昨晩まで一五分必要だった事を考えれば、三分の一にまで必要な時間が減少したことになる。
当然メリッサはこの機会を逃さない。
ガイドは用心深い男であり、昨晩の動向を思うに、メリッサに長い間視られるのは危険と判断していた様子はあった。
だが、それがまさか五分の間で完了するとは思いもよらなかったようだ。
「――とりあえず、チェリオ様のいうように警護の魔物は増やしておりますので」
「そうですかわかりました。すみません呼び止めてしまって」
そして無事鑑定を終えたメリッサは、話を切り上げ部屋に戻る。
その後は朝食の準備が出来たと呼びに来たチェリオについていき無難に食事を摂った。
チェリオはガイドと話があるようなので、単身部屋に戻ろうとするが、幸いな事に、そこでジュウザと会うことが出来た。
――鑑定完了まで残り八分。
ガイドに比べたら、ジュウザの方が実力的には上という事になるのか?
そんな事をメリッサは思ったりもしたが、ガイドのジョブというのはかなり特殊だ。
その為鑑定のスキルで見る分には、ジュウザの方が上ということになっているのかもしれない。
ただこの八分という時間は、ジュウザ相手ではあまり苦労する事はなかった。
ジュウザは軽薄な男であり、放っておいてもどうでもいいようなことをべらべらと一〇分ほどしゃべり続けたからだ。
メリッサは笑顔で聞き役に徹しながら、相槌をうっていればそれでよかった。
そして鑑定も完了し、メリッサから話を断ち切って部屋へと戻る。
ここでジュウザの能力も知れたことにメリッサは安堵した。
なぜなら失敗すれば、もう今後自由に鑑定をさせてもらえない可能性が高かったからだ。
そして先にガイドを視ておいて良かったとも思う。
彼のジョブアドバイザーは、特殊その他系の上位職であった。
単純なジョブのランクとしては下の方であり、鑑定にかかる時間がジュウザより少なかったのはこれが要因と考えられるが、持っているスキルは厄介でしかない。
彼は契約した相手の視界を通じて敵対者を視ることで、その能力を見破る力を持っていた。
なんとなくメリッサが使う鑑定に似てる気もしないでもないが、彼の場合は一度は相手の技や動きを視る必要があるという点で異なる。
ただし視ればいいだけなので、鑑定のような長い時間は有さない。
また契約した相手とは遠方からでも念話で話すことも可能である。
アドバイザーは視界を借り、助言の効果を発揮できるのは常に一人だけだが、念話に関しては複数人と契約を結び、声を送ることが可能なようであった。
ガイドが目付役として選ばれたのも、そのスキル故かもしれない。
ただ、ガイドは相手から視界を借りている状態では、自分で視たものを看破することは出来ないようであった。
元のジョブ特性により、洞察力は上がるようなので、メリッサがなんとなく怪しいなどと思ってはいたようだが、その時点では鑑定のスキルを持っているとまでは判っていなかったことだろう。
ただ今回は、ジュウザの眼を通してメリッサの鑑定を看破した可能性が高い。
そうなると今後は難しいわけだが……しかしその心配は無用だろう。
既に主要な人間は全て鑑定を終えた。
ジュウザのスキルは……特殊生産系である高位職のパフューマーであった。
このジョブが持つスキルによって、彼は体内で自由に香りを作り出し放出することが出来る。
香りの効果は様々で、毒であったり、相手を誘惑するためのものだったり、凶暴化させたりといったものから、身体能力を上昇させたり、痛みを抑えたり、また自然治癒力を上昇させる香りなんていうのさえあった。
そしてメリッサは以前カラーナが話していた事も思い出す。
シャドウキャットのメンバーがジュウザを信じきっていたという件。
そしてカラーナが二度騙されたという件。
このふたつは、ジュウザのスキルによって作り出された匂いが原因である可能性が高いだろう。
メリッサはこれらの情報を予め部屋で用意しておいた用紙に急いで記入する。
ジュウザと話した以上、彼と契約中のガイドが何かを察し部屋にやってくる可能性がある。
その前に作業を終わらせる必要があった為、書いた内容は重要事項のみに厳選し、簡潔にまとめて用紙一枚に纏めた。
この件で特に重要なのはやはりチェリオの事だろう。
彼はフェンサーのジョブ持ちでもある為、剣術に長けている。
ヘルシャーのスペシャルスキルは、何らかの事情で本人は使えない状態のようだが、フェンサーとしてはスラストラピディティというスペシャルスキルも使いこなす。
メリッサは全ての記述を終えた後、用紙を折り畳み、空の瓶に詰め、お願い届いて! と願いを込めベランダから放り投げた。
後はアンジェが、この瓶をみつけてくれさえすれば……緑の深淵に消える瓶を見つめながら思いを巡らす。
すると部屋の扉が開かれガイドが断りもなく入ってきた。
どうやらメリッサの読みは正しかったようだ――
◇◆◇
夜明けと同時に俺達は、イーストアーツ目掛けてペースを上げ突き進んだ。
昨晩チェイサーからの夜襲を受けた以上、あまりのんびりしている余裕はない。
あの後はジュウザの姿もなかったので、何らかの理由で伯爵の下へ戻ったと思われるが、チェイサーを残したという事は、それだけでも俺たちを倒すのは十分だとでも思ったのだろう。
だが、そのチェイサーが朝になっても戻らなければ、当然俺達に倒されたと察し、色々と準備を進めるはずだ。
屋敷に到達するのが遅れれば遅れるほど、メリッサの救出は難しくなる。
野宿とあって体力の回復は完璧とは言えないが、それでもステップキャンセルで残り数十kmぐらいなら、問題なく使用し続けることが出来るまでは復活した。
カラーナやセイラも問題なさそうだ。
ふたりとも基礎体力は、下手な冒険者より断然あるようだしな。
セイラも昨晩は戸惑いも感じられたが、今はいつも通り……まぁ、それがいいかどうかは別として無表情で口数も少ない。
道程は、幸いなことに山を更に一つ抜けた後は、起伏が少なく見通しの良い道が続いた。
このおかげでかなり距離を稼ぐことが出来る。
ただ途中カラスが一羽、俺達を観察するように上空を旋回してたのが気になったが……
もしかして敵の偵察か何かだろうか? だからといって足を止めてる暇はないがな。
とにかく急がないと――
「チッ! また魔物かいな!」
カラーナが辟易とした表情で言を吐き捨てる。
確かに、イーストアーツ周辺に広がる森に入り込んでから、やたらと魔物の数が増えたな……
しかも、あのスキルを使用可能な魔物は、ここでも頻繁に現れている。
今相手してるのは、トレントと呼ばれる樹木が人のように動き回れるようになった魔物だ。
人のようにといっても基本は木なのだが、一体だけは人としての様相が色濃く出ていた。
見た目には人の皮膚だけが樹皮になったような、そんな感じか……胸が出ているあたり雌なのだろう。
自前の弓矢で攻撃してきてるあたり、ジョブで言ったらアーチャーか。
それにしても……なんか戦いにくい。
相手は魔物だ、そんな甘いことではな駄目なのだろうけ――
「――フレイムランス」
「グゥウウゥウアアァアアァア!」
「おっと流石セイラやな! 上手く弱点つきおったで!」
……うん、確かに容赦無いな。
そして木だから炎には弱い。
あっさりと消し炭と化してしまった。
そして遠くからチクチクと少々ウザったくもあった弓使いが消えれば、残ったトレントなんて楽勝だ。
俺とカラーナでさっさと排除し、そして先を急ぐ。
太陽も大分西に傾き、時折木々の隙間から垣間見える空も、赤く染まってきているが、残りはあと僅かだ。
現れる魔物もそれほど手強くはない。
これなら陽が完全に落ちるまでに、目的地に辿り着けるはずだ――
◇◆◇
「ジュウザ! 準備は怠るなよ!」
『判ってるって。心配症だなガイドは~』
ガイドは一人屋敷の一室にこもり、ジュウザを通して外の様子を眺めながら釘を刺す。
だが相変わらずのこの男の軽口にイライラが募った。
やはり俺はこいつとは合わないかもしれない、そんなことも思う。
だが現状契約できるのはこのジュウザぐらいしかいない。
基本ガイドが契約できるのはある程度の知能を持った種族に限られるからだ。
魔物相手では契約はできない。
もしチェイサーに生き残ったのがいれば、まだそっちのほうが良かったかもしれないと一瞬思ったりもする。
だが、あのチェイサー三人組は、昨晩の内に全員倒されてしまったようだ。
ようだというのは、勝手な判断ではあるが、朝になっても戻ってこない以上ほぼ確定であろう。
おかげで折角のマーキングも意味を成さなくなってしまった。
「くそっ、とんだ役立たずだったなあの連中……」
ぶつぶつと独りごちる。
実は出来ればチェリオと契約を結びたくあったガイドなのだが、それに関しては頑なに拒否された。
まぁ……メリッサと事に及ぶときに視られては堪らないとでも思っているのかもしれない。
「それで連中の姿はあったか?」
『まだ見当たらないね。でも香りの効果で既に魔物たちの能力は格段に上昇してるし、街に入ってくるのも厳しいんじゃない』
ガイドにとって、ジュウザが使用するこのスキルだけは評価に値するものだ。
屋敷に侵入させないための、守りの要として配置したのもその力があってこそ。
ただこの男はどうも相手を舐めて掛かるところがあるので、それが心配でもあるのだが。
とにかく、ガイドはここで意地でも連中をここで片付けておく必要がある。
セントラルアーツの現状を考えれば、火種になり得るものは排除しておかなければならないのだから――




