第98話 庇うもの追われるもの
俺とカラーナは一旦分かれて、トラップが設置してある場所を順に回った。
セイラはあまり感情が読めないが頭は回る。
敵を相手するなら上手くトラップを利用することだろう。
そうして、カラーナから事前に聞いていたトラップの場所を頼りに森を駆けていると――木に吊り下げられたチェイサーの骸を発見。
投げナイフで額を穿たれ死んでいる。あれはセイラの技だな間違いない。
俺はその近くにセイラがいるか藪から出て見回すが――いた! だけど地面に倒れている。
しかも手足は、何か光の輪で絞められていて身動きがとれない状態。
あれがチェイサーのスキルか? しかも恐らくそれを使用したと思われる奴は、空中高く飛び上がり何かを叫びながら急降下。
もしかしてあれは――キッカーの爆砕脚か!? あんなもの今の状態のセイラが喰らったら一溜まりもないぞ!
くそ! 俺は思わず飛び出し邪魔するものが何もない事を確認してから、ステップキャンセルでセイラの正面に移動した。
そして振り返るが、奴はもう、すぐ目の前まで迫っていてキャンセルが間に合わない!
俺は双剣を使った防御スキルの十字受けを咄嗟に使用、双剣を正面で交差させ攻撃を受け止めダメージを軽減させるスキルだが、キッカーの最大威力を誇るスキルだ。
受けた瞬間腕に痛烈な衝撃、轟音が轟き広がった衝撃で地面が削れ土塊が舞い、遠目に見えた草木が激しく揺れるのを視界に収めながら、俺の身体が自分の意志とは関係なく浮き上がり、空を見上げるようにしながら身体が後方へと流れていくのを感じる。
どうやら衝撃を防ぎきれず吹っ飛んだか。だが意識ははっきりしてる。
身体も動く、なのでおれは空中で後方に宙返りを決めるようにしながら、なんとか着地。
だが勢い余って、ズザザッ! と相手を正面に捉えたまま滑るように後退。
数メートルほど飛ばされたか。
なんとかあの一撃からセイラは守ったが、いまだピンチなのは変わらない。
ただチェイサーは、突然俺が現れ彼女を守ったことに驚いたのか、直立したまま呆けている。
だったら今のうちに、ステップキャンセルで移動して片を付けるか――
「ぐふぉお!」
と、思ってた矢先、褐色の腕が背後からチェイサーの喉を掻き切った。
どうやらカラーナも居場所に気がついて駆けつけたようだ。
操られていた時と違い、闇に溶け込み気付かれないように忍び寄っての殺人術――流石だな、アサシンに通じるものを感じる。
「ボス! 大丈夫なん! 怪我ないんか!」
俺が近づくと死体を脇に放り投げ、カラーナが心配そうに声を掛けてくる。
まぁ多少骨が軋む感覚はあるけど問題はないな。
「大丈夫、大したことないさ。それよりセイラが無事でよかった」
俺はカラーナとセイラを交互に見やりながら声を返す。
セイラの縛めは、チェイサーが死んだことで解かれていた。
「セイラは無事やけど、でもあんま無茶せんといてや。ほんまボスが攻撃を受けて吹っ飛んだの見て心臓止まるかと思うたわ」
ははっ、と苦笑しつつ頬を掻く。
冷静に考えてみれば、先にキャンセル掛けておけば問題なかったんだよな……でも、そんな事考えてる余裕を持てなくて、ついステップキャンセルで庇う事を優先させてしまった。
「……理解不能」
ん? 自由になったセイラが徐ろに立ち上がりつつ、そんな事を口にする。
「……何故、助けた?」
「え? いや、そりゃセイラがピンチだったわけだしな」
「せやで。あんた何言うてんの?」
「……私は奴隷。盾にこそなれ、守ってもらう物ではない」
……者じゃなくて物か。そういえばセイラはこういう考え方をした子でもあったな……
「セイラ。あんたがこれまでどんな主に仕えてきたかは知らんけどな。ボスはそういう連中とは違うんよ。立場は奴隷でもごっつぅ大事にしてくれんねん。だからこういう時は、セイラも素直にありがとういうとけばえぇんや」
「…………」
「いやお礼なんて別にいいさ。確かに奴隷という立場ではあるけど……俺にとっては大事な仲間だしな。仲間なら助けあうってのも当然だしな」
……とか思わずいってしまったけど、やばい! なんか言ってて気恥ずかしい!
「……奴隷は物、仲間じゃない……判らない、私には……判らない……」
そういってセイラが顔を伏せる。気のせいか初めてその顔に感情……そう戸惑いみたいなものを見た気がした。
「セイラ、すぐには判らなくていいさ。ただ俺は君に感謝してる。こいつらの事だってセイラの助言がなければ対策を練れなかったわけだしな」
「せやなそこは感謝や」
「…………」
セイラはそれ以上は何も言わなかった。
まぁこればっかりは次第に慣れていくことを祈るしかないか――
とにもかくにも、チェイサーを倒したことでマーキングの呪縛からは解かれた。
これで後は、場所を移動して休めば夜襲される可能性は大分減るだろ。
勿論交代で番はするけどな。
とにかくこんな状況ではあるけど、全員出来るだけ休んで明日のために体力を回復させないとな――
◇◆◇
「アンジェ様、放して下さい! こんな私だけ逃げるなんて……」
「無茶を言うな。だいたい既に降りてきてしまっているし屋敷も離れた、今更どうする気だ?」
アンジェはイーストアーツ周辺に広がる森のなかを、レイリアを抱えたまま疾駆していた。
メリッサの願いを聞き入れ、岩壁を駆け下りるという人間離れした所為により街を離れ、そして今はレジスタンスのアジトを目指している形だ。
しかしレイリアは、メリッサを置いて自分だけが助かる事に納得していないのか、時折駄々っ子のように身体を揺らし、アンジェにとってみれば動きづらい事この上ない。
「でも、でも……」
「でもじゃない! 第一メリッサはレイリアの身を案じて私にお前を託したのだ。私は騎士として託されたお前を安全なところまで運ぶ責任がある
。それに、ここでレイリアに何かあったらなら悲しむのはメリッサだぞ。それでもいいのか?」
アンジェが諭すように言うと、あ、と蚊のなくような声を発し、そしてアンジェの腕の中でレイリアは顔を伏せ眉を落とし暴れることはなくなった。
どうやらようやく理解してくれたようだ。
「でも……」
レイリアの小さな呟きに、ん? とアンジェが短く返す。
「女性にお姫様抱っこされるのは、ちょっと変な気分です」
「……それだけ軽口を叩けるならもう大丈夫だな、全く」
溜息混じりにアンジェが言う。彼女だってしたくてしてるわけじゃない。
だが、そろそろ一旦止まっておんぶに切り替えようか等と思っていると――
「見つけたぜ潜入者! マーキング!」
木々の影から何者かの声がアンジェの耳に届く。
なんだ? と怪訝に眉を顰めていると、光のリング状の物体がアンジェに迫った。
「ちっ!」
舌打ちしつつも、アンジェはウィンガルグを脚に纏わせ跳躍しそれを躱す。
「何者だ!」
着地し、振り向きつつ叫びあげると、今度は飛び出してきた人影がアンジェに向かって剣を振るった。
「きゃっ!」
この声はアンジェではなくレイリアの物。お姫様抱っこをしている状態のせいか、敵の剣戟はレイリアの目の前をぎりぎりの位置で駆け抜けていく。
「レイリア動くなよ!」
「こ、怖くて動けませ、きゃ~! きゃ~~!」
この時ばかりは心底レイリアが邪魔だとアンジェも眉を顰めた。
せめて黙ってくれていればいいのだが、重なる悲鳴がやかましすぎる。
「おらおら、どうしたどうした!」
調子に乗った怪しい格好の仮面男の剣戟が、連続で振るわれる。
おまけに――
「はっ!」
気合の声と同時にアンジェは横に飛び退いた。
するとさっきのリングがアンジェの元いた位置を通り過ぎて行く。
「妙なものと剣のコンビネーションか。厄介だな――」
そう口にしつつリングの行方をその眼で追う。
その軌道から、どうやら敵を追尾するタイプのものであることを理解したが……
「レイリア、そんなにピッタリくっつかないでくれ。動きにくくて仕方ない」
「ふ、ふぇ~ん、そんな事言われたって~」
レイリアはアンジェの首に腕を回し、身体を隙間なく密着させてきていた。
恐怖で身体も小刻みに震えていて、それがまた動きにくさに拍車をかける。
アンジェは助けた女の、予想以上のポンコツ具合に頭をいためた。
「全くそんな女とっとと捨ててしまえばいいものを、それが出来ないのが貴様の甘さだな」
蔑むような敵の言葉に思わずアンジェの顔が歪む。
しかしメリッサに託された彼女を見捨てるなんて真似、アンジェに出来るわけもない。
「まぁいい! 二人纏めて俺が片付けてやる! チェイサーでもあり、フェンサー持ちでもある俺がな!」
敢えて自分の実力を知らしめるように叫びあげ、仮面の男はスプラッシュニードルという剣のスキルを使用した。
敵の持つ剣はアンジェのに近い細身のもので、斬ることも可能なようだが、刺突においてより効果を発揮できそうである。
そしてそのスキルは、移動しながら素早い突きの連打を喰らわせるというものだ。
「も、もう嫌だ~~~~」
「嫌なら目を瞑っておけ馬鹿!」
「ひ、ひどいですぅ~」
しかしそれもアンジェはなんとか避けるが、やはりレイリアがうるさく、思わず尖ったアンジェの口調に、腕の中の彼女が半べそ状態で訴える。
しかしこの状態は流石にまずい、このままでは剣も抜くことが出来ないからだ。
なんとかならないか? アンジェは頭のなかで策を練ろうとするが、その時――
「アンジェ、大丈夫か!」
茂みの中から現れしもう一つの影。それをみたアンジェの表情が綻ぶ。
「ゲイル受け取れ! そして逃げろ!」
「え? ゲ、ゲイル! て、きゃあ~~~~!」
甲高い声がアンジェの耳朶を打つ。だがその腕に既にレイリアの姿はない。
姿を見せたゲイルに向けて、アンジェが思いっきり彼女を放ったからだ。
「え? え? ちょ! おわっ!」
戸惑いつつも、ゲイルは見事飛んできたレイリアを両手でキャッチ。
それに、ナイスだゲイル! と褒め称える。
「てかアンジェ、この子誰だよ!」
「えぇ!?」
「お前は知らなくてもその子は知ってる。とにかく話は後だ。お荷物がなければこの程度の相手、私一人で十分だ! とっとと連れて逃げろ!」
お荷物扱いされ、更に凹んだ様子を見せるレイリアだが、しかしゲイルの腕に抱き抱えられるのが嬉しそうでもある。
そしてゲイルは、状況が良く判っていない様子だったが、アンジェの目が、とっとと行け! と告げていたので踵を返し、無事戻って来いよアンジェ! と言い残してアジトの方へと駆けていった。
「この程度とは随分な言い草だな、手も足も出ない分際で」
足を止めアンジェを正面に捉えた敵が言い放つ。
「馬鹿かお前は? 脚はともかく手は塞がっていたのだから出ないのではなく出せなかったのだ。しかしそれが可能となった今、貴様みたいな三下にも劣りそうな変態仮面男に負ける道理はない」
アンジェは横から迫ってきていたリングを避けつつ、スラリと宝剣を抜き、小馬鹿にするような言葉を相手にぶつけた。
「この俺が、三下にも劣る、だと? ふふっ、面白い冗談だな。だが今ので貴様は私の逆鱗に触れたぞ? 本来あまりしたくない手だが、貴様に関しては簡単に殺さずタップリと苦しめてやりたくなった。言っておくが私はまだまだ本気じゃない! 貴様など女であった事を後悔させるほどに――」
「口上が長い。隙が大きい。構えができていない。よって――」
アンジェは、一瞬にして男の脇を駆け抜け、すれ違いざまに何十もの剣戟をその身に叩き込んでいた。
先ほどまで、アンジェを捕らえようとしていたリングはその瞬間に弾けて消え去り――そして。
「貴様はやはり、只の四下以下の雑魚だ」
髪を掻き揚げ、アンジェがそう宣言するのと同時に、敵は体中から血しぶきを上げ、大地に倒れ哀れな骸と化した――




