魔女だっ!
「僕と契約して魔法少女に――げふっ!」
私は白くて丸っこくて愛らしい瞳をした、変態ぬいぐるみを踏みつぶした。そしてグリグリとその頭の部分に黒い足跡を残す。
「さあ、逃げなさい! この変態は私が殺るから」
そう言って、キョトンとしている、幼稚園ぐらいの男の子に声をかける。しかし逃げろと言っても、そのままきょとんとした目で私を見上げて居るので、とりあえず頭を撫ぜ、私は変態ぬいぐるみを拾い上げた。今すぐ抹殺してしまいたいが、ここでそれをやったら、この少年の心の傷になりかねない。
「何するでメタか!暴力系ヒロインはいまどき流行らないメタよ!」
「流行らなくて結構。そして私はヒロインじゃない」
「何を言っているメタか。君は魔法少女――」
「魔女だっ!」
バチーンと音を立てて、変態ぬいぐるみは私の剛速球の力で滑り台に激突した。少し可哀想な気もしなくもないが、あの害虫に、あの言葉を言われたくはない。
「ふわふわ、キャハハな生き物を汚すな。魔法少女は10代、できれば前半の女の子と相場が決まってるんだ!」
「酷いメタ……。でもちょっと、クセになりそうメ――」
「キモイからやめろ!」
私は再びしゃべろうとする変態ぬいぐるみを鷲掴みするとずんずんと歩いて公園を後にする。
「痛い、痛いメタッ! 握力強いメタッ! もっとソフトに優しくつかむメタッ!」
「痛いのが嫌なら黙れメダボッ!!」
「えっ。止めるメタか? で、でも、ミドリんだったら――ぎゃああぁぁぁ。死ぬ、マジ死ぬ……メタ」
あえて、メタ言うな。そんなキャラ付けいらんわ。というか、メタボって名前ってなんだ。私が女王様プレイしているみたいじゃないか。本当に死ね。
私の名前は、青木みどり。恥ずかしながら、この街で正義の味方をやる羽目になっている。
そしてこの白くて丸い、多分うさぎだっただろうと思われるブサイクなぬいぐるみはメタボ。いわゆる、正義の味方のお助けキャラ的立ち位置の、よく分からない生き物だ。私はこのよくわからない生き物と不幸にも契約をしてしまったことにより、齢28歳にして、悪の組織と戦う正義の味方をする羽目になっている。
マジ勘弁。
「ミドリん、ミドリん。どうしてメタボの契約の邪魔をするメタか? 仲間多い方がいいと思うメタよ?」
頭を鷲掴みされながら、メタボはそう私に聞いた。逆に聞きたい。どうして私が阻止しようとしているのか分からないのかを。
「もしかして、ヒロインの座が危うくなるのが怖いメタか? 大丈夫メタよ。僕のヒロインは永遠にミドリん――」
「黙れ、地球外生命め。そもそもお前が選ぶ基準がおかしいのよ。メタボは一体誰を探してるんだっけ? ああ? 言ってみなさい」
「誰って、魔法少女になれる子メタよ」
「だったら、最低限少女を勧誘して。いい、少女よ。私みたいなおばちゃんでもなく、さっきみたいな幼児でもなく。というか、さっきの子は男の子。遺伝子レベルで染色体が違うの」
そう。
このメタボの勧誘対象がとにかくおかしい。私が思うに、魔法少女の適正年齢って10代の女の子だと思うのだ。さらに可愛い子だとなおよし。
それなのに、いつもいつも、ヘンテコな相手を選んで勧誘する。私のような20代後半から30代の女性に始まり、先ほどの幼稚園児のような年端もいかない子供。そして男。こう、どうしてそこをチョイスすると言いたくなるような相手ばかりだ。
「なんでメタか? あの子は絶対魔法少女の衣装も似合うと思うメタよ?」
「可哀想だからやめて。というか、あの子の将来に関わるから。変な性癖を覚えたらどうするの」
三つ子の魂百までも。
確かに似合うかもしれないが、それは現在だけであり、将来声変わりして喉仏がでてごっつくなってからもそうだとは言えない。それなのに女装に目覚めさせてしまったら、親御さんに死んでも詫びれない。
「いいメタよ。そういうのも一種の萌メタ。メタボ的予想では、あの子は絶対将来も女装が似合う子に育つメタ。そして新しい萌エナジーは、【モエナイダー】の戦力を削ぐメタよ」
「あああ、止めて。脳みそが残念系中二病で犯される」
「犯す……微妙にいい響きメタ――がふっ」
「だから変態な事を言うな!!」
私はあまりに気持ち悪くて、メタボを地面に叩きつけた。ぽよんぽよんと飛び跳ねて、メタボが地面を転がる。嫌になるぐらい、本当にメタボだ。
「とにかく、私はあくまでノーマル魔法少女と契約することをお前に望む。そして、いい感じの魔法少女を見つけたら私を解放しなさい!」
自分でも、子供に戦いを任せるのはマズイとは思う。
でも、私だって一般人なのだ。もしも戦うなら、一般人ではなく、そういう日本を防衛する職業につきたかった人がなるべきである。
例えば……自衛隊とか、警察官とかだろうか。でもきっと、メタボの感性だと何故かフリフリ姿で戦うマッチョとかが何故か出来上がりそうなので、あまりそれも強くは押せない。
マジカル手榴弾とかマジカルミサイルとか言われても、全然マジカルじゃないし。むしろエグイ。というか私も基本肉弾戦というか、マジカルメタボアタックが必殺技な当たり、残念感が強すぎるけど。
「無理メタ。メタボ的ヒロインはミドリんだけメタ」
「萌エナジーで戦うなら、ちゃんと萌になる対象者にしろっていってるの。年がいっても魔法少女は女子高生まででしょ」
それ以上は色々キツイ。
そして私は既にアウトコースだ。なので、勝手に自分で服を改造し、上からコートを羽織ってあのフリルたっぷりの嫌がらせ衣装を誤魔化している。これが真夏になったらどうしよう……。でもミニスカはもう無理だ。二の腕なんて見せられない。
「ちっちっち。ひねりがないメタ。萌は流動的であるもので、常に常識に捉えられてはいけないメタよ。だから今後は普通の魔法少女だけでなく、それ以外の魔法少女を探すべきメタ。そして【モエナイダー】を萌萌の萌え豚にしてやるメタ」
うーん、私、こいつに協力していいのかだんだん不安になってきたぞ。むしろ、【モエナイダー】の方が一般的な考え方を持っているんじゃないだろうか。
なんだか、一般人をオタクに引き落とそうとしているだけのような気がしてならない。しかもそれに巻き込まれた正義の味方にも、悪影響しか与えていない。成長過程の少女をコイツの餌食にしていいものだろうか……。
「やっぱり、なんだかアンタを倒せば総てが解決するような気がしてきたわ」
「なんでメタか?!」
ぎょっとしたような声を出すが、普通に考えて、危険思考はメタボの方だ。というか新しい萌って何。萌萌の萌え豚になったら世界平和って、全然平和な気がしない。
「見つけたぞ!メタボッ!!」
ア、アイタタタタ。
電柱の上から見下ろして、なんか叫んでいる残念男を見て私は額を抑えた。メタボはただの変態だけど、こっちは残念中二病っぽい。中学校の間に卒業できなかったんだね……。
まあ訳の分からん、こんな仕事をしている時点で、アイタタタなのは決定だけど。
「でたメタね【モエナイダー】の四天王の1人、ツンデレの銀河」
うわぁ。銀河キター……。銀河はキラキラネームにあたるのか微妙な感じだけど、私ならちょっと恥ずかしくなるような名前だ。というか二つ名がツンデレってどうなんだろう。もう少し何かなかったのか。
「というか、メタボ。【モエナイダー】の内部事情に詳しすぎない?」
「そんなことないメタ。でもミドリんが頑張れるように、一生懸命調べたメタよ。僕の事が信じられないメタか?」
「うん」
というか無理だから。
コイツを信じた結果が今だとすると、私はこれ以上この変態ぬいぐるみを信じてはいけない気がする。
「酷いメタ。でも、言葉攻めは、ちょっと快か――ぐふっ」
「だから気持ち悪い」
どうして一言多いんだ。私は全力で丸々したメタボを足でつぶす。微妙な弾力感は、名前のとおり脂肪なのかなんなのか。
「仲間とつぶすとは。聞きしに勝る、極悪魔法少――」
「魔女だっ!!」
極悪は許す。でもその後の言葉は言わせるものか。
私はそんな恥ずかしい恰好で、パンチらしながら飛び回ったりしていない。そろそろ結婚を考えなきゃいけない年なのに、私の価値を貶めるなっ!!
私はメタボを拾い上げると、剛速球で銀河に投げつけた。そして見事なコントロールさばきで、メタボを銀河の顔面に直撃させる。そしてそのままボトリとメタボは地面に落ちた。
「えっと。マジカル、メタボアターック的な」
「いってぇー!!どこがマジカルなんだよ。ただの力技だろ」
「何を言うの。そんな変な物体、マジカル以外のなんだと言うのよ」
この気持ち悪い生き物がノーマルな生命だと思いたくない。
「酷いメタ。メタボは妖精メタ」
「酷いのは現実っ!!妖精は、可愛くてナンボでしょ?!」
こんなのじゃない。妖精と呼ばれる生き物はこんな穢れた目をしていていいはずがないんだ。
「世の中には、キモ可愛いという言葉があるメタよ? 知らないメタか? ミドリんは無知メタね」
「お前はキモ可愛いんじゃなくて、キモいんだよ」
「お前ら勝手に喧嘩してるんじゃねーよ。良いのか? 行っちまうぞ? 幼稚園児攫っちまうぞ? ゲームとか漫画にはまれない大人にしちまうぞ?」
「というか、むしろ、そっちの方がいいから勝手に行って。コイツは私が倒す」
「な、何言ってるんだ。倒すのは俺だ!」
意味分かんないから。
行っていいと言っているのに、どうしてここに残る。というか、去れ。そして私の前に二度と現れるな。電波を落とすな。
「行けって言ってるでしょうが。私は、こいつらに萌え萌えの萌え豚にされたアンタは見たくないの」
というか、止めて。中二病ってだけでも頭痛いんだから。
「まさか、お前。俺の為に?」
「は?」
意味が分からない。地球外生命体の言葉は時折、日本語であって日本語じゃない言葉になる。
「お、お前の為じゃないんだからな! 俺の為に、この丸くて良く分からない妖精さんを倒す!」
「だからさっさと、行け馬鹿!!電波を垂れ流すな。そもそもツンデレの黄金比は9:1。デレるの早いというか、今じゃないんだけどっ!!」
「おおっ、お主も分かるようになってきたメタね。ミドリんのお仕置きは最高メタ――」
「てめぇも黙れ。汚物がっ!!」
私は自慢げにとんでもない事を喋ってくるメタボを掴みとると、フェンスにねじりこんだ。
「ああ♥快感メタ……」
「マジ死ね」
だから何でこんな反応するの。気持ち悪さでぞわぞわして、私はメタボ地面に叩き落とした。ぽよんとはずんで転がっていく。
「きょ、今日の所はここまでにしてやる」
いや、アンタ。何もしてないからね。
私はそう思いながらも、顔を赤くして走り去っていった銀河を見つめる。とりあえず、二度と会うことがないのを切に願おう。早く中二病を卒業しろよ。
「流石メタ。これでまた1人、ミドリんの虜を作ったメタね!」
「全然、意味わかんないんだけど」
こうしてとりあえず、マジカル、キモイメタボの言葉攻めアターックで撃退したのだけど、まったくもって釈然としない。というか、虜って何?もうこれ以上、私を変態の森に連れていかないで。
その後、メタボを投げつけるたびに、ツンデレ四天王から羨ましそうな視線をもらうようになったのは、彼もメタボを投げつけたいと思っているからだけだと信じたい。
皆様。
例えどんな妖精に契約を持ち掛けられたとしても、魔法少女になってはいけません。というか、関わってはいけません。目を合わせちゃいけません。中二病を発動しちゃいけません。
そうでないと――。
「くっ。止めて。本当に、どこかに行って。これ以上婚期が遠ざかるとまずいの!!」
「婚期?お、お前がどうしてもというなら――」
「魔法少女は結婚なんてしちゃだめメ――」
「だから、私は魔女だっ!!」
婚期を逃したあげく、キモイぬいぐるみを、キモイツンデレに投げつける生活が待っているのだから。