八話 選択と驚きは常にセットでやってくる
すいません、遅くなりました。
ちょっとシリアスな感じになっている、はずです……。
歪む視界の中、茂みにいた勇者に気が付き、サクラは思った。
……まったく勇者様は
遠くにいると思って大声を出したのに、近くにいるとは。すこし損した気分だ。
そして、あ、と気が付く。
……勇者様に悪態をつくなんて。
死を目前にして気が緩んでいるのだろうか。
しかし、それも今日は勘弁して欲しいと思う。
眼前の魔導砲は光を帯び、今まさに爆発せんとしている。これに巻き込まれれば自分も生きているかわからないのだ。
不意に過去の光景が脳裏をよぎった。
自分の初期の記憶。母と話した三歳の記憶だ。
その時母親は自分に言った。
「尽くす人になりなさい」と。
国に民に、魔術に尽くしてきた母の口からでた一言は重みがあり、今でも心に残っている。
同時に、ペンダントを自分に掛けてくれた。たった三歳の子供にあげるにはもったいないほどの代物で、母曰く「お守り」だそうだ。
それから程なくして母は死んだ。
死因は分からない。しかし、それもよくある事だった。医療もそこまで整ってはいなかったからだ。
あの時は一晩中、起きぬ母の隣で泣き続けた。大切な家族が消え、自分だけがこのだだっ広い世界に取り残されてしまったような気がして、ただ泣き続けた。
……あの時、ですよね。
優しく包みこんでくれる母はもういない。あの声も二度と聞けない。だから、母が言い残した言葉を実行しようと心に決め、必死に勉強して、巫女になろうと努力した。
毎日、朝早く起き、母の部屋にあった本を読み漁っては勉強し、礼儀作法や魔術の訓練などは大人たちに頼み込んで教えてもらった。
今思い返しても、中々かんばったと思う。
そのかいあってか晴れて巫女に任命してもらい、現在に至るわけだ。
望んだ道であったとはいえ、なんとも味気ない子供時代だったと思う。
……お母様……
自分は母に追いつけただろうか。
勇者に尽くすカタチで死ぬ自分を見て、母は、
……褒めてはくれないでしょうね……
なんせ自分の子供が自ら死を選んだのだから、優しい母は、称えてはくれるだろうが、褒めてはくれない。
しかし、そのあとはまた優しく迎え入れてくれるだろう。
任務を果たした訳ではないが、責務は果たした。
だからもう、やり残したことはない。
おじいちゃんもなんとかなるだろう。
もしかしたら勇者がなんとかしてくれるかもしてない。
少し楽観的すぎるのではないかと思ったが、楽観思考は大事だと教わったので、別に構わないだろう。
……このお守り、
元々このペンダントが事の引き金だったのだ。「お守り」だったはずのペンダントが、まさか自分を死に追い詰めようとは。
皮肉だと内心苦笑を浮かべていたら、体に大きな熱が来た。
「――ッ!?」
もう魔導砲の自爆限界が近いのだろう。持つ手が異様に熱い。
魔獣を見れば、回避を諦めて防御に入っている。
おそらく理解したのだろう。この爆発が半径五キロを吹き飛ばすほどの威力を持つことに。
背を向けて逃走すれば背中から巻き込まれ、一旦距離を取って防御するにも、防御魔法を展開する時間が足りない。
だから、あえて至近距離で防御魔法を張って、耐えようという判断だ。
つくづく頭のいい魔獣である。
「……」
ふう、と息を吐き、思考を空にする。死に際の一言は、自分のせいで巻き込まれた勇者に向けようと言葉を紡いだ。
「……ご迷惑をおかけしました。勇者様」
短い間だったが、楽しませてもらった。
己の仕えるべき勇者様。
彼も、爆発に巻き込まれるだろうが勇者セットがあれば、どうということはない。
この爆発より遥かに高いレベルの防御設定が成されているからだ。
きっと彼は大丈夫。
ありがとう。すいません。
「……」
二つの言葉が浮かんだその時、遠方より、声が聞こえた。
「おぉおおおおおおおおおおおーーッ!!」
雄叫びと同時に、突っ込んでくる影があったのだ。
「え、えぇ!? 勇者様!?」
サクラは困惑する。明らかに意味のない行動。
このまま自分を置いて逃げればいいのに。
「おおおッ!!」
勇者はサクラのすぐ近くまでくると、思いっきり魔導砲を蹴り飛ばした。
主人の手元から離れた魔導砲は、光こそ弱めたが爆発までは止まらない。
轟音。
勇者はサクラを覆うようにして、守る。
爆発が止み、二人の視界は煙に包まれた。
●
視界が煙に覆われる中、俺の胸の中でサクラが声を上げた。
「どうして……、どうして来ちゃったんですか!? 逃げられたかもしれないのに……!!」
俺は勇者バリアに守られながら、サクラの声を聴く。
たしかにそうだ。自分でもこの選択はバカだと思っている。
「この爆発だってアノ魔物には大したダメージは与えられません。このままここにいれば、貴方も殺されてしまうんですよ!?」
彼女にしては珍しく、強い口調で言い迫ってくる。
今更にして気が付く。俺は彼女の決意を無駄にしてしまったのだ。
しかし、俺も覚悟を持ってここに来た。
「……そうだな。だけどさちょっと聞いてくれよ」
言葉は素直に出た。
「元の世界に帰れないって知って怖くなった。毎日バカやってた友達も大事な家族も、もう会えない。そう思うとショックとか以前に怖かったんだ。俺を知ってる人が、俺を認めてくれる人がいなくなっちまったからかな……」
サクラは俺の胸に顔を沈め、しっかりと話を聞いてくれている。
「そんな矢先に魔獣が現れて、最初は逃げようかと思った。だけど、それでいいのか? って思ったんだ。サクラを見捨てて生き抜いて、一体その先の人生に何の価値がある。だから助けた。何ができるか分からねぇけど、自分のできる事をしてみたかったんだ。俺の為に命かけてくれたサクラみたいに、さ」
少し苦笑を含めていうと、サクラは顔を上げた。
目はじっと俺を見つめている。その目にはうっすらとだが、涙があった。
「勇者様は、ばかです……」
「自覚してるよ」
もういっそ、自分の世界の帰れないなら、この世界で強く生きてやろう。
何をすればいいか分からないけど、サクラを、たった一人の女の子を守ることから始めよう。
「もう大丈夫です」
「ああ」
サクラが俺の胸から離れる。ちょっと名残惜しいと思ったのは内緒だ。
「ありがとうございます。勇者様」
「気にすんな。こっちこそ助けられてるんだ。」
そろそろ煙が晴れる。
サクラと一瞬目があい、しかし、すぐにそらされた。
たぶん泣いていたからだろう。泣き顔は見られたくないものだ。
サクラは恥ずかしそうに目をぬぐい、そして、咳払いを一つ。
「――で、勇者様。この後の策はあるのですか?」
「……」
くると思ってた質問だ。
そんなの決まっている。
「ない!」
「言い切った!?
思わずといった様子でサクラが叫んだ。
普段ボケなのにツッコミまで兼ね備えているとは、なかなかやるな。
「っていうか自分の無策を堂々と言わないでください!」
「いや、無我夢中で……」
なんとも情けない……。
と、自分のふがいなさに内心で泣いていると、
「グォオオオオオオオオッ!!!」
ヤツの雄叫びが聞こえた。
「どどどど、どうします勇者様!?」
「お、落ち着けサクラ! こういう時は深呼吸だ!」
「深呼吸してる間に死にます!」
上を見れば、暗闇の中でヤツとバッチリ目が合った。
「こんなかっこ悪い死に方嫌だ!」
「ああ、お母様。勇者様の無策のせいで私が死にます事をお許しください……」
「ぐさっとくるからやめて! そんな事言わないで!」
「だったらちゃんと考えてから突っ込んできてください!」
魔物は二人を見ると、その大きな足を上げて踏み潰しにかかる。
「いぃいいいいいやぁあああああああああ!!!」
二人で絶叫し、足の裏が目の前に迫ったとき、異変が起きた。
足はその進路を変え、二人の真横へと落ちたのだ。
そして降り注ぐ粘り気を持った液体。
二人は状況が呑み込めず、体にかかった液体に触れる。
「これって、血?」
認識した瞬間、鉄臭いにおいが鼻をつく。
横を見ると足首から先の部分だけが、あった。
「グギャァアアアアアアアアアアアアアッ!?」
魔物も足の先がなくなった事に気が付き、奇声を上げる。
「どうやら、間に合ったようじゃな……」
声のした方へ顔を向けると、体格のいい壮年の男が立っていた。
白髪を後ろへ立たせ、皺が濃く刻まれている。
彼が切ったのだろうか。手には鞘に収まっている剣を握っている。
「グォオオオオオオオオッ!!!」
魔物はすぐさま反撃に移る。
口に魔力を集中させ、火を吐くモーションを取る。
「おそいのぉ……」
しかし男は慌てず、それだけつぶやくと、手に握る安っぽい剣に手を掛け、振る。
が、その一振りが俺には見えなかった。否、分からなかった。
気が付けばすでに振り終えており、鞘に戻る瞬間だったのだ。
そして動きが生じた。
口に魔力を溜めていた魔物は目の光を失い、魔法陣も崩壊し、上半身だけが後ろに倒れていく。
遅れて下半身。そして出血。
辺り一面、血の雨が降った。
●
おいおい、めっちゃ強いじゃんあの人……。
サクラが作ってくれた水の膜に守られながら、俺は驚愕していた。
あんなに強い魔物を一瞬で、しかも軽々と倒してしまったのだ。驚くなというほうが無理がある。
「お二人さん、無事じゃな?」
歩みよって来たあの人は、気さくに話しかけてきた。
「あ、ああ、はい。ありがとうございます……」
「ふぉふぉふぉ、なんのなんの気にしなさんな。勇者なんじゃからもうちょっと堂々としてればいいんじゃよ」
なんで俺が勇者だって知ってんだこの人!
それが読まれたのか、男の人は「ああ」と言って
「自己紹介がまだじゃったな。わしは――」
「おじいちゃん!?」
男の人の言葉の途中でサクラが声を上げた。
え、おじいちゃん?
「おいおいサクラ。どう見てもおじいちゃんには見えねえだろ。口調はそうっぽいけど、まだそんな歳には……」
「そうじゃよサクラ。よくわかったな」
……マジで?
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