六話 サクラの思い、勇者の覚悟。
炎がサクラの左を通り抜けた。
即座に跳躍しその場を離れたサクラは、魔導砲を構え、撃つ。
光の奔流が宙を駆け、炎を吐き終えた牛頭の口へと吸いこまれていく。
対し魔獣は、僅かに身を左へ逸らす事で回避。
砲撃は当たらず、上る流れ星となって空へと消える。
が、それは囮。
「ふっ」
息は牛頭の背後から聞こえた。
短い吐息と共に、サクラは続けて砲撃を放つ。
現在牛頭は左へと体重を掛けている。故にそこへ穿てば、相手に回避の手段はない。
わざわざ、全力機動で敵の背後へと回ったのだ、これで決めたい。
「――ッ!!」
攻撃に気付いたのか、牛頭は行動を開始する。
瞬間的にその巨大な左膝を抜き、大質量がさらに左へと大きく傾いた。
同時に砲撃は右腕を掠め、致命傷を与えるまでにはいかない。
「くっ……」
サクラはすぐさまその場を離れようと膝へ力を溜め、跳躍の準備にかかった。
が、視界に捉えた敵の行動により中断。
代わりに地面に片膝を付き、魔導砲をたてる形で座る。それは衝撃に対する備えだ。
「……!」
敵は二つの動きを持った。
一つはその倒れそうな本体を支える動き。抜いていた左膝を強引に、力任せに伸ばしたのだ。
それにより、倒れそうだった体はわずかに立て直された。
二つ目は残りの手足の動き。右足は地面より僅かに浮かせ回転し、左右の腕は大きく左へと振られる。
結果、バレリーナが回るような動きで、牛頭は体勢を立て直した。
そして副次的に生み出された風がサクラを襲う。
「うっ」
人間の数十倍もある相手の動きは、サクラにとって悪いモノしか生み出さない。
今回の風にしてもそうだ。
……まずい!
風で動けない。相手はこちらに向かいあうようにしている。
急いで逃げなければならない。
なんとか風を耐え切り、回避に移ろうとした瞬間。
「ぐぉ」
続く咆哮が、サクラの鼓膜を震わす。が、今回は先ほどまでとは違い、音に方向性を持たせた怯ませるために用いる咆哮だ。
「……ッ!?」
風からの立ち直りを図ろうとしていた所に不意打ち。
サクラは本能的に動きを止めてしまう。
それが命取りになった。
空を遮るような巨大な手がサクラへ迫る。
それは押しつぶそうとする動きだった。
「くっ」
サクラは一瞬の判断を下した。
跳躍による回避は不可能。故に砲身を地面へと向け、砲撃を穿つ。
「―――」
爆発的な推進力でサクラは巨大な魔の手から間一髪で逃れた。
しかし、得た損害は大きい。
「ぐぅぁ……」
苦鳴を上げ、片膝をつくサクラ。
牛頭はついた片手を持ち上げ、追撃の為に一歩。足を踏み出そうとしていた。
またも押しつぶそうとする動き。
しかし、サクラに動く余裕はなかった。
ああ、とサクラは思う。
駄目だ。
今自分は動く力がない。回復魔術も魔導砲へ魔力を割いているため使えない。
それに、仮に動けたとしても、どうするというのだろうか。
短期決戦を見据えて全力で向かった。しかし結果は相手の右腕にかすり傷を与える程度だ。
しかもこちらは満身創痍。
……勝てない。
完璧に相手を間違った。
今では逃げることも出来ない。
……せめて
せめて勇者だけでも逃がさなければ。彼は姫を探しだすために不可欠な存在。
しかも自分たちの都合で故郷に帰れもしないのだ。
ここで死なせるには理不尽過ぎる。
たとえそれがなくても、もともとこの魔獣に襲われる原因を作ったのは自分だ。
……だったら!
やらなくてはいけない。
「……!」
最後の力を振り絞り、転ぶように横へ跳んだ。
「はぁ……はぁ……。勇者様ッ!! 私が何とか隙を作ります、その間にお逃げください!」
その声は、暗い森に木霊した。
●
悠はサクラのいる方へと移動していた。
せめて何かできることはないかと、戦闘中に森を駆けていたのだ。
しかし、甘かった。
両者の戦いを見て、何も出来ないと思ってしまった。
今も彼はサクラを遠くの視界におさめたまま動けないでいる。
夜目が利いてきたのか、思いのほか視界がクリアだ。
サクラの声は、確かに悠の耳に聞こえていた。
「逃げろ」
そう聞こえた。
責任感の強い彼女は、自分を犠牲にして国からの使命と勇者としての八代悠を守ろうとしている。
客観的に見れば合理的で最善の選択なのだろう。
しかし、
……いやだ。
理性が拒否する。
それは長年染み込まされてきた道徳心からくるものだろうか。
……でも、どうする。
戦闘ということに関してど素人な自分では、おそらく助けにいっても足手まとい。
ただ彼女の思いを無駄にするだけだ。
……でも
それでも助けたいと、そう思う。
仮に、彼女を助けずこのまま逃げ出したら?
おそらく、死ぬまで後悔するだろう。
しかし、助けに入れば自分は無駄死にし、彼女の守ろうとした思いと国を裏切る事になる
「……」
迷う。
合理性か、それとも己の道徳心か。
「ごぉおおおおおおッ!」
迷う間に魔獣の咆哮とサクラの行動が見えた。
サクラは魔導砲を魔獣に向けている。
しかし、発射する様子はない。代わりに砲身が強く輝きを放っている。
彼女の周囲は陽炎を纏うかのように、ぼんやりとしたものが覆っていた。
「あれって……」
素人目でも解った。
魔導砲、サクラ、両者共に相当の負荷がかかっている。
その証拠に魔導砲は軋みを上げ、サクラの表情は苦痛に歪んでいた。
自爆だ。
それがわかったのか、魔獣も防御の構えに入っていた。
この距離では回避は間に合わないと思ったのだろう。
「……」
悠は行動を起こした。
これが最善だと信じて。
誤字脱字、感想等ありましたらメッセージをお願いします!
ではでは『他人の想いはどうするべきか』ということで一つ。