サイコロの『五』
夜の街シリーズです。
立呑屋が流行ってる。
店によっては、女子大生のきれいどころを集めたような感もあり、こんなに不況になる前であれば、まるでスナックバーみたいなノリで、かつ値段も安いし、繁盛してた。
僕も、2、3の好みの娘もいて、その店に通ってた。
毎晩、いろんな客が来てた。
七割はサラリーマンだったように思う。
アルバイトの娘ともしゃべるし、シーズンであれば壁のテレビで野球中継もあって、隣の客とも話す。
中継も終わり、隣の客と、ストライクゾーンについて話した。
そして、「好みの女のストライクゾーン」
に話が移った。
彼は、サイコロの『五』を例にした。
彼にとっちゃ、真ん中の赤い丸‥‥麻雀のウーピンかも知れない‥‥愁いを帯びた、細身の女。どこか頼りなげで、どこか悲し気で、そんなんが、ストライクだそうだ。
そして右上の丸に「上品で賢い女」、左下が、品がなく、どこか汚れてて、頭もよくないのだが、それなりの魅力はあって、一度だけセックスしたい女。かえって、このゾーンに興奮すること、ありませんか、と聞かれた。
僕は曖昧に笑った。
左の上の丸は、青い目で金髪、もしくはエキゾチックな容姿の女。道理で、彼はこの店のアキナが目当てで通ってるんだ。
それから右下が、彼に言わせれば「雑」
。その時の気分とか、その時に好きな女優さんに似た女などが来る、という。
ずいぶんと勝手な言い草だなあと思いはしたが、笑いながら聞き流していた。
こちらの年齢によって、ゾーンの広さも変わってきますよねと、彼はなおも続けていた。
その時、ちょっとした事件があった。
ケイコが突然(のように思われた)泣き出し、店の外に出た。
加害者(?)と思われる客を見ると、労務者風であり、何かしら変な感じだった。さっき、どこかで人殺しでもやってきたようなイメージ‥‥
とにかく僕はケイコを追い、店外で、「何があった?だいじょうぶかい?」と問うた。
「いや‥‥、いいんです」
少し、涙も収まってきた。
「あの人に、何か言われたのか?」
「‥‥そんなん、‥‥違うんです」
「じゃあ、何だったん?」
「いいんです」
「あの人、君の親戚か何かかい?」
「違います」
彼女が連れ戻されるような場面を想像したのだ。
そこに、店のマネージャーも来た。
彼は無言で、煙草を吸うばかり。
彼女に聞いた。
「戻れるかい?」
「ええ、ありがとう。わたし、負けません」
ケイコは、美人でも、特に僕のタイプというわけでもなかったが、無理に言えば、僕の好きな女優さんの系列の容貌だった。
翌週、店を訪れたがケイコの姿はなく、その翌週も同様であった。
ケイコの友達とおぼしき麗奈に聞いてみた。
麗奈は茶髪で、美術専門スクールに通ってる。あの事件の夜にもいた。
ケイコはあれから、ここを辞めて他所の店でバイトとのこと。
麗奈と、いろいろ話した。
麗奈の好きなタイプは、決して僕のような《情熱家》ではないそうだ。
そうか、そんな印象だったのか‥‥
翌週、ケイコの勤めてる居酒屋に僕は顔を出した。
いらっしゃい、とともにケイコは僕ということが判ったのであろう、笑顔になり、「そうか、麗奈に聞いたのね?」
そして、その居酒屋に何回か通ううち、やがて、港の見下ろせるラブホに泊まることになった。
「なんで、僕とこうなったん」
「サイコロに『五』あるでしょ?あの時のあの客が左下。あなたが右の上に、いたの」
『ノラ猫』の逆バージョンですかねぇ。女の人は、どこまでも謎です。