『十人十色・百人百様』3校
以前から熟考していた作品を、ついにというか、書き始めました。
重い腰を上げてまでこのようなあまり面白くない作品を連載することに何の意味があるのかは自分でも未だ判りません。
承認欲求でもあり、書きたい文を書きたいように書くこと。
それを具体化すると、このような『駄文』にたどり着きました。
世の中で求められる作品は『面白い暇つぶし』や『ためになる話』で溢れかえっています。
そんな時代に、このような作品が必要だとは自信を持てない。
けれど結局、逃げても、行き詰まっても、後退しても、書くことに対する気持ちはかき消すことが出来なかった。
ずっと生みの苦しみと共生できている、『なろう友達』にボクも惹かれ続けている。
これは年齢性別関係なく、書き続けることの難しさを、その一部をボクも理解りかけているからで、呼吸の様に書き続けている友も、きっと様々な葛藤や困難を乗り越えて、自身の才覚のみに頼らずに、何よりもコツコツと継続しているからこそ現在に至るのだと知る。
だから、不規則でも書き続ける単発エピソードの集合体のような『駄文』を届けます。
どうぞご一読ください。
『十人十色・百人百様』
ご無沙汰しております、大藤です。
今宵、皆様は如何お過ごしでしょうか?
ボクは本作の書き溜めを少しずつですが再開いたしました。
鼻っ風邪と戦いながら(苦笑)
最近あまりゆっくりと本を読むことが出来ていません。
ですが、気になる作品があります。
予算と時間の関係で未だ読むことが出来ていないのですが……。
沢山ありますが3冊に絞り込みました。
以下にタイトルを上げます。
※『ゆるストイック』佐藤航陽著
※『地上』島田清次郎著
※『世界の果てのカフェ』ジョン・ストレルキー著
気になる方は、是非検索してみて下さい。
さて、ボクは常々、『人それぞれ』に『理想像』や『完成度』があって当たり前と考えています。
そうでなければこれだけの人口にまで増加する意味が少ない。
人口が増加すれば様々な『価値観』、『スタイル』、それぞれの『完成した自分』があって然るべきだ。
ボクの様に自己否定感の強い者も、様々な方も在って良い。
昔、心友に言われました。
『存在自体に可否はない』
当時、闘病生活に疲れて著しく自己否定感に苛まされていたボクは、まるでアイスピックで心臓を形成されるかのような鋭い刻印を受けました。
心友のその言葉によって大袈裟ではなくて命を救われました。
もしもその心友の言葉がなければ、今日のボクはなかったでしょう。
そのくらいココロ強く、ボクをある種の呪縛から解放する言葉でした。
心友の言葉を後押しするように
昔から『十人十色』『百人百様』という熟語があります。
そして『世界に一つだけの花』という作品に代表されるように『すべての人がオンリーワン』であるという考え方は『存在の起点』だと言えます。
その上で、個人の『夢』や『目標』に応じて、自分自身の『スタイル』を確立することこそが肝要です。
勿論、共感できる『考え方』『スタイル』『価値観』はあった方が良いと思います。
論点とするところは、『個人』による『考え方』『スタイル』『価値観』の『気づき』です。
最終的には『個人』による『道』の『選択』によって『世界』は『成る』とも言えます。
現在世界人口がどのくらい在るのか、不勉強のボクには判りません(検索すれば直ぐに解が表示されますが、あえて自分の想像を大切にしたいです。戸籍のない子供たちなど含めると正確な世界人口は誰にも判らないからです)。
その誰一人、『存在』自体を否定されてはいけないのだと考えます。
話がグローバルになりますが、2026年4月30日現在、一部で紛争が解決しておりません。
我々個人に出来ることは少ないかもしれませんが、少なくともネットでの『誹謗中傷』などは、今この瞬間より改善できると考えます(論旨とやや矛盾しているのですが)。
『考え方』を『否定』するのは立派な『意見』です。
しかし、『言論の自由』を盾にアスリートや有名著名な方を『誹謗中傷』するのは『意見』とは『似て非なるもの』です。
残念ながら『誹謗中傷』に耐え切れずに『生命』を断つ人も未だに在る。
ココロの風邪をひく人も在る。
ボクも一定の覚悟のうえで発言しますが、そのような方々は先ず『言葉』を呟く前に、一晩良く寝かせてください。
全ての人のココロが強く出来ているわけではないという前提の上で、言葉選びに留意の上で発信してください。
それが我々に出来る第一歩です。
話の展開がやや下手くそですが、初稿がなかなか頓珍漢でしたのでこの改訂版をお届けします。
また、近いうちに作品でお会いしましょう^^
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
また1話完結エピソードをつづり続けます。
この作品にはあえて最終回をもうけません。
駄文のネタが尽きることはそうそうないからです。
更新はごくゆっくりと、内容はさほど濃くなく、一分の共感をいただければ、きっと連載し続けます。
ではまた作品で。




