第3章:廃都の浄化と聖騎士の帰還
廃都の戦いを終えた翌日、一行は街の外にある静かな平原にいた。エルザの加入により、『起点』には「本物の剣技」という欠かせないピースが加わったからだ。
「レオン、セレス、ヴァレリア。貴方たちの魔力と速度は素晴らしいわ。けれど、剣の扱いはまだ『力押し』が目立つ。私が一族から受け継いだ技術を、貴方たちに共有させてほしい」
エルザの指導は、騎士団のそれよりも遥かに実戦的だった。重心の置き方、刃を当てる角度、そして無駄のない体捌き。二十五年の研鑽に裏打ちされた技が、レオンたちの荒削りな戦闘スタイルに、洗練という名の牙を授けていく。
「レオン、力みすぎよ。剣は腕で振るのではなく、地面からの反動を伝える導管だと思いなさい。セレス、杖を振る際も同じ。魔法を放つまでのコンマ数秒、その足捌きが命を救うわ。ヴァレリア、貴方の動きは鋭いが、直線的すぎる。もっと円の動きを取り入れて」
三人は、超一流の騎士による論理的な指導を貪欲に吸収した。教えるたびに、レオンの「剣」は鋭さを増し、セレスとヴァレリアの近接戦闘能力も飛躍的に向上していく。
そして、今度はレオンが教える番だった。
「エルザ、次は俺の番だ。あんたの剣技をさらに上の領域へ連れていく技術――**『身体強化』と『光属性マジックアーマー』**を伝授する」
レオンはエルザの肩に手を置き、彼女の強靭な肉体の中に眠る魔力を、爆発的な速度で循環させた。
「いいか、筋肉を動かすんじゃない。魔力回路そのものを直接爆発させるんだ。……行け、アクセル!」
エルザの姿が、銀色の閃光となって平原を駆け抜けた。その速度は、彼女がこれまで知っていた「疾走」とは異次元のものだった。
「……信じられない。景色が止まって見えるわ!」
さらに、レオンは彼女の全身を覆うように、光の粒子を編み上げていく。
「これがマジックアーマーだ。あんたの騎士としての誇りと、仲間を守る意志で、この光を鋼より硬く固定しろ。この鎧があれば、どんな理不尽な攻撃も恐れる必要はない」
エルザの白銀の甲冑の上に、さらに神々しい純白の光の鎧が重なる。
「……熱い。けれど、これほどまでに心強い力はないわね」
エルザは光の鎧を纏い、加速を利かせた一撃を空へと放った。その剣筋からは眩い光の残滓が溢れ、周囲の空気を震わせる。エルザという「技」に、レオンの「理外の力」が融合した瞬間だった。
彼女に伝授する過程で、レオンの魔力溜まりもまた、驚異的な密度で圧縮されていく。他人の優れた技術を学び、自らの力を分け与える。その循環が、レオンをかつての「森の少年」から、遥か高みへと押し上げていた。
「よし、これで全員が『加速』し、『鎧』を纏えるようになった。……どんな敵が来ても、もう遅れは取らない」
光り輝く四人の戦士。
技術と魔力が完璧な調和を見せた彼らの前には、圧倒的な威風が漂っていた。
修行の合間、レオンは新たな力の必要性を感じていた。倒した魔物の素材や、ヴァレリアが調達する大量の物資。それらを抱えて戦うには限界があった。彼は敗北の記憶を辿る。かつて、荷物の重さで一歩遅れ、魔物に背を裂かれたあの痛みを。
「……空間を、俺の魔力で塗り替える」
レオンは虚空に手を伸ばし、一点に魔力を集中させた。これまでのように放つのではなく、世界の一部を切り取り、己の内に繋ぎ止めるイメージ。歪む空間。やがて彼の目の前に、底知れぬ闇を湛えた小さな「穴」が口を開けた。**『アイテムボックス』**の覚醒。それは重さも大きさも無視し、あらゆる物品を収納する異空間の門だった。
「セレス、ヴァレリア、エルザ。これを持っておけ。戦場で荷物に命を預けるのはもう終わりだ」
レオンは三人の手のひらに自分の魔力を分け与え、空間を固定する術式を直接刻み込んだ。
「魔力で扉を編め。自分の意志が届く範囲すべてが、あんたたちの倉庫になる」
三人が新たな力を手に入れたのを見届け、レオンはエルザに向き直った。
「エルザ、もう一度廃都へ行くぞ。リベンジだ。あんたの剣が通じなかったあの場所に、今のあんたの『光』を刻み込みに行くんだ」
エルザの琥珀色の瞳に、静かな闘志が宿る。
「……ええ。望むところよ」
再び足を踏み入れた廃都は、以前にも増して死の気配に満ちていた。だが、今の『起点』はかつての彼らではない。
「来るぞ、三千を越えるアンデッドの群れだ!」
地平を埋め尽くすスケルトン、亡霊、腐乱死体の軍勢。レオンの号令と共に、四人の『身体強化』が炸裂した。
エルザの光を纏った剣が、一振りで数十の骨の騎士を粉砕する。セレスの『ホーリーバレット』が空を埋め尽くし、ヴァレリアが死角から浄化の刃を叩き込む。レオンは中心で『マジックアーマー』を爆発させ、近づく不浄な存在をことごとく浄化した。
倒した魔物の体から、鈍く輝く「魔石」が次々とこぼれ落ちる。
「拾う手間はいらない! アイテムボックスへ直接放り込め!」
レオンの声に応じ、四人は戦いながら、視線だけで魔石を回収していく。魔石が宙を舞い、それぞれの虚空の穴へと吸い込まれていく光景は、まさに圧倒的な蹂躙だった。
三千体以上のアンデッドを屠り終える頃、廃都には静寂が戻っていた。かつて絶望の象徴だった場所で、エルザは自分の手を見つめる。
「……届いたわ。私の剣が、死者の理を超えて」
「ああ。これだけの魔石があれば、次の装備も整えられるな」
大量の魔石を収めた四人の魔力溜まりは、激戦と収穫の経験を経て、より強固な輝きを放っていた。人を助け、過去の自分を超え、共に歩む。そのすべての経験が、レオンを真の英雄へと作り変えていた。
廃都を埋め尽くしていた三千体以上のアンデッドを殲滅し、静寂が戻った墓所の中で、ヴァレリアは歓喜の声を上げた。
「レオン、これは素晴らしいわ! 商人にとって、輸送コストと盗難のリスクをゼロにするこの『アイテムボックス』は、伝説の秘宝に等しい価値があるわよ!」
彼女は吸い込まれるように虚空へと消えていく魔石の山を眺め、琥珀色の瞳を輝かせた。これほどの物量を瞬時に、かつ鮮度を保ったまま持ち運べる。その経済的優位性を瞬時に理解した彼女は、レオンへの忠誠心をさらに深めていた。
街へと戻った一行は、その足で冒険者ギルドへと向かった。レオンは三千個もの魔石をそのまま出すのではなく、まず自らの『ピュリフィケーション(浄化)』の力を全員に振るわせた。
「不浄な気が残ったままだと買い叩かれる。俺たちの光で、魔石そのものを清浄な結晶に変えるんだ」
四人の手によって浄化された魔石は、澱んだ闇の色から、透き通った最高級の魔力結晶へと変貌を遂げた。それらをギルドのカウンターに解き放つ。虚空から溢れ出す輝く石の濁流に、ギルド職員たちは絶句し、酒場の喧騒は一瞬で静まり返った。
「これ……すべて浄化済み、しかもこの量……。一体、廃都で何があったというのですか……?」
震える受付嬢を前に、ヴァレリアが商人の顔で前に出た。
「一般種の魔石はすべて換金してちょうだい。ただし、デスナイト、デュラハン、そしてリッチの魔石は別よ。あれは市場には流さないわ」
ヴァレリアはレオンの意図を完璧に汲み取っていた。上位種の魔石は、それ自体が強大な魔力を宿す一級の触媒だ。いつか自分たちの装備を強化する際や、強力な魔法具を製作する際の素材として、アイテムボックスの奥に大切に保管しておくべきだと判断したのだ。
換金手続きが進む間、ギルド内には驚愕と羨望の入り混じった溜息が漏れていた。三千体もの魔物を一人も欠けずに、しかも短時間で処理し、その戦利品を完璧な状態で持ち帰る。もはや『起点』の実力に疑いを持つ者は一人もいなかった。
「ふふ、これだけの資金があれば、私たちの活動もさらに自由になるわね」
ヴァレリアが提示された驚愕の換金額に満足げな微笑みを浮かべる。
レオンは、膨大な富や名声よりも、自身の内側で静かに、しかし確実に巨大化している魔力溜まりの熱を感じていた。大量の魔石を扱い、浄化し、そして仲間と富を共有する。この一連の「経験」が、彼の身体をさらに一段階、上の領域へと押し上げていた。
「次は、この魔石に相応しい装備が必要だな。……セレス、エルザ、ヴァレリア。もっと先へ行くぞ」
光の四戦士は、手にした富と実力を糧に、次なる未知の領域へと視線を向けた。
廃都の最深部で繰り広げられた、デスナイトやデュラハンとの死闘。勝利こそ収めたものの、レオンの心には拭いきれない「敗北感」が刻まれていた。
「あいつらの一撃を受け止めた時、腕の骨が軋んだ……」
レオンは宿屋の自室で、己の掌をじっと見つめていた。魔力による『身体強化』で速度は補える。だが、純粋な激突において、人ならざる上位種の圧倒的な「質量」と「膂力」に、自分の肉体は屈しかけていた。どれほど技術を磨こうと、土台となる肉体の出力が負けていれば、真の強者には届かない。
「もっと、あいつらをねじ伏せるほどの力が欲しい。魔力を速度ではなく、肉の強さそのものに変えるんだ」
レオンは深く息を吐き、内なる魔力を筋肉の繊維一本一本にまで浸透させた。ただ纏わせるのではない。魔力という燃料を、細胞そのものに無理やり食わせ、一時的に肉体の構造を組み替える。
「――強化!」
その瞬間、レオンの全身を激痛が襲った。膨れ上がる魔力に筋肉が悲鳴を上げ、膨張する。しかし、彼はその痛みを『ヒール』で相殺しながら、さらに魔力を注ぎ込んだ。やがて、彼の肉体は鋼のような硬度と、巨岩を粉砕するほどの密度を宿した。**『筋肉強化』**の覚醒。それは魔法の衣ではない。レオンの肉体そのものが、魔力によって「人を超えた生物」へと変貌した瞬間だった。
翌朝、レオンはセレス、ヴァレリア、エルザを呼び出し、その力を伝授することにした。
「いいか、これは『アクセル』より遥かに体に負担がかかる。だが、これがなきゃ、これから先、山をも砕くような一撃を放つ敵には勝てない」
レオンは三人の体に触れ、魔力を筋肉の深層へと導いていく。
「セレス、魔力を『芯』にしろ。細い腕でも、筋肉の密度を上げれば杖で大剣を受け止められる。ヴァレリア、あんたの身軽さにこの膂力が加われば、一撃の重さは数倍になる。そしてエルザ……あんたの剣技にこの『マッスル』が乗れば、文字通り、斬れないものはなくなる」
「くっ……! 体が、内側から爆発しそうだわ……!」
「ふふ、これ……すごいわね。指先ひとつで、金貨を握り潰せそうだわ」
セレスは苦悶しながらも光の密度を上げ、ヴァレリアは溢れる力に艶やかな笑みを浮かべる。特に、元から卓越した身体能力を持つエルザがこの力を得た時の威圧感は凄まじかった。彼女が軽く振るった木剣が、風圧だけで周囲の木々を揺らす。
「レオン、これこそ私が求めていた『騎士の究極』かもしれないわ。……ありがとう、また貴方に教えられたわね」
エルザは己の鋼のような肉体を確かめ、誇らしげに微笑んだ。
三人に教えることで、レオンの魔力溜まりはさらに灼熱の密度を増していた。仲間の限界を引き上げ、自らもまたその反動を経験として吸い込む。教えるという行為そのものが、レオンをより完全な「個」へと昇華させていく。
「よし、これで守りも速さも、そして『力』も手に入れた。……さあ、次は俺たちの新しい装備を整えに行くぞ。この力に耐えうる、最高の『相棒』をな」
四人の歩みは、もはや重戦車のような重厚さと、疾風のような軽やかさを同時に纏っていた。彼らの進む先に、もはや「力負け」という言葉は存在しなかった。
街の喧騒から遠く離れた森の深部。そこには、並の冒険者では足を踏み入れることすら叶わない、強靭な外殻と圧倒的な質量を持つ巨獣たちが潜んでいる。
レオンは立ち止まり、背後の三人に告げた。
「今日は『バレット』を禁止する。遠距離からの浄化や破壊に頼るな。使うのは『アクセル』と『マッスル』だけだ。自分の肉体と剣、その二つだけで目の前の敵をねじ伏せる感覚を刻み込め」
エルザが己の愛剣の柄を握り、ヴァレリアはしなやかな肢体に魔力を漲らせた。そして、魔導師でありながら今は剣を携えたセレスも、静かに抜刀し、その鋭い刃に魔力を流し込んだ。
「ただし、無茶苦茶に壊すなよ。獲物の皮や牙、肉は俺たちの資金になる。損壊を最小限に抑え、急所を一撃でぶち抜くんだ。……行くぞ」
レオンの言葉が終わるか否か、森の奥から地響きと共に巨大な「アイアンベア」の群れが姿を現した。鋼鉄のような硬度の毛皮に覆われた、森の暴君だ。
「――『マッスル』、起動」
レオンが低く呟くと、彼の体躯が一回り膨れ上がったように錯覚させるほどの威圧感が放たれた。向かってくる巨獣に対し、彼は避けることもせず、正面からその剛腕を左手で受け止めた。
ズシン、と地面が沈む。だが、レオンの腕は一ミリも動かない。
「重いな……だが、今の俺には通じない」
右拳に『マッスル』の全魔力を集中させ、熊の眉間へと真っ直ぐに突き出した。鈍い音と共に、アイアンベアの巨体が後方へと吹き飛び、絶命する。外傷はほとんどない。だが、内側の脳殻だけが衝撃波で完璧に粉砕されていた。
「次は私ね。……ふふ、楽しいわ」
ヴァレリアが『アクセル』で加速し、死角から跳んだ。彼女の細い脚には、今や岩をも砕く『マッスル』の力が宿っている。彼女は熊の首筋へ、正確に一撃を叩き込んだ。頸椎が音もなく断たれ、巨大な獲物が静かに崩れ落ちる。
エルザはさらに苛烈だった。彼女はマジックアーマーを最小限に絞り、その分をすべて『マッスル』へと転換した。
「はあっ!」
踏み込みの一歩で地面が爆ぜる。彼女の放つ一閃は、もはや重戦車の突進に等しい破壊力を宿していた。熊の急所を、最小限の切り傷だけで正確に断ち切っていく。
そして、セレスもまた、これまでの「魔導師」の常識を覆す戦いを見せた。彼女は剣を構え、膨大な魔力を腕の筋肉と剣身に凝縮させた。
「魔法を使わなくても……この一撃で」
『アクセル』で一気に間合いを詰め、最短距離で突きを放つ。重厚な毛皮を紙のように切り裂き、剣先は一点の狂いもなく心臓を貫いた。魔法の詠唱を必要としない、純粋な物理的・魔力的な「暴力」に、彼女は自らの成長を確信して微笑んだ。
小一時間ほどで、周囲には傷の少ない上質な獲物の山が築かれた。三千体のアンデッドを屠った時とは違う、自らの肉体で直接「生命」をねじ伏せた実感が、四人の魂をさらに強固なものへと変質させていた。
「よし、全部『アイテムボックス』に放り込め。これならギルドでも最高値で売れる」
レオンは満足げに頷いた。教え、導き、共に強くなる。その過程で、レオンの魔力溜まりはもはや底が見えないほどに深く、熱く燃え上がっていた。
「さあ、街へ戻るぞ。この素材を売って、俺たちの本当の力を受け止める『相棒』を仕立てる準備だ」
獲物を収めた四人は、静まり返った森を、王者のような足取りで後にした。
ギルドの解体場、そこでは熟練の職人たちが巨大なアイアンベアの死体を前に、鋭いナイフと力仕事で格闘していた。分厚い毛皮を剥ぎ、硬い骨の隙間に刃を通すその作業は、どれほど手際が良くても時間と労力がかかるものだった。
その光景をじっと見つめていたレオンの脳裏に、強い欲求が沸き上がる。
(……もっと効率的に、細胞の一つ一つを分かつような鋭さが欲しい。汚れを洗い流す清冽さが、そして大地のように揺るぎない土台があれば、この作業は一瞬で終わるはずだ)
「欲しい」と強く願った瞬間、レオンの内側で眠っていた魔力の澱が、新たな色を帯びて弾けた。光一色だった彼の世界に、潤いを与える**「水」、不可視の刃を編む「風」、そして強固な理を司る「土」**の属性が覚醒したのだ。
「セレス、ヴァレリア、エルザ。ちょっとこい」
レオンは三人を呼び寄せ、解体場の片隅で実験を始めた。
「いいか、光魔法だけが魔法じゃない。この世界の理そのものに干渉するんだ」
レオンが指先を動かすと、空間から集まった水分が薄い円盤状の刃となり、超高速で回転し始めた。
「これは『風』で加速させた『水』の刃だ。これなら――」
彼が軽く指を振ると、アイアンベアの強靭な毛皮が、まるで絹布を裂くように音もなく分かたれた。さらに「土」の魔力で地面を隆起させて作業台を作り、「水」の奔流で血抜きと洗浄を瞬時に終わらせる。
「……信じられない。四大属性を、これほどまでの精度で同時に……!」
セレスが驚愕に目を見開く。元々魔導師である彼女にとって、属性の覚醒は一生をかける課題だ。それを「解体したい」という実利的な動機だけで瞬時に成し遂げたレオンの異常性に、畏怖すら感じていた。
「あんたたちにも伝授する。素材の損壊を防ぎ、かつ最速で終わらせるための技術だ。……手を貸せ」
レオンは三人の体に触れ、それぞれの属性の「波長」を強制的に刻み込んだ。
「セレス、あんたは『風』の感度が良い。真空の刃をイメージしろ。ヴァレリア、あんたは商売道具を洗う『水』を。エルザ、あんたは重厚な剣を支える『土』の力を肉体に馴染ませろ」
「っ……! 光とは全く違う、世界の脈動が流れ込んでくるわ……」
エルザは己の足元から伝わる土の響きに驚き、ヴァレリアは指先に宿る水の冷たさに恍惚とした。
レオンの指導の下、四人は解体場の職人たちが数時間かける作業を、わずか数分で、しかも完璧な品質で終わらせる術を身につけていった。
属性魔法を仲間に伝授する過程で、レオンの魔力溜まりはさらなる混色の輝きを放ち始めた。単一の光ではなく、万象を内包した深淵な輝き。人を助けるための「光」、己を鍛える「力」、そして世界を形作る「属性」。
「よし、これで解体も自分たちでできる。余計な手数料もかからないな」
レオンの合理的な言葉に、ヴァレリアが「最高のビジネスパートナーだわ」と楽しげに笑い、セレスとエルザもそれぞれの属性を手に馴染ませながら頷いた。
新たな属性を手に入れた『起点』の四人。その可能性は、もはや冒険者という枠を大きく飛び出し、世界の理そのものを書き換えようとしていた。
ギルドでの換金と素材の売却を終えた一行は、ヴァレリアの案内で街の裏通りにある商店へと向かった。
「ここは私の古い知り合いの店よ。品質は保証するわ」
ヴァレリアの言葉通り、そこには活気溢れる商人の姿があった。レオンは今後の旅を見据え、アイテムボックスの容量を頼りに物資を買い込み始めた。焼き立ての香ばしいパンを数百個、喉を潤すエールの樽を数百本。さらに、旅の栄養源として欠かせない卵を数千個、塩や香辛料といった調味料も山のように積み上げ、店主が目を丸くする中、レオンはそれらを次々と虚空へと収納していった。
「これだけあれば、当分は食いっぱぐれないな」
準備を整えた四人は、さらなる修行のため再び深い森へと足を踏み入れた。しかし、森の中ほどまで進んだ時、鋭い感覚を持つエルザが足を止めた。
「待って……血の匂いがするわ」
彼女が指し示した茂みの先、大樹の根元に一人の女性が倒れていた。絹のような銀髪は泥に汚れ、白い肌には深い裂傷が刻まれている。意識を失い、死の淵を彷徨っているのは、二十七歳ほどに見える落ち着いた佇まいの美女だった。
「セレス、ヴァレリア、手を貸せ! 『浄化』と『水』の魔法で傷口を清めるんだ!」
レオンの指示で、四人は即座に動いた。覚醒したばかりの水魔法で不浄な傷を洗い流すと、レオンは指先を向けた。
「『ヒールバレット』!」
放たれた温かな琥珀色の光弾が女性に吸い込まれると、見る間に傷口が塞がり、失われていた生気が呼び戻された。数刻後、女性がゆっくりと瞼を持ち上げた。
「……助かったの、私……。あなたたちは……?」
「通りすがりの冒険者だ。死にかけてたんだぞ、あんた」
レオンがぶっきらぼうに告げると、女性は力なく、しかし確かな感謝を込めて微笑んだ。彼女の名はミレイユ。話を聞けば、彼女は「魔道具技師」であるという。
「新しい素材を探して森に入ったのだけれど、不意打ちに遭ってしまって……。命を救っていただいたお礼をさせてほしいわ。私の技術で、何か力になれることがあればいいのだけれど」
レオンはミレイユの申し出にすぐには答えず、周囲の安全を確認した。
「礼を言えるくらい回復したなら十分だ。だが、まだ動くのは無茶だろう。しばらくそこで休んでろ。俺たちはここで少し『仕事』がある。ついでにそれを見て、俺たちの実力を測ってからでも遅くない」
レオンはミレイユを安全な木陰に座らせると、仲間に向かって頷いた。
「行くぞ。アクセルとマッスルを維持しろ。バレットは禁止だ。獲物を傷つけずに仕留めるぞ」
ミレイユが見守る中、四人の修行が始まった。爆発的な速度で森を駆け、鋼のような肉体で巨獣を圧倒するその姿は、魔道具技師である彼女の目にも異常な光景として映っていた。
「……信じられない。あの身体能力……魔法の常識を書き換えるつもりかしら」
木陰で休むミレイユは、圧倒的な蹂躙劇を食い入るように見つめていた。レオンは、自らの内に渦巻く魔力溜まりが、新たな観客を得てさらに激しく、熱く脈打つのを感じていた。
森の静寂の中、狩り終えた巨獣の死体を前にレオンが動いた。木陰で休息をとるミレイユの視線を感じながら、彼は新たに覚醒した属性魔法を存分に振るう。
「『風』よ、理を分かつ刃となれ」
レオンが指先で空をなぞると、不可視の真空波が幾重にも重なり、獲物の死体を包み込んだ。熟練の解体職人でも数時間はかかる作業が、一瞬にして終わる。皮は一枚の布のように剥がれ、角、牙、爪、骨がそれぞれ傷一つなく部位ごとに分けられ、宙に浮いて整列していく。純白の肉と瑞々しい内臓、そして中心から取り出された濁りのない魔石が、完璧に仕分けられた。
「次は食事の準備だ。……『土』よ、形を成せ」
レオンが地面に手を触れると、地響きと共に土と石が隆起した。瞬く間に無骨ながらも頑丈な竈、広々としたテーブル、四人分の椅子が形成される。さらにレオンは魔力を緻密に操作し、土を焼き固めるようにして滑らかな皿とカトラリー、そして熱を均一に伝える厚い石板を作り上げ、それを竈の上へと据え付けた。
「セレス、火を頼む」
「ええ、任せて」
セレスが剣を傍らに置き、指先から最小限の火力を放つ。竈に火が灯り、石板がじりじりと熱を帯び始めた。レオンは最高級の調味料を取り出すと、厚く切り分けたばかりの肉を石板に乗せた。脂が爆ぜる芳醇な香りが森に広がる。
「仕上げだ。……『水』、凍てつけ」
レオンの手のひらに集まった水分が、一瞬で透き通るような氷のジョッキへと姿を変えた。アイテムボックスから取り出したエールの樽から、勢いよく中身を注ぎ込む。
「ミレイユも食え。動けるようになるには栄養が必要だ」
氷のジョッキを差し出し、完璧に焼き上がった肉を皿に盛る。ミレイユは、解体から調理、そして豪華な食卓の設営までを魔法だけで完遂したレオンの所業に、言葉を失って立ち尽くしていた。
「……解体から調理まで、これほど精密な魔法の行使は見たことがないわ。あなたたち、本当に何者なの……?」
「ただの腹を空かせた冒険者だよ」
レオンは不敵に笑い、自らもエールを煽った。肉の旨みと冷えた酒が、酷使した筋肉と魔力溜まりに染み渡っていく。セレス、ヴァレリア、エルザもそれぞれの席に着き、贅沢な森の晩餐が始まった。
香ばしく焼き上がった肉の芳醇な香りと、キンキンに冷えたエールの喉越し。森の真ん中とは思えない贅沢な食卓で、レオンが何気なく見せた「完璧すぎる家庭力」は、戦場での強さ以上に四人の女性たちの心を激しく揺さぶっていた。
「はい、セレス。あんたはいつも頭を使ってるんだ、しっかり食え」
レオンが厚切り肉を皿に取り分けてやると、セレスは頬を林檎のように赤く染め、俯いた。
(……魔法の深淵を操り、剣を取れば無双。その上、こんなに美味しい料理まで……。レオン様、私をどこまで狂わせるおつもりですか?)
知的な魔導師の面影はどこへやら、彼女は震える手でフォークを握り、愛おしそうに肉を口に運んだ。
「ヴァレリア、卵も焼いてやったぞ。商売の話は飯を食ってからだ」
「あら、嬉しいわ……」
いつもは不敵な笑みを浮かべるヴァレリアも、今は熱っぽい視線をレオンに送っている。
(重い荷物を一瞬で消し去り、商売の種まで鮮やかに解体してみせる。こんなに『価値』のある男、一生手放したくないわ……。独占契約、結べないかしら)
彼女は氷のジョッキを握りしめ、エールの冷たさでも収まらない胸の火照りに吐息を漏らした。
「エルザ、あんたの分は一番デカいのを焼いておいた。マッスルを使いこなすには肉だ」
「あ、ああ。感謝する、レオン」
凛々しい女騎士エルザも、レオンと目が合うだけで心臓の鼓動が早まるのを感じていた。
(騎士道に殉ずると思っていた私が、殿方の焼いた肉一つでこんなに浮き足立つなんて。……でも、この温かな背中についていけるなら、私はもう何もいらないわ)
彼女は騎士としての誇り以上に、一人の女性としての喜びに満たされていた。
そして、助けられたばかりのミレイユもまた、氷のジョッキを片手にレオンを食い入るように見つめていた。
(死の淵から救い出してくれた英雄が、まさか万能の属性魔法をこんな『愛』のために使うなんて。私の技術、この人のために全部捧げてもいいかもしれない……)
魔道具技師としての探究心を上回る、抗いようのない恋心が彼女の内に芽生えていた。
四人の視線が自分に集中していることなど露知らず、レオンは豪快に肉を頬張り、満足げに笑った。
「なんだ、みんな食わないのか? 冷めちまうぞ」
無自覚に女性たちの心を蹂躙し続けるレオン。その周囲には、ただのパーティーメンバーや命の恩人という枠を超えた、甘く熱い「乙女の熱気」が渦巻いていた。レオンの魔力溜まりは、四人の恋情に呼応するように、さらに深く、静かな熱を湛えて輝きを増していく。
贅沢な晩餐を終え、森に夜の帳が降り始める頃、レオンたちは焚き火を囲んでミレイユに向き合った。エールで少し血色の良くなった彼女は、火を見つめながら静かに自らの事情を語り始めた。
「私は王都で魔道具技師をしていたわ。でも、組織の利権争いや、兵器開発にばかり執着する上層部のやり方に嫌気がさして……。自分の技術が、誰かを傷つけるためではなく、真にその人の可能性を広げるために使われる道を探したかったの」
ミレイユは少し寂しげに微笑み、膝の上で手を握り締めた。
「それで、伝説の素材である『銀月鋼』の鉱脈がこの森にあるという古い文献を頼りに、一人で旅に出たの。でも、考えが甘かったわね。上位種の魔物に襲われ、自慢の防護魔道具も壊されて……。レオンたちが来なければ、私はあそこで朽ち果てていたわ」
彼女の話を聞いていた四人の表情が和らぐ。単なる技術者ではなく、彼女もまた自分たちの信じる道を求めて足掻いていた一人だったのだ。
「『銀月鋼』か。あんたが探してたのは、それを使って『最高の魔道具』を作るためなんだな?」
レオンが問いかけると、ミレイユは熱のこもった瞳を彼に向けた。
「ええ。でも、さっきの戦いを見て確信したわ。素材よりも何よりも、私の技術を注ぎ込むべき対象が、目の前にいたんだって。レオン、あなたの、そしてあなたたちの『規格外の力』は、今の装備では到底耐えきれない。……アクセルやマッスルを使うたび、武具が悲鳴を上げているのが私には見えたわ」
ミレイユは身を乗り出し、切実な声で続けた。
「お願い。私をあなたたちの専属技師として置いてくれないかしら。お礼なんて言葉じゃ足りない。私は、あなたたちが世界の理を塗り替えるその瞬間に、私の作った武具を共に行かせてほしいの。それが、私が王都を捨ててまで追い求めた『夢』の完成形だと思うから」
彼女の告白は、単なる感謝を越えた、一人の職人としての魂の誓いだった。その真っ直ぐな想いに、セレスは共感を覚え、ヴァレリアは商機と絆の調和を感じ、エルザは戦友としての期待を抱いた。
レオンは焚き火に薪をくべ、爆ぜる火花を見つめてから、不敵に笑った。
「事情は分かった。あんたの夢、俺たちが預かってやるよ。……ただし、俺たちの成長スピードは半端じゃないぞ。あんたの技術、置いていかれないように磨いておけよ、ミレイユ」
「……ええ! 望むところよ!」
ミレイユの瞳に、恋心とプロとしての誇りが混ざり合った強い輝きが宿る。
最強の武力を持つ四人に、それを「神話」へと昇華させる最高の頭脳が加わった。一行の絆は、深い森の闇を払うほどに熱く、強固に結ばれた。




