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白銀の救世主(メシア)は、絶望の地を喰らい尽くす。 ~魔力適性ゼロの少年、死線で覚醒し、五人の女神と最強の略奪建国を開始する~  作者: 慈架太子


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第1章:泥濘からの覚醒

薄暗い森の奥深く、少年の荒い息遣いだけが湿った土に吸い込まれていく。彼の名はレオン。手に握るのは、村の物置に転がっていた、錆の浮いた一振りの鉄剣だ。


この森には魔物が棲む。レオンが最初に出会ったのは、血に飢えた双角の野うさぎだった。魔法の適性が皆無な彼には、指先から火を放つことも、傷を癒やす光を呼ぶこともできない。ただ、泥にまみれて鈍い剣を振るうことしかできなかった。


最初の戦いは、無惨なものだった。魔物の突進を避けきれず、レオンの脇腹は鋭い角に切り裂かれ、彼は無様に地面を転がった。恐怖で指先が震え、命からがら森の入り口まで這い出したとき、彼は自分の圧倒的な弱さを骨の髄まで思い知らされた。しかし、その瞳から光は消えなかった。


「次は、もっと速く。次は、もっと正確に」


レオンは負けるたびに、その痛みを脳裏に焼き付けた。傷が癒えるのを待たず、彼は再び木々の暗がりに足を踏み入れる。倒されるたびに、敵の跳躍の癖、攻撃の予備動作、そして自分の足運びの甘さを学んでいった。敗北は彼にとって、魔法という奇跡よりも確実な「経験」という名の糧となった。


数日が過ぎる頃、レオンの剣筋から迷いが消えた。野うさぎの突進を紙一重で見切り、その首筋に鉄剣を叩きつける。魔物が光の粒子となって霧散した瞬間、レオンの体の中に熱い奔流が駆け抜けた。蓄積された経験値が彼の筋肉を、神経を、そして魂を一段階上へと押し上げた。


戦えば戦うほど、彼は強くなった。一匹倒せば一歩、十匹倒せば十歩。魔法を使えない少年は、ただ愚直に剣を振るい続けることで、死線の淵を歩む者だけが持つ鋭敏な感覚を手に入れた。


次第に、森の深部へと足を踏み入れる。そこには、かつての彼なら一睨みで心臓が止まるような「黒牙の狼」が待ち構えていた。巨大な顎が空を切り、レオンの肩を食い破る。激痛に意識が遠のきかけるが、彼はあえてその痛みを利用し、踏みとどまった。


「まだだ。まだ、この剣は折れていない」


膝をつくたびに、彼の視界はより鮮明になった。敵の呼気、風の揺らぎ、重心のわずかな移動。魔法という異能に頼らぬ彼は、己の肉体と一本の鉄だけを頼りに、残酷な世界の理に抗おうとしていた。


返り血を浴び、泥を啜りながら、少年は少しずつ、だが確実に「強者」へと変貌していく。魔法の使えない落ちこぼれと呼ばれたレオンは、今や静寂の森の中で、誰よりも鋭く、誰よりも恐ろしい「剥き出しの刃」になろうとしていた。


朝の光が木漏れ日となって差し込む中、レオンは新たな獲物を見据える。その瞳には、もはや弱き少年の面影はなく、ただひたすらに高みを目指す、孤高の戦士の光が宿っていた。




鉄剣一本で泥を啜り続けてきたレオンにとって、それは執念に近い渇望だった。

「魔法が、使いたい」

大樹の根元に背を預け、ズタボロになった体で彼は強く念じた。自分を裂き、追い詰め、死の淵へと突き落としてきた魔物たちが操るあの不可視の力。敗北を重ねるたびに研ぎ澄まされた感覚が、今は外側ではなく、己の内側へと向けられる。


どれほどの時間が過ぎたか。静寂の中で、レオンは自分の鼓動とは異なる「揺らぎ」を捉えた。それは血管を流れる血の熱さでも、筋肉の震えでもない。胃の腑の奥底、魂の境界線に澱んでいた、重く、それでいて熱い。

「……これか」

初めて魔力を感じた瞬間だった。それは今まで眠っていた器官が産声を上げたような、奇妙な全能感。彼はその「熱」を指先へと手繰り寄せる。最初は逃げ水のように掴めなかったが、敗北の痛みを知る彼の精神は、容易には折れない。何度も、何度も、逃げる熱をねじ伏せるように一点へと凝縮させた。


不意に、指先がパチリとはじけた。

視界を焼くような青白い光。レオンが放ったのは、不格好で、しかし力強い一撃――「魔力弾」だった。放たれた光の塊は、目の前の巨岩を粉砕こそしなかったが、表面を激しく抉り取った。魔法の才能がないと断じられてきた少年に、新たな武器が宿った瞬間だった。


だが、放つだけでは足りない。レオンはすぐに理解した。これまでの剣戟と同じだ。力任せに振るうだけでは、真の強者には届かない。

彼は再び目を閉じ、内なる熱を「操作」し始めた。

暴れ馬のような魔力を、細い糸のように紡ぎ、体中へと循環させる。指先に集めては散らし、剣の重みに合わせて足元へ流し込む。魔力操作。それは、身体能力そのものを底上げする魔法の根幹だ。


「……動ける」

立ち上がったレオンの動きは、先ほどまでとは一線を画していた。重く感じていた鉄剣が、まるで体の一部のように軽い。魔力を足裏に集中させれば、地を蹴る速度は数倍に跳ね上がった。


森の奥から、彼を幾度も敗北させた「黒牙の狼」が姿を現す。かつては恐怖の象徴だったその咆哮も、今のレオンにはスローモーションのように感じられた。

狼が跳ぶ。レオンは剣を構えず、左手を突き出した。

「食らえ」

放たれた魔力弾が、狼の眉間を的確に撃ち抜く。怯んだ隙を逃さず、魔力で強化された踏み込みで間合いを詰め、鉄剣を一閃させた。


剣筋には青い光の残滓が纏い、魔物の硬い皮を紙のように切り裂いた。塵となって消えていく魔物の山を背に、レオンは自分の掌を見つめる。

魔法が使えない少年はもういない。剣と魔法、その両輪を手に入れた彼は、さらなる強さを求めて森の最深部へと足を進める。その背中には、かつての弱さは微塵も感じられなかった。





森の深部、湿り気を帯びた空気の中に、粘着質な足音が響く。レオンの前に立ちはだかったのは、大木のような太さを持つ巨躯、鋼の鱗を全身に纏った「大トカゲの魔物」だった。その黄金の瞳が、獲物を見定めて細められる。かつてのレオンなら、その威圧感だけで足がすくみ、逃げ出すことしかできなかっただろう。


だが、今の彼は違う。静かに腰を落とし、愛用の鉄剣に意識を集中させる。


「集え、我が刃に」


レオンが低く呟くと、刃こぼれした鉄剣が青白い燐光を放ち始めた。内側に溜め込んだ魔力を、指先から柄へと、そして剣身の隅々まで流し込む。ただの鉄の棒が、今や魔法の輝きを纏う「魔装刃」へと変貌した。一振りすれば空気が震え、不可視の鋭い断ち筋が森の静寂を切り裂く。


しかし、魔物の反撃は速かった。大トカゲの強靭な尾が、鞭のようにしなってレオンの脇腹を直撃する。凄まじい衝撃と共に、彼は数メートル吹き飛ばされ、太い幹に背中から叩きつけられた。


「ガハッ……!」


肺から空気が絞り出され、視界が火花を散らす。肋骨が軋み、内臓が悲鳴を上げている。激痛に意識が遠のきかけるが、レオンはその苦痛を、魔力を練り上げるための「種火」に変えた。


「まだだ。これで、終わりになんかさせない」


死の淵を何度も歩んできた彼にとって、痛みはもはや、強くなるための合図でしかない。彼は残った魔力を、傷ついた肉体へと一気に流し込んだ。細胞の一つひとつに魔力を浸透させ、強制的に活性化させる「自己治癒」。激痛に歯を食いしばりながら念じると、内出血が引き、裂けた肉が急速に塞がっていく。魔法の奇跡が、彼の命を繋ぎ止めた。


立ち上がったレオンの纏う空気が、一変した。彼は癒えたばかりの体に、さらに膨大な魔力を叩きつける。


「身体強化……いや、全身を魔力で固定する」


指先から足先まで、全身を硬質の魔力膜が包み込む。それは物理的な防具を超えた、絶対的な防御と爆発的な運動能力を両立させる闘衣。地を蹴った瞬間、レオンの姿は消えた。音を置き去りにするほどの加速。大トカゲの鋭い爪を紙一重で回避し、魔力を纏った体で直接その懐へと潜り込む。


大トカゲの牙がレオンの肩をかすめるが、魔力の膜が火花を散らしてそれを弾き飛ばす。レオンは魔力を極限まで圧縮した剣を逆手に持ち替え、魔物の喉元へと突き立てた。


「これで、終わりだ!」


剣から解放された純粋な魔力エネルギーが、大トカゲの体内からその巨躯を焼き尽くす。断末魔の叫びと共に、魔物は光の粒子となって霧散した。


静寂が戻った森の中で、レオンは荒い息を吐きながら、己の拳を握りしめる。剣、魔法、そして不屈の再生力。敗北の数だけ強さを積み上げてきた少年は、もはやかつての「弱き者」ではない。彼は今、本当の意味で戦士としての産声を上げたのだ。




森のさらに奥深く、そこは陽の光すら届かない「静寂の領域」だった。レオンの前に現れたのは、影そのものが形を成したような上位魔物、シャドウ・ストーカーだった。


これまでの魔物とは次元が違う。物理的な攻撃をすり抜け、影から影へと移動する敵に対し、レオンの魔力を纏わせた剣も空を切るばかりだった。逆に、敵の鋭い影の爪はレオンの防御を容易く貫き、彼の体中に深い裂傷を刻んでいく。


「くそ……、捉えられない……!」


魔力操作で傷を塞ごうとするが、影の呪いが混じったその傷口は、これまでのような単純な治癒を拒絶した。失血と呪いによる衰弱で、レオンの膝がガクガクと震える。視界が急速に狭まり、死の冷気が足元から這い上がってきた。


絶望的な闇の中で、レオンは己の心の深淵を覗き込んだ。自分を突き動かしてきたものは何か。それは敗北の屈辱であり、同時に「誰も救えなかった自分」への決別だ。

「もっと、純粋な力を。この闇を、絶望を、すべて焼き払うような――」


その瞬間、レオンの魂の核から、これまで感じたことのないほど暖かく、澄み切ったエネルギーが溢れ出した。それは、単なる魔力の波動ではない。不屈の意志が結晶化した、根源的な「光」だった。


「おおおおおっ!」


レオンの全身から、爆発的な輝きが放たれた。光魔法への覚醒。

暗闇に慣れたシャドウ・ストーカーが、苦悶の叫びを上げてのけぞる。レオンの手のひらには、優しくも力強い黄金の光が宿っていた。


「癒えろ……、『ヒール』!」


自らの傷口にその手を当てると、呪いの闇が瞬時に霧散し、深い傷跡がまたたく間に消えていった。これまでの「魔力による強制的な再生」とは違う。細胞が歓喜し、内側から活力が満ち溢れる本物の治癒魔法。レオンの体力と魔力は、一瞬にして全快した。


「次は、俺の番だ」


レオンは立ち上がり、鉄剣を中空に掲げる。光の魔力を流し込まれた剣は、もはや青白い燐光ではなく、太陽の欠片を宿したかのような眩い聖剣へと変貌していた。


「消えろ、闇の眷属よ!」


一閃。放たれた光の斬撃は、逃げようとした影の魔物を根こそぎ飲み込み、その存在を完全に浄化した。森を包んでいた不吉な霧が晴れ、頭上の枝葉の隙間から、本物の陽光が差し込む。


光魔法の力を手に入れたレオン。彼は自分の掌を見つめ、確信した。この力があれば、自分はもう負けない。自分だけでなく、誰かの傷を癒やし、誰かの進む道を照らすことさえできるのだと。


少年の足取りは、かつてないほど力強く、森の出口へと向かっていった。





森を抜ける道中、レオンはただならぬ魔力の乱れを察知した。草木をかき分けて進んだ先、古びた大樹の根元に、一人の女性が倒れていた。


透き通るような銀髪に、豪奢だがボロボロに引き裂かれた紺紺の魔導衣。年の頃は二十歳前後だろうか。その白い肌には無数の切り傷があり、何より胸元には魔物の毒爪によるものと思われる、どす黒い変色が広がっていた。彼女の呼吸は浅く、今にも消え入りそうなほど微かだ。


「おい、しっかりしろ!」


駆け寄ったレオンは、迷わず彼女の傷口に手をかざした。覚醒したばかりの光魔法を練り上げる。

「『ヒール』!」


黄金の輝きが彼女の体を包み込む。毒に侵された組織を光が浄化し、裂けた肉が急速に塞がっていく。レオンの温かな魔力が流れ込むと、女性の顔にわずかに赤みが戻り、やがてその長い睫毛が震えた。


「……ここは……。私は、確か……」


彼女はゆっくりと目を開けた。そこには、深い知性を湛えた翡翠色の瞳があった。彼女の名はセレス。高名な魔導師の家系に生まれながら、禁忌の森の調査中に上位魔物の襲撃を受け、力尽きかけていたのだという。


「あなたが、私を? この毒を光魔法で……?」


セレスは驚愕の表情でレオンを見つめた。彼女のような専門家から見れば、レオンが放つ光の純度は異常なほどに高かった。魔法の適性がないはずの少年が、死線を越えるたびに積み上げた「経験」の果てに掴み取った、理外の力。


「助けてくれたのね。……ありがとう」


セレスはレオンの手を借りて立ち上がったが、まだ足元がおぼつかない。彼女は少し考え込んだ後、真剣な眼差しでレオンを射抜いた。


「レオンと言ったかしら。あなたの魔法は素晴らしいけれど、力の使い方が少し強引すぎるわ。今のままでは、いつか魔力が枯渇して自滅してしまう。……どう、私と一緒に来ない? 魔法の理論は私が教える。その代わり、私の護衛ガードとしてその剣を貸してほしいの」


レオンにとって、それは願ってもない申し出だった。独学で培った剣と魔法。そこに専門的な知識が加われば、さらなる高みへ行ける。


「ああ、いいぜ。あんたを無事に街まで送り届ける」


「ふふ、『あんた』じゃなくてセレスよ。よろしくね、レオン」


こうして、孤独だった少年の旅に、初めての仲間が加わった。剣と光魔法を操る少年と、若くして深い叡智を持つ魔導師。対照的な二人の足跡が、森の出口へと向かって刻まれていく。





跪き、祈るような瞳で自分を見つめるセレスに対し、レオンは深い溜息をついた。かつて自分を殺しかけた魔物たちよりも、今の彼女が向けてくる純粋すぎる敬意の方が、彼にはよほど居心地が悪かった。


「……セレス、顔を上げろよ。そんなふうに畏まられるのは、正直言って柄じゃないんだ」


レオンは彼女の前にしゃがみ込み、土に置かれた杖を拾い上げて彼女の手に戻した。セレスは困惑したように、しかし恐縮した様子でそれを受け取る。


「ですが、レオン様。貴方の力はもはや人の領域を超えている。私が知る賢者や宮廷魔導師ですら、貴方の足元にも及ばないでしょう。そんな御方を差し置いて、私が対等になど……」


「力があるから偉いのか? もしそうなら、俺がさっき倒したトカゲの方が、村にいた頃の俺より偉いってことになる。そんなの、まっぴらだ」


レオンは少しだけ苦笑いをして、自分の傷だらけの手を見つめた。

「俺は、ただ負けたくなかっただけだ。魔法が使えなくて、泥を這いずり回って、何度も死にかけて……。その度に『もっと力が欲しい』って、それこそ死に物狂いで足掻いてきた。この力は、そんな惨めな思いの積み重ねなんだよ」


レオンは立ち上がり、森の先に広がる街の灯りを見据えた。

「あんたは、俺が死にそうなときに助けを求めた最初の人間だ。そして、俺が初めて自分の力で救いたいと思った人間でもある。俺にとってセレスは、跪く従者じゃなくて、初めて並んで歩ける『仲間』なんだよ」


「……仲間……」


セレスはその言葉を、噛みしめるように繰り返した。彼女の家系では、魔法は血筋であり、階級であり、力こそが序列だった。しかし、目の前の少年は、神にも等しい魔力を持ちながら、それを誇ることも、人を支配する道具にすることもしない。


「だからさ、その『様』付けもやめてくれ。畏まるなよ。仲間だろう?」


レオンが差し出した手を、セレスはしばらく見つめていた。やがて、彼女の目から緊張の糸が解け、翡翠色の瞳に柔らかい光が灯る。彼女はその手を取り、今度はしっかりと、対等な一人の人間としてレオンの目を見つめ返した。


「……ええ。そうね。……分かったわ、レオン」


彼女の唇に、年相応の美しい微笑みが浮かぶ。

「貴方がそう言うなら、私は貴方の『最高の仲間』になるわ。魔法の理論は役に立たないかもしれないけれど、貴方が見ているその高みへ、私も置いていかれないようについて行ってみせるから」


「ああ、期待してるぜ。セレス」


夕闇が二人を包み込む中、レオンは軽やかな足取りで歩き出した。その後ろを、セレスが杖を握りしめ、凛とした表情で追いかける。主従という呪縛を捨て、信頼という絆を結んだ二人の旅は、ここから本当の意味で始まったのだ。





街への道すがら、レオンは自らの内に起きている「変質」の正体について、確信を持った。隣を歩くセレスに、彼はその特異な強さの根源を打ち明けることにした。


「セレス、俺の力の仕組みが分かった。……俺の魔力や強さは、ただ修行すれば増えるようなもんじゃないんだ」


セレスは興味深げに耳を傾ける。彼女が知る魔導理論では、魔力は瞑想や素質によって決まるものだが、レオンから放たれる奔流はその枠を完全に逸脱していたからだ。


「まず、俺は戦って敵を倒すたびに、明確な『経験』が体に蓄積されるのを感じるんだ。敵が強ければ強いほど、倒した瞬間に内側から力が湧き上がってくる。……それから、これが一番の肝だと思うんだが、『負けること』そのものが俺を強くする」


「負けることが……強さに?」


「ああ。打ちのめされ、痛みを知り、敗北を味わうたびに、俺の心と体はその絶望を食らって進化するんだ。一度負けた相手には、次は絶対に負けない。敗北は俺にとって、魔法の詠唱よりも強力な自己強化の儀式なんだよ」


レオンはさらに、掌に小さな光を灯して見せた。


「それに、魔法を使えば使うほど、魔力の根源が太くなっていくのを感じる。限界まで放出し、枯渇の縁を見るたびに、次に湧き出す魔力は前よりも増えている。そして……」


レオンは少し照れくさそうに、セレスを見た。


「誰かを助ける。その意志が光を強くする。あんたを助けたとき、俺の光魔法は一気に覚醒した。人を守りたい、誰かのためにこの力を使いたいと強く願うたびに、魔力の純度が跳ね上がるんだ」


セレスは感嘆の溜息を漏らした。敵を討ち、敗北を糧とし、研鑽を重ね、慈愛を注ぐ。レオンの存在そのものが、勝利と敗北、そして献身という「人生の経験すべて」を力に変える巨大な装置のようだった。


「戦えば戦うほど、傷つけば傷つくほど、そして誰かに手を差し伸べるほど……貴方は無限に高みへ登っていくのね」


「ああ。だから俺は、もっと強い敵と出会わなきゃいけないし、もっと多くの人を助けたい。それが俺の選んだ『強くなる条件』なんだ」


セレスはレオンの言葉を刻み込むように頷いた。理論を超えたその成長の法則は、あまりにも過酷で、同時にあまりにも尊い。


「分かったわ、レオン。……貴方が傷つくたびに強くなるのなら、私はその隣で、貴方が何度でも立ち上がれるように支えるわ。それが、私にできる唯一の研鑽けんさんだから」


二人の前方に、ついに街の巨大な城壁が見えてきた。そこにはさらなる強敵と、助けを待つ多くの人々がいるだろう。レオンはその光景を見据え、内側に渦巻く魔力の高まりを確かに感じていた。





森を抜ける街道の脇、ひっそりと続く旧道から異様な血の匂いが漂ってきた。レオンが草むらをかき分けると、そこには無残に破壊された馬車と、数人の男たちの死体が転がっていた。


「……まだ、生きてるやつがいる」


馬車の影、ひっくり返った荷箱の隙間に、一人の女性が倒れ伏していた。年の頃は二十代半ば。絹のように滑らかな金髪は泥と血に汚れ、高級そうな旅装束は無惨に裂けている。彼女の傍らには、守るように抱え込まれた宝石箱が転がっていた。


「おい、しっかりしろ」


レオンが駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。彼女の脇腹には、山賊か魔物によるものか、深く鋭い刺し傷があった。顔色は土色を通り越して白磁のように青白く、呼吸は今にも途絶えそうなほどに細い。


「助けて……。この荷だけは……守らなきゃ……」


薄氷のような意識の中で、彼女はレオンの腕を弱々しく掴んだ。商人の矜持だろうか、死の間際にあっても彼女は守るべきもののために、消えゆく命を繋ぎ止めようとしていた。


「安心しろ。あんたも、その荷も、俺が助けてやる」


レオンは確信を持って答えた。彼はこれまでの敗北で学んだ「命の重み」を、そして人を助けることで溢れ出す「光」を知っている。彼は掌を彼女の傷口にかざし、心臓の鼓動を魔法の波長に合わせるように念じた。


「『ヒール』!」


爆発的な光の粒子が周囲を埋め尽くした。セレスが傍らで目を見開く。レオンが放つ光は、単なる傷の修復を超えていた。失われた血液が呼び戻され、壊死しかけていた細胞が瑞々しい輝きを取り戻していく。人を助けたいというレオンの強い意志が、魔力の純度をかつてないほどに高めていた。


光が収まると、女性の頬に朱が差し、傷跡は最初からなかったかのように綺麗に消え去っていた。


「……ああ……私、死んだのかしら……」


彼女がゆっくりと目を開ける。翡翠の瞳とはまた違う、知性と妖艶さを感じさせる深い琥珀色の瞳が、レオンの顔を映し出した。


「生きてるよ。あんたを襲った連中も、もういない」


女性は自分の体を確かめるように触り、信じられないという表情でレオンを見つめた。あの致命傷が一瞬で治ったばかりか、体中から活力が漲っている。


「あなたが、私を?……。私はヴァレリア。この街で商いをしている者よ。……あんな傷を跡形もなく治すなんて、あなた、ただの冒険者じゃないわね」


ヴァレリアは起き上がると、プロの商人らしい素早さで身なりを整え、レオンに向かって深く一礼した。


「命の恩人には、商売抜きで報いなければならないわ。レオンさん、この恩は一生忘れない。街に着いたら、私の店に寄ってちょうだい。あなたのような『最高の商品』……いえ、最高の英雄を、路頭に迷わせるわけにはいかないもの」


ヴァレリアを助けたことで、レオンの体内の魔力溜まりがさらに一回り大きく、強固になるのを彼は感じた。人を助けるたびに、彼はより強固な存在へと成っていく。


「いいぜ。街で案内してほしい場所もあるんだ。……行こう、セレス、ヴァレリアさん」


剣士、魔導師、そして妖艶な商人の女性。奇妙な縁で結ばれた三人は、陽光が差し込む街道を、今度こそ迷いなく歩み始めた。





街道を歩む道中、ヴァレリアは何度もレオンの横顔を盗み見ていた。商人の鋭い観察眼は、彼が単なる「癒やし手」でも「剣士」でもなく、成長し続ける異質な存在であることを確信させていた。


「レオン、お願いがあるの。私を、あなたの仲間に加えてくれないかしら?」


街への入り口が見え始めた頃、ヴァレリアが立ち止まり、真剣な眼差しで告げた。


「商売の目利きとして、あなたの隣がこの世界で一番価値のある場所だと確信したわ。私は戦えないけれど、物資の調達や交渉、情報の収集なら誰にも負けない。あなたの歩む道を、経済的な面から支えてみせる。……何より、命を救ってくれたあなたへの恩を、傍で返したいの」


レオンは、セレスとヴァレリアの二人を見渡した。圧倒的な魔法知識を持つセレスと、世慣れた知略を持つヴァレリア。独りで泥を啜っていた頃には想像もできなかった、頼もしい仲間たちだ。


「いいぜ、ヴァレリア。あんたがいてくれれば心強い。……だが、俺の仲間になるなら、一つだけ条件がある。二人とも、自分の身を守るための『最低限の剣』を覚えてもらうぞ」


レオンの提案に、二人は顔を見合わせた。

「えっ、私が剣を……?」と戸惑うセレス。

「あら、護身術程度なら嗜んでいるけれど、あなたのレベルを求められると困っちゃうわね」と苦笑いするヴァレリア。


だが、レオンの表情は真剣だった。

「俺はいつまでも、二人の目の前に立っていられるとは限らない。俺が負けて膝をついたとき、あるいは強敵に引き剥がされたとき、自分の命を数秒でも繋ぎ止める術を持っていてほしいんだ。……俺が、あんたたちを失いたくないからだ」


その言葉に、二人は静かに頷いた。

森の開けた場所で、レオンによる剣術指南が始まった。レオンが教えるのは、騎士が学ぶような華麗な型ではない。彼が死線で学び取った、泥臭く、しかし最も効率的な「生き残るための近接戦闘」だ。


「セレス、重心が浮いている。魔法を放つ瞬間こそ、足元を固めろ。ヴァレリア、ナイフを握りしめすぎるな。力みは速度を殺す。……いいか、敵の目を見るな。敵の肩と重心の動きだけを見ろ」


レオンは二人に対し、自ら手本を見せながら、魔力操作による身体強化の初歩も混ぜて教えていく。

「いいぜ、今の動きだ。負けて地面に転がるたびに、その痛みを忘れるな。それが次の瞬間の速さに変わる」


数時間の訓練の末、二人の動きは見違えるほどに引き締まっていった。セレスは杖を近接の打撃武器として扱う感覚を掴み、ヴァレリアは商人の反射神経を活かした鋭い回避を身につけつつあった。


二人に教えることで、レオン自身もまた「技術を言語化する」という新たな経験を得ていた。教えるたびに、自分の剣筋がより洗練され、魔力の巡りが静かに、しかし力強く加速していくのを感じる。


「よし、今日はここまでだ。……いい仲間を持てて、俺は運がいいな」


レオンの言葉に、セレスとヴァレリアは汗を拭いながら、晴れやかな笑顔を返した。

剣士と魔導師、そして商人。それぞれの専門性を持ちながら、一つの意思で結ばれた小隊パーティが、ついに街の巨大な門をくぐり抜けた。




街の喧騒から少し離れた修練場。レオンは、自身の内に芽生えた新たな力の感覚を確かめていた。剣に魔力を纏わせる「魔装刃」を極めていく中で、彼はある事実に辿り着いた。魔力を外側に纏わせるのではなく、体内の魔力回路そのものに爆発的な負荷をかけ、一気に「加速」させる技術――。


「セレス、ヴァレリア。よく見ていてくれ」


レオンが低く呟き、内なる魔力の奔流を一箇所に凝縮させた。次の瞬間、彼の姿がかき消える。

「――身体強化アクセル!」

凄まじい風圧と共に、レオンは一瞬で百メートル先の木人を斬り伏せていた。目にも留まらぬ速さ。それは単なる筋力強化ではなく、魔力によって神経と筋肉の伝達速度を極限まで引き上げる、文字通りの「加速」だった。


「……信じられない。今の動き、魔法の補助なしで人間が出せる速度じゃないわ」

セレスが驚愕に目を見開く。ヴァレリアもまた、その圧倒的な速度に商売の勘を超えた畏怖を感じていた。


「これは俺が死線で覚えた技術だ。だが、二人にもこれを伝授する。……いいか、魔力を『巡らせる』んじゃない。体内の特定の一点に溜め込み、それを一気に全身へ『爆発』させるんだ。失敗すれば筋肉が千切れるが、俺の『ヒール』がある。恐れずにやってみてくれ」


過酷な訓練が始まった。レオンは二人の背中に手を当て、魔力の爆発させるタイミングと経路を直接、自身の魔力で導いていく。


「セレス、魔力の収束が甘い! 杖に頼るな、自分自身を弾丸にするイメージだ。ヴァレリア、恐怖で魔力を止めるな。爆発の反動を受け流せ!」


何度も、二人は加速の負荷に耐えきれず地面を転がった。全身の血管が浮き上がり、激痛が走る。だが、その度にレオンの温かな光魔法が二人を包み込み、傷ついた細胞を以前よりも強固に再生させていく。


「負けるたびに強くなる……。レオン、あなたの言っていたことが少し分かった気がするわ」

ヴァレリアが汗を拭いながら、不敵に微笑んだ。彼女の動きは徐々に鋭くなり、ついには一瞬だけ、景色の流れる速度が変わる領域へと足を踏み入れた。


セレスもまた、膨大な魔力を内側に封じ込めるコツを掴んでいた。

「これなら……魔法を放つまでの隙を、物理的な速度で埋められる……!」


二人に教えることで、レオンの「アクセル」もまた進化を遂げていた。他人の魔力回路を導く経験が、彼自身の魔力操作をより緻密にし、加速の精度を一段上のステージへと押し上げたのだ。


「よし、今のはいい『アクセル』だった。……これで、俺たちはどんな強敵からも逃げ切れるし、どんな獲物も逃さない」


師として、そして仲間として。レオンの指導の下、二人の女性は単なる後衛職から、超高速戦闘をこなす「加速の戦士」へと変貌を遂げつつあった。三人から放たれる圧倒的な魔力の波動は、修練場を震わせ、次なる戦いへの期待に満ちていた。








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