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新たな刃

 ペトラルクスは有無を言わさず、腕利きの鍛冶屋に白雅を連れてきた。


「えっと……」


 白雅は今、その鍛冶屋の工房にいる。炉の熱気が肌にジリジリとまとわりつき、金属を打つ音の残響が、壁の中にほのかに震えていた。煤の匂いと鉱石の甘いような香りが混じり合って、独特の空気を作っている。


 工房の主であるドワーフ族の鍛冶師は、とことん無口な男だった。先ほどから白雅の両の手のひらをジッと見つめたまま、ひと言も話さない。


「璙、通訳できるか?」

『うむ……しばし待て』


 男の顔色が変わった。どうやら頭の中で竜神と会話をしているようだ。ややあって、竜神が口を開いた。


『今はそなたの手を見て、剣の握り方の癖や適切な柄の太さを把握しているらしい。手の大きさやマメやタコなどの位置でだいたいわかるようだ』

「へぇ……職人だな」


 白雅が褒めると、ドワーフの男の眉が小さく跳ね、耳が赤く染まった。無骨な見た目に似合わず、褒められると途端に子供のような反応をする。どうやら照れているらしい。


『あとは、女性で双剣使いという戦い方から、剣の材質なども選んでいるようだ』

「材質? 鉄や鋼とは違うのか?」


 ドワーフ族の男は黙ったまま頷いた。


『地下でしか採れぬアダマンタイトから精製する金属──アダマンチウム。絶対に欠けぬと言われる特別な代物だ』


 竜神が代わりに説明する。


『そこに相性のいい属性の呪力が宿る結晶を配合することで、持ち主独自の金属として生まれ変わるんだとか』

「ほぇ……」


 それは剣士としてとても贅沢な話ではなかろうか。白雅の目が輝いた。


『この者が言うには、そなたは『風』と相性がよさそうだと。前も確か、そう言われていたな』

「確かに……占い師のハディーヤ殿がそう言ってたな」


 白雅はローラン国で出会ったアシュマール族のハディーヤ婆さんを思い浮かべた。穏やかで、優しくて、どこか飄々としたところのある老婦人だった。元気にしているだろうか。


 やがて双剣の素材が決まったのか、ドワーフ族の男は作業に取りかかった。


 白雅は壁際の作業台に腰をおろし、ふと工房の隅に積まれた鉄屑や、磨きかけの短剣に視線をやった。どれも丁寧に扱われており、男がどれほど道具を大切にしているかが伝わってくる。


 こうして誰かに自分の武器を託すのは初めてだ、と白雅は思った。どこか誇らしく、くすぐったい気分だった。


 精錬のため、炉に放り込まれたアダマンタイト鉱石は白い火花を散らし、風の精霊の力が宿る秘色の結晶は溶けながら淡い風の唸りを立てた。


 男は無言でそれらを鋼床に流し出し、何度も叩いては折り返し、また叩く。打つたびに、小さな風が柱のように立ちのぼった。まるで金属そのものが呼吸しているような、神聖な音律だった。そのたびに、白雅の呼吸が無意識に深くなった。


 どれほどの回数を繰り返したのか、気づけば息を呑むことすら忘れていた。地下だから時間の流れがわかりづらいが、体感時間では丸一日経ったのではないかとすら感じていた。


 最後に、刃を研磨して丁寧に仕上げる。


「……完成だ」


 初めてドワーフ族の男が口を利いた。だが、やはりそれだけだった。


『銘は『風翠(ふうすい/アエラジャイト)』だと』


 竜神の声が落ちた瞬間、白雅の手の内で風が一筋揺れた。


『手に取ってみろ、と言っている』

「……うん」


 言われた通り、柄を両手で握ってみる。その瞬間、刀身の奥でかすかに風が鳴った気がした。耳で聞くというより、骨の奥に直接触れてくるような感覚だ。あの相棒だった双剣とは、まったく違う。けれど──拒まれてはいない。


 白雅はそっと構えを取ってみる。重心がピタリと身体に馴染み、まるで長年使い慣らした武器のように動いた。あまりのしっくり感に、思わず息を呑んだ。


「軽い……それに、綺麗だ」


 刀身は淡い翡翠色の金属光沢を帯び、角度によって蒼緑色の光が走る。とても美しい双剣だった。


『見た目より相当軽く感じるらしい。慣れるまで時間がかかるかもしれないと言っている。だが、耐久性は世界最強。同じ材質でしか傷ひとつつけられぬそうだ』


 身体の芯から震えが走りそうになるほど、素晴らしい出来栄えの双剣に、白雅は思わず不安になった。


「……こんなに凄い剣、本当に私にいいのか?」

『そなたにふさわしい剣だと言っておるぞ。同胞を助けてもらって感謝している、と』


 こんな剣を託されるほど、自分は強いのだろうか──そう思ったとたん、胸の奥からじわりと熱いものが湧きあがった。


「風翠か……ありがとう。大切にする」

「うむ……」


 男はそれだけ言って、ゆっくりと頷いた。そのひと言には、言葉以上の満足と誇りが込められている気がした。


 続いて男は双剣に合う鞘も拵えてくれた。アダマンチウム製の鞘に、秘色の小さな結晶をはめ込んだ風翠専用の鞘である。これまた驚くほど軽かった。


 工房をあとにした白雅は、しばらく地下の通路を歩きながら、手に入れたばかりの双剣の重みを確かめた。歩くたび、布越しに刀身がかすかに揺れ、その度に風の気配が脈打つように伝わってくる。


 今日一日の出来事が胸の中で渦を巻き、しばらく落ち着かなかった。紫闇と交わすべき言葉を思うと、少しだけ足取りが重くなる。



 そして、その日の夜。


『なるほどねぇ……それでアタシはすっぽかされたってわけかい』

「……悪かった、紫闇」


 双剣の制作に夢中になって、紫闇との約束をすっかり忘れていた。約束の夜からすでに丸一日が経っている。


 二人の声は、竜神の意識を媒介して互いに届いている。その代わり、竜神は意識を極限まで抑え込む必要があり、会話には加われなかった。


『まぁ、いいけどね。アンタらしいし。よかったじゃない。凄い剣を作ってもらえて』

「そうなんだよ。早く紫闇にも見せたいくらいだ」


 白雅の声音ひとつで、紫闇には白雅の喜びが伝わったようだ。


『うんうん、今度会ったらぜひ見せてちょうだいね。楽しみにしてるわ』


 紫闇の声には、白雅の喜びにつられて緩んだ気配があった。


「あぁ。それで……」


 ここで白雅は声の調子を落とした。


「紫闇の話も聞きたい。教えてくれ。私と別れてから、なにがあったのかを」

『そうさねぇ……なにから話したもんか……』


 話を要約すると、紫闇はエウロペ帝国の皇太子・レグルスの助けを借りて白雅を逃がしたあと、そのお礼代わりに、レグルスの手伝いをしているらしい。


 レグルスは、エウロペ帝国の悪しき体制を変えたいと心から願っていて、そのために陰ながら日夜努力しているのだという。


「へぇ……いい皇太子じゃんか。真面目なヤツなんだな。やっぱりあれか? 裁判のときに傍聴していた青年貴人だったのか?」

『そうなのよ。弱気なのが玉にキズなんだけどさ、あれでいざとなったら腹は据わるんだよ。見てるとわかる。なにより人の話を聞ける人間だ。将来的にはこの国も変わっていくかもね、良い方向に』


 紫闇の言葉に、白雅は軽く目を見開いて感心した。


「珍しいな。紫闇がそんなに褒めるなんて」

『アタシはもともと褒めて伸ばすタイプの人間だよ。アンタだって知ってるだろう? 白雅』


 十三年間、紫闇に大切に育てられてきた身として、それは白雅とて充分に承知していた。


「まぁな。ただ、珍しく期待してるなーって思ってさ。紫闇は普段、そんなに周りに期待しないじゃないか。まぁ、それだけ皇太子が努力してる証なのかもしれないけど」


 紫闇の声の調子が落ち、しみじみと思いを馳せる。


『……なんかね、ひたむきな彼を見てるとさ、この帝国にも、まだ救いがあるんじゃないかって思えてくるのよ。アタシ自身、そんな気持ちになるとは思ってなかったけどね。この腐って閉塞した帝国に、弱気な坊っちゃんがいつかどでかい風穴開けてくれるなら、ってつい応援してしまいたくなるんだわ』

「紫闇……」


 思わず言葉に詰まる白雅に、紫闇は一転して強めに言った。


『ま、アタシはまだまだ許してないからね。この帝国がアンタを火炙りにしそうになったこと』

「……そうだな」


 紫闇の声音には業火のような怒りが滲んでいる。


(これはかなり根に持ってるな……)


 白雅は苦笑したが、胸の奥はじんわりと温かかった。自分のために怒ってくれる紫闇の想いが、本当に嬉しい。

 気づけば白雅は、そっと胸に手を当てていた。


「紫闇、それでさっきの話なんだけど……」

『そっちの世界樹の島に、人間たちが侵攻するのを止めればいいんだろ? やれるだけやってやろうじゃないの。あ、言っとくけど、アンタはこっちの情勢が変わるまで戻ってくるんじゃないよ』


 紫闇の強い口ぶりに、白雅は胸の奥で小さなざわつきを覚えた。それが不安なのか、置いていかれる寂しさなのか、自分でもわからなかった。


「……情勢が、変わりそうなのか?」

『あぁ。これは極秘情報なんだけど、どうも病に臥せってるって噂の皇帝・マルティヌスが危篤らしいんだよね。だから……』


 紫闇はそこで言葉を濁したが、白雅には真意が伝わった。


──帝国が、大きく揺れるかもしれない


 もしかしたら、皇帝が代替わりするかもしれないのだ。


「……わかった。こちらでもできる限りの準備は整えておく。なにかあったら璙を通じて、すぐに教えてくれ」

『わかったよ。アンタも重々気をつけなね』


 紫闇の声が途切れ、静寂だけが残った。白雅はしばらくその余韻に耳を澄ませていた。



──首都・ヴェラントゥス


 翌朝、紫闇は皇城にあるレグルスの執務室で、白雅から聞いた内容をかいつまんで報告した。


 レグルスは頭痛をこらえるかのように頭に手を当てて息を吐いた。


「そなたたちと行動をともにする『竜神』に、『世界樹』の島とそこに暮らす『エルフ族』と『ドワーフ族』か……まるでおとぎ話の世界のような話だな」


 紫闇は小さく肩を竦めた。


「残念ながら現実さね。極東の海にある、竜神に祝福された島『紫苑シオンの園』の噂くらいは聞いたことあるだろう?」


 レグルスは頷いた。


「あぁ。一年中、季節の花々が咲き乱れる奇跡のように美しい島だと聞いている……まさか実話なのか?」


 紫闇は呆れたようにレグルスを見遣った。


「事実さ。昔はこの帝国にも伝説や伝承を専門にした学者がいたはずだけどねぇ」

「そういった学者たちは、父が残らず追放、または火刑に処した……非現実的で時代遅れの迷信だと」


 レグルスの話に、紫闇は深いため息をついた。


「軍国主義者にありそうなこった。アタシもたいがい現実主義者だけどねぇ……あいにく、これは否定しようのない『現実』なんだよ」


 なんということだ、とレグルスは嘆息した。眉間にしわを寄せ、紫闇の言葉をひとつひとつ吟味するように目を伏せる。

 驚愕だけでなく、政治家として状況を再構築しようとする思考がその瞳に揺れていた。


「確かに、我が帝国はこれまでに何度もかの島への遠征を試みた。だが、これまでは幸か不幸か、すべて失敗に終わっている」

「どうして?」


 理由はなんとなく予想はついたが、紫闇はあえてレグルスに尋ねた。


「潮流のせいだ。対岸には確かに島影が見えているというのに、船を出すといつも潮の流れが変わり、海が荒れ狂って近づけない。だからこそ、昔からあのあたりは『魔の海峡』と呼ばれてきた」


 その話も白雅から聞いている。確かに、侵略する側の人間にとっては『魔』の海峡なのだろう。


「あれは潮の気まぐれなんかじゃないよ。聖域に手を出そうとした人間を、海そのものが追い返してるのさ……まぁ、人間側から見れば『魔の海峡』なんだろうけどねぇ」


 聖域、という言葉は奇妙にレグルスの腑に落ちた。


「ならば……なんとしても侵略をやめさせねばならないな」


 そこまで言って、レグルスの声は弱まった。


「だが、父も元帥殿も決して認めまいよ。どうしたものか……」


 途端に弱気になるレグルスに、紫闇は軽く呆れた。


(……この若造は、帝国の重さを背負い込むには、まだ優しすぎるねぇ……)


 それよりも気になる言葉があった。


「……元帥殿? 誰、それ」


 紫闇は軽く首をかしげたが、その声の底にはかすかな警戒が混じっていた。


「そうか、シアン殿は旅人だから知らぬか。帝国軍元帥・バルセリウス。歴戦の勇者で……まぁ、兵士にも国民にも人気が高い。私など足元にも及ばぬ」

「ふーん……あいにくと知らないねぇ」


 どこまでも興味なさそうな紫闇の声音には気づかず、レグルスは説明を続ける。


「彼は軍務卿も兼ねるため、今でこそ前線には出なくなったが、もし彼が若ければ、彼の有名な伝説の武人・セキアに匹敵するとまで謳われる猛将だ。さすがにそなたもセキア殿の名前くらいは聞いたことがあるだろう?」


 赤鴉セキア──馴染みのありすぎる名前に、紫闇は乾いた笑いを漏らした。聞いたことがあるどころか、一時期は一緒に旅をしていたし、そもそも幼い子供を拾って『白雅』と名づけて鍛えたのも赤鴉だった。


 ほんの一瞬、遠い昔の旅路が胸をよぎる。


「伝説、ねぇ……」


 紫闇はフッと笑ったが、その笑みには懐かしさと皮肉が入り混じっていた。


「……あの男のどこがそんなに偶像化されるのやら……」


 思わずぼやくとうっかり口に出ていたらしい。レグルスが不思議そうに紫闇を見ている。


「なにか言ったか? シアン殿」

「いいえ、なにも〜」


 紫闇は軽く笑って誤魔化した。目だけが、どこか遠くを見ていた。


 レグルスはそれ以上問いただすことなく、小さく息をついた。

2026/01/28

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