裁く側
目が覚めるといつもと変わらない狭い部屋。重い身体を起こす。差し込む陽射しが鬱陶しい。
ーーああ、今日もまた始まるのか。
憂鬱な気分に再び目を閉じようとする。
『エミリオ』
ふいに声が聞こえた。
「え?」
もう一度目を開く。誰もいない。閉じ込められた自分以外に誰もいるはずがない。
『エミリオ』
再び声が聞こえた。
『エミリオ』
聞き間違いでも幻聴でもない。優しくどこまでも伸びやかで透き通った女神のような声。
ーーいや、まさか。
一気に意識が覚醒する。
「セレイア……セレイアなのか?」
名を呼ぶとセレイアの声が返ってきた。
『エミリオ。あなたの使命を果たしなさい』
不思議な声だった。耳の奥、頭の奥から鳴り響くような声。そして何故だかずっと前から知っているような声。
ーー俺の使命。
使命。使命とは何か。
分かっている。答えにすぐ辿り着く。いつも考えている事だ。それこそが自然に使命と繋がる。
立ち上がり窓から外界を眺める。穢れ堕落した世界が広がっていた。人の形をした黒い影達がそこら中を闊歩している。
『エミリオ。行くのです』
そうだ。行かなくては。自分の使命を果たす為に。
覚悟を決めた瞬間、閉じられた部屋の外から怒声が響き渡った。耳をつんざく魔女の不快な大声に身体が震えた。
『エミリオ。剣を取るのです』
選ばれし者にしか聞こえない女神の声。
俺は選ばれたのだ。
ーーやるんだ。俺が。
どんどんと激しく扉が叩かれる。魔女の止まらない奇声が恐怖を煽る。
『エミリオ。今こそ聖なる裁きを与えなさい。この世界を、そして自分を救いなさい』
セレイアの声がすっと全身に溶け込んでいくと、瞬く間に恐怖心が消えた。
俺は選ばれし者、勇者エミリオ。何を恐れる必要があるのか。
置かれた剣を手に取る。少々頼りないが、勇者の資質でカバーできるだろう。
ーー聖なる裁きを。
今こそ魔女と下僕を滅し、この世界を浄化する。
俺は運命を変える為の大いなる一歩を踏み出した。