第8章 美月、祈りの儀式に仕える
今日は、美月が企画した斎宮ツアー第1回の最終日。
満月の夜から明け方へ――
世界が最も静謐となる、そのはざまの刻。
美月は仲間とともに、天岩戸の前に立っていた。
静かに準備の儀式が始まる。
岩戸の両側には、伊月森父娘が厳かに控えていた。
最初に、太陽の象徴である銅鏡を掲げた吉岡教授が岩戸をくぐる。先代の神宝継承者として、その奥で振り返り、新しい八人の継承者を迎え入れる。
一人目は、美月。胸元には、月の光を湛える真珠の神宝。
岩戸をくぐるその瞬間、静かに短歌を詠んだ。
いにしえのいつきのみやの月明り静かなるときこころまたなむ
その声に導かれるように、二人目の堀川が五芒星のペンダントを胸に進む。
榊原、薫子、沙羅、ミカエラ、雄一、それぞれが神宝を手に岩戸をくぐり、吉岡の前に並ぶ。
そして最後に、日向が岩戸をくぐり、吉岡の元へと進み、彼の手から銅鏡を受け取る。
日向が銅鏡を高く掲げたその瞬間――
東の空が朝焼けに染まり、銅鏡が昇る朝日を映し出す。
まばゆい光があふれ、次々と神宝に注がれていった。
榊原の榊、薫子の水晶、沙羅の聖杯、ミカエラの香炉、雄一の七支刀、堀川の五芒星、そして美月の真珠。
すべてがひとつの光に溶け合い、結ばれてゆく。
それは、八人が正式な継承者として認められた証だった。
儀式の場所は斎宮跡へと移された。
それは長い間、単なる遺跡であったが、今日は違う。
かつてそうであったように、「神聖な儀式の場」として、今蘇る。
全員の衣装は沙織の手によるもの。
伝統と現代美を織り合わせた衣装は、まさに神事の舞台にふさわしい姿を形づくっていた。
舞台演出は、沙織の美大時代の仲間たちが協力し、古代と現代をつなぐ祭儀の場を創り上げていた。
それは斎王・明子の願い―「多くの人と祈りを分かち合う」ための場でもあった。
ツアー参加者たちも全員がキャンドルを手に祈りに加わり、古代から未来へとつながる祈りの環が結ばれてゆく。
厳かに舞台の幕が開く。スポットライトの中、日向が、銅鏡を頭上に掲げて入場する。そして神棚に銅鏡を奉納する。
続いて、榊原が登場し榊を、薫子が水晶を奉納する。
雅楽の開始を合図に、幻想的な光の演出の中、沙羅とミカエラが、水と風の舞を踊る。2人の調和した舞に、観客もリラックスしている。
続いて美月と堀川が、月と星の舞を踊る。
かつて奈良時代の斎宮寮で、斎王・明子から託された祈りの所作と舞。
不思議なことに、そのすべてを、指先の細やかな動きまで、身体が記憶していた。
いや身体ではなく、魂が覚えていた。
「明子様……私は、受け継ぎます。あなたたちの祈りを、未来へと」
美月の舞に、応えるように堀川も舞う。
そして、田村雄一が七支刀を手に、力強く剣舞を奉納する。場の空気が引き締まる。
固唾をのんで、ツアー参加者である観客たちが見守る。
目に見えない世界の理が、こちらを見つめているようだった。
そして、八人は「祈りの和歌」を詠う。
榊原は、力強く大地を踏みしめるように詠い、舞台の中心に深く根を下ろすかのようだった。
無条件の愛を届ける薫子の歌は、会場を温かな光で包み込むようだった。
人の心を癒す沙羅の歌に、観客の顔にも微笑みが浮かぶ。
ミカエラの歌は、清らかな香気をまとって広がり、観客の胸に安らぎをもたらす。
美月の声は柔らかく、人々の胸に深く染み渡った。
高らかに詠う堀川の声に、意識が引き上げられるようだった。
雄一の声は、剣舞の鋭さそのままに、人々の内に眠る情熱を呼び覚ましていく。
そして、日向の静かな凛とした声は、未来へと届くように静かに響いた。
八つの神宝と、八つの祈りの言霊。
それらすべてがひとつとなったとき――
風が止まり、空気が澄んでいく。
その瞬間、演者も、舞台スタッフも、観客も誰もが確かに感じていた。
この静謐な場に、何かが降りてきたことを。
世界のどこかで、何かが変わったことを。
そこに居たすべての人が、心から満ち足りていた。
そこにあるのは、今ここにあることへの感謝のみだった。
そして、儀式は静かに終了した。
あの夜、満月の光に包まれ、奈良時代の斎宮寮へと「意識だけが」移ったこと。
斎王・明子の祈りと、未来への願い。
祖母・結子の短歌帖に託された神宝の記憶。
そして仲間たちの歌の力が、時空を超えて呼応したこと。
すべてが、縦糸と横糸のように交わり、一つの美しい織物を創り上げているようだった。
祈りは時を超えて繋がったのだ。