表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第8章 美月、祈りの儀式に仕える

今日は、美月が企画した斎宮ツアー第1回の最終日。

満月の夜から明け方へ――

世界が最も静謐となる、そのはざまの刻。

美月は仲間とともに、天岩戸の前に立っていた。


静かに準備の儀式が始まる。

岩戸の両側には、伊月森父娘が厳かに控えていた。


最初に、太陽の象徴である銅鏡を掲げた吉岡教授が岩戸をくぐる。先代の神宝継承者として、その奥で振り返り、新しい八人の継承者を迎え入れる。


一人目は、美月。胸元には、月の光を湛える真珠の神宝。

岩戸をくぐるその瞬間、静かに短歌を詠んだ。

  

いにしえのいつきのみやの月明り静かなるときこころまたなむ


その声に導かれるように、二人目の堀川が五芒星のペンダントを胸に進む。

榊原、薫子、沙羅、ミカエラ、雄一、それぞれが神宝を手に岩戸をくぐり、吉岡の前に並ぶ。


そして最後に、日向が岩戸をくぐり、吉岡の元へと進み、彼の手から銅鏡を受け取る。

日向が銅鏡を高く掲げたその瞬間――

東の空が朝焼けに染まり、銅鏡が昇る朝日を映し出す。

まばゆい光があふれ、次々と神宝に注がれていった。


榊原の榊、薫子の水晶、沙羅の聖杯、ミカエラの香炉、雄一の七支刀、堀川の五芒星、そして美月の真珠。

すべてがひとつの光に溶け合い、結ばれてゆく。

それは、八人が正式な継承者として認められた証だった。


儀式の場所は斎宮跡へと移された。

それは長い間、単なる遺跡であったが、今日は違う。

かつてそうであったように、「神聖な儀式の場」として、今蘇る。


全員の衣装は沙織の手によるもの。

伝統と現代美を織り合わせた衣装は、まさに神事の舞台にふさわしい姿を形づくっていた。


舞台演出は、沙織の美大時代の仲間たちが協力し、古代と現代をつなぐ祭儀の場を創り上げていた。


それは斎王・明子の願い―「多くの人と祈りを分かち合う」ための場でもあった。


ツアー参加者たちも全員がキャンドルを手に祈りに加わり、古代から未来へとつながる祈りの環が結ばれてゆく。


厳かに舞台の幕が開く。スポットライトの中、日向が、銅鏡を頭上に掲げて入場する。そして神棚に銅鏡を奉納する。


続いて、榊原が登場し榊を、薫子が水晶を奉納する。


雅楽の開始を合図に、幻想的な光の演出の中、沙羅とミカエラが、水と風の舞を踊る。2人の調和した舞に、観客もリラックスしている。


続いて美月と堀川が、月と星の舞を踊る。

かつて奈良時代の斎宮寮で、斎王・明子から託された祈りの所作と舞。

不思議なことに、そのすべてを、指先の細やかな動きまで、身体が記憶していた。

いや身体ではなく、魂が覚えていた。


「明子様……私は、受け継ぎます。あなたたちの祈りを、未来へと」

美月の舞に、応えるように堀川も舞う。


そして、田村雄一が七支刀を手に、力強く剣舞を奉納する。場の空気が引き締まる。

固唾をのんで、ツアー参加者である観客たちが見守る。


目に見えない世界の理が、こちらを見つめているようだった。


そして、八人は「祈りの和歌」を詠う。


榊原は、力強く大地を踏みしめるように詠い、舞台の中心に深く根を下ろすかのようだった。


無条件の愛を届ける薫子の歌は、会場を温かな光で包み込むようだった。


人の心を癒す沙羅の歌に、観客の顔にも微笑みが浮かぶ。


ミカエラの歌は、清らかな香気をまとって広がり、観客の胸に安らぎをもたらす。


美月の声は柔らかく、人々の胸に深く染み渡った。


高らかに詠う堀川の声に、意識が引き上げられるようだった。


雄一の声は、剣舞の鋭さそのままに、人々の内に眠る情熱を呼び覚ましていく。


そして、日向の静かな凛とした声は、未来へと届くように静かに響いた。


八つの神宝と、八つの祈りの言霊。

それらすべてがひとつとなったとき――

風が止まり、空気が澄んでいく。


その瞬間、演者も、舞台スタッフも、観客も誰もが確かに感じていた。

この静謐な場に、何かが降りてきたことを。

世界のどこかで、何かが変わったことを。


そこに居たすべての人が、心から満ち足りていた。

そこにあるのは、今ここにあることへの感謝のみだった。


そして、儀式は静かに終了した。


あの夜、満月の光に包まれ、奈良時代の斎宮寮へと「意識だけが」移ったこと。


斎王・明子の祈りと、未来への願い。


祖母・結子の短歌帖に託された神宝の記憶。


そして仲間たちの歌の力が、時空を超えて呼応したこと。


すべてが、縦糸と横糸のように交わり、一つの美しい織物を創り上げているようだった。

祈りは時を超えて繋がったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ