表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第6章 美月、神宝を継承する

美月が企画した斎宮をテーマにした新ツアーが発表されると、榊原旅行企画のオフィスに一本の連絡が入った。


「『つくよみの会』から、社長に面会の依頼です」

電話対応をした沙羅の報告に、美月は思わず顔を上げた。

「つくよみの会って……おばあちゃんが参加していた短歌の会?」

懐かしさと違和感が交錯する。

短歌の会からの直接訪問など聞いたことがなかった。


「彼らとは昔、ツアーを何度か一緒に組んだことがある」と榊原は言ったが、その顔にわずかな緊張が走っていた。

「普通なら電話かメールで済む話だ。これは……何かあるな」

そうつぶやいた榊原の予感は、的中した。


その日、やってきたのは、美月の大学時代の恩師でもあり、榊原旅行企画・友の会のメンバーでもある吉岡保だった。


美月がこの会社に入社できたのは、吉岡の後押しのおかげだ。コロナ禍で採用取り消しになり、途方に暮れていたところを、吉岡教授が榊原に紹介をしてくれたのだった。


彼の後ろには、大きな荷物を抱えた青年が付き従っていた。


「吉岡先生……!まさか先生自ら、お見えになるとは」

「いやぁ、榊原さん、急にすまなかったね」

榊原は、社員全員に加え、堀川、沙織の待つ応接室に、吉岡を通した。


「今日は何か、改まったご依頼でも?」

榊原の問いに、吉岡は目を細めて頷いた。

「私が急遽、こうしてお時間をいただいたのは、あなた方に直接伝えるべき重大な使命があるからです。あなたも、うすうす気づいていたでしょう?」

「こういう仕事を長くやっていると、勘だけは鋭くなるものです」

榊原が苦笑する。


吉岡は軽くうなずくと言葉をつづけた。

「これからお伝えすることは、あなた方にとっては、驚き戸惑うことかもしれませんが、私にとっては、ついに伝えることができる喜ばしいことなのです」


吉岡は静かに一同を見渡した。

「『つくよみの会』――それは表の名前に過ぎません。本当の名は……『神宝継承会』」

その瞬間、部屋の空気が変わった。


「我々は、伊勢の斎宮に伝わる“神宝かむたから”を継承してきた守人の末裔。斎宮制度の終焉とともに歴史の表舞台から姿を消しましたが、密かに、使命は受け継がれてきたのです」


「八つの神宝……」美月が思わずつぶやいた。

吉岡は頷くと、後ろの青年が持参した木箱を開いた。

「我々が代々守ってきた四つの神宝。これらを、あなた方に託します。あなた方こそが、次なる継承者です」


木箱の中には、神聖な存在感を放つ神器が静かに並んでいた。


吉岡が一つずつ説明をする。

「これは銅鏡。太陽の光を受け止め、世界を照らす。光は、生命を育み、真理を明らかにする。


この聖杯は、聖なる水の器となる。神聖な儀式の前に、五十鈴川で潔斎するように、水によって、人は変化し、浄化され、再生する。


この香炉は風を象徴する。香の煙は、人の願いと祈りを天へと届け、時空を超えて運ぶ。


この不思議な形の剣は、七支刀。光と影を切り裂く神剣である。鍛冶師によって鍛えられる刀は、火を象徴する」


「……本当に、これを我々に?」

「はい。榊原さん。あなたが築いてきた“祈りを軸とした旅”は、まさに継承者としての資質を示しています。あなた以上にふさわしい人はいない」


榊原は、一瞬絶句したあと目を閉じた。そして静かに目を開けると、吉岡に向かって頭を下げた。

「謹んで、お受けします」

吉岡が静かに頷いた。


堀川が問いかける。

「美月さんのお祖母様、結月さんも……『神宝継承会』の一員だったのですか?」


「そうです。結月さんこと伊藤結子さんとご主人の伊藤蘇芳さんは、我々の仲間であり、神宝継承会の重鎮でした。

結子さんは、月の神宝とともに、神宝全体の選定に関わる重要な情報を継承しておられました。

蘇芳さんは、星の神宝を継承しておられました。

そして生前、結子さんも蘇芳さんも、『後継者を見つけた。必要な鍵は手渡してある。彼らが目覚めるのを待ちましょう』とおっしゃっていました」


「……美月さんの持っているあの短歌手帖は、ただの手帖じゃなかった」

堀川がつぶやく。


「ええ。結子さんの手帖は、一見、ありふれた短歌手帖のような体裁でありながら、木、地、水、風、火、月、星、太陽の八つの神宝、そしてそれぞれの“真の継承者”についての古代からの伝承についての情報が隠されています」


薫子が口を開いた。

「残る四つの神宝のうち、二つはすでに手渡されているということですか……?」


吉岡は美月と堀川を交互に見つめながら答える。

「ええ、月と星はすでに継承者のもとへ、結子さんと蘇芳さんから手渡されています」


「そして残りの二つ木と地は、人の手で守るものではなく自然界の中にあります。その答えも、結子さんの短歌の中にみつけてください」


斎王・明子は、美月との約束通り、神宝を護り伝えてくれたのだ。

それを受け取り、約束と責務を果たす時だ。仲間たちとともに。


「美月の体験を聞いたときは、まさかと思ったけれど、この旅を企画した時に、どこかで皆も覚悟していたと思う。旅によって目覚めた使命を果たすときだ」

榊原の言葉に、誰もが静かに頷いた。


その夜――

美月のスマートフォンが震えた。母からのLINEだった。

「おばあちゃんから託されていたものがあるの。あなたが伊勢に行ったら渡すようにって」


言われた通り、母の部屋の箪笥の引き出しを開ける。そこにある小さな包を開けた瞬間、美月は息をのんだ。

銀色の月光をたたえた、一粒の大きな真珠のペンダント。


それは、あの斎宮寮で朝月として、いつも身に着けていたものだった。

ペンダントに触れた瞬間、胸の奥から波紋が広がる。


斎宮寮での記憶。祈り。誓い。

そして、自分が“月”に連なる存在であるという直感。

「これは月の神宝……」

そして美月は気づく。


「残り七つの神宝――それぞれを受け取るべき七人の仲間が必要だ」

鍵は、あの短歌手帖だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ