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エピローグ

あの斎宮ツアーから、ちょうど一年が経った。


榊原旅行企画のオフィス2階では、久しぶりに全員が集まり、一周年慰労会が開かれていた。


この1年は、まさに怒涛の日々だった。

ツアーは想像を超える大ヒットとなり、以降、定期開催される看板商品へと成長した。

ヨガのインストラクターでもある沙羅の早朝の瞑想や、万葉集の研究家でもある堀川のレクチャー、大学を定年退官した吉岡の短歌教室、雄一の武道体験教室などオプションも追加され、日本のみならず、海外からの参加者も増え、祈りと古代の知恵を求める旅人が絶えない。


あれから、オフィスには神宝を祀った祭壇が設置された。いつも神宝に見守られて仕事をしている。

それぞれが、神宝と祈りの役割を胸に、次なる使命へと歩み始めていた。


「正直……ここまでの反響があるとは、予想以上だ」

堀川は、ワイングラスを手に微笑む。

「皆、よくやってくれた」榊原が皆をねぎらう。

「特に美月、いい旅をありがとう」


「いえ、私の方こそ、皆さんに助けていただいて、ありがとうございました。

思えば祖母の短歌帖に導かれた、不思議な旅でした」


「美月ちゃんのお祖母様と、堀川さんと、社長が元々繋がっていたわけでしょ?

そこに、後から加わった私も関係者で、その上、インドで知り合ったミカエラまで、関係者だったんだから、驚きだよね。

必然というか、導きというか、本当に不思議」

沙羅が同意する。


「沙羅がヨガと出会ったのも、インドへ行ったのも、私と出会ったのも、全て必然であり、天の采配であり、そして私たち自身の選択です」ミカエラが微笑む。


「明子様はおっしゃっていました。“祈りは時を超える”と……本当に、そうだったのですね」


美月の言葉に、タブレットを手にした日向が笑顔を見せる。


「最初、“祈り”って正直ちょっと怪しい感じがしていたけど……でも、今では逆にすごくリアルに感じていて。

たとえば物理とかITみたいに、想いが波動として伝わる……そういうものなんじゃないかって思っています」


この春、日向は高校を卒業した。

在学中に開発した多言語学習アプリがヒットし、今はミカエラのサポートを受けて、自身のスタートアップ企業を立ち上げ、新たなアプリの開発に取り組んでいる。


「旅を通して、言葉も文化も違う人たちと“祈り”を共有できるってわかったから、次はもっと世界中の人がつながれるような、そんなアプリを作りたい。

結局、サイエンスもテクノロジーも祈りも……どれも“つながるツール”なんだよね」

その言葉には、確かな未来を見るまなざしがあった。


「誰かを想う。それを、人は“愛”と呼ぶのかもしれません。

その想いを言葉にしたものが祈りであり、祈りの言葉が歌。

祈りに込められた愛は、時空を超えて、永遠に届けられる」

堀川がゆっくりと応じた。


堀川は、現在ミカエラとの共著で、斎宮の祈りと神宝に関する物語を執筆中だ。


「“祈り”という単語を英語に訳すると“prayer”。

しかしながら“prayer”は“願う、頼む”という、他に任せるという意味になります。

日本語の“祈り”に対応する言葉が、英語にはないのです。

“祈り”とは、この美しい地球に誕生した幸せに感謝し、その幸せを未来の子どもたちにも繋げるために行動することだと私は感じています」

ミカエラは静かに語る。


彼女の柔らかく、それでいて真っ直ぐな言葉が、著書にも深く刻まれている。


「世界の人に、この祈りが届くといいね。国境なんて、人間の都合で引いた単なる線だもの。消してしまってもいいよね」

ミカエラの執筆を日夜サポートしている沙羅が微笑む。


美月は、胸元の真珠のペンダントに手をあてる。

「ずっと、なぜ私だったのだろうかと考えていたんです。

そして、気付いたのですが、特別な人間ではない、いわば一般人の私たちに、明子様から神宝が託されたのは、誰もが神宝を持っているということの証なのではないでしょうか?」


「それだ!」

榊原の声に力がこもる。


「これからの榊原旅行企画が目指すのは、人々の内なる神宝を目覚めさせる旅だ」


「神宝を託された私たちが、旅を通じて祈りを届けていくことで……離れてしまった人と神の距離が近づいていくのかもしれないわね」

薫子が静かに言った。


「神は、人の願いを叶えるのを請け負う存在ではない。

すでに人は、生まれたときに、願いを実現するための神宝を、内側に授かっている。

我々の旅を通じて、それを思い出す人が増えていけば……それがきっと、平和へのムーブメントになるはずだ」

榊原が力強く語る。


窓の外には満月。

ミカエラが和歌を詠む。

  

  天地(あまつち)の神を(いつ)きつ我が祈り(なご)やかなる世永久(とこしえ)の月


万葉の時代と、現代。変わらぬ月の光は、すべてを静かに照らしていた。


誰からともなく、静かに目を閉じて自らの内なる平和とつながり、世界の平和のために、未来の子どもたちのために、祈りを捧げる。


すべての生命が、神宝であることへの感謝とともに。


そっと目を開けた美月は、窓の外の月を見上げて問いかける。

「明子様、あなたとの約束を、私は果たすことができたでしょうか?」


美月の胸の真珠ペンダントが、一瞬明るく煌めいた。



それからさらに一年後。

斎宮ツアーはさらに進化し、参加者たちは自らの神宝を理解し、祈りの和歌を詠むようになった。


天岩戸で披露されるその歌は、言霊の力、土地の力、そして本人の内なる力を呼び覚まし、人生を大きく動かしていく。


この和歌は、自分の神宝を使って、世界平和のために奉仕するという宣言でもある。


自らの神宝を正しく詠んだ歌であれば、旅行後まもなく人生に変化が訪れる――よりその人らしい、本来の生き方へと。


もし神宝を誤っていれば、何も起こらない。


だが不思議なことに、正しく詠めていたかどうかは本人が直感的に知るのだ。多くの人が「内側で何かがピタリと嵌る感覚がある」と語っている。


堀川とミカエラの共著『時空を超える祈りと神宝』は、日本語と英語で同時出版され、多くの読者の共感を呼んだ。


旅と祈り、そして人が持つ神性を問いかけるその本は、国内外で静かなブームを巻き起こしている。


一方、日向が開発した新作アプリ“KAMUDAKARA”もまた、静かに広がっていた。

AIと万葉集、神話、哲学、心理学などを組み合わせ、自分の内面を短歌として表現することで、自己理解を深める体験型のツールとして注目されている。


神宝の継承者たちの、世界へと祈りを届ける旅は、まだ序章に過ぎない。

だが彼らの平和への祈りは、着実に世界へと広がり続けている。


斎宮月抄<完>


最後までお読みいただきありがとうございました。

約10年前に、初めて斎宮跡を訪ねたときに、いつかこの場所を舞台にした小説を書きたいと感じていました。そのことを覚えていて、折に触れて「小説書けた?」と聞いてくれる友人のおかげで、書き上げることができました。Yちゃんありがとう。

前作「風の図書室」は、この斎宮の物語を描くために、短歌を勉強し始めて、派生的に書き上げたものになります。そちらもお読みいただけましたら幸いです。

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