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1. 訃報


世界最大の領土を有し、軍は精強、富は尽きず、人口も他国の数倍に及ぶ──

ここは、覇道の大国・カラディア王国。


この偉大なる王国を統べるのが、若き君主、ロザリオ・ル・カラディアである。


彼は、まさしく“完璧”の体現者であった。

政治、軍略、学問、剣術。

どれ一つ取っても並ぶ者はなく、その容姿すら神の寵愛を受けたかのように整っていた。


非の打ちどころなど、ない──

少なくとも、表の顔においては。


だが、王にも人としての側面がある。

完璧さの影にひそむ、たった一つの“欠点”。

それを知る者は、限られていた。


「……ふぁぁ……あー……眠。……なぁ、シオン、今日はもう寝ていいだろ?」


王座の背にもたれ、肩をぐったりと落としたロザリオが、あくび交じりに呟く。

金の髪はわずかに乱れ、昨夜の熱を思わせる火照りが頬に残る。

まるで、政務よりも寝台の方が似合っているかのような、気怠い声音だった。


対する側近のシオンは、眉ひとつ動かさずに告げる。


「……申し訳ありません、陛下。

本日はこの後──

『租税制度の調整会議』『諸侯との連絡評議』『神殿代表との謁見』、

さらには『南部警備隊の増設計画』『王城修繕費の最終承認』『外交文書の署名確認』と……予定が目白押しでございます」


「多いな……。俺、寝てないんだけど。てか、四の鐘まで起きてたし」


「ええ。昨晩もまた、女性方の退出時刻が記録にございます。

陛下の気まぐれで雇った侍女と、酒場の娘、それに舞姫までお揃いだったとか」


「全員、俺に会いたいって言ってきたんだよ。断るのは、失礼だろ?」


「それを“慈悲深い王”とは言いません。“好色な寝不足男”と申します」


「言いすぎじゃない? ……俺、頑張ってるんだけどなぁ」


「国の未来がかかっております。せめて昼間は、真面目に生きてください」


「はぁ……シオン、俺のこと嫌いになった?」


「……呆れているだけです、陛下」


完璧と称えられる若き王、ロザリオ・ル・カラディア。

──その真の姿は、夜に女を抱き、昼に眠気に沈む、気怠げで我儘な青年だった。


だが、彼の“本当の顔”を知る者だけが、王の器の深さを知っていた。



◇◇◇


カラディア王国において、政治は形式でしかなかった。

なぜなら、その頂点に立つ王、ロザリオが在位している限り──“答え”は常に、ただ一つだからである。


諸侯を集めた評議の席も、宰相たちとの会議も、形式上の謁見も。

どれも実のところ、王の言葉を仰ぎ聴くために設けられているようなものであった。


その場に王が姿を見せ、たった一言だけ呟けば──

千の議論も、百の案も、意味をなさなくなる。


「……あー、これは──商業税は下層域を一律三分の一に。中央経路の通関料を削って、上層の貿易関税で補填。

あと、地方ごとの徴税官を三名から一名に減らして中央監査を強化。利権潰して、票は買え。はい終わり」


その指示は明確かつ鋭利、まるで剣の一閃のように。

それでいて恐ろしいほど迅速だった。


側近のシオンが資料を一つめくる間に、すでに三件の政が片付いていた。


「……それを“適当”と言われるのが、唯一の不満ですね」


「俺なりに真剣なんだけどな? でも、早く終わった分、昼寝の時間ができるじゃん」


「“政治を片付けたら褒美に昼寝”は、児童の学習動機づけと同じです、陛下」


「ちっちゃい頃から変わらないって、いいことじゃん。継続は力なり」


「寝力を誇る王なんて聞いたことがありません……」


そんな呆れをよそに、王は背もたれに沈みこみ、目を閉じかけた──その瞬間だった。


執務室の扉が静かに、けれど急を要する調子で叩かれる。

中へと入ってきた近衛が、緊張を滲ませた面持ちで頭を下げた。


「陛下。……先ほど、ダーツロー公爵が薨去されました」


目を閉じていたロザリオが、ゆっくりと片目を開けた。

金の光が、すっと一点を射抜くように細くなる。


「……心臓か?」


「は。急性の発作とのこと、医師団の処置も間に合わず……」


「……そうか」


静かな間。

重く、乾いた沈黙が部屋を包む。


やがて、ロザリオは軽く額を押さえながら立ち上がる。


「……娘は、無事か?」


問う声は低く、淡々としているようでいて、どこか微かに感情の波が見えた。


「ご息女、お一人を遺され……現在、領内で喪の手配をされているとのことです」


「……あの歳で、一人か」


王の口元にかすかな影が差す。


誰よりも堅牢だったあの公爵が、たった一人の娘を残して世を去った──

それは政の損失ではなく、王としてではなく、一人の「俺」にとっての痛手だった。


「……弔いに行く。日程は?」


「三日後、王都南方、ダーツロー家墓所にて。親族はいないので、公爵の親しい間柄のみの非公開との報ですが……」


「構わない。……俺が行けば、それだけで意味はある」


王が歩けば、国が黙して従う。

それを知っているからこそ、誰も止めようとはしなかった。


「喪の礼装を用意しろ。それと、……花もだ。白百合を」


「……かしこまりました」


静かに、けれど確かに。

王の足音が、深い悲しみの中へと歩み出す。


一人の娘が、父を亡くし。

一人の王が、かけがえのない信頼出来る人間を失った。


──その出会いが、やがて歴史を動かすとは、このとき誰も知らなかった。


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