プロローグ
「……今、なんと言った?」
ロザリオの声が低く、喉の奥から漏れた。
そのまま、彼はレティシアの顎をつかんで上向かせる。
爪は立てず、けれど拒絶できない力で。
「他の男の傍にいたいと? そんなもの……許すわけないだろう」
「ち、違います……そんなつもりじゃ……っ」
彼女の言い訳は、かき消された。
背を押されるようにして、支度部屋のドレッサーに追い詰められる。
ガタン――棚の上に並んだ香水瓶が倒れ、ガラスの割れる音が部屋に散った。
広がるのは、甘く媚びるような薔薇の香り。
化粧品の瓶が倒れ、艶やかな匂いが二人を包む。
「ひゃっ……っ!」
レティシアが息を呑む間もなく、ロザリオの脚がドレスの隙間に入り込む。
膝を押し上げるように、彼女の太腿にぴたりと添えられた脚が、静かに逃げ道を塞いだ。
重なる呼吸。肌の熱。衣擦れ。
ロザリオの瞳は、もう獣のように静かで、熱かった。
「……他の男の名前を呼ぶな。視界に入れるな。声を聴くな」
囁きは、耳たぶすれすれに落ちる。
レティシアの身体が小さく震え、眉を寄せた。
「ひゃ、っ……陛下、や、めて……首に痕が、そんなに……っ」
彼の唇が、何度も首筋を這った。
軽く吸い、舌を這わせ、また吸う。
レティシアの白い肌が淡く紅く染まっていく。
「ふ……んっ……やっ……」
息を殺すように堪えるレティシアの声が、彼の耳を狂わせる。
「どうしたら、お前を……手に入れられる?」
「安心できる方法が、どこにもない……俺は、もうおかしくなりそうだ」
押し殺された呻きが、耳元で落ちる。
「……恋というものは、こんなにも……醜い感情だったのか?」
ロザリオは、かつての自分を恥じるように、額を彼女の肩に押し当てる。
「お前のすべてが、俺だけのものなら……それだけで、いいのに」
彼の指先が、ドレスのリボンへと伸びていく──
出会った頃の彼は、恋を知らず、
ただ快楽の海に沈むように、女たちを日替わりで侍らせていた。
言葉も、仕草も、すべてが“軽い”男。
それが本当の王という存在だと、冷めた目で見ていたはずなのに。
──いつからだろう。
いつから、あの彼が
こんなにも独占欲に憑かれた獣のようになったのか。
「他の男を見るな」「声も聴くな」
そんな言葉を囁きながら、
まるで縋るように首筋にキスを落としてくる彼を、
私は、いつから愛しく思うようになったのだろう。
怖いほどに変わってしまった彼。
けれど、その重たくてどうしようもない気持ちが。
肌を伝って落ちてくるような“熱”が。
どうしようもなく、嬉しかった。
拒みたいのに、拒めない。
許したいのに、自信がない。
けれど――それでも。
“この人に抱きしめられるのなら、そろそろ覚悟を決めなくてはならない”と、
レティシアは確かに思っていた。