私が望むメリーバッドエンド
ご訪問ありがとうございます
※主人公の倫理観が崩壊しています。地雷の方はブラウザバックを推奨します
※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
目が覚めたら、私はフェリシア・ヴィラニーだった──。
王道恋愛小説『ロイヤル・マリアージュ』。
ヒロインの恋敵である悪役令嬢に。
原作の知識が脳裏を駆け巡り、悟った。
私は、天然下剋上タイプのヒロインに敗北し、最終的には破滅する運命にある、悪名高きフェリシア・ヴィラニーに転生してしまったのだと。
豪奢な鏡台の前で、私は静かに目蓋を閉じた。
前世は平和な日本で暮らす何の変哲もないOLだった。
快適な空調、豊富な食料、清潔な水、そして何より、風邪一つでは死に至らない高度な医療。
だが、ここは違う。
表面上は絢爛な擬似ヨーロッパを模したこの世界は、けれど実際は常に死と隣り合わせだ。
男尊女卑は顕著で、衛生環境は劣悪を極める。
流行病に対して、ろくな治療法もないほどに低過ぎる医療技術。
そして、女ならば誰でも通るであろう、命懸けの出産。
想像するだけで、ゾッとした。
前世のドラマや映画、小説の記憶が失血死や感染症の併発など、この時代の出産の危険性を生々しく訴えてきて。
肌が粟立ち、ざっと血の気が引く。
前世の私が当たり前に享受してきたものが一切無いこの世界での"生"の脆さ。
それが分かっていて、ここで生きていくことに何の価値も見出だせない。
もし転生した悪役令嬢物語らしく、原作改変なんてしてみろ。
この身体で、あの俺様系ヒーローの婚約者と婚約者を経て王家に嫁ぎ、薄っぺらい"ハッピーエンド"とやらを迎え。
挙句、命を賭して子を産む?冗談じゃない。
勿論、原作のシナリオ通りに破滅するのも嫌だが、出産は死んでもご免被りたい。
いや、むしろ死にたい。
穏やかに、安らかに。
眠るように息を引き取りたい。
ハッと我にかえる。
そう、私にとってのハッピーエンドは、生を全うすることではなく、"安らかな死"だ。
幸い、私はヴィラニー公爵家の令嬢。
この家は悪役令嬢を産み出しただけあって、意図的に隠された魔法技術や秘匿された研究施設、禁書が豊富にある。
さらに、この身体には悪役令嬢に相応しく人並み外れた魔力もそれを扱う天性のセンスもあった。
それからの私は秘密裏に研究を始めた。
目指すのは、この身体に宿る毒魔法を改良すること。
いかなる苦痛も与えず、まるで眠るように意識を奪い、そして命を終えさせる完璧な"安楽死"の術式を。
悪役令嬢らしいこの魔法がこれほどまでにも素晴らしく思えるとは。
そして、魔力を流すだけで発動する即効性の魔法陣の創案も並行して行う。
発動後は魔力痕も魔法陣の痕跡も残らないように細工も施したい。
鏡を見ながら、どこに魔法陣を刻むべきか思考を巡らせる。
侍女による入浴の介助や着替えの際にも気付かれぬ場所。
前世で学んだ人体模型を思い出す。
そうだ、体内がいい。
この世界の医療技術ではまず発覚することはないだろう。
心臓あるいは脳。
それらが最も確実で、迅速に毒がまわる箇所だろう。
研究は、私の望みに呼応するかのように順調だった。
曖昧に記された古文書を読み解き、禁術にすら手を染め、幾重にも失敗と成功を積み重ねてきた。
「こんな非人道的な研究、まともな人間がすべきではない」
と普通の人は言うだろう。
確かに、日本で暮らしていた頃の私なら同意見だ。
だが、関係ない。
この悍ましい世界において、私にまともな倫理観など不要だ。
私は、"悪役令嬢"なのだから。
この屋敷には"罪人"という都合の良いモルモットが常に供給されている。
死刑囚や、公爵家の逆鱗に触れた犯罪者達。
彼らを実験台にすることに、何の罪悪感も湧かない。
彼らの絶叫が地下の実験室に響き渡ろうと、私の意志を妨げることはない。
苦痛に呻く声や恐怖からの啜り泣きなどただのBGMに過ぎなかった。
それらは私にとって貴重なデータにしかなり得ない。
声の震え、肌の変色、呼吸の乱れ──あらゆる反応を精密に観察し、記録する。
毒が神経系に作用している反応、あるいはまだ意識が残っている証。
より速やかに脳を侵し、いかに迅速に意識を奪うか、その一点に集中して術式を微調整する。
彼らの怯えや懇願は、私の研究への最高の刺激剤。
彼らの声は私の研究のバロメーターだ。
無音に近付く程、私の望む未来を照らす光となる。
元々、他人に不利益を被らせたことで死の決まっている彼らは、私の"安らかな死"への道を切り開く礎になることによって、私という他人の役に立てるのだ。
むしろ感謝してもらいたい。
おかげで毒魔法が上手くいかなかった時の補助策として、結界魔法で全身を覆い、風魔法で一酸化炭素中毒を起こすという方法はすんなり達成出来た。
魔法は想像力が鍵だ、と数々の作品で書かれていたが、本当にその通りだった。
現代の知識は想像力としてこの世界で魔法と融合し、私にこの上ない贈り物をくれたのだ。
まさに、前世の記憶様様だ。
研究内容は全て、空間魔法で作った拡張魔法庫に厳重に保管した。
我が家で意図的に隠されたこの魔法技術はとても便利だ。
特にこの身体の魔力量では膨大な許容量を誇るらしく、すべての研究結果を隠す事が出来た。
これで誰にも見つかる心配はない。
資料をまとめていて、ふとある可能性がよぎった。
本当に、私はこの身体に転生したのだろうか?
これは実は憑依で、本来のフェリシア・ヴィラニーの意識はまだこの身体にいて、私の行動を見ているのではないか?
もしそうなら、彼女は私を憎むだろう。
彼女の身体と、歩むはずだった人生を勝手に使い、そしてその命を勝手に終わらせようとする私を。
だが、それも当然のこと。
恨むなら恨めばいい。
嫌なら、この身体を取り戻せばいい。
私にこの世界での生を強いるというのなら、それくらいやってみせろ。
でなければ、私は私自身の意志で、この身体の幕を引く。
研究が完成に近づくにつれ、私は確信した。
これで、望まない結婚も、忌まわしい出産も、そして中世レベルの貧弱な医療技術に脅かされる日々も、全て終わらせることが出来る。
原作で描かれる"悪役令嬢の破滅"、毒杯を仰ぐ苦痛も、ギロチンでの処刑も、全て回避出来る。
私の望みは、この世界での『ロイヤル•マリアージュ』ではない。
私にとっての最高の結末は、静かで、穏やかな、安らかな永眠なのだ。
──ああ、なんて素晴らしい結末だろう
この物語は、巷でたまに見かける「死ぬ死ぬ詐欺」タイトルへのささやかな反抗です
『死』を謳ったならちゃんと死なせてやろう
という、ごく個人的かつシンプルな逆ギレ精神でペンを執りました笑
これが、私にとっての『メリーバッドエンド』です
ご一読いただき、感謝いたします