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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
手鳥のおまじない
9/15

7 ざわめきの広がり


「あんな子どもだましのおまじないなんて、前時代的ですよお。確かに流行ってて、ヒルダさんもしていましたけど」

「していたの?」

「ヒルダさんのこと、入学前から呪いかどうか危なくないかチェックしろーって、ホリィさんから言われて見てたんで、間違いないです」

「あら、本当に大変なのね」


 ナーナが言うと、クェリコは少しバツが悪そうにした。


「でも、何か悩んでいたんだったら早く気づけていれば……あんな飛び降りなんてする感じじゃなかったのに。だから、ホリィさんが呪いかもって思うのは責められないといいますか」

「そうだったの。普段の彼女とは違ったの?」

「占いに夢中だったのは前からだったので。ただ、夜更かしが多かったなあくらい……あ、すみません。いっぱい聞いてもらって」

「いいのよ。こっちも無遠慮に聞いてしまって、ごめんなさいね」


 労わるような微笑みだ。クェリコはナーナのその笑みに励まされたようにうなずいた。


「あなたもこの学園に入ったばかりですもの。入って早々にこんなことがあって、気疲れもするでしょう。不安になったら先達に胸を借りるといいわ」


 ナーナが手のひらでテトスを示す。


「カロッタに仕えるなら、この男もそうだし」

「ナーナ、お前」


 面倒を押し付けようとしていないか。

 テトスの非難を遮って、ナーナはにこにこと言う。テトスの片割れはいい顔しいだ。それを苦々しい表情でみるが、ナーナはどこ吹く風だった。


「もちろん、寮を超えて私を頼ってもらっても大丈夫よ。これでも、座学には自信があるの」

「ありがとうございます、ええと」

「名前で呼んでもらってかまわないわ。クェリコさん、それじゃ私たちは医務室に用があるから」

「あ、はい。そうでしたね。お引止めしてすみません! ではまた、ナーナティカさん、チャジアさん!」


 さっと礼をしてから、クェリコは小走りに廊下へとかけだした。おそらくホリィのほうかカラルミス寮に戻ったのだろう。

 軽く片手を振って見送ってから、ナーナはテトスを見上げた。男女の双子とはいえ、似ていない双子だ。背丈も頭一つ分はゆうに離れている。

 青年期ともなれば、テトスの上背はどんどん伸びた。話に聞くどうしようもない実父よりも体格に恵まれているそうなので、そのことは素直に嬉しく思えた。

 もっともナーナは見上げるのが面倒なのか、屈めと手で仕草した。テトスは広い心で従った。


「貴族なのに、情報をずいぶんと簡単に喋っちゃって。大丈夫なのかしら」

「そういうのを気にしない家だとしても、迂闊だな」

「中立派閥なんでしょう? それならもっとうまくやらないと、だめではないの。まあ、色々聞けたわね」

「呪いじゃないが、手鳥(しゅどり)のまじないをした。それで寝不足になっていた」

「ううん、引っかかるわよね」

「コウサミュステの件も、関係ありそうではあるな」


 ジエマは大丈夫だろうか。得体のしれない何かが蔓延っているとなると、危険かもしれない。

 ナーナも同じように思ったのか、思案気に唸る。

 しかし言葉を発するより前に、医務室のドアが開いた。

 二人して視線を向けると、白いローブを羽織った老医が立っていた。

 白い帽子をつけて髪を全て入れ込み、顔の半分をマスクで覆っている。露出が極端にない格好は屋外屋内でも変わらないようだ。

 学園医のスピヌムはテトスたちを見ると、つまらなさそうに言った。


「いつまで経っても入らずに立ち話をするんじゃない。ブラベリは診察結果か?」

「スピヌム先生、ごきげんよう」

「ごきげんは君たちの態度次第だがね。チャジアも採血をするかね? ほら、どうぞ。さあ、入りたまえ」


 思わずテトスはナーナを前にしようとして、失敗した。ナーナが魔法で抵抗したためだ。

 二人して押し合いをしていたところ、スピヌムは部屋の中に向かって口笛を吹いた。すぐに複数の羽ばたき音がした。

 スピヌムの使い魔たちだ。

 さんざめく鳥たちが我先にとテトスたちに向かってくる。服を摘まんだり髪を引っ張ったり、威嚇したりとしながら医務室へと誘う。

 抵抗しようにも、ナーナの魔法が邪魔をする。テトスはナーナとにらみ合い足を引っ張りあいながら、医務室の中へと招かれたのだった。




 足を引っ張りあった結果、痛み分けとなった医務室での時間からしばらく。

 テトスは適当にあたりをふらふら歩いていた。


 収穫という収穫はなかった。

 そもそも、面会謝絶の病室には入れなかった。医務室には入院用の病室がいくつかあるのだが、ご丁寧に立ち入り禁止の魔法と魔法道具で規制されていた。

 ナーナが病室にいたヒルダについてこっそり探っても、なんの魔法の気配もないとわかったくらいだ。よくよく調べようにも、目を光らせるスピヌムを誤魔化すのは難しい。堂々と実力行使で制圧したとして、失うものが多すぎる。


 これではスピヌムによる採血と治験への熱い勧誘を受けただけである。

 生まれが特殊だったテトスとナーナは、体質的にも非常に興味を持たれているのだ。そして同時に、心配をされている。

 スピヌムがテトスに会うたびに採血や検査をしたがるのもそのせいだ。


 人より膂力に優れた体。制御が効かずに、幾度体を壊しても無理に治療を繰り返してきた。

 そんな体が、普通の人と同じ寿命であり続けられるわけがない。


 ナーナはどうか知らないが、テトスは自分の体のことなのでよくわかっている。

 だから悔いなく、好きに生きると決めている。そのなかで、命を救ってくれた叔父たち家族に報いることも当然考えている。

 だから、彼らに誇ってもらえる者であることを示さなければならない。それに。


(事件、事故……ジエマさんが気にしていらっしゃるなら、解決したいが)


 あとは単純にテトスの気分が上がるから、善行をしたっていいと考えている。

 もっとも、テトスの中の現在の善行はジエマの喜ぶことである。

 なぜならジエマは箱入りのお嬢様であり、良いものを与えられた環境で愛されてきた女性だからだ。

 理想のお嬢様を偶像化したような彼女が尊び、喜ぶのであれば。それは善き行いに違いない。


 恋とは素晴らしい感情だ。

 世界の色彩が鮮やかになって、心もおおらかになれる。ジエマのことがなければ、辺境地で張り合っていたナーナと密に交流することもなかっただろう。

 今だって、ジエマのことを考えただけでテトスは心優しい気分になれた。ちょっと頑張ってひと働きしようかと思うくらいには。


(だが、コウサミュステに入るには理由がいるな)


 勝手に他寮へ侵入するには、魔法の防犯を潜り抜けないといけない。

 それに、力づくで破壊をしてはバレたときに評判に傷がつく。

 これでもテトスは優等生で通っているのである。


(ヨランがいれば、入ることはできるとして)


 魔法の得意なナーナはともかくとして、ヨランにも特技がある。

 異様に耳がよく、その聴覚をもってして器用にあれこれこなす。音の反響で解錠だってできるのだ。


(いや。死体が出たなら橋の街から警備隊が来るはず。昼に発覚したんだ、乗り込んできても不思議じゃない……となると必要なのは)


 橋の街の警備隊は、中立特区ならではの組織ではない。国の面子がある特区を守るために、都とつながりの強い者が多く在籍していた。

 中立特区唯一の街を作ったのは、純人主義穏健派。派閥に偏りが出ないために防犯関係を純人主義推進派が買って出た。商売の仲介は中立派が行っている。それぞれの利益のため成り立っている側面もあるのだ。

 それを教えてくれたのは、ヴァーダルだった。


(権力あるってのは便利だが面倒なもんだな。今は助かるが)


 テトスはよしと一人頷いた。

 できるだけの力があって、理由もあるなら、あとはやるだけだ。

 そうと決まれば。


 テトスはしっかりとした歩調で足を進めた。










 すっかり日の落ちた橋の街は、夜でも賑わっている。

 辺境の街とは大違いだ。主に治安的な意味で。

 テトスが一人勝手に散策しても、接敵する危険生物もいないし、物盗りや乱闘もない。安全すぎると、なんだか肩透かし感すらある。

 だが、あれこれ探るには非常にやりやすい。安全だからこそ気が緩んで口が軽くなる奴もいるもの。


(とんだザル警備だ。まともに動ける奴は数えるくらいしかいやしない)


 ガヴェ傭兵団の足元にも及ばない。

 テトスの憧れる傭兵団のポスターが、警備隊詰所の壁に貼られている。傭兵や警備の啓発ポスターだ。かの傭兵団は大陸を股にかけ活動する、実力者集団である。

 幼心にいつか共に働きたいと思ったものだが、現実そうは難しい。純人主義が根強く残っているこの国には立ち寄らないと宣言されている。テトスが余計に純人主義嫌いになった一因だった。


(……易い仕事だよなあ)


 酔っぱらった警備隊の男が歩いている。勤務終わりに一杯ひっかけて楽しんでいたところを、ちょうど見つけたのだ。実家の辺境傭兵隊でもそうだったが、酒を飲むと人は気が大きくなるものらしい。

 大股でふらふら歩きながら、愚痴をこぼしている。付かず離れず、気づかれない距離をつけて耳を澄ませる。


「都からきたから、何が偉いんだぁ……ひっく。飛ばされて来たくせに、でかい顔しやがって」


 よろめいて通りの屋台にぶつかる。人はすでにいない、空き屋台だ。それを憎々しげに睨んで、柱を蹴飛ばした。


「あいつが来てから、取り締まりが多くなっていけねえ……若いのをつれて、何してんだか……おえ」


 えずいたところで、テトスは偶然を装って姿を現した。

 こういうときに私物のローブは役に立つ。目立たないような渋い色合いの、機能だけを追求したもの。傭兵が好んで使うタイプのローブは、学生であることを隠すにはもってこいだった。


「もし、気分がすぐれませんか」


 言いながら、革袋を差し出す。


「水です。よろしければ」

「あ、ああ。こりゃどうも親切に」


 ろくにテトスを確認することなく、警備隊の男は革袋の水で口を湿らせた。


「その服、警備隊の方でしょう。なに、警備隊には日ごろお世話になっているので」

「そうだったら嬉しいねえ」


 結構な年嵩の男だ。表情を緩めると、くしゃっと皺が増える。


「取り締まりが多くて大変でしょう」


 先ほど聞いたことを、さも知っていることのようにたずねる。すると、男は「そうなんだよ」と憤ってみせた。


「ここのところ、どうにも治安がね。おたくもその口で仕事を探しに来たのかい」

「ええ、まあ。当たらずとも遠からずというところです」

「だったらすぐに見つかるかもしれんな。錯乱して暴れる奴がここのところ出てきてなあ」

「錯乱?」


 聞き返すと、男は声を潜めて手招いた。


「あんまり大声じゃ言えないがな。薬の違法販売があるのさ」

「取り締まりは、その関係が?」

「うちの部隊長は何か知っているはずだ。あえて泳がせてると言っちゃあいるが……」


 そこまで言って、男は口をつぐんだ。


「いや、傭兵とはいえ事情を話しすぎた。すまんな兄さん」

「聞かなかったことにしておきますよ」

「そうしてくれ」


 テトスは革袋を受け取って、その場を離れた。


(違法薬物で暴れる奴が増えた。部隊長は知っている、なあ)


 厄ネタの気配がする。

 勘だが、そう思わずにはいられない。


「やべ、帰寮時間」


 街の時計を確認して、寮の門限が迫っていることに気づいた。テトスは慌てて、足に力を入れて学園までとんぼ返りしたのだった。




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