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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
手鳥のおまじない
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6 まじないの被害


 魔法構築学は、学園教室棟内の教室で行われる。いくつかある座学用の教室の中から、空いている場所を使うのだ。

 専用の特別教室がないのも、魔法構築学教師のイデオスキが「どんな場所でも学びは可能」というスタンスを取っているからだろう。今は好々爺(こうこうや)然として大人しいが、昔は好んで野外学習も活発にしていたという。

 テトスとしては、野外学習のほうがよっぽど興味がある。魔法構築学は魔法の基礎と根幹を学ぶのだが、どうにも理屈っぽくて面倒なのだ。


 そも、魔法とは。

 『生き物が持っている魔力を動力源として、力ある文字を決まった法則に従って使用することを指す』ことだ。


 才能に左右されるが、誰だって学び努力すれば魔法を使える。

 力ある文字とは、魔法を行使するにあたって最も効力を発揮する文字である。

 古くから伝わるこの文字は、使えば使うほど習熟され、身体に記録が蓄積される。元の魔力が多かろうと少なかろうと、この技術と学習がなければ優れた魔法使いにはなれない。

 優れた魔法使いは、学びの果てに技術を洗練し習熟させ、力ある文字を短縮して魔法を行使できるわけである。

 その身近な例が、テトスの双子の片割れ、ナーナだった。


「ナーナティカ」


 ヨランがナーナを呼ぶ。

 教室で帰り支度をしていたナーナはその声に顔を上げた。ヨランを見て、テトスが隣に居るのを見つけると、急いで荷物をまとめてやってきた。


「二人も話を聞いてきたの?」


 挨拶もなしに、ナーナがたずねる。教本とノートを詰めた肩掛けカバンを抱えて心配そうな顔をしている。


「聞いてきたって、カラルミスの事故の話ですか」

「そっちじゃないわ。ジエマのほう」


 ヨランも初耳らしい。目を丸くしてテトスを見てくる。もちろんテトスも知らない。首を振って否定すると、ナーナは「そう」とため息まじりに呟いた。


「ここじゃ駄目。付いてきて」


 ナーナが前を歩いて教室を出て行く。

 そのまま人気のない通路の行き止まりを見つけて、テトスたちを手招いた。それから魔法で人払いを簡単にかけてみせると、小さな声で言った。


「ジエマのお付きの新入生が、湖で浮かんでいたそうよ」

「お付き……えっ」


 ヨランが驚くと、ナーナは唇を指でいじりながら目を伏せた。


「カラルミスの事故があって、みんなそっちに注目していたから気づかなかったらしくって。昼に見つけてもう手遅れですって」

「原因は?」


 テトスが聞くと、ナーナは肩をすくめた。


「そこまでは私も知らないわ。魔法がかかった様子もなかったそうだと聞いたけど」

「呪いも?」

「呪いだったら、先生方が黙っているはずないでしょう」


 馬鹿ね、とでも言いたげにナーナの青い目が細まった。


「この話はまだ広まっていないわ。ジエマがこっそり私に教えてくれたの。さっきの授業の間にね。おまじないのせいかと不安がっていたわ」

「それで、姉は?」


 ヨランが問いかける。

 安全なところで囲われて育った生粋のお嬢様。そんなジエマには刺激が強すぎるのでは。そんな不安があるのだろう。テトスとて、彼女の面差しが暗く陰るのは見たいものではない。

 ナーナも「心配よね」ともっともそうにうなずいている。


「先生に呼ばれて、早退したわ。事情説明か聴取があるのかも。ヨランも戻ったらされるかもしれないわね」

「そうですね。僕も早めに寮へ行ってみます」

「そうしたほうがいいわ。きっと明日にはもっと騒がしくなるでしょうね」


 憂鬱そうにナーナが言う。


「ナーナ。まじないが関係あると思うか」

「ううん……絶対とは言えないけれど」


 そこで区切って、ナーナは腕を組んだ。


「その亡くなった子が、ジエマに黒い小皿を差し出した子らしいの。まあ、気になるわよね」


 テトスの頭に、通路にいた少女の姿がふっと浮かんだ。ジエマを寮へ送るときに居た少女。彼女も新入生だった。

 お付きが何人いるかはテトスにはわからない。だが、ヨランは把握しているのか「ああ」と嘆息した。


「その生徒、ヨランは知っているのか」

「はい。新入生で姉付きは、現状一人だけなので」


 やはり、あの少女だった。その日に会って過ごしていたのなら、ジエマの驚きはいかばかりだろうか。

 思い描いたジエマの憂う顔は、麗しいことこの上ないが好んで見たいものではない。様子を見に行きたい気持ちをひとまず納めて、テトスは「それで」とヨランに促した。


「遠縁ではありますが、レラレ家の親類の子です。というより、姉の付き人は親戚や分家の誰かなので」

「恨まれたり、問題があったりは?」

「あの姉に付ける人ですから、まさか問題がある者だとは思えませんが……一応、調べてみます」

「じゃあ頼む。ジエマさんによろしく」

「ヨラン、気をつけてね」

「はい、ではまた」


 ナーナの心配の声に小さく笑んで、ヨランは小走りに教室を出て行った。それを見送ってから、テトスはナーナに向き合った。


「ところで、飛び降りの話は聞いているよな」

「噂程度なら」

「呪いにならないで、人の様子をおかしくできる魔法があるか?」

「魔法の種類によるんじゃないかしら。見ていないから、なんとも言えないわよ」

「よし、じゃあ見に行こうぜ」


 ナーナは呆れた風にテトスを見る。それを気にせず急かした。


「場所は医務室だろ。行くのは非常に気が進まないが。偶然にも、ナーナの診察結果はどうだったか聞くという名分が、俺達にはあるからな」

「今日こそ、あなたもスピヌム先生に診てもらったらいいんじゃないかしら」


 ナーナの恨めしげな視線が刺さるが、あえて答えずに、さっさとテトスは歩きだした。早足で文句を言いながらナーナが続く。



 医務室まで着くと、自然と二人の足は止まった。

 なぜなら入り口で、ホリィがまた騒いでいたからだ。傍にいるのはクェリコで、肩を掴まれていた。


「やっぱり呪いなのよ! 恐ろしい事故がヒルダのほかにもあったんじゃない!」

「ホ、ホリィさん、落ち着いてください。医務室前ですよ。騒いだら迷惑ですよう」

「これが騒がずにいられる? あなたは知らないでしょうけどね、死人が出たのよ!? もう、もうもう! 呪いなら貴女がなんとかして! ヴァーダル様に紹介してあげたのは私とモールの家よ!」

「そうですけど、でも、でも呪いじゃないとしか」


 目の前の光景に、自然とナーナとテトスの視線が合った。どうしたものかと見合うが、どちらも率先して行く気にはなれない。

 しかし、助けを求めて辺りを見回していたクェリコが二人を見つけた。


「チャジアさん!」


 救いの主とばかりに、声を高くしたクェリコが呼びかける。横でナーナが脇腹を小突いてきたので、片手で払う。


「……あら、ブラベリじゃない。何よ」


 ホリィはナーナを見つけて、不機嫌そうに言った。さっきまでの喚きはなかったかのように取り繕っている。名前を呼ばれたナーナは、眉をしかめて一歩前に出た。


「スピヌム先生の診察結果を聞きにきたのよ」

「ふん、そう。テトスは付き添い?」

「そんなところだ」


 適当に答えると、ホリィはナーナを見て、それからテトスを見た。もごもごと口を動かしては声に出さない声が出ているようだ。


「何かしら、ムーグ」

「あなたじゃないわよ。テトスには……礼を、言っておくわ。ヒルダの」


 ナーナが指摘すると、ホリィから非常に言いにくそうにお礼の言葉が出てきた。ナーナは小さく声を上げて驚いている。テトスも意外な気持ちでホリィを見た。

 ホリィはその反応に、ふん、と鼻を鳴らした。


「だからって勘違いしないことね。カラルミスにきた余所者なら、それくらいして当然なんだから」

「別に勘違いしてないが」

「モールより自分が上とは思わないことね! モールのほうがすごいんだから!」


 捨て台詞を残して、ホリィはハンカチで目元を拭うとその場を早足で去っていった。


「なんだあいつ……」

「ムーグもお礼が言えるのねえ」


 半ば呆然と見送ったところで、おずおずとした声がかかった。


「あ、あのう、チャジアさん。そちらは?」


 クェリコがナーナをちらちらと気にしながら言う。


「ランフォード様の関係者でした、よね?」

「ええ。あのときは挨拶できなくてごめんなさいね。ヒッキエンティア寮のナーナティカ・ブラベリよ。モナとは同室の友人なの」

「そうでしたか。私は、クェリコ・ル・ヘロフィースと申します。カロッタ様のもとで解呪士を務めることとなりました。お見知りおきください。あ、敬語などは結構です!」

「ええ、そう……えっと、色々大変かもしれないけれど、頑張ってね」

「は、はい! 頑張ります!」


 ぱっと嬉しそうにクェリコは言う。隣でナーナが「貴族っぽくない子ねえ」とぼやいている。気勢が削がれたのだろう。

 クェリコはナーナを見て、それからテトスと見比べて、ほう、と息をついた。


「わあ……チャジアさん、こんな綺麗な方とお付き合いされているんですね。医務室まで付き添うなんて、仲良しで羨ましいです」

「おぞましいことを言うな」

「やめて気色の悪い」


 揃って否定をすると、クェリコは小さな目をぱちぱちとさせた。

 ぞわっと肌が粟立った心地がする。テトスだけでなくナーナも同様のようで、両腕を擦っている。


「これは妹」

「これは弟」


 口にするタイミングまでそっくりそのまま被る。互いに睨んだところで、クェリコは納得したらしい。


「ご家族だったのですか。はあ、家名が違うことくらいよくあることですもんねえ。はあ、なるほどなるほど」


 よくあることかは同意しかねたが、兄妹談義を和やかにするつもりはない。テトスはホリィが去っていった方向を指さした。


「一応、追いかけたらどうだ。呪いで不安がってるなら、出番だろ」


 それを聞いたクェリコは、困ったように肩を落とした。


「でも、ホリィさんにせっつかれて見てみたんですが、呪いの痕跡も何もないんです。だから、解呪も何もできないって何度も言っているんですよう」

「そうだわ、私も気になっていたの。今、おまじないが流行っているでしょう? あれは呪いが関係あるのかしら」

「おまじないって、アレですよね?」


 クェリコの顔は嫌そうに皺が寄った。



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