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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
手鳥のおまじない
6/13

4 新米解呪士


 がちゃがちゃと動作に合わせて装飾具が鳴る。

 一際目立つのは、やはり胸元の首飾りだ。よく手入れしているのか、首飾りに連なる木製の玉には、滑らかな光沢があった。

 魔道具屋に養子に出たナーナならば、詳しい素材や効果もわかるのかもしれない。玉と共にある金属板や薄く伸ばした鉱石の飾りは、魔除けや解呪の道具らしさを見せるのに一役も二役も買っていた。


「こ、こここ、こちらっ失礼します!」


 鳥の鳴き声みたいにどもって、テトスの隣の席にクェリコは座った。

 がちゃん、と食器が音を立てる。仮にも貴族の出だというのに、優雅な振る舞いとは遠いガチガチに固まった仕草だ。


「お隣を、クェリコ・ル・ヘロフィースが座らせていただきましたっ」


 見ればわかることを口にして、クェリコはこわばった指先で首飾りを探る。


「ヴァーダル・デ・カロッタ様から、お話を伺っております。先だっては、大変なご迷惑をおかけしました。婚約者である、モナ・ランフォード様からのお品だとは気づかず」

「あー……まあ、わかったなら別に」


 話を蒸し返されて疑われては面倒になる。テトスが適当に返事をすると、クェリコは難しい表情のままテーブルを見つめた。

 学園に入りたての一年生。

 十四、五歳の少女にしては小柄だ。座っているとますます小さい。

 つむじのあたりでひっ詰めた髪のせいで余計にそう思えるのだろうか。低い位置にある頭を見下ろしていたところで、クェリコは急に声を上げた。


「で、でも! 呪いの気配は当たっていましたし、わた、私、大丈夫ですよね! できてましたよね!」


 必死な視線だ。


「なんでこっちに聞くんだ」

「これからカロッタ様に関わるなら、わだかまりは少ないほうがいいんです! だって、特別も特別、デの御家ですよぅ。将来的にも、我が家より上のお立場であることは間違いないですし」


 都貴族の中でも、特別な貴族家というものがある。

 それが、初代王の名前、デラドルにあやかった文字を持つ家だ。順番はそのまま、デが最上位となり順々に位階が下がる。さらにその下には、都に住む貴族や地方の貴族たちが並ぶ。

 辺境地に住むテトスたちにとっては遠い存在だが、ここではそうもいかない。


「お怒りを買うわけには……考えるだけでも恐ろしいっ! 我が家は中立派閥ですけど、カロッタ家に配慮しないわけにはいかないんです」


 貴族のしがらみも面倒なものだ。


(ヴァーダルのとこは純人主義でも穏健派なんだっけか……そもそも穏健派でも緩い純人主義思考しているけどな)


 必死に言うクェリコに、ふうん、と気のない返事をテトスはする。

 しかし、緊張か恐れかでいっぱいいっぱいのクェリコには届いていないようだ。そばかすの散った頬が引きつって、令嬢らしからぬ化粧っけのないむき出しの額にうっすら汗が浮かぶ。


「それにそれに、グリクセンは我が家よりやり手。足元を掬われないように、解呪士としてやり遂げなきゃ」


 ぶつぶつと呟くクェリコは、また大事そうに首飾りを撫で触っている。そうすることで多少は落ち着いたのだろう。


「カロッタ様の御身の安全のためにも! チャジアさん、が、がんばりましょうね!」

「……そうか」


 テトスとしてはそこまで熱心にするつもりもない。だがクェリコは強く鳴くように続けて言った。


「ああ! そうだ、聞いてくださいませんかチャジアさん」

「なんだ」

「あのとき、呪いの気配は確かにしましたが、正確には違う感じがするんです! これは、カロッタ様のご安全を図るにあたって重要なことかと思います」


 このまま居ると、まずい気がする。

 そこまで聞いて、テトスは素早く食事を始めた。隣では、クェリコが思い返すようにしながら呟いている。


「あのランフォード様に宛てられた飾りではなく、もっと纏うような呪いみたいで」


(思ったより性能いいのか。厄介だな、あの呪い感知の道具)


 そう判断して、勢いよく皿の上の残った料理をかきこむ。


「あっ、どうされました?」

「呼ばれていたの思い出した」

「えっ、じゃ、じゃあ、また! 呪いがかけられているかもしれませんから!」


 声が大きい。呪いの単語に食堂に居た生徒の視線がこちらに向かう。

 答えを返さず、最後の塊を口の中に放り込んで咀嚼する。

 まだまだ話をしたらなさそうなクェリコを置いて立ち上がる。空き皿を重ねて、テトスは大股で片付けに向かった。

 もちろん用事もでっち上げなので、早々に寮に戻るだけだ。

 とくに誰に引き留められることもなく、テトスは速やかに自室まで戻りようやく一息つけたのだった。







 帰寮後は適当に課題をこなして、鍛錬を終わらせる。

 就寝時間となったころ、テトスは自分のベッドサイドに備えつけられた机に向かっていた。

 机に物はほとんどない。筆記具にランプがあるだけだ。引き出しから手帳ほどの大きさの薄板を取り出して、ペンを取って表面をつつく。

 一見、薄い石と木版をくっつけたものだが、これは魔道具である。

 つついた途端に波紋が表面に広がる。すると、文字が現れた。

 やや丸みがある細い文字。ナーナだ。


『報告。まず、ヒッキエンティアでもお呪いをした人はいたみたい。もちろん止めさせたわ』


 文字は次々と現れていく。

 この魔道具は、離れた場所でも文字のやりとりができる代物で、ナーナが編入時にテトスの荷物に忍ばせたものだった。なんだかんだと連絡に便利なため、今に至っても使用している。


『でも、肝心の黒い小皿は見当たらなかったのよ。消えたって言ってたけど、そこは確認してみないとね』


 ナーナの文字はすらすらと続く。


『あと、橋の街の店について。休養日の自由市に出る店が怪しいみたい。たまにしか出ない店もあるから、珍しいものもあるそうよ。私のほうは以上』


 書き切ったのだろう。テトスの返事を待つかのように、小さな波紋が広がって止まる。

 文字を書く前に、テトスは周囲を見回した。

 寮の部屋は共同スペースとは別に、それぞれ個人のスペースがある。ベッド周りに魔法がかけられたカーテンがあり、それでスペースを覆うと簡易な防音効果を持って周囲と区切るのだ。

 異常がないことをよく確認してから、板に文字を書きこむ。共有のノートに同時に書くような感じで、文字が画面に反映されていく。


『こっちはまだ何も。店の位置はわかるか』

『聞いておいた。ところでムーグ自慢の妹って、今日はお休みだったみたいよ。何か聞いた?』

『知らん』


 知っていたとしてもあまり関わりたくはない。そっけなく返したが、ナーナは気になるようだ。


『そう。まあ、明日になればわかるかしら』

『なんだ、ライバルになりそうだと心配になったか?』


 テトスがわざと煽るように書き込むと、すぐさま返ってきた。


『そんなんじゃないわよ。あのムーグが言う妹の様子からだと、おまじないしそうな子かと思ったの』

『ああ、なるほど』


 ナーナの言うのも的外れではない。やるかやらないかと聞かれたら、やるタイプだとテトスにも思えた。

 実際に会ったことはないが、ホリィやトイットが話していることから類推できるのだ。やれ、流行りものが好きだの、綺麗なものや占いが好きだの、夢見がちだの。お転婆でちょっとわがままなところがあるとも話していた。


『他にそっちで分かったことは? まさか、私より情報がないの?』


 返事をしようとしていた手が止まる。ナーナの指摘が当たっていたからだ。

 だが、肯定するのは癪だったので、テトスはクェリコについて書くことにした。


『カラルミスに入った新米解呪士は、ヴァーダル預かりになる。顔合わせをした』

『それで?』


 ナーナとしても気になる話題だったようだ。催促する言葉に、テトスはペンを走らせた。


『胸の首飾りが判別の魔法道具だが、思ったより高性能だぜ。お前が持ってきた物と俺が使ってたやつで、感じが違うとわかっていた』

『実は鳴物(なりもの)入りなのかしら。それにしては自信がなさそうな子だけど』

『話してみると結構うるさかった』

『あら、懐かれたの。良かったじゃない』


 全然よくはない。テトスは思わず顔をしかめた。


『とりあえず、こっちでも気をつけておきましょう。ティトテゥス、今朝みたいな間抜けを晒さないことね』

『わかってる。次はない』


 テトスはペンで言葉を短く書いて結び、表面を再びつついて画面を消した。


(黒い小皿は消えるか……まあ、ナーナが調べるならそっちは任せてもいいか)


 魔道具の線を辿るなら、魔法の構築が覗けるナーナのほうが良い。


(俺が確認するなら、ヴァーダルあたりからだな)


 帰寮してから聞いてみたが、反応は「そういう話しもあるね」くらいなものだった。詳しい情報は聞けていない。

 というのも、話そうにもヴァーダルに挨拶をとやってくる生徒たちのせいでうやむやになってしまったからだ。いくら大らかなヴァーダルでも疲れたのだろう。

 最後には、いつも余裕に微笑む顔が疲労に変わってベッドに突っ伏してしまった。こうなってしまうと、テトスが今すぐできることはない。

 ランプの小さな明りを消して、テトスは自分のベッドに入った。あくびを噛んで目を閉じれば、あっという間に眠りに落ちることができた。




 そして、あっという間に数日が経過した。


 相変わらずおまじないは流行っているらしい。小皿も休養日に探してみてはナーナに鑑定してもらったが、すべて普通のものだった。

 ジエマのことも気にしてはいるが、今のところ穏やかに過ごしているようだ。口実に何度か会いに行ってご機嫌伺いしているので、正直なところ役得だなと思ってしまう。


(今日もお話を伺ってもいいかもしれない。いや、定期的な様子見は必要だな。正当な理由だ)


 いつも通りに早く起きたテトスは、そんなことを思いながら伸びをした。そのままベッドから出ると手早く顔を洗って身支度をする。

 カラルミスには地下競技場があり、そこで鍛錬をするためだ。

 ミヤスコラ学園の制服は、特殊な生地を使っているため多少の無茶な動きをしてもほつれもしない。汚れても魔法があるので、数枚制服と下着があれば十分に生活していける。

 シャツとズボン、靭性に優れた手袋。それから辺境地から愛用している特別丈夫なブーツ。ベルトとは別に腰元には飾り紐を絡めて巻きつける。

 この飾り紐は、テトスが辺境の土地から大事に持ってきた。身を守る防具であり武具の一つだ。

 特殊な動物の毛を魔法を使って強靭に編んで作られており、どれほど強い力で速く乱暴に使っても、ほとんど衰えない。紐の先はわざと硬く尖らせるように編んでいるため、即席の刺突武器にもなる優れモノである。


「よし」


 目視と、体をひねったり軽く動かしてみたりする。今日も問題ない。

 部屋はまだ静かだ。共同スペースにある机まで歩いて、木製細工の小箱に触れる。防犯機能が施された魔法道具だ。ヴァーダルの身辺警護用にと増えた設備である。

 それを起動させてから、「先に出る」と声をかける。ベイパーから寝ぼけた声が返ってきた。起きたらしい。

 そうして、テトスは日課となったこの一連の行動をしてから、ようやく部屋を出た。



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