12 もう一つ
死んだ。
意識がなくなって、完全に一度は死んだ。
そう思って目を開けたテトスを待っていたのは、再開に感激したのちに怒りを露わにした面々であった。
横たわりながら、涙目で訥々と語るジエマの説教をテトスは粛々と受け入れた。
後悔はしていないが、反省はしている。
そんなテトスの考えを理解しているのか、足をたたんで座るジエマの圧はいやに凄みがあった。
「もし先に行ってしまったら、私、絶対に追いかけません。ええ、誓って追いすがったりしませんわ。
私は一人寂しく、あなたを恨みながら生きるのです。きっとそうします。きっと。
そうさせたくなければ、少しでも、長く傍にいてくださいませ。いてくださらなかったら、もう、知りません。存じ上げません、そんな御方。
それに第三者の方から、大切な命の残りについて聞かされたのです。許しません。そのように大事なことを仰ってくれないのは、信用してくださらないということなのかしら。でしたら結構です。
私、ここに来て、皆様に迎えられて。あなたがいなくても生きていけると、知ってしまったのです。後を追ったりなんて、絶対にいたしません。
そのような投げやりなことをするくらいなら。いっぱい長生きして、恨みが薄れたら素敵な人と……人たちと、新しく生きてやるのですから」
口を挟む暇すら与えず、ひたすらに、恐ろしいまでの淡々とした口調で言い切る。
「あ、ああっと、はい。反省しています」
恐る恐るテトスが返すと、目を怒らせて「当然です!」と返された。
ジエマだけでなく、ヨランにもだ。
「安静にしてください。本っ当に、フリとかじゃないですからね」
ヨランはテトスだけでなく、ナーナにも言い含めた。
「ナーナティカも、これ以上は駄目です。テトスみたいな死に体になりたいんですか。僕は嫌ですし、絶対させませんからね」
「でも、もうちょっとだけ」
とろんとした声でナーナが答える。ひどく疲労をしているようだ。動作はのろのろとしている。ヨランに助け起こされて、ぐでんと寄りかかっているのは甘えているせいだけではないだろう。
「回復するための薬も、魔法と同じで万能ではないんです。はい、腕出して。自分でできますか?」
「はあい。それヨランがして……う゛っ、いっ」
ヨランも随分様になっている。せっせと腕に注射を打ち込むと、上から膏薬を塗り込む。慣れた様子だ。
しかしそれで少しは楽になったのか、ナーナは息を吐いてそのまま欠伸した。
広間がほのかに明るくなっている。窓を見ると、夕陽が眩しく光っていた。
ぱち、とテトスは目を瞬く。
体に違和感はない。むしろ好調だ。
怪我も一つもないし、力加減も問題なくできる。呪いを使わなくても大丈夫そうだ。
(能力が落ちたとかは)
体を起こすついでに、軽く跳ねてみる。後転。空中で側転捻りからの回転を経て着地。問題ない。
「テトス!!」
「テトス様! 聞いていらっしゃらないのですか! 安静です!」
レラレ姉弟の叱責がすかさず飛んできた。
「うおっ、はい。安静してます」
「もう、もう!」
ひしとジエマに抱き着かれてしまった。ぐすぐすと胸元で泣かれてしまっては、身動きも取れない。
「許しません」
「それは困ります」
「もっと怒られてしまえばいいわ」
腫れぼったい目のナーナが嫌味っぽく言う。
「粗末にしたら一生馬鹿にして恨んでやる……換えなんてないんだもの」
ナーナがそう言う理由は、テトスにもわかった。
部屋にいないカイデンの姿と、無事な自分の姿。窓を見て、反射した自分の目の色。光源による見間違いかと思ったが、違うのだろう。
青と薄暗い橙が混じった色がそこにあった。髪の色は元々濃いテトスの髪色に紛れたのだろう。
まるで損傷箇所を金継ぎするような風に感じた。
「わかってる」
しがみついたまま顔を伏せているジエマも、本気で自分たちのために怒っているヨランも、ぶすくれた顔のナーナも、テトスが倒れたときの状況を見たのだ。カイデンとも話したのかもしれない。
「悪かった。ありがとう」
あえて、軽く言った。言ってみせた。
ふん、とナーナがそっぽを向く。鼻を啜って、天井を仰いだ。
「……これで終わったのよね。お祖母様だった?」
「わからん。俺が来た時には、もう木の異形があっただけだ」
あそこにいた。
テトスが異形のいた位置を向くと、そこにはもう大樹の姿はない。天井を突くほどの太い幹の跡形もなく、名残とばかりの壁や床に這う黒い根ばかりだった。
すると、ちか、と何かが反射しているのが見えた。
「あれなんだ」
ジエマごと抱えて動いて、光るものを取りに行く。
「宝石、いや、これ樹液が固まったものか」
琥珀が落ちていた。ごつごつとした塊は手のひらくらいの大きさがある。
「こういうの前に見た気がするな」
「前、テトス様にいただいた琥珀を思い出しますわ」
「ああ、そうでしたね。半分にしてお渡ししたこともありました」
「まだ大事に持っていますのよ」
「新しいの、いります?」
「物でご機嫌を取ろうとしても、いけません」
「そんなつもりじゃないんですが」
思わず苦笑いが出てしまう。琥珀を持って、それならばとナーナのほうへと放った。
「ナーナこれ。いるか」
「聞く前に投げないでちょうだい。わ、危ないっ」
わたわたと両手で受け取って、ナーナは琥珀を掴む。
「出来のいい魔法道具の媒介になりそうね。でもこれ、魔法構築式が入っているわよ。なになに」
文句をいいつつも光にかざしたり回し見たりしている。目を眇めて、ん、とナーナは首をかしげた。
「炉の魔法道具の余剰分? でもティトテゥスのではないわ、これ……分割。割譲。複製。再生成。ん、んん?」
「魔法道具は混ぜ合わせるものですが、聞く限りは複数作るようなものですね」
ヨランの言葉に、ナーナは「そう!」と声を上げる。
そして、拾っていた壊れかけの炉の魔法道具と比べ始めた。
「これ、片割れがいる? 多分、いるはず……搾りかすかもしれないけど。そんなものがもう一つある、かも」
「どういうことだ」
「ちょっと待って。待って、部屋の……! ああ!」
今度は四つん這いになって床の根を見たかと思うと、ナーナはばしばしとその根を叩いた。
「偽装の魔法! 異形になる促進魔法! これ、お祖母様、駄目なほうの天才だわ!」
「ナーナ。だから、つまり何が言いたい」
「本体がもう一つ、別にいるのよ!」
テトスの問いかけに、そのまま捲し立てて答えが返ってくる。
「複数を混ぜた強力な異形個体に、疑似的な自己と同じ人格を植え付けたの。それで余って出来た個体で自分も作り変えている。ここに来たのは、お祖母様の皮と心を植え付けられた何かで、とにかく!」
「とにかく」
言葉尻を繰り返したテトスにナーナは結論を下した。
「領主様や残りのモングスマの人が狙われているわ。まだ終わってない!」
***
夕間暮れの回廊を歩いて、ベイパー・ウァリエタトンは珍しいものを見つけた。
可愛らしい可憐な白い小花だ。
(珍しいな、ここらじゃ咲かない花だろうに)
栽培条件が限られたものだった気がする。芸術家である弟が塗料の原材料にしたいと、そう強請ったときに見た。きっと同じだ。
この時期に咲くこと、香り、それに効能。見た目は大輪の華のように絢爛ではないが、楚々とした美しさが審美眼をくすぐる。
つい、足を立ち止めて、観察する。
ミヤスコラ学園の広大な敷地ともなれば、どこかから根を運んで棲みついた可能性もなくはない。魔法に優れた学生や職員が育てたものの可能性だってある。
何せここは学園構内の前庭だ。
人気がないのは、今が寒期休みの真っ只中だからだ。そうでなかったら、あっというまにこの可憐な小花は摘み取られて無くなっていただろう。
(テトスあたり、彼女に似合いそうだと持ってきそうだな)
自分も好いた相手に持っていくだろうことは棚に上げて、ここにいない友人を浮かべて笑う。
「おや、可愛らしい花だねえ」
「ヴァーダル様、御戻りで」
「うん。今日の話し合いは順調だった」
いつの間にか近くに来ていたヴァーダルは、ベイパーに気安く声をかけると肩を叩いた。
「摘んでおいてあげるかい。テトスは喜ぶかもしれない」
「やるなら自分でやるって文句いいますよ、あいつ」
「それはそうだね」
笑ってどちらともなく歩き出す。
「うまくやってるかなあ。お土産あるといいなあ」
「そりゃあ、やってもらわないと困りますよ。こっちはおかげで、長期休みも学園で身を守りながら籠る羽目になっているんですから」
「ははは、たまにはいいものだよ」
「笑いごとではないんですよ。この後、モナ様と会って今後の昇爵や拝領について詰めないと。あとまた呪いの気配だとかでヘロフィースが相談したいと言ってましたし」
「おっと、そうだった」
呆れながら指摘するベイパーに、ヴァーダルは肩をすくめた。
「ほら、言った傍から」
「カロッタ様! あ、ウァリエタトンさんも。聞いてくださいよぅ、呪いらしい気配がどこかからするんですけど位置が全然つかめなくって」
遠くからばたばたと小さな影が見える。両手を振ったクェリコが二人に向かって声をかけた。ヴァーダルが目くばせすると、ベイパーが軽く手を上げて答えた。
「防衛強化や護身についてどうしましょう。学園内外のこともありますし、ご意見を聞きたくて」
「わかった。けど、別の御用が先だ。あとで俺が話を聞くから、ひとまず戻ってくれ」
「わかりました。待ってますからね」
ぺこっと勢いよく頭を下げると、魔法道具を掲げながら忙しなくクェリコは元来た道を戻っていく。
それを見送って、ヴァーダルが笑いながら言う。
「やあ、すっかり馴染んできたじゃないか。ともあれ、辺境の客人も来るというから、それの話も出来たらいいけどな」
「なるべく調整してみましょう。でも今は、もう時間がないので今度です。ほら、行きますよ」
「うーん。君もだんだんやり手になってきて、僕は嬉しい」
「言っている場合ですか」
お小言は勘弁と言わんばかりにヴァーダルの足が早まる。距離を離されてしまわないよう、小走りでベイパーは追いかけた。
さわさわと風が吹く。
肌寒い風に、白い小花が揺れている。
ぽつ。ぽつ。と蕾が膨らみ、花弁が開く。
小花は増殖していた。
前庭の一角から染み出るみたく、草の根を増やし、じわじわと地面から花葉が伸びていく。草花の影となった土は、黒々とした影を作り出した。
影は黒く伸び行き、暗い沼が揺らいだような形ができる。いや、影ではない。
土自体に変化が表れていた。
周りの乾燥した土とは異なった、湿ってどろどろとした黒い土。粘り気を帯びた黒土はつやつやとタールのように光った。
その黒土が緩やかに盛り上がる。
静かに音もなく、地の底から何かがせり上がり隆起する。
ずるりと先端を顕わにしたのは、しなやかな木の根だった。
小花の根とはおよそ似つかわしくない、すべすべとした太い木の根。それが空に向かって曲がりくねり伸びる。
木の根はゆるやかに突き出していくと、しゅるしゅると重なり束ね、形を作っていった。
二点から斜めに交差しながら編み上げ、さらに太い一本の束となる。そしてある程度伸びきると三方向へとまた枝分かれして、止まった。
人気のない前庭で、誰にも見られることなく、ひっそりと。
木の根の塊は、人の形を象り作り出した。表皮は枯れて、夕暮れの光も相まって黒い影のように佇む。
音はない。発する器官も、顔もない。
ただ人を象っただけの、実体を伴った影法師だ。
やがて黒い影は、ゆっくりとぎこちなく、それでも確実に黒土と花を踏みしめて周囲を見回す。
しばらくして、動きを止めてから少し。時間を巻き戻すように再び地面にもぐると、跡形もなく消え去った。




