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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
めいろの揺籠
43/48

11 愛とあがない


 耳がわんわんとわめいている。

 辺りは静かなはずだろうに、自分の血流がうるさくてかなわない。


(あー……嫌だな。動けねえや)


 正直、死にそうだ。

 そう思った。

 うつぶせになったまま、緩く瞬きする。指先一つ動かすのも億劫だ。いや、まともに動きそうな指の状態ではない。それなら動かないのも納得だ。

 ひゅうひゅうと鳴るのは、カイデンのものだろうか。自分の喉もきっと同じように傷んでいるだろうと、ぼんやりと考える。


「……お前、先はもう、長くないのか」


 聞き取りづらい掠れ声で聞かれた。テトスは答えようとして、咳き込んだ。


「この、道具。使い方は、私も知っている」


 どういうことだ。テトスは纏わりついて引き留めるような空気の重さに抗いながら、ゆっくりと振り返る。

 カイデンは這いつくばりながら、あの炉の魔法道具を手にテトスを見ていた。








「静かになった」


 ふらついた体をヨランが支える。ナーナは急に静かになった扉の向こうを見て、つばを飲み込んだ。つう、と頬に汗が伝う。


「な、ナーナティカさん。テトス様は……!?」


 今まで静かに耐えていたジエマが、扉に駆け寄る。

 扉から侵食してくる根を牽制していたのは彼女だ。空になった薬瓶を、らしくもなく投げ捨ててドアを開けようとする。

 自分が話せばテトスは、さらに困るだろう。そう思ったジエマは、黙々と被害を拡大しないように努めていたのだ。事態が収まれば、そんな場合ではないとばかりに動き出した。


「姉さん」


 ヨランのかける声も聞こえないようで、ジエマが急いた仕草でドアを押す。びくともしない。

 見た目には植物の根はほとんど残ってないが、反対側にはまだ残っているのだろうか。隙間から這い出て、薬の効果によって枯れ果てた根の数は尋常ではなかった。


「開かない。開かないわ……待って、まだ予備があります。これを使えば」


 動揺に震える手先で、薬瓶を取り出す。

 蓋がうまく開かない。ヨランはそれを見て、「貸して」と言う。軽く力を入れて開けるとナーナに頼んだ。


「ナーナティカ、これを向こう側に届けられますか」

「いいわ。まかせて」


 それくらいなら簡単だ。ナーナはヨランから受け取った薬瓶に魔法をかけた。薬液を操ってドアの上部の隙間へ侵入させたのちに魔法を解く。

 じゅ、と蒸発音をあげて、白い煙がけぶりだす。

 すかさずジエマがドアを押した。


 今度こそ、ドアは音を立てて開かれた。



「テトス様!」


 真っ先にジエマが駆け出す。

 名前を呼んで、つまづきそうになるのも構わずに入っていった。

 ナーナはヨランに支えられながら、中へと入った。枯れた黒い根が張り巡らされている。その中央に、炉の魔法道具を手にしたカイデンと付したテトスがいた。

 どちらも重症だ。一目で手遅れだとわかるほどだった。


「伯父様」


 ナーナの声に、視線をゆっくりと彷徨わせてカイデンは顔を向けた。

 こちらを見ているようで遠くを見たような視線。もう見えていないのだ。緩慢な仕草で血を滴らせた腕をナーナの方向へ差し出した。

 その手には、炉の魔法道具が停止させた状態で留めてある。

 かろうじてまだ使える。そのくらいの損耗状態だ。


「ナーナ。回復措置だ。私を、使え」

「何を」


 ヨランに掴まる腕に力がこもる。ナーナは言葉に詰まって、黙ったままのテトスを見た。

 血だらけで、意識がない。息だけはまだある。ジエマの泣きそうな、我慢するしゃくりが響く。


「ヨラン、行って。診てあげて」

「……わかりました」


 一瞬の沈黙。何かを振り切るように、ヨランが返事をする。ヨランから離れてふらつく体を堪えて、ナーナはカイデンの近くに膝をついた。


「ナーナ」

「はい」


 名前を呼ばれて、ナーナはその伸ばされた手に触れた。ふ、とカイデンの表情がかすかに緩んだ。


「私はもう、捨てたくない」


 吐息混じりに、時折、ひゅうひゅうと息をこぼしながらカイデンは言う。


「テトスに……命を、捨てさせるな」

「それは、でも」

「お前、たちの……の頼み。愛しい子を、見捨てさせないでくれ」


 託された魔法道具が煌々と光る。

 カイデンの命を犠牲に、テトスを助けろ。人工的に混ぜ合わせる、今は禁忌となる魔法道具で成し遂げろ。

 魔法道具を向けられたとき、薄っすらと理解していた事柄を突き付けられてしまった。

 重たくのしかかる手に、ナーナは言葉を詰まらせた。唇を噛んで、返す言葉を探す。何も見つからなかった。


「聞いていれば。あなたは、酷い人だ。そう言いながら彼女にさせるのですか」


 テトスの処置をしながら、ヨランが気色ばむ。


「きっと、あなたの言うことは正しい。そうするべきなんでしょう。でも、それじゃあ。人の命を、生きたまま使えと言われたナーナティカの気持ちはどうなんです」


 ナーナの代わりとばかりに、ヨランは怒りをあらわに吐き捨てた。


「愛しいというなら、彼女をもっと……!」

「君は、わたしと似ているな」


 ゆっくりと、カイデンが呟いた。


「ナーナ。テトスのことを、知らぬはずが、ないだろう。時間が、ないのだ」


 途切れ途切れになってきた言葉を、わずらわしそうに紡いで続ける。


「モングスマ、当主として……命ず。ナーナティカ、炉により、ティトテゥスを、救え」

「……拝命、しました」


 言葉に涙がにじむ。零れ落ちそうになるのを無視して、ナーナは手のひらに託された魔法道具を引き取った。


「お前が、かたくなにティトテゥス、と、呼んだかいが……あったな。先見の明があること、誇らしく思う」


 これは汗だ。

 二つの目玉から零れ落ちるのは、たまった汗だ。

 ナーナは悲しみを誤魔化してそう思い込んだ。

 疲れて、へとへとになって、だからふつふつと湧いて伝ってしまう。だから、しょうがない。

 父によってつけられたという、ナーナとテトスの名前。古い言葉をもとにした名前は、その通り、昔から今に至り定着した魔法構築式と同じ効力を持つ。

 名が魔法になる。

 そして、双子として自身の体を媒介に干渉できるナーナは、理解していた。


 テトスが普通の人よりも余命が短いことも。それを気にせずに、好き勝手生き急いでいることも。


 だから、最初はいやがらせまぎれ。次は限られた存在である身内を慮る気持ちを込めて。無茶をしないように意地でも正式な名前を呼び続けた。

 後腐れなく、誰もが自分をそういう手段で引き留めさせないために略称を好むのを見越した上で。

 いつか、取り返しのつかない無茶をテトスがした時のために。自分が首根っこを引っ掴んででも引き留めるために。ナーナはティトテゥス、と呼んできた。


「うまくいく」


 そしてカイデンは腕の力を抜いて、完全に横たわった。大息が始まる。

 テトスのほうも、快方には向かっていない。ジエマが泣きながら止血をしている。ヨランもそれを手伝いながら、気遣わしげにナーナを見ていた。

 ひどい顔を見られている。それが余計にどうしようもない気持ちにさせる。


(でも、やらなきゃ)


 時間がない。その通りだった。

 正確に、一つの命を拾い上げるのだ。

 空いた腕で、ナーナは乱暴に目元をぬぐった。


「ヨラン、伯父様の隣にティトテゥスを並べて」

「……わかりました」

「私も、手伝います」


 涙声のジエマが名乗りあげて、ヨランと共にテトスの体を動かした。少しの距離だけなのに血の道が出来しまった。

 ナーナは並べられた二人を前に、一呼吸置いて口を開いた。


「……≪起動≫」


 炉が、再起動する。

 ナーナの手の内にぷかりと魔法道具が浮かび上がる。中心の光を覆い隠していた金属の網飾りが緩やかに動き出した。

 これほどの被害を作り出した球体は、こうしてみるとこぢんまりとした瀟洒なランプにも見える。


「《焚べよ》」


 厳かに光り輝く炉の魔法道具は、ナーナの指定したとおりカイデンを最初に飲み込んだ。糸が伸びてくっつくように、魔法道具から広がった黄金の細い網が柔らかく包みこむ。

 続けて、同様にテトスも飲み込んだ。


「今の言葉で、大嫌いになったわ」


 文句を言い捨てて、ナーナは魔法を使う。


「だから、だから。せめて大事に使って引きずってやる」


 炉の魔法道具を掲げる。ナーナの手先を離れ、宙へと浮かび上がる。

 高度をあげた魔法道具は、いよいよもって網の目を広げた。数歩下がったナーナが指示をすれば、従順に動く。

 部屋の中を煌々と暖かな光が満たして、揺らめく。

 二人の体は金色の網に包まれたまま、光りを放つ中心に向かって投げ込まれる。

 まるで光る口の中に、とぷん、と共に溶けて消えていくようだった。


「≪炉よ。赤々と燃せ≫……≪捧ぐ。溶かせ。合わせ。生み直せ≫」


 そして、もう一人の家族にも文句と苛立ちをこめて、ナーナは高らかと詠唱を略すことなく丁寧に唱えた。

 己の持てる才を使って、研鑽したこれまでの力を余すことなく利用して。構築式へ正しく干渉し、望む結果を誘導する。


「≪ティトテゥス≫」


 光を収縮させながら、魔法道具は金属の網をくるりくるりと回転させる。やがて自身を中心とした繭玉を作り出した。大きさはナーナ達を余裕でくるむほどだろう。

 宙に浮かんだ物は、何に掴まるわけでもなく浮かび上がったまま。

 こぼれていた光は徐々に収まってきている。繭玉の中に光が閉じられていっているからだ。

 ナーナの魔法の行使を、ジエマもヨランも黙って待った。

 繭玉が膨らむ。

 完全に光が遮断され、部屋は一気に暗くなったようだ。代わりに、窓からは夕陽が射しこみ始めていた。

 赤金色に輝く陽を浴びて、繭はゆっくりと下に降りてきた。音もなく着地して、動きが止まる。


「≪孵れ。出でよ(おかえり)≫」


 やがて、その中央に亀裂が入る。

 ほどけて元の形に魔法道具が戻るころ。仰向けに寝転んだ、テトスが一人そこに居た。



「息、あります」


 耳を澄ませていたヨランが、静かに言う。それを聞いて、ジエマが堰切ったように駆け寄る。

 ナーナもその場にへたり込みながら、だらんと力を抜いて仰向けになった。

 今だけは何も考えたくはない。

 目を閉じて、腕で覆って、ナーナは大きく息を吐いた。





ブラベリ魔法道具店に伝わる記録より。


炉の魔法道具による機能は、回復や治療の意図がこめられている。

よってこれは、単純な害ある魔法道具ではなく、呪いの道具ではなく。

不具だった製作者が、誰かを思って願い、希望をこめた、善を成せる可能性の道具である。


※)ただし、使い方は常人が正しく使うことは非常に困難。犠牲も伴うために、使わないにこしたことはない。

※)見通す目があれば、混ぜ合わせ中に人の成分と適合率について理解も可能。

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