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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
めいろの揺籠
42/48

10 閉じる灯火


 びゅんびゅんと過ぎ去る景色を後に、正面には辺境の城、その正門が見える。


「手間だな。親父殿が早く行けというから、壁から行くか」


 思考を整理するために、屋根を飛び飛びに跳ねて進みながらテトスはぼやく。

 一番街入り口で交戦中だった義父トルマンに駆け寄ろうとしたら、血相を変えてカイデンのところに向かえ。もしくは帰れ。そう怒鳴られた。

 帰るという選択肢はない。カイデンが危機なら駆けつけなければ。

 テトスがここまで無事で育ったのも、陰に日向にカイデンの働きがあったからだ。そう聞かされて育った。加えて、実際に学園生活の便宜を図ってくれたり、テトスが悪さをして物を壊しても融通をきかせたりしてくれた。


(腕、動きは少し鈍るがまだいける。よし)


 腰元の飾り紐を取り外して、振り回す。辺境領主の居城壁面の装飾旗や出っ張り目掛けて投げつけ、壁面に張り付いた。


(伯父上がいるなら、領主様と謁見するところ……広間か)


 それにしても人気がない。

 窓から垣間見える中の様子も、人っ子一人いない。


(逃げ出したか?)


 普段ふんぞりかえる議会の過激派や、強い者がすべてと偉ぶるやつらの姿はない。いや、一部は蜂起側に回っているので、そんな極まった者は論外だろう。

 口先だけの輩が今頃逃げまどっているのかと思うと、業腹だ。腹立ちまぎれに壁を蹴る。少々崩れたが、仕方のない犠牲だ。そうしておこう。

 さらに壁を器用に登り進む。


 すると、窓が開いている箇所を見つけた。

 素早く近づき、窓枠近くにしがみついて中を覗き込む。

 息を呑んだ。

 テトスは窓枠を乗り越えて、侵入した。


「伯父上」


 中には、明らかに重症のカイデンがいた。

 かろうじて立ってはいるが、腹部は血濡れで四肢にも血がにじんでいる。顔は茫洋と彼方を見ており、意識も危うい。


「カイデン伯父上!」


 テトスの声にハッとして振り向き、カイデンはなんとも言えない顔をした。


「ティ、テトス! なぜ来た!」


 言いながら、持っていた剣を振るう。相手はどろどろに溶けた人外の異形だ。急に黒い触腕が現れたかと思えば、ふっと搔き消える。

 異形を中心とした、床の黒々とした沼のような染みから出てきている。

 テトスのほうにも素早く向かってきた触腕を避けて、周囲を観察した。


(植物の根に似たやつ。どろどろの黒土っぽい肌。同じか)


 辺境を脅かしてきたものと同類の異形だ。そう気づくのはすぐだった。

 異形は部屋に根差すようにそそり立っていた。床に、壁に、天井近くまで根を張り、敵意を顕わに触腕をしならせる。沼と思っていたものは、すべて黒々とした触腕と同じ形状の根だった。

 また避けようとして、体がつんのめった。


「こいつ、なんだ」


 足を根が絡めとっている。

 テトスの足ごと取り込んで、まんじりとも動かないように茂っていく。力を入れて、無理やり引き抜くと、ぶちぶちと千切れた。

 しかし、壁にも床にも張り巡らされて、新たに着けた先からまた取り込まれてしまう。

 カイデンはすでに脛くらいまでからめとられ、身動きしづらそうに攻撃をしのいでいた。


「伯父上、今すぐ出ましょう」


 力づくで床から出て、テトスはカイデンの近くに着地する。死角を補うように立って、迫る触腕を弾く。


「いいや。お前だけ行きなさい」

「なぜです。俺が抱えればすぐにでも」


 カイデンは足元を見た。

 脛に絡む根は、テトスの力があれば怪我はするだろうが外せる。そこから適切な処置を受ければ命は助かる。

 だがそれは単純に絡んでいただけであればだ。

 テトスがカイデンの足元に屈むと、足を貫いて根が這っていたことに気づいた。


(これは……無理だ)


 仮に足ごと千切ったとして、その根の先が急所まで侵入していたなら間違いなく出血とショックでカイデンは死ぬ。


「いい。行け」


 掛けられる言葉が重たいと感じた。


(いや、まだ……)


 そう思うが、理性は無理だと囁いている。

 逡巡はわずかな間だった。


 だが、そのわずかな間が致命的だった。


「オォ、ぉおお、アァいィい」


 洞を風が吹き抜ける音。怨嗟の声といっても伝わるような、怖気をもたらす声がする。

 穴が開いていた。

 部屋の天井まで伸びた太い幹。その大樹となった真ん中がぽっかりと空いている。

 その中には、煌々と輝く何かがあった。


「なんだ、あれ」

「あれは」


 カイデンが血と唾をこぼして言う。


「炉の魔法道具。迷炉の揺篭」

「あれが、炉の魔法道具?」


 ナーナの言っていた紛失した魔法道具。

 ノルヴェンタルに下げ渡された、危険な代物がまさに展開されている。


 ――任意の“もの”を掛け合わせ、溶かし、産み出す。

 それこそ、無機物から有機物まで、ありとあらゆるものを関係なく混ぜ合わせる。


 祖母の屋敷で聞いた内容が頭に浮かぶ。ありとあらゆるもの、だというなら。


「周囲まるごとかよ」


 まず、異形の周囲にある軽いものが吸い込まれた。

 穴の中に転がり込むように、音もなく入り込んで溶け消えた。そのたびに、煌々とした明かりは緩やかに強弱をつけて照らして範囲を広げた。

 カイデンの体に手を回す。もはや有無を言わさず連れて行こうと思った。

 奇妙な異形に利用されてしまうくらいなら、体だけでも持ち帰るべきだ。そう思った。

 しかし、入ってきた窓も、ほかの出入り口も逃がすものかと根が侵食している。

 力づくで押し通るしかない。

 テトスが再び力を入れて無理やり歩こうとしたところで、声が響いた。


(≪ティトテゥス! いる!?≫)


 ナーナの声だった。

 頭の内だけでまだ近くに来ていないのか。ただ近くにナーナがいるとなるとまずい。この根を避けるのは、あの体力のないナーナには絶対に無理だ。

 テトスは咄嗟に大きな声で返した。


「来るな! 入るな!」


 この近くにナーナがいるなら、十中八九傍にヨランがいる。ヨランなら聞いてくれるだろう。


(≪何。ティトテゥス≫)


 やっぱり、その通りだ。

 テトスは踏ん張って、また襲い来る触腕をしのぎながら口を開いた。カイデンはもはや瀕死で耐えているのもやっとだ。


(このまま無理に逃げる。いや、その間に飲み込むのか? 発動を抑えられるのは、きっと今だけだ。俺なら。ナーナがいればまだ)


 できる。それなら、しなければならない。今の機会を逃してはならない。

 この魔法道具がどこまで広がるかはわからないが、犠牲が出るより先に抑えきれば。テトスが体を張りさえすれば、どうにかできる。

 考えて実行を口にするのに、時間はいらなかった。そのあとのことなんて、考えもしなかった。


「近づいたら、俺の目を使え。抑えるのを、手伝え! すぐ! 早く!」


(≪何、何。待って、すぐに≫)


 とぎれとぎれの通信が、ぷつっと消える。

 そしてすぐに、どたどたと通路の奥から声がした。


「伯父様は!?」

「そのまま入るなよ!」


 返事をした瞬間、頭が重たくなる。ナーナの魔法が掛かったのだ。

 目を数度瞬かせる。じんわりと熱を持つ視界で、猛威を振るう異形を見据えた。


「抑えろ、ナーナ」

「無茶ぶり! やるけど!」

「ヨラン、いるな? ナーナが危なくなったら、殴ってでも止めろよ」

「テトス、あなたは」


 強張ったヨランの声がする。

 触腕を払い、カイデンを庇いながら、テトスは徐々に広がる炉の魔法道具に耐えた。


 炉が広がる。

 収縮する閃光。網の目状に拡大した炉の金属飾りは、繭糸のように柔らかに木の穴をなぞり外へと漏れ出す。


「ナーナ、頼む」

「≪共有せよ(うつせ)≫」


 返事の代わりに、さらに魔法が掛けられた。

 ナーナの視界が同期して、炉から漏れ出した呪いが可視化する。悪意まみれの魔法の構築式が、這い寄る呪詛の蛇となって襲い掛かっていた。


「≪弾け。弾け≫……ティトテゥス、干渉するけど、それには」

「わかってる。早く済ませろ」


 大本は煌々と漏れ出る光の中心だ。ナーナの得意とする魔法の干渉と改変も、一端に触れないと難しいだろう。次から次へと向かう呪いの波を弾き、テトスは一歩、また一歩穴へと向かった。

 広がる網目の金属を掴む。

 手が溶けたかと思った。異常な高温だった。


「≪保護。強化(まもれ)≫!」


 即座にナーナが魔法を飛ばす。これ以上広がらないように、力任せに縮める。


「ぐ……く、ぅ」


 他人事ながら、まずいと思った。

 どさ、と後ろで倒れる音がする。カイデンが倒れてしまったのだ。

 これ以上広がっては、さらに周囲が危ない。

 息を吸い込んで、広がる力に抵抗する。反射で咳が出て、血が口から落ちた。

 テトスの行いを妨げるべく、苛烈な反撃を黒い触腕が繰り出してくる。片足でうまくいなしても、数が増え、金属の網を抑える力が必要になるほど難しくなる。

 ついには首元に足に、根が向かう。巻き付こうと、テトスをそこから離そうと躍起になっているかのようだった。


(腕、足、あー……くそ、根が厄介だ)


 己の強化とナーナの保護があっても、耐久に限りはある。

 みしみしと手元が音を立てる。金属と一緒に、テトスの体も悲鳴を上げていた。


 視界では目まぐるしく変化が起きていた。ナーナの魔法が干渉を始めている。

 呪詛じみた魔法構築式が書き換えられ、無害なものとなって宙に散っていく。

 あとどれだけ耐えればいいのか。

 数秒が、倍、さらに倍。もっと長い時間と錯覚しそうになったことは、初めてかもしれない。


「げぇ、あ……ぐぎ」


 こみ上げてくる血と唾が邪魔だ。吐き出して、緩みそうになるのを必死でこらえる。


「……っし、できた! ティトテゥス!」


 ナーナが叫ぶ。


「閉じて!」


 目が熱い。ナーナと繋いだ弊害だろう。

 遅いの一言も言う時間すら惜しい。テトスは力を振り絞り、広がる金属を押し込むため進んだ。

 書き換えられた魔法のおかげで、触腕の動きが鈍っている。今が絶好の機会だった。


「お、おお」


 進む。ぶちぶちと足元の根が千切れる。


「おおお……ッ!」


 声を上げて、限界まで体の持てる力を出す。膂力が人並み外れて生まれたのはこのためとばかりに、テトスは進んだ。


 一歩。

 また、一歩。


 最後の力をありったけこめて、穴の中に金属の網目を無理やり押し込んだ。


「≪停止せ()よ。役目()を終えよ()≫!」


 じ、じじ。

 光が明滅する。

 緩やかに、炉の光は途切れた。


「っで、あああああっ」


 瞬間。テトスは、飾り紐を取り出した。

 遠隔でナーナの強化の魔法が掛かる。

 幾重にも強化し、鋭敏な刃となった飾り紐は、遠心力を伴って振り回したことにより異形の大樹を真ん中から大きく切り飛ばした。


 真っ二つになった途端に、大樹は黒々とした塵に変化し崩れていく。

 それと同時に、テトスもまた体を傾げた。

 とうとう、どう、と音を立てて倒れ伏した。




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