8 大物狩り
施療院を中心に人が集まる。
けがをした者もいれば、国一番の学園所属だから安全と考えて寄ってきた者もいた。単純に逃げ遅れ、人が集まるならと来る者もいる。しかし、誰もが何かしらの武装をしていた。
辺境に住むのなら、身を守るすべを学ばなければならない。そうでないと不定期に訪れる襲来をしのげないからだ。いつまでも全てから逃げ回り、隠れ住む者は辺境では少ない。
誰もが出払ってしまい、助けてくれる手がないのなら、己が出るしかないのだ。
スピヌムは、向かい来る巨大な四つ足生物のことを『大獣』と仮称し、戦うに不向きな者を施療院内や背部に誘導した。自分は施療院に入って患者と向き合うようだ。代わりにスピヌムの使い魔である小鳥が大獣を攪乱するようにまとわりついていた。
戦えそうな者は、カティナが牽引して指示をとばす。
その中には、三番街の顔役であるハトゥリーもいた。ハトゥリーは、カティナと合流して警備を申し出た。傭兵隊はいち早く戦闘やその付近の異形たちに向かっているという。
常にない、ピリピリとした空気が肌を刺す。
テトスは軽く呼吸を繰り返して体をほぐした。その近くで地面に目印をヨランが付けている。白い石灰石で目印が付けられたのは、施療院前から少し歩いた、他よりも開けた場所だ。
「薬持ってきたわよ」
「こちらです。追加も用意いたしました」
ナーナとジエマが施療院から走って戻ってきた。手にはいくつもの薬がある。それを目印がある位置に置いて並べた。
「ティトテゥス、手順はいい?」
「おう。牽制と姿勢崩しに二、三発。ありったけを胸部に一発。ナーナ、お前こそどうなんだ」
「あなたがミスをしなければ、狙いは絶対外れないわよ。私の目を貸すから、ちゃんと当ててよね」
「ジエマさんのお手製の品を無駄にするわけないだろ。ヨラン、準備いいか」
石をしまって、ヨランが手をはたく。テトスたちに向かって頷き、目印の箇所を指さした。
「この位置からなら、強化と集中の魔法で聞き取ってみせます。目標を正確に伝えるのは」
「私でしょう。同調の魔法を掛ければできるはず。血の媒介でなくても、接触である程度は許容範囲内。どうかしてみせるわ」
「そうか、がんばれ」
名乗り上げたナーナではない。主にヨランに向けてのエールだった。
中性的な秀麗さをもつ顔に緊張が走っている。複雑な心境が透けて見えるようだ。
ナーナがヨランを引っ張って姿勢良く立たせると、その後ろに回った。そして当然のように背中にしがみついておぶさった。腰元にしっかりと足を回して、出来る限り接触する面積を増やすためだ。
ぎゅうと重なるように首元に顔をのせて、ナーナはテトスに目くばせした。
多くは言うまい。テトスは黙って頷いて、目印のところに移動した。
「ではジエマさん、大獣が既定の位置に着たら合図をお願いします」
「お任せください。やり遂げてみせますわ」
ジエマは距離の目視係だ。魔法道具を用いて大獣が進む進路を確認し、決められた位置に達したらテトスに声を掛ける。最も投擲で効果が出る位置諸々を計算したのもジエマだった。
何事もなければ、薬学の分野でひと財産を築ける才覚がある。それを補ってあまりある予知能力を有したために、箱入りのお嬢様として生きてきた。
予知や異能があることを怯えずに、自分で行うことを決めることができ、自由になれば。ジエマはこんなにも頼もしく活躍できる。そのことを我が事のように誇らしく感じた。自分の見る目は間違っていなかったとテトスは思うのだ。
「では」
「テトス様、少しお待ちになって」
「はい」
ぴたりと立ち止まると、何がおかしいのかジエマは小さく笑って近づいてきた。すでに横ではナーナがヨランの上で除草剤を魔法によって成形している。
そちらをジエマも一瞥したか思うと、さらにテトスに近寄って目の前に立った。それから、軽い音をたてて抱き着いた。
「ナーナティカさんもしていらっしゃるから、良いかと思います」
そして、そう言ってきた。テトスは素早くナーナに感謝を告げた。
「そうですね。ナーナ、もっとやれ」
「何、集中しているから話しかけないで」
こっちに目もくれず、ナーナは目に力を入れて前方を見据えている。大獣は外壁を抜けて今まさに侵入しようとしている。
「それにヨランが享受しているものを、私もいただいてもよろしいのではと思うようにしましたの」
「いやこれは不可抗力だから。というか今はそんな場合じゃないだろ」
早口で抗議するヨランに、ジエマはムッと表情を動かした。
「満更でもないのだから、そう言うのはよろしくないわ。得た幸運を感謝するべきよ」
「なんかずれてるんだよなあ……!」
テトスからすると非常に可愛らしい些細な力で、ぎゅうと抱き着いてくる。
何も考えず腕を回すとジエマが怪我をしてしまう。普段から呪いをかけて膂力を抑えていても、動揺しすぎては台無しになる。極力気を付けて腕を回すと、嬉しそうに目が細まった。
「ジエマさん、そろそろ」
できるかぎり優しく肩に手を当てる。
「はい。お気を付けになって」
するりと離れたジエマが、距離を置く。魔法道具の携帯サイズの望遠鏡を目元に当てて、軽く手を挙げた。
置かれた爆ぜ薬を手に持ち、軽く握る。
地鳴りが近づいてくる。自然と向かう視線は、大きく膨れ上がった異形の四つ足を捉えた。
「――間もなくです。数えます。残り、五……」
ジエマの声が響く。
「≪繋げ。共有せよ。≫」
ナーナの魔法が展開した。テトスの視界にナーナが見ているものが映し出された。自然と誘導される部位に、魔法を構築する言葉が踊る。
「狙う場所に印を付けるわ」
ヨランが聞きとった情報を元に、視界に色がつく。大獣の一部分が明滅しだした。
「三、二」
目前に迫る。テトスはまず一つを握りしめて、あの時のように強化をして構えた。
距離にして、およそ三番街の奥行きの距離と同程度。小さな町一つ分。
緩慢な仕草で外壁の門を崩して侵入してくる。黒土がぶつかった拍子にずるりと落ちるが、気にもせず進む。
「一。テトス様!」
「一つ目ェッ」
牽制と態勢崩しのための一発目の爆ぜ薬を投げつける。
そのままぐるりと勢いに任せて回転し、続けざまに地面に用意された爆ぜ薬をさらに一つ掴んで投げる。
「二つ、三つ!」
数秒遅れて、大獣の部位に間違うことなく着弾して爆発する。ぐらりと前足が地面を離れて浮く。そのまま後方に大きく傾いた。
口はあっても声を出す機能はなさそうな見た目でも、破裂音が悲鳴のようにつんざく。一際耳のいいヨランが呻いた。
「ナーナ、行くぞ」
「いつでも。ヨラン」
「ぐ、ぅう、平気ですから、そのまま」
短く言い交わして、テトスは残りの爆ぜ薬を複数まとめてひっつかむ。
(呪い解除。代わりに……)
「≪身体を強化せよ。保護せよ≫」
「≪浮遊せよ≫。≪硬度強化。同期し、追尾せよ≫」
テトスが呟きながら、先ほどよりもより強く力をこめて身構える。それに呼応するようにナーナが形状を槍のように変えた除草剤を浮かせた。
爆破による白煙が大獣の姿をくすぶらせる。その中でも、明確に色づく部位を目掛けてテトスは振りかぶった。
「せ、え、の……っ!」
「≪穿て≫!」
音を置き去りにして、空気を切り裂き、凄まじい速度で大獣の胸部に命中した。
一際大きな爆発音と余波の風圧があたりを襲う。家屋がぐらりと揺れるほどの威力に、身構えて外にいた誰もが一瞬動きを止めたほどだった。
大獣の胸部を大きく露出させ、いくつもの骨を重ね合わせてできた胸骨を壊した隙間を、寸分たがわずナーナの槍が貫いた。
「≪散れ≫!」
ヨランごと転がりながら、ナーナが言葉少なに叫んだ。
埋めこまれた槍が破裂したと同時に、大獣の体が止まる。わずかな沈黙のあと、ぼこぼこと体が泡立ち始める。
みるみるうちに肥大化した体が、痙攣している。千鳥足で数歩動こうとした。だが、それすら叶わずにさらに膨れ上がった体が臨界点を迎えた。
体表の草が急速に枯れ、黒土も色が乾燥し褪せていく。
そして誰もが見守る中で、大獣は派手に爆散した。
ぱらぱらと辺り一帯に、細かくなった乾いた土と枯れ葉が降り注ぐ。
「やった」
誰かが安堵と喜びに声を漏らす。
自然と湧きたつ者たちを前に、カティナが声高に叫んだ。
「まだだよ! お仲間が街に入り込んじまってる。私らで街を守るんだ!」
いち早く態勢を立て直して、激励を飛ばす。そこにいた全員が、その通りだと動き出した。
テトスは、ぶらぶらと手を動かして辺りを見回した。
一番貧弱だと思っていたナーナは、すぐさまヨランが庇っていたが、一緒に地面に転がっている。大きな怪我はなさそうだ。あってもヨランがどうにかするだろう。
ジエマはと探すと、魔法道具のおかげで尻もちをつくだけに留まったようだ。用意をしたナーナたちに、よくやったともう一度視線を向けて、テトスは次の行動をすぐに始めた。
すなわち、トルマンやカイデンへの助太刀だ。
「親父殿のところに向かう」
「テトス、あんた体は」
「問題ない」
これは怪我の範疇じゃない。テトスが右手を軽く動かして答える。
幼いころから繰り返した身体損傷に比べれば、軽微なものだ。少しだけ腕の内側が千切れそうになったくらい、耐えられる。
「テトス様、どちらへ」
「救援に。ジエマさんは救護をお願いします」
「いえ、でも」
ジエマは一番街の方角を見て、テトスに視線を戻して不安そうに目を伏せた。
口を動かそうと数度繰り返して、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「どうか、命を大事にしてくださいませ」
「出来る限り心がけます」
言いながら、テトスはふっと思い浮かんだ事柄があった。ネルソンの葬儀にあったジエマの予知だ。テトスに対して、行くなと留めて泣いたこと。
(……まさかな)
あまり愉快ではない想像をして、頭を振る。テトスは殊更優しく表情を作って、ジエマに声をかけた。
「では……また」
咄嗟に、再開を約束することを言っていいのかと迷ってしまった。らしくもない。
それを振り切るように、テトスは背を向けて、一番街へと急ぎ向かった。




