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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
手鳥のおまじない
4/12

2 黒い小皿


 陽の光にあたると金に透ける薄茶の髪。肩口まで切り揃えた毛先が、ふんわりと輪郭を形作っている。

 華やかな花弁を思わせる赤い瞳は、きらきら煌めいているかのよう。化粧をしなくても輝かんばかりの美しさは、見ているだけでため息がこぼれてしまいそうだ。

 いや、この美貌を見てうっとりしないほうがおかしい。

 テトスは即座に自分が考える素敵な紳士像を作り出して、きりりと構えた。

 近くのナーナが呆れた顔をしているが、それどころではない。


「お集まりのところ、失礼いたします」


 楚々とした仕草で部屋に入ってきたジエマは、テトスとナーナを見て柔らかな笑みを浮かべた。

 既定の学生服である紺色のワンピースも、特別にあつらえたように似合う。ふわりふわりと(すね)のあたりで揺れるところなんて、素晴らしい美術品のようだと思えた。テトスはしっかり目に焼きつけた。


「ナーナティカさん、それにチャジア様。お会いできて嬉しいわ」


 ジエマがそう言ってから、視線を後ろに向ける。ジエマの後ろにいた人物が目礼して去っていった。ここまで来るまでのお付きだったようだ。


「姉さん。どうして急に? 僕から聞いておくって話をしたのに」

「でもね、ヨラン。お二人にも聞いていただきたいことがあったの」


 ジエマの意思は硬いようで、ヨランの咎めるような口調にもひるまず答えた。

 互いに見合って、先に折れたのはヨランだった。


「どうしても二人と話したいみたいです。いいでしょうか」


 申し訳なさそうにヨランが言う。

 テトスとナーナは、どちらともなく入るように促した。

 ドアを丁寧に締めて、ジエマは数歩進んだ。それからゆっくりと辺りを見回して、ほう、と息をこぼした。


「ふふ、こちらがヨランたちがいつもお話している場所なのですね。私、学習小部屋は初めて。思ったより物があるのね。とても素敵だわ」

「姉さん」

「ええ、わかっています。お話があって来たのですもの」


 ジエマが部屋の中を歩き出す。テトスは即座に立ち上がって椅子を用意した。


「どうぞ」

「まあ、ありがとう存じます」


 微笑み一つが褒美に等しい。テトスはにこやかに返して、またきっちりと姿勢を正して席に着いた。


「こんにちは、ジエマ。私たちに用事って何かしら」

「ご機嫌よう、ナーナティカさん。弟がお世話になっております」


 嬉しそうに言ってから、ジエマはヨランを手招きした。

 ヨランが近寄ってくると、その手に持っていたカバンを差し出した。ヨランは一瞬苦いものを飲みこんだみたいな顔をしたが、さっさと受け取り、部屋の荷物置き場に持って行った。


「ヨランからお話を、もうお聞きになったでしょうか。予知のおまじないが流行っているようなのです」

「はい。つい先ほど」

「まあ! ちょうど良かったのですね」


 テトスが答えると、にこにことジエマはうなずいた。


「私、そのお話を耳にして……おかしなことかもしれませんが、最初は嬉しい気持ちが湧きましたの」

「嬉しい?」

「ええ、そうなのですナーナティカさん。予知をすることは気味の悪いことではないと、そう思っていただけていると知れたのですもの」


 両手を合わせて、真実嬉しそうにジエマは言う。聞き返したナーナは、眉をひそめて「そう」と気まずそうだ。ジエマは気にしていないように続けた。


「ですけど、良く知りもしないおまじないは危ないと申しますでしょう?」


 うんうんとヨランが何度もうなずいている。ジエマがおっとりと夢見がちな言動をする分、ヨランが制止役を買っているのだろう。身内として必死で説得したに違いない。


「私、ケイボット先生にもご忠告いただいて……あ、失礼いたしました。実は、ケイボット先生は、私たちの親族で」

「ヨランから聞いているわ」


 ナーナの相槌に、よかった、とジエマはほっとしてみせた。

 ケイボットは生物学教師であり、コウサミュステ寮の担当教師だ。神経質でいつもぴりぴりとしていて、レラレ家の二人と親戚にはとても見えない。


「ケイボット先生が仰るには、先生方も気にしていらっしゃるそうですわ。ですから、みだりに騒がぬようにと」

「それはその通りよ」

「ただ……なんだか胸騒ぎが止まなくって。それで、ヨランにもお話をしたのです。この噂は本当かしら、と」


 ジエマはナーナと会話するのが楽しいのだろう、手振りをつけて語った。

 予知能力者の胸騒ぎとなると、不穏を感じる。そのこともあって、ヨランもジエマの話をテトスたちに聞いてきたのだろう。


「きっと先生が探ってくれるわよ」


 ナーナが安心させるようにジエマへと語り掛ける。こういった時の声かけはナーナが適任だ。テトスもその通りだと、ジエマに力強くうなずいてみせた。


「ええ、きっとそうですわね。でも私、あまりに不安でならなかったみたいで、いつの間にか家の者に頼んだようなのです」

「頼んだって、どういうことかしら」

「あんまり記憶が残っておりませんの。どう説明さしあげたらよいのかしら……家の者に買うようにと、申しつけたそうですわ」


 おっとりと頬に手を当てて、困ったようにジエマは呟いた。


「それで、私の指示通りに購入したと、今朝がた、黒い小皿をたくさん受け取ってしまって」


 ナーナが一瞬止まってから、荷物置き場のカバンを見た。ヨランも席に戻ろうとした途中で止まり、引いた椅子の背から手が滑り落ちている。

 ジエマのほっそりとした指先が、カバンへと向く。


「入っておりますわ。そこに」

「それは驚かれたでしょう」


 テトスが殊更優しく問いかけると、ジエマはおずおずと肯定した。


「ええ、とても。ですが、苦労して集めていただいたからには、捨てるというわけにもいきません。先生に相談しようかしらと思ったのですがいなくって……」

「そうなのですか」

「はい」


 相槌にほんの少し表情を柔らかくする。それからジエマは両手を組み合わせた。

 天啓を受けた神々しさまである。つやつやとした赤い瞳がテトスとナーナを見る。


「ですので、ナーナティカさんとチャジア様なら、こちらのお品を検分してくださるかしらと思いついたのです」

「なる、ほど……?」


 戸惑いながらナーナが返した。


「こちらの黒い小皿は、橋の街で売られているものを無造作に集めたようですわ」

「姉さん。それって予知をしたんじゃないの」

「それがはっきりしていないの。確かにぼうっとは……いいえ、いつものようなものではなくて……そう。買わなきゃ、ってその時は思えて」

「やっぱり、予知じゃ」


 いぶかしそうに言うヨランに、ジエマは煮え切らない様子で否定する。


「ヨラン。予知は機を見てすぐに出てくるものではありません」

「それは知ってるけど」

「なんだか上手く言えないけれど、これは違うの」


 ジエマは目を伏せた。


(綺麗だ。何をしても絵になる人は存在するものだな……)


 憂いを帯びて揺れるまつ毛すらも芸術的だ。ぼんやり見つめていたら、ナーナから魔法が飛んできた。

 まるで脳裏に小さな雷が走ったような感覚。テトスはナーナを睨んだ。ナーナは素知らぬ顔をしている。

 文句の一つでも言おうかと思ったが、ジエマの手前だ。お上品でいなければ。


「このことは我が家に、急ぎ伝えております。相談先にナーナティカさんたちを選んでも、お許しは出るでしょう。我が家はお二方に恩がございますもの」

「ご許可はまだでも、よいと?」


 テトスがたずねると、ジエマは視線を上げた。テトスをまっすぐ捉え、こくりとうなずく。


「ええ。今回の噂が可愛らしいまじないだとしても、私が家の者に集めるよう頼んだことは腑に落ちないのです。総じて、こちらの小皿も、経緯も、よろしくないお品かと存じます」

「そうですね」


 それは間違いない。

 すかさず肯定する。返事に安心したのか、ジエマは両手を組む指を解いて膝に下ろした。


「騒ぎを持ってきたような形になって、申し訳ございません」

「そんなことは。いつでも気軽に行ってください。俺も妹も拒否なんてしませんよ」


 爽やかに微笑んだテトスの横で、ナーナが「姉よ、姉」と呟いているが無視だ。そのままカバンに視線を向けた。


「手にとっても?」

「ええ、チャジア様。もちろん、かまいませんわ」

「ちょ、ちょっと、ティトテゥス」


 ナーナの言葉を無視して荷物置き場に向かっていき、ジエマのカバンを開く。布に包まれた物が入っている。平べったくて手のひらに収まるくらいの大きさだ。


「私が呪いにかかったとき、お二人のご尽力があって助かったのですもの。このお品も、きっと良いように扱ってくださると信じております」

「その信頼は嬉しいけれど……」


 困惑した声を上げたナーナに、テトスは声をかけた。


「おい、ナーナ。触っていいやつか」

「勝手に手を伸ばさないで、もう……はい、見たわ。平気」


 テトスが異常な身体能力を持つならば、ナーナは図抜けた魔法の才がある。

 さらに特異なのは、自分の体を媒介に魔法の構築を覗くことができることだ。観察さえできれば、書き換えもできるのだ。反則もいいところだとテトスは常々思っている。

 青い目が淡く輝くのは、魔法の構築を覗き観た証だ。


「ヨランも安心して。ひとまずは大丈夫なものよ」


 ヨランに向かってナーナが言うと、頭が痛いと言わんばかりの様子でヨランがやっと席に着いた。丸まった肩をナーナがそっとさする。その様子に、ジエマは目を瞬かせてわずかに微笑んだ。


「普通の皿だな」


 カバンをそっと避けて、机の真ん中に布から出した小皿を置く。どれだけかき集めたのだろう。黒い小皿がいくつも重なっている。

 ぬめりのある光沢をした黒い小皿。

 光を反射しないほどべったりと塗料が塗りたくられた小皿。

 ひとえに黒い小皿といっても色合いは様々だ。

 テトスにはその価値はわからないが、どれもこれも大層なものでもなさそうに見える。学生の小遣い程度でも買えそうだと思えた。


「この中にありそうか」


 ナーナに向かってテトスが声をかける。ナーナは身を乗り出して、じっと小皿を見つめた。


「おそらく塗料か、小皿の材料自体に魔法の構築式を埋めこんでいると思うのだけど」


 自分の一番近くにある小皿を手に取って、ナーナはくるりと裏返す。


「どれもちょっと見栄えするようにだとか、長持ちするようにってくらいなものよ」

「つまり、ここには噂の黒い小皿はない?」

「そういうこと」


 ヨランが言うと、ナーナは肯定した。


「ヨランの噂話だと、小物屋にあるそうね? ジエマはどこの店で手に入れたかわかるかしら」

「それなら記録しておりますわ」


 ナーナに言われて、そわそわとジエマはカバンから手帳を取り出した。淡く色づいた爪紅の指先でぱらぱらとページをめくる。


「こちら、聞き取って記しました」

「ヨランといい、ジエマもマメなのねえ」


 感心した様子でナーナが手帳を受け取る。

 ジエマの書いたものだというなら、見ないわけにはいかない。テトスもすかさず体を動かして手帳を覗きこんだ。

 本人の性格を表すような、細くて柔らかな線で文字が書きこんである。意外と得意なのか、地図に小さな簡略化した絵もあった。


「橋の街の小物を扱う専門のお店は、すべて確認したと聞いていますわ。ですが、橋の街はもともと構えているお店のほかにも、場所を提供して不定期に店が開くこともあるようなのです」


 真剣なジエマに、ヨランは目を(みは)っている。それに気づいたジエマは、唇に緩やかな弧を描いた。


「レラレ家の娘ですもの。私も、やればできるのですよ」

「うん……意外だ」


 素直に言ったヨランに、ますます嬉しそうにジエマは笑んでみせた。



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