7 炉の魔法道具
炉の魔法道具。
任意の“もの”を掛け合わせ、溶かし、産み出す魔法道具。
それこそ、無機物から有機物まで、ありとあらゆるものを関係なく混ぜ合わせる。
二百年も前の昔。辺境領主家の中興の祖であり、ディアデムタルの発明王と呼ばれる人物、エミル・ディアデムタルが産み出したものの一つだ。
今でこそ、倫理規定によって規制されるような代物も、当時では革新的と持て囃された。
とくに、この発明はより強い者や優れた者を求める者たちにとって神器にも等しかった。
ただし、危険をはらむため領主家の中で厳重に保管されていたもののはずだった。
ナーナの養い親であるブラベリ家は、領主家お抱えの魔法道具屋である。
危険な道具とは何か。どういったものがあるのか。してはいけない禁忌とは。そういうことについて一等厳しく教育されてきたし、領主家に眠るリストもいずれ業務を継ぐのならと学んだこともあった。
だから、その魔法道具がどうやって起動しどのような結果をもたらしたか、人一倍理解できたのだ。
「形、基盤、方向性の指定。材料の確保。それができたら、あんな異形の一つや二つ、造ることは可能よ」
「領主様が管理していた魔法道具なら、紛失はすぐにわかるんじゃないのか」
「下げ渡されたのよ。お祖母様の嫁いだ家、ノルヴェンタル家が興ったときに、花向けとして」
「危険物なのにか?」
「前代領主様は、身内に甘い方だった。ティトテゥスも聞いているでしょう」
「そういや、そんな話は聞いた。親父殿の昔話でも、珍しく領主家のことなのに愚痴ってたような」
どんどんと、結末がまずいものになる、というピースが嵌まっていく。そんな気がした。
そしてその予想が正しいと言わんばかりに、からん、と鐘の音が鳴り響いた。
忙しなく乱雑に鳴る金属の音。何重にも多く木霊する。
襲来の鐘の音は来た方角から鳴る決まりがあった。それが重なり何度も響くということを意味するのは一つ。
「大物が出た」
従来の襲来と異なる、より強大で危険な生物が出たという証。
「戻るぞ」
言葉少なに告げて、テトスはジエマの前に膝をついた。
「施療院にきっと手助けがいります。ジエマさん、お連れしていいですか」
「はい。お連れくださいませ」
許可をもらい、ジエマを片手で丁寧に抱え上げる。それからヨランとナーナを振り返って言った。
「ヨランも来い。ナーナは適当に掴まってなんとかしろ。あと補助」
「あなたねえ……するけど」
文句を言うナーナが背中に乗っかかり、補助の魔法を使う。その間に、テトスはもう片手でヨランを小脇に抱えた。
「舌噛むなよ」
足に力を溜めて、テトスは走り出す。そのまま窓を蹴破って外へと飛び出した。
*
それが移動するたび地響きがする。
それが首をもたげると、地面は隆起して整備された通路はぐちゃぐちゃと崩れた。
そして、それを先導でもするようにいくつもの影がふらりふらりと歩いている。陽気な行進のように足取りは軽やかだ。
昼下がりの筋雲が浮かぶ青空を背景に、奇妙な集団が進んでいた。
「この間よりは数が少ないか」
地面を蹴って、矢のように走りながら遠巻きに集団を眺める。テトスが見る限り、あの集団はゆっくりと一番街へと向かっているようだ。
ただ、それよりもその後ろから迫る巨大な生物のほうが問題だろう。
「過去最高の大きさじゃない。何よ、あれ」
背中にいるナーナが身を乗り出す。
黒い毛皮のようなものをまとった四つ足の人型。手足の長さは同じで、首は短い。人型と形容するには、獣の成分が強すぎる。
一歩一歩はゆっくりとしているが、その一歩は大きい。体が三階建ての屋敷並みにあるのだ。
「辺境、こんなのが出るんですか」
唖然とした声を出したのはヨランだ。
「出ることはあるが、せいぜい掘っ立て小屋くらいの大きさだ。あれは俺も知らん。外壁門を余裕で超えるでかさだぜ」
「なんて地響き。潰されたらひとたまりもないですわね。施療院は大丈夫でしょうか」
「スピヌムのもとにひとまず急ぎます」
巨体の進行方向からは直撃しないだろうが、巻き込まれる位置に施療院はある。とはいえ、あの大きさではなんらかの被害をあちこちに起こすのは間違いない。
ジエマの声に応えると、テトスは飛び飛びに足を速めて施療院まで走り続けた。
それにしても異様だ。
どれだけテトスが速く走っても、遠目からの大きさは一向に変わらない。それだけ大きいのだ。
「テトス様、先頭に誰かいませんか?」
「先頭?」
声を大きくしてジエマが指をさす。
「≪遠目。拡大≫……女の人? んん、黒い服で顔が見えない。はい、ティトテゥスも見て。≪共有せよ≫」
ナーナの魔法によって、視界が強化される。
ぐんといきなり良く見えるようになった視界に、にわかにバランスを崩しそうになって慌てて平衡を保つ。
言われるがままに、集団の先頭あたりを注視する。
確かに、いる。
黒い喪服を着た女が、粛々と歩みを進めている。一定の速度で、前だけを見据えてただ歩いていた。周りの騒がしさも、物々しさも、そんなものはないような姿が異常だった。
「……あ」
「なんだヨラン。何か聞こえたか」
ヨランは顔をしかめて報告した。
「蜂起が起こっています。領主を狙え、モングスマを排せと。あちらから」
示された方向は街の中心だった。二番街、あるいは一番街で起こっているのだろう。思わず眉間に皺が寄る。
「どんな奴かとはわかるか」
「出蘆教信者です。声高に教義らしきことを話しています」
「あっ、ティトテゥス。横見なさい、横」
ばしばしと肩を叩かれた。ナーナに言われて、テトスは横を見た。
「なんてこと」
ジエマが息をひそめた。
歩みを進める黒服の女の集団に、おそらく出蘆教信者らしき者が近づいた。正義は我にありと言わんばかりに、堂々と流れに付いていこうとしたのだろうか。
しかし、女が一つ気だるげに手のひらを動かすと、後ろの巨体が外壁の向こうから片手を伸ばして掴んだ。そのまま、口らしき位置に持っていき飲み込んだ、ように見えた。
するとぼこぼこと背中がせりあがった。飲み込んだら、体の面積が膨れ上がるらしい。
女はそれを振り向きもせず、手を下ろすとまた歩き出した。先ほどよりも行軍は速い。
すでに集団の先頭は三番街の中に入り込み、視界は家屋で遮られ始めた。このままでは間もなく二番街、一番街に向かうだろう。
「まずいな」
「ティトテゥス、私の道具を使ってちょうだい。ちょっとは足止めをできるはずよ」
「足止め道具か。ヨラン、カバンから取ってくれ。で、ナーナに渡せ」
「はい。ええと、これですか」
銀色の金属が螺旋状に巻いた筒がヨランからナーナへ手渡される。
「≪飛べ。向かえ。急げ≫……よし、当たりそう。≪起動せよ≫」
ず、ず。と大きな体が動きをより緩慢に、速度を落とした。
「今の内だ」
その様子を確かめて、テトスは足を速めた。
走ること、しばらく。
やっと三番街区域にテトス達も戻ってこれた。
障害物を避けて、跳んで、駆け抜けて。
テトス達は施療院前に滑り込んだ。片足を軸にしてくるりと周り、勢いを徐々に殺して着地する。
少しでも遠くに逃げる領民とは逆に、施療院の前で待ち受ける人物がいた。
「遅いぞ、諸君」
「テトス! 来たなら、この先生を安全なところに避難させるのを手伝ってくれ! 梃子でも動かないんだよ」
「この施療院にはまだ患者がいる。治る見込みがある者を見捨てるのは信条に反する」
「ああーもー! 先生、そういう場合じゃないだろ、あれが見えるだろうに……」
堂々たる仁王立ちのスピヌムと、途方に暮れたカティナだ。
スピヌムはカティナの言葉を鼻息荒く跳ねのけている。
「先生らしいですが、どうしましょう」
テトスから開放されたヨランが、服を整えながら言う。
ナーナもよろめきながら着地する。長い金髪がぼさぼさと揺れている。それを手櫛で直しつつ、息を吐いた。
「どうもこうも、迎え撃つしかないでしょう」
「本気ですか」
「そうしないと、街はめちゃくちゃになっちゃうもの。あの進行方向、私の家もチャジアの拠点も入っているじゃない。やるのよ、ヨラン」
そのまま姿勢を整えて、ナーナはヨランを連れてスピヌムのところまで歩いた。
それを横目に、テトスはジエマをゆっくりと下ろした。
「ジエマさんは」
「一人でも逃げることが、きっと良いのでしょう?」
「はい」
間髪入れず答える。すると、ジエマは困ったように微笑んだ。
「ですが、チャジアの者はそれを良しとしないでしょう」
「それはそうですが」
「でしたら、残ります。テトス様が治安のために頑張るのなら、それを御支えするのが私の今の役目です」
決意を漲らせて、テトスの腕を取って握る。ジエマはそのまま手を引いた。
「さ、参りましょう。ヨランにだけ良い顔はさせませんわ」
「それは、頼もしい」
本当に、見かけによらない胆力だ。巨体の危険な生物が近づいてきているのに立ち向かう選択ができるお嬢様はそうはいない。ましてや、温室育ちだったはずの人なのに。
二人してスピヌムの元に行くと、嗄れ声で叱責された。
「遅いではないか! 対処が遅れたらどうする」
「これでも急いで来たんですけどね……ああ、母様、悪い。ちょっと残る」
「あんたもかい」
「親父殿の応援に行きたいが、まずあのデカブツをどうにかしてからじゃないと」
「どうにかって、ナーナお嬢さんと力を合わせてどうにかできるものなのかい」
カティナは疲れ切った顔で迫りくる巨体を仰ぎ見た。徐々に外壁に近づく姿は、いよいよもって強大な存在感を放っている。
黒い毛皮かと思ったものは、黒土のようなどろどろとした肌に茂る苔と草だ。祖母の屋敷で見た、あの白骨と黒土と似ている。
(あれ、ナーナが言っていた炉の魔法道具の産物なのか)
どうしたものか。誰もがそう思うなか、スピヌムだけは冷静に指示を出し始めた。
「さあ小鳥ちゃんたち、診察の時間だ。患部がどこか探っておくれ」
「ええと、先生? 何をされるんですか」
ヨランがおずおずと聞く。スピヌムは何食わぬ顔で、自身の使い魔であり手足ともなる小鳥を空へと飛ばしだした。数にして数十羽をゆうに超える数だ。
小鳥たちは縦横無尽に飛び回り、一斉に巨体の方向へと向かっていく。
「私は医師だ。戦いは専門ではないが、診察はできよう。それに異形の体とはいえ、元は人の体からできたのだろう、あれは。ならば診て当然」
「は、はあ」
「ヨラン・レラレ。いいかね、医学を志すものならしかと見ておくのだ。よく観察し、適切な部位を確認する。それも素早く! いろんな形を日ごろから観察するといい」
そういう間に、小鳥たちは小粒ほどになって巨体の周りを旋回しだした。
「異形となると、時に急所となる位置は変わる。どこに触れてはならないのか、何が致命的になりうるか……ふむ、おおよそ人の部位と変わらんではないか。つまらん」
清潔な白手袋をした指先がついっと動く。
「頭部は元より駄目だな。腹部中央……いや、心臓部はいけるか。血は通わずとも、動力源であろう。ふむ、胸骨をうまく逸らして入れれば間違いない。そこを狙うといい。いいかね、レラレ弟」
「えっ? はい」
「君の耳は実に良い。私が欲しいくらいだ。君なら部位が分かるだろう」
指先がくるくると回る。
「ジエマ・レラレ」
「はい、先生。私は今やチャジアですわ」
「そうかね。では、ジエマ・チャジア。君、蛮行の爆ぜ薬を持っているな? あと強力な除草剤は、院の倉庫か」
「まあ、ご存知でしたのね。はい、ございます」
「わからいでか。君の調薬技術の成績は知っているとも。それに、あの門の破壊痕はそうだろうよ。チャジア、ブラベリ、お前たちはそれを使うのだ」
ジエマは、いつかテトスに渡していたあの卵型の物体を身に着けていた鞄から取り出した。
「同期の魔法を用いるが……工程の説明がいるかね?」
「いるか、ナーナ」
「いいえ、先生。大丈夫です」
テトスとナーナは互いに見合ってから答えた。
ヨランの指示にしたがってテトスがジエマの爆ぜ薬を投げ、その後をナーナの魔法で除草剤を投入する。そういう作戦だ。
「ではそこのチャジア母。周囲の警戒を頼もう。なに、すぐ終わろうよ」
「任されたからにはやるけどさ。テトス、あんたたち、大丈夫かい」
カティナの視線は懐疑的なまま。茶色の目には心配の情が透けていた。
それを跳ねのけるために、テトスは軽く笑って言い返した。
「大丈夫でなくとも、大丈夫にする。任せろ」




